File35:毒ガス攻略

文字数 4,163文字

「ローラさん! 皆さん、今助けます!」

 ナターシャの働きによって虜囚から解放されたと思われる、何故かライフガードの赤い水着姿のヴェロニカが、『障壁』を張ったままフォルネウスの毒ガスが満ちる敷地内に駆け込んできた。

 『障壁』には有毒な気体だけを弾く効果もあるらしく、ゾーイのように毒で倒れる事も無くこちらに近付いてくるヴェロニカ。


「しゃらくせぇぇっ!!」

 悪鬼の如き形相となったジョンがヴェロニカに襲い掛かる。

「させないっ!」

 しかしそこにミラーカが割って入る。刀とサーベルが打ち合い、激しい金属音が響く。ヴェロニカはミラーカに礼を言って、戦いを避けつつローラ達の元に向かう。しかし後もう少しで到達するという所で……

「……!」

「ここに現れたという事は、何らかの手段で人質を解放したという事かな? 僕を出し抜くとはやるじゃないか」

 ニックが立ち塞がった。その手には砂を固めて作った西洋剣が握られている。そしてその剣で容赦なく斬り掛かってくる。

「く……!」
 ヴェロニカとしても無視できる相手ではなく、その攻撃に対処せざるを得ない。『障壁』を集中させてニックの斬撃を防御する。その甲斐あって攻撃を弾く事には成功したが、その場に足止めされてしまう。

 これではローラ達を助けに行けない。そうこうしている内にフォルネウスが再び毒針の発射準備に入った。ニックの相手をしながらローラやセネム達を守る余裕はない。ヴェロニカが顔を青ざめさせる。だがその時……


 ――パァンッ! パァンッ!


「……!!」
 ニックの身体に複数の銃創が穿たれた。ニックはその衝撃で少し怯んだように後退し、その銃弾を撃ち込んだ相手を見やる。ヴェロニカも同様に視線を向けて、驚いたように目を見開く。

「ロ、ローラさん……!?」

 ローラは左手をゾーイに添えたまま、右手だけで銃を構えていた。銃は当然デザートイーグルではなく、片手でも反動を制御できるグロックを握っていた。

 サブウェポンとして携行していたグロックに『ローラ』の力を込めて撃ち込んだのだ。本来は〈従者〉相手に牽制にもならない拳銃弾が浄化の力を帯びる事によって、倒せないまでも怯ませる事はできた。

「ヴェロニカ、今の内よ!」
「……!」

 ローラに促されたヴェロニカが弾かれたように再び走り出す。一瞬の動揺から立ち直ったニックが彼女を妨害しようとするが、そこに再びローラが牽制の銃弾を撃ち込む。

 ローラとしては力の一部を攻撃に割く事でゾーイの治療に回す分が少なくなるので、先程までは攻撃したくても出来なかったのだが、ヴェロニカが来てくれて状況が変わった。毒ガスを遮断し、毒針も弾ける彼女が側に来てくれれば……

 そこにフォルネウスから何度目かの毒針が射出された。だがその時ようやくローラ達の所まで到達したヴェロニカが自身の『障壁』でそれを弾いた。 

「ローラさん! セネムさん! 毒ガスは私が防ぎます! 早く皆さんを……!」

「助かったわ、ヴェロニカ!」
「す、済まない、ヴェロニカ。恩に着るぞ!」

 状況を素早く見て取ったヴェロニカが、自分と仲間達全体をすっぽりと包み込むように『障壁』を展開させる。それによってローラ達は全員毒ガスの影響下から解放された。そしてそうなれば霊力による治療の効果は如実に現れはじめる。


『忌々しい能力だね。こんな事ならあの時、少々の危険を冒してでもジョン達の好きにさせておくべきだったよ!』


「……!」
 ニックの声と……姿が禍々しい物に変わっていた。干からびた姿のミイラ形態だ。その身体から発散される魔力が爆発的に上昇している。

 彼は腕から直接生やした剣を突き出しながら飛び掛かってくる。そしてその剣先が『障壁』と接触する。

「ぐ……!?」
 『障壁』に恐ろしい程の負荷が掛かり、ヴェロニカが苦し気に呻く。今彼女は毒ガスを遮断する為に『障壁』を全方位に展開しており、薄く伸ばされた『障壁』の強度はかなり脆くなっている。 『障壁』を一点に集中すればニックの攻撃も弾けるが、そんな事をすればまた毒ガスの餌食だ。

 ニックが再び剣で斬り付けてくる。薄い『障壁』に大きなヒビが入る。

「く……ま、まだですか……!?」

 額に脂汗を浮かべながら苦し気な表情でローラ達に問い掛けるヴェロニカ。この薄い『障壁』で〈従者〉の攻撃をいつまでも防げるはずはない。早くも限界が近付いていた。そして『障壁』が割られてしまえばどの道毒ガスにやられる。

「もう少し……もう少しで……」

 ローラ達もまた脂汗を浮かべながら必死に霊力を高める。

『ははは! 無駄な足掻きだったねぇ!』

 だがニックはそんな彼女達の努力を嘲笑うように哄笑し、右腕の剣を振り上げる。既にヒビが入っている『障壁』は、この一撃で一溜まりも無く砕け散るだろう。そうなればヴェロニカも毒ガスの餌食となり、彼女らは全滅まっしぐらだ。

 ヴェロニカが思わず硬直する。ニックが無情にも剣を振り下ろそうとして――


『……っ!? お……おぉ……?』

 ニックが何故かその姿勢のまま固まる。そして戸惑ったような声を漏らす。彼が干からびた視線を向けるその先には……

「ゾーイ……!」

 ローラが喜声を上げる。まだ地面に這いつくばった姿勢で辛そうな表情のままだが大分顔色が良くなったゾーイが、上体のみを起こしてニックに向けて片手を翳していたのだ。そしてその手が何かを掴むような動作を取る。

『……っ!!』
 ニックが恐れ戦いたように、大きく後方へ飛び退って距離を取った。


「ゾーイ、大丈夫なの!?」
「え、ええ……何とかね……。ありがとう、ローラ。お陰で助かったわ」

 まだ本調子ではないらしく若干青い顔はしていたが、それでも小さく微笑むくらいの元気は戻ったようだ。しかしすぐにその表情を引き締めて、ミイラ化したニックを睨み付ける。

『……馬鹿な。その、力は……メネスの……!?』

「そうよ。彼の力を一部だけど使えるようになったの。そして過去にメネスを甦らせてしまった人間の責任として、彼の負の遺産(・・・・)を放置する事は出来ない」

『……ッ!』
 ニックが思わずといった感じで後ずさる。原理はよく分からないが、ゾーイの力はニックにとってかなり脅威であるようだ。考えてみれば他ならぬ〈従者〉の主人たるメネスの能力なのだ。一部とはいえ、何か〈従者〉に致命的な影響を与える力が使えるのかも知れない。


『ジョン! ジョーーーンッ!! 選手交代だ! ミラーカは僕が受け持つ! 君は何としてもあの女を殺すんだっ!!』

 ニックは彼にしては珍しい、相当焦りの色が強い悲鳴のような声でジョンに助けを求める。なまじ慎重で全てを計算通りに進めようとする性質が故に、その想定を大きく超えるような事態に対してパニックに陥ったのだ。

「馬鹿が! だからさっさとヴェロニカだけでも殺しとけば良かったんだ!」

 ミラーカと斬り結んでいたジョンが、悪態を吐きながらもローラ達の方に向かって来ようとする。だが……


「私がそれをさせると思って!?」

 ミラーカがここが正念場とばかりに奮起してジョンの離脱を妨害する。

『ミラーカァァッ!! 邪魔するなっ!』

 ニックがゾーイから逃げるようにしてミラーカに向かってきた。ミラーカが一時的にジョンとニックの2人を相手にして、ローラ達に対する圧力が止む。

「……! チャンスね!」

 ゾーイがヴェロニカの『障壁』の外に砂の槍を形成する。ヴェロニカの『障壁』は敵の攻撃も防げるが、反面こちらの攻撃や移動も遮ってしまうという難点がある。なので『障壁』に覆われている間は、ローラも中からの援護射撃は出来ない。 

 だがゾーイの能力なら別だ。『障壁』の外側に砂を集めてそれを操る事で、内側にいながらにして攻撃が出来るのだ。

 ゾーイは形成した砂の槍を、毒ガスを噴出し続けるフォルネウスに向かって射出した。

「……!」
 フォルネウスはそれまでの緩慢な動きが嘘のような素早い挙動で砂の槍を躱した。だがそれによって……


「毒ガスが……引いていく!」


 『障壁』を維持しているヴェロニカが目を見開いた。どうやらガスの持続力自体はそれ程高くなく、常に噴出し続けなければならないという弱点があるようだ。

 そして……

「ガ、グウゥゥゥゥゥゥッ!!」

「……ご迷惑を、お掛け……しました。この借りは、この後の働きで……返します!」

 セネムの治療を受け続けていたジェシカとシグリッドの2人が、まだ若干辛そうな様子ながらも自分の足で立ち上がって身構えた。ヴェロニカの援護によって毒ガスの効果が遮断された事で急速に回復し、遂に戦線に復帰したのだ。

「ジェシカ! シグリッド! 良かった……!」
「うむ! よく頑張ったな、2人共!」

 その頼もしい姿にローラとセネムが喜色を上げる。その時にはゾーイも何とか自分の足で立てるようになっていた。彼女等の治療に専念していたローラとセネムも、自らの武器を手に取って立ち上がった。同時にヴェロニカが『障壁』を解除した。


「あの化け物を攻撃し続けて! これ以上毒ガスを使わせては駄目よ!」

 ローラは仲間達に指示すると、自らも率先してフォルネウスに銃撃する。あの毒ガス攻撃は極めて厄介だが、反面相応の準備が必要であるようだ。

 あのここに来て最初の前哨戦(・・・)は、その間にフォルネウスが毒ガス散布の準備を整えるという目的もあったらしい。

 少なくとも激しい戦闘に突入してしまえば、あの能力を再び使われるという心配はないだろう。

「ガスが消えた!? くそ、このままじゃやべぇぞ!」

「ふふ、形勢逆転ね!? さあ、どうするの!?」

 ジョンの悪態とは対照的にミラーカは口の端を吊り上げる。ヴェロニカが参戦し、ジェシカ達も全員回復した。これで戦力は万全となった。今こそ反撃の時……いや、ある意味ではここからが本番(・・)だ。
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