File2:自宅にて

文字数 2,734文字

 その後教会を辞したローラは自分のアパートへ帰宅した。警部補には昇進したが別にそこまで劇的に給料が変わる訳でもないので、住居は以前のままであった。

 そもそも金だけなら同棲相手のミラーカがかなりの資産家(・・・)であり、またルーファスからの報酬で貰ったお金もあるので、家を買おうと思えば買う事はできた。だが現状、今の生活に全く不満や不便が無いので、敢えて買い替える必要性を感じていないだけだ。

 もし将来的(・・・)に必要が生じたら、その時改めて引っ越しと購入を検討すれば良い。ローラとしてはそういうスタンスだった。ミラーカも特に異存はない様子だ。

 部屋の玄関を開けると照明が点いていた。どうやらミラーカがもう在宅しているようだ。教会に寄ってウォーレンやモニカ達と大分話し込んでいたので遅くなってしまった。


「あら、ローラ。おかえりなさい。今日は遅かったのね」

 ミラーカが出迎えてくれた。ローラは彼女とハグをしキスを交わす。

「ただいま、ミラーカ。今日は神父様の所に寄ってたのよ。これから忙しくなるかも知れないしね」

「……! そう。あの子は……モニカは元気だった? まあ私も日中に会いに行ったりはしてるけど」

「ええ、私は久しぶりにあったけど、元気にしてたわ。逆に神父様を嗜めたりしてるくらいにはね」

「まあ……ふふ、そうね。『あの子』も中央から視察にくる教区の聖職者達に全く物怖じしなかったけど、そういう所もちょっと似てる(・・・)わね」

 ミラーカが昔の情景を思い出して少し可笑しそうに微笑む。彼女に夕食はまだかと聞かれたので肯定すると、手早く簡単に摘める軽食とウィスキーを用意してくれた。


 これは同棲するようになってから知ったのだが、ミラーカは意外と言っては失礼だが、結構家庭的な部分があり、よく気が利いた。しかも500年生きていて色んな国に移り住んだ経験からか、古今東西の様々な料理にも精通していた。

 一つ言えるのは彼女と同棲するようになってから、確実に外食やデリバリーの頻度が減ったという事だ。しかも健康志向なのか野菜や果物をふんだんに使った料理をよく作るので、栄養の偏りや肥満の心配もしなくて良くなった。

 ミラーカとの同棲は精神面だけでなく、健康面や経済面に於いてもローラに非常な恩恵をもたらしていたのだった。


「……でも未だに信じられないわよね。500年前に跳んだ時に、あの本物(・・)の『ローラ』から貰った霊力が具現化(・・・)した存在だなんて……」

 ダイニングで遅めの夕食を摂りながらローラはしみじみと呟く。対面に座るミラーカも同調して頷いた。

「ええ、正確には……あなたの中(・・・・・)に元々あった力と『あの子』の霊力が反応して、という話だったけど……」

 それがモニカの正体(・・)であった。彼女が自分の事を『ローラ』であって『ローラ』ではないと形容したのはその為だ。

 過去に跳んだ時に出会ったあの本物の『ローラ』ではなく、あくまで彼女から分け与えられた霊力から生まれた存在。それがローラ自身の中に眠る何らかの力と反応する事であの奇跡(・・)が起きたのだ。

 だから500年前のあの時点までの『ローラ』の記憶を持ちながらも、モニカという完全に別の人格なのだそうだ。言ってみれば本体から分離独立して自我を獲得した分身という訳だ。

 モニカによるとローラに霊力を分け与えた本体(・・)の『ローラ』も、当然だがこのような事態は想定していなかったとの事。

 つまりローラの中に眠る力とやらが、不確定要素(・・・・・)として『ローラ』の霊力に作用を及ぼした結果という事らしい。


「私の中に元々あった力、か……」

 ローラは何となく自分の胸を触る。そう言われても正直ピンとこない。『ローラ』から貰った霊力以外では何も超常的な力など使えないし、彼女自身それまで全く普通の人間として生きてきたのだ。

 モニカから話を聞いた後に、何か特別な力を自覚するという事も無かった。またモニカ自身も自らの誕生(・・)の切欠となったローラの力について、具体的な詳細は何も分からなかった。ただローラの中に何らかの力が眠っているという事だけが解ったのだと言う。


「まあ特に身体や生活に影響がないなら、考えても解らない事は考えない事よ」

 ミラーカも好物であるハンガリー産の赤ワインを嗜みながら、妙にあっけらかんとした口調でアドバイスする。ローラはちょっと恨めし気な視線を彼女に向ける。

「もう、ミラーカ。他人事だと思って……」

「あら、他人事なんかじゃないわよ? あなたに何かあれば、真っ先に私が助けに行くから。私達は一心同体みたいなものでしょ?」

「ミ、ミラーカ……」

 ストレートな物言いにローラは少し頬を赤らめる。だが確かに言っている事は尤もで、ローラに何か異変があればその影響を最も受けやすい立ち位置にいるのがミラーカだ。そういう意味では他人事という訳でもないかも知れない。

「私が言ってるのはそういう事ではなく、調べても解らない事を気にして気を揉んでそれにストレスを感じ続けるというのは、はっきり言って精神のリソース(・・・・・・・)の無駄遣いよ。そういうのは解る時にはあっさりと解ったりするものだし、ある日突然向こうから手がかりが現れたりするものよ」

「…………」

 或いはそれが500年間生きてきた彼女の達観した人生観なのかも知れない。彼女も恐らく幾度となくそういう状況を経験してきたのだろう。それを思ってローラは少し自分の気持ちが軽くなってきたのを自覚した。

「だったら解らない事はとりあえず考えないようにして、もっと大事な事に精神のリソースを割いた方が建設的じゃない? 折角警部補に昇進してこれから大きな事件を担当しようという時期なんだし、ね」

「……! そうね。確かにあなたの言う通りだわ。ありがとう、ミラーカ」

 まさにこれからこのLA全域に渡って発生している連続失踪事件の捜査の指揮を取っていかねばならないのだ。確かに余計な事に気を取られている余裕はない。


「どう致しまして。それにリソースを割いて欲しいのは仕事についてだけじゃないわよ?」

「え……?」
 ローラが顔を向けるとミラーカが妖艶な笑みを浮かべていた。ローラは途端に背中にゾクッとした妖しい感覚が走るのを感じた。

「ミ、ミラーカ……?」

「もう食事は終わったでしょう? あなたもこれから忙しくなって家に帰れない日もあるかも知れないし……今のうちにお互い充填(・・)しておかなくちゃ。そうでしょう?」

「……っ!! そ、そうね。確かにその通りだわ。ちゃんとエネルギーを充填しておかなきゃ……」

 そう言えばこの所警部補昇進に伴うゴタゴタが続いて、しばらくご無沙汰(・・・・)だった。ローラは喉をゴクッと鳴らした。


 それから10分もしない内に2人の姿はダイニングから消え……そして部屋の照明が落とされたのだった。

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