File1:女警部補
文字数 4,654文字
「現在このLAだけでなく、周辺都市も含めて多数の行方不明者の被害届が出ているわ。しかもそれと前後してまるで悪魔のような姿の謎の生物の目撃情報が多数寄せられている。これだけ多くの人間に目撃されているとなると、何らかのフェイクとも考えにくい。失踪事件とこの生物の間に相関がある可能性は高いと見ていいわ」
LAPDの捜査本部。ローラは居並ぶ捜査員達の前で 事件に対する見解を述べる。
彼女の話を聞いて刑事の1人が挙手する。
「待って下さい、警部補 。まさか本当に悪魔のような生物がいて、そいつが人々を攫ってるだなんて言いませんよね?」
ローラはその刑事ににっこりと笑いかける。
「その疑問は尤もね。恐らくここにいる皆が同じような事を思っているでしょう?」
ローラが捜査員達を見渡すと、ちょっと気まずげに目を逸らす者が何人もいた。ローラはそれを見て苦笑した。
「勿論正体は解らないわ。もしかしたら犯人が変装してるだけかも知れないし、何かの見間違いという事もあり得る。それにもしかしたら今回の事件とは全く関係が無いのかも知れない。それを調べるのが私達の仕事でしょう? 現段階で断定して視野を狭めてしまうのは危険よ。先入観を捨てて、ありとあらゆる可能性を疑って掛かる……。それが私達警察の本来の役目だと私は思っているわ」
「…………」
質問した刑事だけでなく、他の捜査員達も何となく神妙な顔になって聞き入っている。ローラは手を叩いた。
「さあ、そんな訳で現段階では犯人の可能性 が高いこの『ミスター・デビル』についての捜査を開始するわよ!? 勿論それ以外にも失踪に関連していると思われる事象については、どんな情報も収集する事! 今回の事件では周辺都市の警察や州警察、それに場合によってはFBIとの連携も視野に入れる必要があるから、そのつもりで動いて頂戴。それじゃ、解散!」
捜査責任者 であるローラの指示に従って、捜査員達は三々五々と散っていく。しかし1人だけその場に残っている刑事がいてローラに話し掛けてきた。
「せ、先輩……素敵でした! あ、いえ……もうギブソン警部補 とお呼びした方が?」
中国系移民の刑事ツァイ・リンファだ。つい先日までローラの相棒だった。だがローラの昇進 に伴って、今では別の刑事とペアを組んでいた。
ローラは苦笑してかぶりを振った。
「まあ余り堅苦しいのは好きじゃないし、さっきみたいな改まった場面以外では今まで通りでいいわよ。そういうあなただって部長刑事昇進おめでとうと言うべきかしら?」
「う……! そ、そうですよね。私が部長刑事なんて、何だか全然実感がないんですけど」
「それを言うなら私だってそうよ。自分がまさかマイヤーズ警部補と同じ役職になるなんて……」
前任の警部補であったジョンが不慮の失踪 を遂げた事で、再び警部補のポストに空きが出来た。折り悪く刑事部は(というか他の部署もそうだが)1年前の『シューティングスター』事件で多大な被害を被り、本来警部補の役職に就けそうな候補が軒並み殉職してしまった。
今いる人員の殆どはそれ以降に配属された新人か、余所の警察組織から引き抜かれて転属してきた者達だ。それ故に数少ない生え抜きのローラに警部補昇進の話が持ち上がった。
まだ30を過ぎたばかりの若い女性が強盗殺人課という対外的にも強面の部署の役職者となる事に市警内からは懸念の声も多く上がったが、最終的にはドレイク本部長の「実績を重視するなら彼女以上の存在はいない」という一言によって、ギブソン警部補が誕生したのであった。
因みに女性警部補の影響か、新人で配属された刑事の中には何人かの女性刑事の姿も目立った。
「でも先輩ならきっと大丈夫ですよ! 先輩を一番間近で見てきた私が保証します! 私も頑張りますから、一緒にこの街を良くしていきましょう!」
「ありがとう、リンファ。頼りにしてるわ。その為にもまずはこの事件を無事に解決しないとね」
「任せて下さい、先輩! 先輩が警部補になって初めての大きな事件ですし、必ず手がかりを掴んでみせます!」
「……意気込むのはいいけど、余り突っ走りすぎないようにね?」
リンファの態度が心配になってローラはそんな風に釘を刺していた。以前まではまさに自分が『突っ走り過ぎる』代表格みたいな存在だったというのに、実地捜査を部下に采配する立場になって初めて、かつてのマイヤーズ警部補らの気持ちが理解できるようになったローラであった。
*****
その日の夕方、勤務を終えたローラは真っ直ぐ自宅へは戻らずに、ウォーレンの教会に立ち寄っていた。これから捜査の進展具合によっては自宅とスーパー以外の場所に立ち寄る余裕もなくなるかも知れない。そうなる前に会っておきたい人達がいたのだ。
教会に着くと、まだ閉まってはおらずに入り口は開放されていた。中に入ると祭壇の辺りで、2人の人物が向き合って会話していた。1人はこの教会の主、ウォーレン神父。そしてもう1人は……
「神父様!モニカ ! こんばんわ!」
ローラが声を掛けるとウォーレンと、シスター姿の少女……モニカがこちらに振り向いた。
「やあ、ローラ。よく来たね」
「ローラさん!」
2人が笑顔で出迎えてくれる。モニカがこちらに走り寄ってきた。ローラは両手を広げて受け入れて、彼女とハグをした。
「モニカ、しばらくぶりになっちゃったけど、教会での生活 にはもう慣れた?」
「はい、お陰様で。500年前 とは教会の在り方も大分変っていて最初は少し戸惑いましたが、神父様にもとても良くして頂いてもうすっかり馴染みました!」
嬉しそうに屈託なく笑うモニカ。【悪徳郷】との戦いでは当然常に厳粛な表情をしていた彼女だが、その後になって実際にはかなり感情表現が豊かで明るい性格なのだという事が判明した。
「ははは、こちらこそまさか500年前の中世ヨーロッパでの信仰を生の声で聞ける機会に恵まれるなんて思ってもみなかったよ」
ウォーレンも微笑を浮かべながら歩いてきた。ローラは彼に向き直った。
「神父様。モニカの事、改めて本当にありがとうございます」
「いやいや、いいんだよ。それに彼女はとても気が利いて働き者でね。評判も上々で私の方こそとても助かっているよ。……勿論最初は驚いたなんてものじゃなかったけどね」
ウォーレンは苦笑しながらかぶりを振った。
モニカは現在、この教会に住まわせてもらっていた。勿論最初はローラの部屋で一緒に住んではどうかと提案したのだが、色々な意味で自分が同居しているのはローラとミラーカの関係や、特にミラーカの感情面で余り良い事ではないだろうと、モニカの方から別居を申し出られたのだ。
そこで一応(?)同じキリスト教の聖職者という事で、ウォーレンに相談してみようという話になり、ミラーカとも連れ立って3人で彼の元を訪れたのだった。
ウォーレン自身も【悪徳郷】の事件に巻き込まれて入院していたのだが、幸い怪我自体は軽かった為にすぐ退院する事が出来ていた。
モニカの事情を打ち明けると、当然だが彼は大層仰天して一度はこちらの正気を疑ったが、ローラ達がこんな事で嘘を言うはずがないと彼女らを信頼していたのと、彼自身も様々な怪異や超常現象に理解が深かったのもあって、最終的にはモニカの事も信じてくれた。
そして住み込みで働くという条件で、モニカを教会に住まわせる事を了承してくれたのだった。モニカ自身は経歴からしても真の聖職者といえる人物だったが、現代の神学校を出ている訳ではないのであくまで見習い扱いだが、本人には何ら不満はないらしく今の現代社会での生活に興味津々のようだった。
「実際に彼女の教義に対する知識や信仰心は驚くべきものがあるよ。恥ずかしながら私達現代の聖職者が忘れてしまった多くの物を彼女が持っているのは間違いないね」
真摯な表情で語るウォーレンは本心で言っているらしく、モニカの居候が迷惑になってはいないようでローラもホッとした。
「モニカも神父様も元気そうで良かった。今街を騒がせてる連続失踪事件の事は2人も知ってると思うけど、私があの事件を担当する事になったの。捜査の状況によってはまたしばらくここには立ち寄れなくなると思うけど、2人共充分気を付けて欲しいの」
「ああ……例の失踪事件ね。確かにLAだけじゃなく周辺の街にまで被害が及んでいるらしいからね。勿論気を付けるさ。それに今は頼もしい用心棒 もいるから大丈夫さ」
ウォーレンが頷きつつも少し悪戯っぽい調子でモニカの方に視線を向けると、彼女もまたしっかりと頷いた。
「ローラさん、安心して下さい。神父様は私がお守りします」
「モニカ……ありがとう。宜しく頼むわね? 勿論あなた自身も気を付けなきゃ駄目よ?」
ウォーレンも既にモニカの力の事は承知している。確かに彼女ならそんじょそこらの犯罪者や、魔物にさえ遅れを取る事はないだろう。むしろ襲ってきた相手に同情してしまう程だ。
しかしそんなモニカの表情が少し曇る。
「ローラさん……。むしろ私達よりローラさんの方が充分気を付けて下さい。ミラーカとも話したんですが、再びこの街に不穏な魔力の気配が漂いつつあります。しかも私の感覚ではあの【悪徳郷】も上回るような……いえ、恐らくこれまでの災禍とは根本的に違う何かが始まろうとしているような……そんな予感がするのです」
「……! そう……解った。私も気を付けるわ」
ミラーカやモニカがそう言うなら、今回の事件にはまた魔物が関係しているのかも知れない。もしかしたら目撃されている悪魔のような姿の怪生物というのも、本物の悪魔という可能性もある。
(正直ゾッとしないわね……)
これまで色々な魔物と戦ってきておいて何だが、やはり悪魔という存在が実在すると考えるのはどうにも荒唐無稽な気がしてしまう。だが正体は解らなくとも、モニカやミラーカが忠告してくる以上、全く何もないとも考えられない。
ローラ自身は警部補としての責任もあって捜査を降りる訳には行かないが、充分に警戒しておくに越した事はない。
ウォーレンが手を叩いた。
「さあ、暗い話はここまでにしようじゃないか。折角ローラが訪ねてきてくれたんだ。楽しい話がしたいな。そういえば警部補昇進のお祝いをまだしていなかったね。改めてだが、おめでとう、ローラ。やっと今までの君の努力が実を結んだね」
「し、神父様……ありがとうございます」
勿論ミラーカやセネム達からは祝ってもらっていたが、ローラが警察に入る前の学生時代からずっと世話になってきた親代わりとも言えるウォーレンからの言葉は、彼女の今に至るまでの苦労を見守ってきているだけに重みが違った。ローラは思わず涙ぐんでしまう。
「あらあら、楽しい話をしようと言っている側からローラさんを泣かせてしまって……。いけませんよ、神父様?」
「そ、そうだね。私としたことが……。済まなかったね、ローラ」
居候のはずのモニカにやんわりと注意されて頭を掻くウォーレン。その様子が可笑しくて、ローラは泣きながら笑ってしまう。
「うふ! ふふふ! 私なら大丈夫ですよ、神父様! それよりも神父様やモニカの話を聞かせて下さい。最近はどうしていましたか?」
ローラに問われて、ウォーレン達も気持ちを切り替えて世間話に花を咲かせる。その後は教会が閉まる時間まで終始和やかな談笑が続き、ローラは昇進や事件で張りつめていた精神が一時的にでも解れていくのを感じた……
LAPDの捜査本部。ローラは
彼女の話を聞いて刑事の1人が挙手する。
「待って下さい、
ローラはその刑事ににっこりと笑いかける。
「その疑問は尤もね。恐らくここにいる皆が同じような事を思っているでしょう?」
ローラが捜査員達を見渡すと、ちょっと気まずげに目を逸らす者が何人もいた。ローラはそれを見て苦笑した。
「勿論正体は解らないわ。もしかしたら犯人が変装してるだけかも知れないし、何かの見間違いという事もあり得る。それにもしかしたら今回の事件とは全く関係が無いのかも知れない。それを調べるのが私達の仕事でしょう? 現段階で断定して視野を狭めてしまうのは危険よ。先入観を捨てて、ありとあらゆる可能性を疑って掛かる……。それが私達警察の本来の役目だと私は思っているわ」
「…………」
質問した刑事だけでなく、他の捜査員達も何となく神妙な顔になって聞き入っている。ローラは手を叩いた。
「さあ、そんな訳で現段階では犯人の
「せ、先輩……素敵でした! あ、いえ……もう
中国系移民の刑事ツァイ・リンファだ。つい先日までローラの相棒だった。だがローラの
ローラは苦笑してかぶりを振った。
「まあ余り堅苦しいのは好きじゃないし、さっきみたいな改まった場面以外では今まで通りでいいわよ。そういうあなただって部長刑事昇進おめでとうと言うべきかしら?」
「う……! そ、そうですよね。私が部長刑事なんて、何だか全然実感がないんですけど」
「それを言うなら私だってそうよ。自分がまさかマイヤーズ警部補と同じ役職になるなんて……」
前任の警部補であったジョンが
今いる人員の殆どはそれ以降に配属された新人か、余所の警察組織から引き抜かれて転属してきた者達だ。それ故に数少ない生え抜きのローラに警部補昇進の話が持ち上がった。
まだ30を過ぎたばかりの若い女性が強盗殺人課という対外的にも強面の部署の役職者となる事に市警内からは懸念の声も多く上がったが、最終的にはドレイク本部長の「実績を重視するなら彼女以上の存在はいない」という一言によって、ギブソン警部補が誕生したのであった。
因みに女性警部補の影響か、新人で配属された刑事の中には何人かの女性刑事の姿も目立った。
「でも先輩ならきっと大丈夫ですよ! 先輩を一番間近で見てきた私が保証します! 私も頑張りますから、一緒にこの街を良くしていきましょう!」
「ありがとう、リンファ。頼りにしてるわ。その為にもまずはこの事件を無事に解決しないとね」
「任せて下さい、先輩! 先輩が警部補になって初めての大きな事件ですし、必ず手がかりを掴んでみせます!」
「……意気込むのはいいけど、余り突っ走りすぎないようにね?」
リンファの態度が心配になってローラはそんな風に釘を刺していた。以前まではまさに自分が『突っ走り過ぎる』代表格みたいな存在だったというのに、実地捜査を部下に采配する立場になって初めて、かつてのマイヤーズ警部補らの気持ちが理解できるようになったローラであった。
*****
その日の夕方、勤務を終えたローラは真っ直ぐ自宅へは戻らずに、ウォーレンの教会に立ち寄っていた。これから捜査の進展具合によっては自宅とスーパー以外の場所に立ち寄る余裕もなくなるかも知れない。そうなる前に会っておきたい人達がいたのだ。
教会に着くと、まだ閉まってはおらずに入り口は開放されていた。中に入ると祭壇の辺りで、2人の人物が向き合って会話していた。1人はこの教会の主、ウォーレン神父。そしてもう1人は……
「神父様!
ローラが声を掛けるとウォーレンと、シスター姿の少女……モニカがこちらに振り向いた。
「やあ、ローラ。よく来たね」
「ローラさん!」
2人が笑顔で出迎えてくれる。モニカがこちらに走り寄ってきた。ローラは両手を広げて受け入れて、彼女とハグをした。
「モニカ、しばらくぶりになっちゃったけど、
「はい、お陰様で。
嬉しそうに屈託なく笑うモニカ。【悪徳郷】との戦いでは当然常に厳粛な表情をしていた彼女だが、その後になって実際にはかなり感情表現が豊かで明るい性格なのだという事が判明した。
「ははは、こちらこそまさか500年前の中世ヨーロッパでの信仰を生の声で聞ける機会に恵まれるなんて思ってもみなかったよ」
ウォーレンも微笑を浮かべながら歩いてきた。ローラは彼に向き直った。
「神父様。モニカの事、改めて本当にありがとうございます」
「いやいや、いいんだよ。それに彼女はとても気が利いて働き者でね。評判も上々で私の方こそとても助かっているよ。……勿論最初は驚いたなんてものじゃなかったけどね」
ウォーレンは苦笑しながらかぶりを振った。
モニカは現在、この教会に住まわせてもらっていた。勿論最初はローラの部屋で一緒に住んではどうかと提案したのだが、色々な意味で自分が同居しているのはローラとミラーカの関係や、特にミラーカの感情面で余り良い事ではないだろうと、モニカの方から別居を申し出られたのだ。
そこで一応(?)同じキリスト教の聖職者という事で、ウォーレンに相談してみようという話になり、ミラーカとも連れ立って3人で彼の元を訪れたのだった。
ウォーレン自身も【悪徳郷】の事件に巻き込まれて入院していたのだが、幸い怪我自体は軽かった為にすぐ退院する事が出来ていた。
モニカの事情を打ち明けると、当然だが彼は大層仰天して一度はこちらの正気を疑ったが、ローラ達がこんな事で嘘を言うはずがないと彼女らを信頼していたのと、彼自身も様々な怪異や超常現象に理解が深かったのもあって、最終的にはモニカの事も信じてくれた。
そして住み込みで働くという条件で、モニカを教会に住まわせる事を了承してくれたのだった。モニカ自身は経歴からしても真の聖職者といえる人物だったが、現代の神学校を出ている訳ではないのであくまで見習い扱いだが、本人には何ら不満はないらしく今の現代社会での生活に興味津々のようだった。
「実際に彼女の教義に対する知識や信仰心は驚くべきものがあるよ。恥ずかしながら私達現代の聖職者が忘れてしまった多くの物を彼女が持っているのは間違いないね」
真摯な表情で語るウォーレンは本心で言っているらしく、モニカの居候が迷惑になってはいないようでローラもホッとした。
「モニカも神父様も元気そうで良かった。今街を騒がせてる連続失踪事件の事は2人も知ってると思うけど、私があの事件を担当する事になったの。捜査の状況によってはまたしばらくここには立ち寄れなくなると思うけど、2人共充分気を付けて欲しいの」
「ああ……例の失踪事件ね。確かにLAだけじゃなく周辺の街にまで被害が及んでいるらしいからね。勿論気を付けるさ。それに今は頼もしい
ウォーレンが頷きつつも少し悪戯っぽい調子でモニカの方に視線を向けると、彼女もまたしっかりと頷いた。
「ローラさん、安心して下さい。神父様は私がお守りします」
「モニカ……ありがとう。宜しく頼むわね? 勿論あなた自身も気を付けなきゃ駄目よ?」
ウォーレンも既にモニカの力の事は承知している。確かに彼女ならそんじょそこらの犯罪者や、魔物にさえ遅れを取る事はないだろう。むしろ襲ってきた相手に同情してしまう程だ。
しかしそんなモニカの表情が少し曇る。
「ローラさん……。むしろ私達よりローラさんの方が充分気を付けて下さい。ミラーカとも話したんですが、再びこの街に不穏な魔力の気配が漂いつつあります。しかも私の感覚ではあの【悪徳郷】も上回るような……いえ、恐らくこれまでの災禍とは根本的に違う何かが始まろうとしているような……そんな予感がするのです」
「……! そう……解った。私も気を付けるわ」
ミラーカやモニカがそう言うなら、今回の事件にはまた魔物が関係しているのかも知れない。もしかしたら目撃されている悪魔のような姿の怪生物というのも、本物の悪魔という可能性もある。
(正直ゾッとしないわね……)
これまで色々な魔物と戦ってきておいて何だが、やはり悪魔という存在が実在すると考えるのはどうにも荒唐無稽な気がしてしまう。だが正体は解らなくとも、モニカやミラーカが忠告してくる以上、全く何もないとも考えられない。
ローラ自身は警部補としての責任もあって捜査を降りる訳には行かないが、充分に警戒しておくに越した事はない。
ウォーレンが手を叩いた。
「さあ、暗い話はここまでにしようじゃないか。折角ローラが訪ねてきてくれたんだ。楽しい話がしたいな。そういえば警部補昇進のお祝いをまだしていなかったね。改めてだが、おめでとう、ローラ。やっと今までの君の努力が実を結んだね」
「し、神父様……ありがとうございます」
勿論ミラーカやセネム達からは祝ってもらっていたが、ローラが警察に入る前の学生時代からずっと世話になってきた親代わりとも言えるウォーレンからの言葉は、彼女の今に至るまでの苦労を見守ってきているだけに重みが違った。ローラは思わず涙ぐんでしまう。
「あらあら、楽しい話をしようと言っている側からローラさんを泣かせてしまって……。いけませんよ、神父様?」
「そ、そうだね。私としたことが……。済まなかったね、ローラ」
居候のはずのモニカにやんわりと注意されて頭を掻くウォーレン。その様子が可笑しくて、ローラは泣きながら笑ってしまう。
「うふ! ふふふ! 私なら大丈夫ですよ、神父様! それよりも神父様やモニカの話を聞かせて下さい。最近はどうしていましたか?」
ローラに問われて、ウォーレン達も気持ちを切り替えて世間話に花を咲かせる。その後は教会が閉まる時間まで終始和やかな談笑が続き、ローラは昇進や事件で張りつめていた精神が一時的にでも解れていくのを感じた……