File16:宣戦布告

文字数 2,663文字

「ふぅ、えらい目に遭ったわ。でもジェシカのあの態度……」

「ええ、何か知っていると言ってるような物ね。気張ってるけどまだ高校生だし、余り腹芸は得意じゃなさそうね」


 2人は車の中で、今の出来事を話し合っていた。


「そうね……。話は聞けなかったけど、どの道素直に話してくれるとは思えないし、目的(・・)は充分果たせたから良しとしなきゃね」


 カーミラ達がマイヤーズ家に直接乗り込んだのは、大きく二つの目的があった。

 一つは家族が父親の犯行を知っているのかどうかの確信を得る事。これはジェシカのあの反応で成果はあったと言っていい。どの道知っていて見て見ぬ振りをしていたなら、素直に話す事はないだろう。

 二つ目はマイヤーズへの牽制・楔を打ち込むという目的だ。家族からマイヤーズにFBIの訪問があったという話は届くだろう。マイヤーズの正体を知っている、疑っているという姿勢を明確にする事で、彼の犯行に抑制を掛ける目的があった。

 自分が疑われている事を知れば、彼も多少は犯行を自粛する可能性がある。とにかくこれ以上の犠牲者を増やさない事も急務なのだ。

 そうして時間を稼いでいる間に何らかの成果を出さなくてはならない。


「……ジェシカを尾行するわよ。恐らく警察とは関係ない所で父親に接触しようとするはず。そこで言質を取れれば占めた物だわ」


 母親のジーンは何も知らないようだった。となると家でその話をするとは考えにくい。必ずどこか外、それも人目に付かない場所で父親に会おうとするはずだ。その現場を押さえる、もしくは会話を拾う事だけでも出来れば……

 2人がそのような作戦を考えていた時だった。カーミラの携帯が鳴った。見るとローラからだった。何か進展でもあったのだろうか。


「ローラからだわ。出てもいいかしら?」


 クレアが肩を竦める。カーミラは電話に出る。


「ローラ、どうしたの? まだ勤務中でしょう? 何かあったの?」

『ああ……確かに「何か」あったようだな』

「――ッ!?」


 返ってきたのはローラの声ではなく、全く別の男の声(・・・)。これは……この声は……。


「あなた……マイヤーズ警部補?」


 横で聞いていたクレアがギョッと表情を強張らせる。

 
『やあ、久しぶりだね、ミラーカ。こうして話すのはいつぞやの霊園以来かな?』

「……何故あなたがローラの携帯に? ローラはどこ? すぐに代わって貰えるかしら?」

『そうしたいが、生憎彼女は今電話に出られる状況じゃなくてね。君達次第では永遠に(・・・)電話に出られなくなるだろうな……』

「……ッ!」


 カーミラは息を呑んだ。誤算であった。まさかマイヤーズがこれ程早く直接的な行動を取ってくるのは想定外だった。


『驚いたかね? 私だって馬鹿じゃあない。君達を仕留め損なった(・・・・・・・)時点で、いずれは私の元に辿り着くだろうという事は予想していたよ。それをむざむざ待ってやる理由はどこにもあるまい?』

「く……!」

『さて、前置きはここまでにして本題に入ろうか。今日の夜。港湾地域にある廃品置き場まで来てもらおう。ローラはそこにいる。勿論君達だけで来るんだ。他に1人でも別の人間の気配を察知したら即、ローラは『ルーガルー』のメインディッシュに早変わりする。私の感覚は恐らく君以上に鋭い。誤魔化しは効かない。後、タイムリミットは日付が変わるまでだ。君達が来るまでに12時を1秒でも回ったら、やはりローラを食い殺す。FBIの捜査官の方は君が強引にでも連れてきたまえ。返事はいらない。行動で示してもらう』

「待っ――」


 こちらの返事も待たずに一方的に用件だけを告げて電話は切れた。不通を示す電信音だけがカーミラの耳に残る。カーミラは電話を切った。


「……まさかギブソン刑事が捕まったの?」

「ええ、そのようね……。夜中の12時、港の廃品置き場まで招待されたわ。私達2人宛てよ」

「……奴のハッタリという可能性は?」

「恐らく無いでしょうね。そんな馬鹿な男じゃない。今日中に私達が出向かなければローラは死ぬ。それは間違いないわ」

「くそっ! ギブソン刑事、油断するなと言ったのに下手を打って……!」

「仕方のない事よ。私達だって奴がこれ程早く強硬手段を取ってくるとは思ってもいなかったのだし。奴の方が一枚上手だったわ」


 ローラやカーミラ達が必ず自分に行き着くと予め想定して先手を打ってきたのだ。マイヤーズ自身が経験豊富な刑事でもある事を失念していた自分達の見通しの甘さが原因だ。


「それで……どうするの?」

「勿論行くしかないわ。ローラを見殺しにするつもりはない」

「で、でも、あんな化け物よ!? あなたも全く歯が立たなかった! 殺されに行くようなものだわ!」


 クレアが青ざめた表情で叫ぶ。カーミラはともかく、クレアにローラの為に命を危険に晒せとは言い難い。カーミラは彼女を安心させるために敢えて不敵に笑う。


「大丈夫よ。夜中までにはまだ時間がある。こっちもそれなりに準備(・・)をしていくつもりだから」

「準備? 半日程度で何の準備が出来るって言うのよ? 中途半端な戦力じゃゴルフ場の二の舞になるだけよ!」


 それは確かにその通りだろう。そもそもその前に奴に気付かれてローラが殺される可能性がある。そんな危険は冒せない。だがカーミラはかぶりを振った。


「出来る事ならあるでしょう? 私達はつい先程、『ルーガルー』の事を知っている人間に会ったばかりよね?」

「あ…………」

「さあ、マイヤーズ家に戻るわよ。……今度は私も後に引くつもりはない。何としても『協力』してもらうわ」

「……ッ!」


 カーミラの横顔を見たクレアが何故か息を呑んだが、構っている精神的余裕は無かった。


 カーミラは……怒っていた。善良な警察官の皮を被った人食いの化け物。ローラの信頼を裏切った卑劣な殺人者。そして今またローラを利用して彼女を危険な目に遭わせ、どの道最終的には食い殺すつもりだろう。


(許せない……。ローラを裏切って、悲しませて、危険な目に遭わせ、最後には食い殺す? あなたは私を怒らせた。ローラを巻き込んだ事、必ず後悔させてあげる……)


 静かな怒りに燃える黒髪の美女は、マイヤーズの家に戻りながら、そう決意するのであった……
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