File15:モンロビア・キャニオン・パーク

文字数 3,669文字

 他の班に並行してカーミラとヴェロニカの班も動き出していた。他に手がかりがない事もあって、とりあえず実際にあのシャイターンが現れたヴェロニカのアパートまで赴く。

 部屋の中を改めたカーミラが頷く。

「ふむ……確かに『陰の気』が残っているわね。他に何か追跡に役立ちそうな物はないかしら?」

「は、はい。これはあの男が私に贈り付けていた花束に入っていたメッセージカードです。手書きなので奴自身の痕跡が残っているはずです」

 そう言ってヴェロニカが差しだしてきたカードを受け取る。何やら喜色悪い文章が書いてあるが、ここで重要なのは文章の内容ではない。カーミラはカードを改めると満足げに頷いた。

「……行けそうね。ジェシカがいればもっと確実だったでしょうけど、こびり付いた魔力を辿っていくだけでも何とかなりそうだわ」

「……! ほ、本当ですか!?」

 ヴェロニカの顔が喜色に輝く。匂いも辿れるジェシカの方が確実に追跡できるだろうが、この部屋に残留している『陰の気』の性質を記憶して、このメッセージカードを持っていけばカーミラでも充分追跡は可能だろう。

「ええ。それじゃ早速行きましょうか?」
「は、はい! 宜しくお願いします!」

 攫われたヴェロニカの友人の事も考えると余り悠長にしている時間もないと思われるので、2人はそのままアパートを後にして追跡に移った。


*****


 一日経っただけでも残留している『陰の気』はかなり薄まってしまう。カーミラはメッセージカードにこびり付いている魔力を参考にしながら、慎重に追跡を続けていく。ヴェロニカは彼女の後に付きながら、万が一の際の襲撃に警戒する役目だ。

 しかし幸いというか追跡中に敵の襲撃を受ける事はなく、そのまま痕跡を辿る事数時間……。2人はLAの北東部にあるモンロビア・キャニオン・パークという自然公園に到達していた。あの『エーリアル』が棲家としていたエンジェルス国立公園にも程近い場所だ。

 時刻は既に夜を回ろうとしており、広大な自然公園には人の気配が感じられなかった。吸血鬼のカーミラはむしろ夜が本領だが、ヴェロニカはそうは行かない。だが幸いというか雲も殆どない夜の空には月が輝いており、月明かりが木に遮られている森の中でなければそこまで視界不良となる事はなさそうだ。


「こ、こんな所に本当にカロリーナが囚われているんでしょうか……?」

 ヴェロニカが夜の森を無気味そうに眺め回しながら呟く。カーミラはかぶりを振った。

「あなたの友達がここにいるかは残念ながら解らないわ。でも彼女を連れ去った男は確実にここにいるはずよ。そいつから聞き出せば問題ないわ」

 シャイターンは強敵だが以前にも同類と戦った事はある。全力で戦えば、苦戦はするだろうが勝てない相手ではないはずだ。ましてや今はヴェロニカもいるのだからより確実だ。


 そのまま『陰の気』を辿っていくと、やがて森が切り開かれた広場のような場所に出た。いくつかベンチが並んでおり、散策者の休憩スペースを兼ねた場所のようだ。

「……どうやらお出迎えのようね。準備しなさい」
「……!」

 周囲を囲む気配に気付いたカーミラがコートを脱ぎ去って刀を構える。それを受けてヴェロニカも慌てて『力』を高める。

 キキキキ……という奇怪な音声と共に、周囲の木立の闇から何体もの怪物が出現して2人を包囲した。ジャーン達だ。20体近い数がいるようだ。

「こいつら……! あのシャイターンの仕業ですね……!」
「そのようね。来るわよ!」

 カーミラの警告とほぼ同時にジャーン達が唸りを上げながら次々と飛び掛かってきた。カーミラは敵の数に惑わされずに、ヴェロニカと背中合わせになるようにして、一度に接敵する数を減らしつつ、冷静に敵の攻撃を躱しつつカウンターで反撃していく。

 ヴェロニカも先日公園で襲われた時と同じ要領で『障壁』を展開して足止めしつつ、『弾丸』で一体ずつ仕留めていく。


 数分後には襲ってきたジャーンを全て殲滅する事が出来ていた。それを確認してカーミラが息を吐く。

「ふぅ……いい準備運動になったわ。でも、あなたは更に腕を上げたみたいね? 正直怖いくらいの成長速度だわ」

「あ、ありがとうございます、ミラーカさん。あの市庁舎の時のように足手まといになるのはもう嫌なので、頑張って修行した甲斐がありました」

 ヴェロニカが少し照れたように頭を掻く。今の彼女と戦ったとしたら、カーミラでも負けるとは言わないがそれなりに苦戦しそうだという実感があった。味方としては頼もしい限りである。


 2人が気を取り直して追跡を再開しようとした時だった。

「……!」
 カーミラが視線を鋭くした。そして広場の隅に建っている公衆トイレの方を注視する。

「ミラーカさん?」

「……そこに誰かいるわね。隠れても無駄よ。出てきなさい。」

「え!?」
 ヴェロニカも驚いて公衆トイレを見やる。すると……


「ま、待って……お願い、殺さないで。私は何も知らない、何も見てないわ」


「……!」
 女子トイレの方から怯えた様子で姿を現したのは、スポーツウェアに身を包んだ1人の女性であった。金髪をカールさせた髪型の、若くて美しい女性であった。しかし今はその美貌を可哀想なくらい青ざめさせて小刻みに身体を震わせている。

 何も見ていないと言っているが、もうその言葉自体が、今のジャーン達との戦いを目撃したと物語っていた。それは女性の恐怖に慄いた様子からも明らかだ。

 カーミラが舌打ちした。魔力を追跡する事に意識を集中させていたので、人間の気配に気付かなかったのだ。

「……こんな時間にこんな場所で何をしているの? 女が1人でうろつくには適当なシチュエーションではないと思うけど?」

「そ、それは、その……」

 不自然な状況にやや警戒を強めながら問い掛ける。すると女性は明らかに動揺したように口ごもる。しかしカーミラが眼光を鋭くして睨み付けると、女性は更に顔を青ざめさせた。

 先程のジャーン達との戦いからカーミラ達が尋常な人間ではない事が解ったのだろう。正直に答えなければ殺されると思ったのかもしれない。やがて観念したように口を開いた。

「マ、マリファナよ。マリファナをやっているの……。私はこれでも女優なの。人目に付かないようにするには、日課のトレーニングと偽ってこういう所で使うしかなくて……」

「女優ですって?」

 カーミラが少し眉を動かす。するとそれまで黙っていたヴェロニカが得心したように頷いた。


「やっぱり……どこかで見た覚えがあると思っていたんですが。ミラーカさん……この人、ブリジット・ラングトンですよ! あの『セブンスエイジ』の!」


 映画好きである彼女にはすぐに解ったようだ。こんな時ながらその声のテンションが若干上がっている。

「ブリジット・ラングトン?」

 カーミラはその名前をどこかで聞いた記憶があった。ヴェロニカの言う映画以外のどこかで。それが何だったのかを彼女が思い出す前に……

「……き、きっと、今はあの『シューティングスター』の事件で生き残った女、という方が印象深いでしょうけど」

「……!」
 若干自嘲気味なブリジットの言葉でカーミラも思い出した。そうだ。あの『シューティングスター』事件でルーファスの前にターゲットだった女優だ。確かFBIの作戦で生き残ったという。

「……その有名人がこんな所でマリファナを?」

「だ、誰も予測が付かないからこそいい隠れ場所だったの。急に有名になって色々とストレスも溜まっていたのよ。ねえ、お願い! この事はここだけの秘密にして! 私も今さっき見た事は誰にも言わないから!」


「…………」

 恋人が警察官だからといって別にカーミラ達まで法の番人になったつもりはないし、誰かが人知れず麻薬を服用していたからといって、正直どうでも良かった。

 重要なのはこっちも弱みを握った事で、今の戦いの事を漏らされる心配が少なくなったという点だ。この場に居合わせた理由も説明されれば不自然な物ではない。

「あ、あの化け物達が何だったのか、それをあっさりと返り討ちにしたあなた達が何なのか、詮索するつもりは一切ないわ。だ、だから、もう行っていいわよね?」

「ミ、ミラーカさん……」

 ヴェロニカが取り成すような不安げな調子でカーミラを見やる。彼女は溜息を吐いた。

「はぁ……解ったわ。約束は守ってもらうわよ? 今日ここで見た事は全て忘れなさい。でないと……お互いにとって不幸な事になるから」

「……っ。も、勿論よ、全部忘れるわ。そ、それじゃ……」

 ブリジットは機械仕掛けのように何度も頷いてから、おっかなびっくりといった様子でこの場から走り去ろうとした。しかし、それは些か遅きに失した。
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