File25:ダンカン・フェルランド

文字数 6,156文字

 へイゼルに警察を呼んで男達を引き取らせるよう伝えてから、ローラ達3人はアーチャー家を出た。少し離れた所に車を止めているナターシャ達の所へ向かう。

 やがて車が見えてきた所でローラはふと違和感を覚えた。


「皆、待って――」

「――おっと、動かないでもらおうか。勇敢なお嬢さん方」
「……!」


 車の反対側の陰から5、6人の男達がゾロゾロと姿を現した。アーチャー家に押し入ってきた2人と同じような黒いスーツ姿。ラムジェン社の刺客だ。他にも仲間がいたのだ。しかも……

「く……!」「せ、先輩!?」

 男達に囚われたナターシャとヴェロニカの姿。2人とも意識を失っている。ローラは歯噛みする。恐らくナターシャを人質に取られヴェロニカは抵抗できずに捕まったのだろう。

 2人とも後ろ手に手錠で拘束された状態で、グッタリと男達に身を預けている。2人のこめかみには銃が突きつけられており、ローラ達は一歩も動けなくなってしまう。

「ふん……病院にまで押し入って随分ヤンチャしてくれたようだな。まさかただで済むと思っちゃいねぇよな?」

 男達の1人が憎々し気にローラ達を睨む。

「な、何故、ここが解ったの?」

 そもそも最初の襲撃からして疑問だったのだ。病院に押し入ったローラ達の人相は割れているとしても、それとアーチャー家を結び付けた理由が解らない。サイモンはアンドレア以外に薬の情報を喋っていないはずだ。

「それはねぇ……。僕もその『薬』の事をサイモンから聞いた事があったからさ」

「……!」

 男達は誰も喋っていない。彼等を掻き分けるようにしてその後ろから姿を現したのは、40代と思われる精悍な外見の男性だった。男達とは違い私服姿であった。アンドレアの顔が驚愕に染まる。

「ダ、ダンカン……フェルランド教授!?」

「やあ、久しぶりだね、ミス・パーカー。あの『保養所』の事故(・・)以来かな?」

(ダンカン・フェルランド……って確か、『エーリアル』の復活プロジェクトをラムジェン社に持ち掛けたっていう……?)


 いわば全ての元凶と言える人物。


「病院から君が攫われたって聞いて、絶対にここに行き着くはずだと思ってね。網を張って待ってたって訳さ」

「……私達をどうするつもり?」

 ローラがアンドレアを庇うように前に進み出て問い掛ける。

「君は……ロサンゼルス市警の刑事だってね? TVで見た事があるよ」

「……! そうよ。刑事である私に何かしたらタダじゃ済まないわよ? 今なら見逃してあげる。その2人を解放して――」

「――くく、だったら何故最初からその事を言わなかったんだい? 君だって令状もなく他人の私有地に押し入って職員に暴行を働き、『患者』を強引に攫ったんだ。これは立派な犯罪だよ。通報できない後ろ暗い所があるのは君だって同じだろう?」

「く……」

 ローラは呻く。見抜かれている。そう。事が公になればラムジェン社は勿論大打撃だが、同時にローラも共倒れになる。

「自分達の立場が分かったようだね。それじゃドライブと行こうか。おっと、逃げたり抵抗したりしたらどうなるか解ってるよね?」

 ダンカンが合図すると、男達の何人かがこちらに近付いてきた。ナターシャ達を人質に取られていて、逃げる事も抵抗する事もできない。

 男の1人がローラから薬品を取り上げ、代わりに彼女の両腕を後ろに回して手錠を掛けた。ジェシカとアンドレアも同じように後ろ手に手錠を掛けられる。


「ふふ、この薬は僕が有効に使ってあげるよ。さあ、後の事は車の中で話そうか」


 男から薬を受け取ったダンカンは丁寧にそれを懐に仕舞うと、ローラ達を促した。ローラはアンドレアとナターシャと共に、男達が乗ってきたらしい黒塗りのワンボックスカーに押し込められる。ダンカンと他に3人の男達が乗り込んできた。

 ジェシカとヴェロニカはナターシャの車に乗せられた。そちらにも一緒に3人の男が乗り込む。そうして2台の車は、すっかり暗くなった夜の帳の中をどこへともなく走り去っていった……


****


「う……ご、ごめんなさい、ローラ。私のせいで……」

 車の中で意識を取り戻したナターシャは沈痛な面持ちでローラに謝罪した。ローラはかぶりを振る。

「いいのよ。どの道この人数相手じゃ太刀打ち出来なかったし……」

 下手に抵抗すればジェシカはともかく、他のメンツは最悪その場で射殺されていたとしても不思議はない。同じように口封じでアーチャー一家もどうなっていたか解らない。

 今頃はヴェロニカも意識を取り戻しているだろうが、車を分けられたのでローラ達の状況が解らずに、ジェシカ共々反撃する事は出来ないだろう。それを意図した訳では無いだろうが、ダンカンが人質を2台の車に分けたのは、彼等の側からすれば正解だった訳だ。


「きょ、教授……あくまでオブザーバーに過ぎなかったあなたが、何故ラムジェン社の幹部のように振舞っているんですか? 一体何が……」

 アンドレアが震える声で問い掛ける。それを見てダンカンが笑う。

「別に何も不思議な事は無い。新しいCEOにもあの生物の血が持つ効力の話をしてやっただけさ。何と言ってもあらゆる癌の特効薬だ。面白いように飛びついてきたよ」

「そ、そんな……。あなたはまた同じ過ちを繰り返す気ですか!?」

「今度は失敗しないさ。君達が見つけてくれたこの薬もあるしね。僕はねぇ、大学の貧乏学部の一教授で終わるような男じゃないのさ。この偉大な『発見』によって僕の名は世界中に知れ渡る。そして勿論使いきれない程の金もね」

「あ、あなたは……!」

 身勝手な欲望をむき出しにするダンカンの姿に、アンドレアは絶句する。ローラはダメ元で交渉してみる。

「ゾーイ・ギルモアという女性を知ってる? 確かあなたの所の考古学部を卒業して、そのままそこに就職したはずだけど」

「……! ああ、ギルモア君か。勿論知っているとも。美人で優秀だが野心も強くてね。中々扱いに困る子だよ。彼女が何か?」

「私の高校時代からの友達なのよ。今でもやり取りはしてるの。私に何かあったら彼女が怪しむわよ。ついこの間もラムジェン社の話をしたばかりだし……」

 実際には何年か前から音信不通だが、ハッタリをかましてみる。だが……

「ははは! つまらないハッタリはやめ給え! 彼女なら今頃はエジプトの不毛の砂漠で延々と益の無い地道な発掘作業に勤しんでいるさ! 実在すら碌に定かでない太古のファラオの墓を探し求めてね!」

 高笑いと共に一蹴された。

「くく……自分に実力があると勘違いしてる馬鹿なルーキーに対する、ちょっとした罰ゲームみたいなものさ。そうとも知らずに栄光の未来を夢見て、灼熱の大地で穴掘りに精を出している愛すべき愚か者だよ、彼女は。くくく……!」

 心底馬鹿にし切ったダンカンの言い草に、ローラは友人に同情すると共に腹が立った。

「……あなたは人間としても教育者としても最低の部類だわ」

 ダンカンが鼻を鳴らす。

「ふん。君らから見ればそう見えるだろうな。だがもうじきその最低の人間が、世界的な名声と巨万の富を得る事になるのさ」

 もうこの男には何を言っても無駄だろう。ローラは俯いた。何とかこの状況を打破する手立てを講じなくてはならない。

 車にはダンカンの他、運転手を含めて3人の銃を持った強面の男達が控えている。対してこちらは女3人の上、ナターシャとアンドレアは素人で戦力としては数えられない。しかも全員後ろ手に手錠で拘束されているというおまけ付きだ。

 状況はほぼ詰んでいるといって良かった。何とかしなければ、と気ばかりが焦って結局何も思い浮かばないまま、車は目的地(・・・)へと到着してしまった。



「さ、着いたよ。ドライブはここで終了だ」

 車が停まるとスライドドアが開かれ、ローラ達3人は乱暴に外へと引きずり出される。外はビルや人家の明かりもない森の入り口のような場所であった。車から漏れる照明だけが、頼りなく周囲を照らしていた。

「こ、ここは……?」

「エンジェルス国立公園の袂さ。そう……君達が『エーリアル』と呼ぶ、あの神獣が(ねぐら)にしていると思われる、ね……」

「……!」
 アンドレアとナターシャが息を呑んだ。ローラは何となくだが予想していた。

「……私達を囮にして捕獲しようとでも言うつもり?」

「おや? 勘が良いね。その通りさ。やはり実際の検体に勝る研究資料は無いからね。警察の手にも負えないような化け物だが、幸い君達が見つけてくれた『コレ』があるからね」

 そう言ってダンカンは薬品の瓶を開け、そこに付属の注射器を差し入れて中の液体を抽出する。

「ふむ……後2、3回分くらいはありそうだな。これだけあれば充分だろう。全くサイモン様様だよ」

「……それを撃ち込むには相当密着しないといけないわ。あの化け物相手にそれが出来ると思う? あなた達じゃ近付く前に全滅するのがオチよ」

 ローラが皮肉たっぷりに問題点を指摘してやると、ダンカンはニマァ……と笑った。

「私達がやるとは一言も言った覚えはないが?」
「……何ですって?」

 不穏な発言にローラが思わず聞き返した時、後続のナターシャの車も到着した。中から同じようにジェシカとヴェロニカが引きずり出されてくる。

「ロ、ローラさん!」

「す、済みません……。私が付いていながらこんな事に……」

「2人とも無事だった!? いいのよ。こいつらは最初から私達を狙っていた。どうにも出来なかったわ」

 ジェシカと、悄然とうなだれるヴェロニカにそう答える。やはり2人共ローラ達の状況が解らない為に反抗出来なかったようだ。

「感動の再会という奴だね。それじゃさっきの話の続きだけど、奴に薬を撃ち込むのは僕等じゃない。君達がやるんだよ」

「な…………」

「君達だったら巣に攫おうとして自然と『密着』するはずだからねぇ。針を撃ち込む機会もあるだろうさ」

「……ッ!」
 ローラは、ダンカンが自分達を殺さずにここまで連れてきた理由を知った。


「ふ、ふざけないで! 何で私達がそんな事しなければならないのよ!?」

「おや? この街を恐怖に陥れる凶悪な殺人鬼を討伐できるんだよ? 良い事じゃないか。それに君達だって元々そのつもりだっただろう?」 

「そ、それは……」

「それに何か勘違いしているようだね。これは『お願い』ではなく『命令』だ」

 ダンカンの合図で男達が進み出てきてナターシャとアンドレアの2人を引っ立てて、そのこめかみに銃を突き付ける。

「ひっ!?」「……!」

 アンドレアが恐怖で硬直する。ナターシャはギュッと目を瞑って悲鳴を押し殺す。

「さあ、何をするべきかは解っているね?」
「く……!」

 ローラは悔し気に歯噛みする。ジェシカもヴェロニカも、ナターシャ達を人質に取られているので手が出せない。他の男達が寄ってきてローラ達3人の手錠を外す。そしてローラに薬の入った注射器を手渡した。


「……『エーリアル』がここに現れるとは限らないわ。来なかったらどうする気?」

「来るさ。君達は知らなかっただろうが、伝承によるとあの神獣には一種の『千里眼』のような能力が備わっているんだ。奴等が正確に自分達好みの美女を見つけて、それが外出している機会を狙って拉致出来ていたのは、ただの偶然だと思っていたのかい?」

「な……せ、千里眼ですって!?」

 今まで怪物による実害ばかりに気を取られていたが、そう言われれば確かに腑に落ちない点は多々あった。そんな能力を持っていたなどとは、勿論ローラも初耳であった。

「奴は先日のグリフィスパークの戦闘で損害を受けた戦力を、一刻も早く補充したがっているはずだ。そしてここには奴等好みの美しい苗床が5つ(・・)も揃っている。見逃すはずがない」

「ロ、ローラさん……」

「大丈夫よ、ヴェロニカ。私に任せて」

 不安げに震えるヴェロニカにローラは極力安心させようと声を掛ける。


(何とか……皆だけでも助けないと……)


 ローラにはその責任がある。『エーリアル』が本当に現れたら、その時は我が身を犠牲にしてでも奴にこの薬を撃ち込むつもりだ。ローラ自身ただでは済まないだろうが、その覚悟は出来ている。

 問題はそれを見届けた後、確実にダンカンは残った女性達を始末するだろうという事だ。ジェシカとヴェロニカは自分の身は守れるかもしれないが、ナターシャとアンドレアは確実に殺される。いや、ジェシカ達とて6人もの銃を持った男達に襲われれば、絶対に生き残れるという保証はない。


 だがやはり現状を打破できるような都合のいい手は思い浮かばなかった。

(く、そ……! どうにも出来ないの……?)

「さあ、もうじきやって来るぞ! 準備しておけ!」

 無情にもダンカンの指示が飛ぶ。そして黒服の男達がローラに見せつけるようにして、ナターシャ達に改めて銃を突き付ける。

(……ごめんなさい、皆。ごめんなさい、ミラーカ。最後にもう一度あなたに会いたかった……)

 ローラが悲観から諦念に陥り掛けた時だった。



 ――ビュンッ!! という風切り音がしたかと思うと……ナターシャとアンドレアに銃を突き付けていた2人の男の腕が、血しぶきと共に綺麗に切断された!



「ぎゃああぁぁぁぁっ!!!」

 腕を切断された2人がのたうち回る。

「な、何だぁっ!? 奴が来たのか!? だが何故こっちを……!?」

 ダンカンの驚愕の叫び声。残りの男達も慌てて銃を抜いて周囲を見渡す。



「――正直事情は良く飲み込めていないけど……この場ではどっちが『悪者』なのかは一目瞭然ね」



 透き通るような女の美声。それを聞いたローラの瞳が見開かれる。

「な、何だと? だ、誰だ! 姿を現せっ!」

 ダンカンに呼ばれたからでもないだろうが……闇の中からその姿を現したのは――


「あ……あ……よ、良かった……。目を覚ましたのね……?」

 ローラの声が涙混じりになる。同時に心に深い安堵が広がる。彼女(・・)が無事だったという事だけでなく、もうこれで後は全て上手く行く……。根拠も何も無いはずなのに、そんな絶大な安心感をローラにもたらしていた。

「ミラーカッ!!」

 痛々しい傷痕はすっかり消え失せ、元通りの艶のある漆黒の長髪。そして闇に浮かび上がる白磁の絶世の美貌。黒光りするボンテージファッションに、右手にはたった今2人の男の腕を切断したと思われる、独特の形状の煌めく刃……


「待たせてしまってごめんなさい、ローラ。あなたのお陰でこの通りすっかり回復したわ。ありがとう」


 闇が形を得たかのようなその美女――ミラーカは、そう言って妖艶な微笑みを浮かべたのであった……
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