File27:仲間達
文字数 2,917文字
「倒した、のね……?」
ミラーカが半信半疑な様子で問い掛けると、まるでその疑問に答えるかの如く周囲を覆っていた濃い霧が晴れていき、同時に周囲の景色も歪んで、地獄のアリーナは元の森林の姿に戻っていく。
デュラハーンが滅んだ事で霧の結界が解けたのだ。
(ど、どういう事? 父親? パパは私が中学生の時に死んだ。事件に巻き込まれて殺されたのよ。パパが答えてくれるって……?)
その事件でマイヤーズ警部補(当時は部長刑事だが)と知り合い、ローラが警察官を志す切欠ともなったのだ。彼女の父親は間違いなく死んでいる。葬儀だってきちんと執り行った。
「ナターシャさんっ!!」
「……っ!!」
デュラハーンの今際の言葉に混乱するローラだが、モニカの逼迫した叫びに正気を取り戻した。そしてすぐに顔を青ざめさせてナターシャの元に駆け寄った。
そうだ。考える事は後でも出来る。今はより優先すべき事柄がある。ローラだけでなく仲間達も皆が自らの怪我も忘れてナターシャの所に駆け付けていた。
「ナターシャ…………っ」
駆け付けたローラ達が見たものは、四肢がおかしな方向に折れ曲がり、内臓が破裂したのか口から大量の血液を吐き出す破壊された人体であった。大型のトラックに跳ね飛ばされたようなものだ。
ナターシャは明らかに死に瀕しており、既に手の施しようがない状態だった。駆け付けたローラ達を見て何か喋ろうとしたが、口からゴボッと新たな血の塊を吐き出しただけだった。もう誰がどう見ても手遅れだ。
だが……
「……! あの霧の結界が解けて精霊達が戻ってきている。これなら……!」
一早くナターシャの元に駆け付けていたモニカが周囲を見渡して、そして自身の力が戻ってきている事を確信する。
「大地の精霊よ、癒しの光輝を……!!」
瀕死のナターシャの上に手を翳して祈りを捧げる。すると……
「おお……じ、地面が……」
「ほんのりと光っている!?」
セネムとミラーカがその現象を見て驚く。勿論ローラを含めて皆が目を丸くしている。ナターシャとモニカを中心として、半径10フィート(約3メートル)程の範囲の地面がうっすらと光を放っていた。
そしてその光は当然、周囲に集まっているローラ達全員を包み込む広さがあり……
「……! 傷が……」
「す、凄い。魔力も回復してるわ」
シグリッドが自分の腕や身体を改める。徐々にではあるが着実に、重傷を負っていた箇所の傷が治癒していく。勿論ジェシカもびっくりして自分の身体を見ている。セネムとミラーカは自力で傷の回復が出来るが、そのスピードも明らかに早まっているようで驚きに目を見開いている。
また肉体的な傷だけではなく魔力や霊力も充填されているようで、ゾーイやヴェロニカも自身を満たしていく感覚に驚愕しつつ、何とも言えない心地良さげな表情になる。
余波 でこれである。当然モニカの奇跡とも言えるその力を集中的に浴びているナターシャは……
「……!」
まんじりともせずにモニカの治療 の様子を見据えていたローラは、ナターシャの折れてねじ曲がった四肢が徐々に元の形に戻っていき、青白い顔で血を吐いていた状態から、顔に赤みが戻り呼吸が落ち着いていく様にホッと胸を撫で下ろした。
それでもまだ予断を許さない状態が続いたが、そのまま5分ほど『治療』を継続した結果、
「う……あ、ありがと……モニカ。もう大丈夫……だと思うわ」
「ナターシャさん……良かった! 何とか間に合いました……!」
ナターシャが目を開けて、少し気怠そうではあるがゆっくりと上体を起こした。あの瀕死の状態からすれば考えられないような回復ぶりだ。
もう大丈夫だと判断したモニカがようやく力の放出を止めた。因みに周りにいた仲間達は全員、余波によってほぼ完全回復が出来ていた。
「ふぅ……臨死体験って奴ね。ジャーナリストとしてはいい経験になりそう。でもあの癒しの力っていうの? 凄く気持ちが良くて癖になりそ――」
――パシィィィン!
敢えて能天気な調子で軽口を叩くナターシャの言葉が中断された。平手打ちの音によって。
叩かれたナターシャは勿論、モニカも、ミラーカ達も、全員が驚いた表情で……ローラの方に視線を向けた。
「ロ、ローラ……」
「……私、最近警部補の立場になって部下を持つ事で、自分が今まで如何に周りに心配を掛けてきたのかを自覚している所よ」
頬を手で押さえてこちらを見つめるナターシャを、ローラは涙の滲んだ目で見返す。
「……ええ、あなたのお陰で私達は勝てた。それは確かよ。でもね……約束して。二度とこんな無茶はしないって」
「……!」
「仲間が誰か1人でも殺されたりしたら、それは本当の意味での勝利じゃないわ。そして仲間というのは勿論あなたも含まれているのよ、ナターシャ」
「……っ」
真摯なローラの態度に、ナターシャは言葉に詰まる。
「まあまあ、ローラ。落ち着きなさい。彼女は本来私達がやるべき事を代わりにやってくれたのよ。私達前衛組の誰も彼女ほどの勇気を持って、自分の身を犠牲にしてでもデュラハーンを足止めしようという覚悟がなかった。私はむしろ自分のそんな臆病さを恥じる思いよ」
ミラーカがローラの側に屈み込んで取り成してくれる。
「うむ、そうだな。本来は本職の戦士である私があの役目を引き受けねばならなかったというのに……」
「……いえ、負傷して大した戦力にならず、しかし頑丈さだけが取り柄の私がやるべきでした。ナターシャさんの勇気と覚悟に敬服します」
セネムとシグリッドもナターシャを庇う言動を取る。いや、ただ庇っているだけでなく、それは彼女達の本心でもあるらしく忸怩たる思いがその言葉から滲み出ていた。
「なあ、ローラさん。機嫌直してくれよ。状況が状況だったしさ……」
人間の姿に戻ったジェシカも心配そうにローラを見やる。勿論ヴェロニカやゾーイら後衛組も同様だ。仲間達の視線を受けてローラはハァ……と溜息を吐いた。
「……解ったわ、皆。いきなり叩いたりしてごめんなさい、ナターシャ。それだけあなたが心配だったのよ。さっきも言ったようにあなたのお陰で勝てたのは事実だし、そこは本当に感謝しているわ。ありがとう、ナターシャ」
ローラは素直に認めて謝罪する。デュラハーンがほぼ完全に存在を忘れ去っていたナターシャだからこそ、あの捨て身の行動が奴の意表を突き、僅かな動揺を誘ったのだ。他のメンバーでは同じ事をしてもデュラハーンの突進を止められなかった可能性が高い。
この勝利の立役者は間違いなくナターシャであった。
「ローラ……。私こそ本当にごめんなさい。相談する余裕も無かったし、咄嗟に思いついた事だったから……。でも皆にこれだけの心配を掛けてしまったのは事実だし、もう二度とやらないわ。約束する。……さっきは心配を掛けまいといい経験なんて言ったけど、実際には物凄く痛いし、自分が死ぬんだって事が解ってとても怖かったし、頼まれたってもうやらないわ」
その時の恐怖を思い出したのか、やや青ざめた顔で断言するナターシャ。その様子が可笑しくて、ローラも他の皆もなんとなく笑ってしまった。
それは激闘の後のささやかな憩いの時間であった。
ミラーカが半信半疑な様子で問い掛けると、まるでその疑問に答えるかの如く周囲を覆っていた濃い霧が晴れていき、同時に周囲の景色も歪んで、地獄のアリーナは元の森林の姿に戻っていく。
デュラハーンが滅んだ事で霧の結界が解けたのだ。
(ど、どういう事? 父親? パパは私が中学生の時に死んだ。事件に巻き込まれて殺されたのよ。パパが答えてくれるって……?)
その事件でマイヤーズ警部補(当時は部長刑事だが)と知り合い、ローラが警察官を志す切欠ともなったのだ。彼女の父親は間違いなく死んでいる。葬儀だってきちんと執り行った。
「ナターシャさんっ!!」
「……っ!!」
デュラハーンの今際の言葉に混乱するローラだが、モニカの逼迫した叫びに正気を取り戻した。そしてすぐに顔を青ざめさせてナターシャの元に駆け寄った。
そうだ。考える事は後でも出来る。今はより優先すべき事柄がある。ローラだけでなく仲間達も皆が自らの怪我も忘れてナターシャの所に駆け付けていた。
「ナターシャ…………っ」
駆け付けたローラ達が見たものは、四肢がおかしな方向に折れ曲がり、内臓が破裂したのか口から大量の血液を吐き出す破壊された人体であった。大型のトラックに跳ね飛ばされたようなものだ。
ナターシャは明らかに死に瀕しており、既に手の施しようがない状態だった。駆け付けたローラ達を見て何か喋ろうとしたが、口からゴボッと新たな血の塊を吐き出しただけだった。もう誰がどう見ても手遅れだ。
だが……
「……! あの霧の結界が解けて精霊達が戻ってきている。これなら……!」
一早くナターシャの元に駆け付けていたモニカが周囲を見渡して、そして自身の力が戻ってきている事を確信する。
「大地の精霊よ、癒しの光輝を……!!」
瀕死のナターシャの上に手を翳して祈りを捧げる。すると……
「おお……じ、地面が……」
「ほんのりと光っている!?」
セネムとミラーカがその現象を見て驚く。勿論ローラを含めて皆が目を丸くしている。ナターシャとモニカを中心として、半径10フィート(約3メートル)程の範囲の地面がうっすらと光を放っていた。
そしてその光は当然、周囲に集まっているローラ達全員を包み込む広さがあり……
「……! 傷が……」
「す、凄い。魔力も回復してるわ」
シグリッドが自分の腕や身体を改める。徐々にではあるが着実に、重傷を負っていた箇所の傷が治癒していく。勿論ジェシカもびっくりして自分の身体を見ている。セネムとミラーカは自力で傷の回復が出来るが、そのスピードも明らかに早まっているようで驚きに目を見開いている。
また肉体的な傷だけではなく魔力や霊力も充填されているようで、ゾーイやヴェロニカも自身を満たしていく感覚に驚愕しつつ、何とも言えない心地良さげな表情になる。
「……!」
まんじりともせずにモニカの
それでもまだ予断を許さない状態が続いたが、そのまま5分ほど『治療』を継続した結果、
「う……あ、ありがと……モニカ。もう大丈夫……だと思うわ」
「ナターシャさん……良かった! 何とか間に合いました……!」
ナターシャが目を開けて、少し気怠そうではあるがゆっくりと上体を起こした。あの瀕死の状態からすれば考えられないような回復ぶりだ。
もう大丈夫だと判断したモニカがようやく力の放出を止めた。因みに周りにいた仲間達は全員、余波によってほぼ完全回復が出来ていた。
「ふぅ……臨死体験って奴ね。ジャーナリストとしてはいい経験になりそう。でもあの癒しの力っていうの? 凄く気持ちが良くて癖になりそ――」
――パシィィィン!
敢えて能天気な調子で軽口を叩くナターシャの言葉が中断された。平手打ちの音によって。
叩かれたナターシャは勿論、モニカも、ミラーカ達も、全員が驚いた表情で……ローラの方に視線を向けた。
「ロ、ローラ……」
「……私、最近警部補の立場になって部下を持つ事で、自分が今まで如何に周りに心配を掛けてきたのかを自覚している所よ」
頬を手で押さえてこちらを見つめるナターシャを、ローラは涙の滲んだ目で見返す。
「……ええ、あなたのお陰で私達は勝てた。それは確かよ。でもね……約束して。二度とこんな無茶はしないって」
「……!」
「仲間が誰か1人でも殺されたりしたら、それは本当の意味での勝利じゃないわ。そして仲間というのは勿論あなたも含まれているのよ、ナターシャ」
「……っ」
真摯なローラの態度に、ナターシャは言葉に詰まる。
「まあまあ、ローラ。落ち着きなさい。彼女は本来私達がやるべき事を代わりにやってくれたのよ。私達前衛組の誰も彼女ほどの勇気を持って、自分の身を犠牲にしてでもデュラハーンを足止めしようという覚悟がなかった。私はむしろ自分のそんな臆病さを恥じる思いよ」
ミラーカがローラの側に屈み込んで取り成してくれる。
「うむ、そうだな。本来は本職の戦士である私があの役目を引き受けねばならなかったというのに……」
「……いえ、負傷して大した戦力にならず、しかし頑丈さだけが取り柄の私がやるべきでした。ナターシャさんの勇気と覚悟に敬服します」
セネムとシグリッドもナターシャを庇う言動を取る。いや、ただ庇っているだけでなく、それは彼女達の本心でもあるらしく忸怩たる思いがその言葉から滲み出ていた。
「なあ、ローラさん。機嫌直してくれよ。状況が状況だったしさ……」
人間の姿に戻ったジェシカも心配そうにローラを見やる。勿論ヴェロニカやゾーイら後衛組も同様だ。仲間達の視線を受けてローラはハァ……と溜息を吐いた。
「……解ったわ、皆。いきなり叩いたりしてごめんなさい、ナターシャ。それだけあなたが心配だったのよ。さっきも言ったようにあなたのお陰で勝てたのは事実だし、そこは本当に感謝しているわ。ありがとう、ナターシャ」
ローラは素直に認めて謝罪する。デュラハーンがほぼ完全に存在を忘れ去っていたナターシャだからこそ、あの捨て身の行動が奴の意表を突き、僅かな動揺を誘ったのだ。他のメンバーでは同じ事をしてもデュラハーンの突進を止められなかった可能性が高い。
この勝利の立役者は間違いなくナターシャであった。
「ローラ……。私こそ本当にごめんなさい。相談する余裕も無かったし、咄嗟に思いついた事だったから……。でも皆にこれだけの心配を掛けてしまったのは事実だし、もう二度とやらないわ。約束する。……さっきは心配を掛けまいといい経験なんて言ったけど、実際には物凄く痛いし、自分が死ぬんだって事が解ってとても怖かったし、頼まれたってもうやらないわ」
その時の恐怖を思い出したのか、やや青ざめた顔で断言するナターシャ。その様子が可笑しくて、ローラも他の皆もなんとなく笑ってしまった。
それは激闘の後のささやかな憩いの時間であった。