File22:恐るべき強敵
文字数 3,955文字
『ふむ……『特異点』の戦士達がこれだけ集ったか。だが……足りんな。私を斃すにはお前達だけでは力不足だ』
「……!! 来るわよ!」
ミラーカの警告。直後にデュラハーンの跨る
ゾーイが牽制に砂の槍を撃ち込むが、馬の周囲にも黒い霧が発生して彼女の攻撃を打ち消す。馬は全く勢いを減じさせる事無く前衛組に肉薄する。
「ぬぅ……!」
セネムが二振りの曲刀を交差させて、デュラハーン目掛けて神霊光を放つ。光をまともに浴びたデュラハーンだが全く傷ついている様子が無い。馬も同様だ。相手の魔力が濃密過ぎて、文字通り焼け石に水を掛けているような物なのだ。
だがその光量によって多少目を眩ませる効果はあったらしく、突進の勢いが鈍る。その隙を逃さずミラーカが翼をはためかせて飛び上がると、相手の『頭上』から刀を斬り下ろす。
「……!」
だがまるでデュラハーンを守るように奴の頭上にも黒い霧の塊が発生して、ミラーカの斬撃を受け止めてしまう。最初の時と同じように黒い霧は自ら意志を持っているかのように蠢いて、刀身を伝ってミラーカに取り付こうとしてくる。
「くっ……!」
ミラーカは歯噛みして刀を引き抜こうとするが、黒い霧は粘着性を持っているかのように纏わりついて離れない。そのまま刀を伝って彼女の身体に触手を伸ばそうとするが……
「させんっ!」
セネムが黒い塊に霊刀で斬り付ける。神聖な霊力を帯びた曲刀の斬撃に対しては、黒い霧は消滅しないまでも多少怯む様子を見せた。
(く……何という抵抗だっ!)
曲刀越しに凄まじい圧力を感じたセネムは、全身に力を込めて斬り下ろそうとする。そしてどうにか黒い霧を両断してミラーカを救出する事に成功したが、霧は両断されても消滅せずに再び癒合してこちらに触手を伸ばしてくる。
どうやらこの黒い霧を消滅させられるのはローラの神聖弾だけのようだ。ミラーカと共に素早く飛び退るセネム。
その間に反対側からシグリッドが馬の脚を狙ってミドルキックを仕掛けるが、やはりその軌道上に別の黒い霧が発生する。
「……っ!」
このまま接触したら今度は左脚を破壊される。シグリッドは慌てて制動を掛けて攻撃を中断し飛び退る。
「く……私達とは最悪の相性みたいね」
「うむ、あの霧を何とかせねば……」
前衛組が手を出せずに悔し気に表情を歪める。あの黒い霧は攻撃も防御も兼ね備えた極めて厄介な能力で、ミラーカ達は迂闊に近付くことさえ出来ない。
だがそれでも彼女達は敵を足止めするという役割は充分果たした。その時には既に霊力の
敢えて声を発して敵の注意を引くのは愚策だ。無言のまま神聖弾を発射するローラ。浄化の力を帯びたマグナム弾は狙い過たずデュラハーンの甲冑に命中する……直前に、やはり黒い霧によって阻まれてしまった。
「くそ……!」
ローラが舌打ちする。神聖弾と接触した黒い霧は激しく明滅して消えてしまったが、デュラハーン本体は無傷のままだ。黒い霧を消滅させる事でどの程度奴の魔力を削れているのかも判然としない。デュラハーンの先程の反応を見る限り、全く効果が無いという訳ではなさそうだが。
『無駄だ。お前の力は脅威だが、それだけでは私は斃せん』
デュラハーンはまだ距離が離れているにも関わらず、こちらに向けて剣を振った。するとその軌跡に合わせて剣からあの黒い霧が発生して、まるでバケツで水を掛けたかのような形でローラに迫ってきた。
「な……!?」
まさか遠距離攻撃を仕掛けてくるとは思わず、驚愕から身体が硬直してしまう。そこに容赦なく黒い霧が襲いかかるが、
「危ないっ!」
ゾーイが砂の壁を展開して霧の波動を受け止めた。しかしゾーイの力では黒い霧に一方的に押し負けてしまうようで、砂の壁は黒い霧によって侵食されグズグズに溶かされていく。だが多少の時間を稼ぐ事はできた。
「た、助かったわ、ゾーイ!」
その間にローラは後ろに下がって距離を取る。しかしデュラハーンに遠距離攻撃が可能とすると、後衛にいるローラ達も決して安全ではない事になる。
「くそ! とにかく攻めるしかない! 奴に攻撃の隙を与えるな!」
セネムが率先してデュラハーンに攻撃を仕掛ける。確かにデュラハーンの攻撃は強力で相手のペースのまま削られるのは非常にマズい。攻撃こそ最大の防御の精神で攻め立てる他ない。
ゾーイが次々と牽制に砂の槍を撃ち込む。しかし尽くデュラハーンの黒い霧によって阻まれてしまう。それに一切怯む事なく、ゾーイの攻撃の合間を縫うようにしてミラーカ達前衛が攻撃を仕掛ける。
だが前衛組は黒い霧の自動防御の前に打つ手がなく、それどころか迂闊に攻撃を仕掛ければ逆に自分達が傷ついていくという状況になり、ミラーカもシグリッドも、そしてセネムも消極的な牽制に終始する事しか出来ず、それですら黒い霧の反撃を受けて次々と傷を増やしていく。
ミラーカは左腕と脇腹に黒い霧の飛沫を浴びて重傷を負う。セネムは右脚にやはり霧の飛沫を受けてしまい、激痛と共に大きく機動力を削がれる。
シグリッドは辛うじてそれ以上の重傷を負う事は避けれていたが、そもそもがすでに右腕に重傷を負っており、戦力が低下している状態だ。そこに黒い霧の飛沫による細かい傷が増えて、もはや満身創痍と言っても過言ではない状態になっていた。
勿論その間にもローラとゾーイは神聖弾や砂の槍での攻撃を継続していた。しかしいずれも黒い霧に阻まれてデュラハーンには届かず、神聖弾で黒い霧はその都度消滅させる事は出来ていたが、相殺が精一杯でどうしてもデュラハーン本体を攻撃出来なかった。
それでいてデュラハーンはこちらに対して剣を振り抜いて黒い霧を飛ばしてくるので、ゾーイが完全に防御に回る羽目になり、その合間を縫ってローラが神聖弾で撃ち込むが、やはり黒い霧によって相殺されてしまう。相殺によってデュラハーンの魔力も削れているはずだが、それよりも明らかにこちらの損耗スピードの方が早かった。
特に前衛組の損耗が激しく、ローラやゾーイの力もいつまでも使い続けられる訳ではない。
「く……も、もう……これ以上は……」
「ミラーカ!? 皆っ!?」
前衛組の中で最後まで粘っていたミラーカが片膝を着いて苦しげに呻く。。すでに身体中が黒い霧によって傷だらけになっていた。セネムとシグリッドは同じように傷だらけで地に這いつくばって喘いでいる。
『どれ、まずは周りを飛び回る小煩い蝿から片付けておくか』
デュラハーンが倒れているセネム達に殺気を向ける。そして剣を振りかぶった。
「……!! やめなさいっ! セネム! シグリッド! 逃げてぇっ!!」
魔物の意図を悟ったローラが絶叫しながら神聖弾を撃ち込む。しかし無情にも黒い霧と相殺されてしまう。デュラハーンは構わずに容赦なく剣を振り下ろした。剣先から黒い霧が発生し、倒れている2人に浴びせかけられる。
「くそっ!」
ゾーイが魔力を振り絞って、セネム達の前に砂の壁を構築して霧の波動を受け止める。やはり僅かに時間は稼いだものの、砂の壁は溶け崩れ黒い霧の突破を許してしまう。
体力が尽きて満身創痍の状態で這いつくばっているセネムとシグリッドは、僅かな時間稼ぎだけでは到底逃げ切る事は出来ず、動けない2人に黒い霧が迫る。
「やめてぇぇぇっ!!」
ローラが青ざめた顔で再度絶叫。モニカとナターシャは凄惨な光景を予想して目を背けた。そして霧が無情にも2人の頭上に降り注ぐ…………寸前で、
「え……?」
ローラが目を疑って唖然としたのも束の間、木々の合間から大きな石塊が二つ立て続けにデュラハーンに向かって投擲される。
『……!』
投石はデュラハーンの剣によって弾かれたが、奴の注意をそちらに逸らすことが出来た。いや、デュラハーンだけではない。ローラもゾーイも、モニカとナターシャも……皆が石が投擲された木々の合間に視線を向けた。
そしてそこから現れた
「……状況はよく分かりませんが、何とか間に合ったみたいですね」
「ローラさん。あたし達を呼ばなかった理由は何となく解るから、それについちゃ何も言わないよ。でもこれはもうあたしらの戦いでもあるんだ。ローラさんが何と言おうと参戦させてもらうぜ」
現れたのは褐色のラテン系美女と、活発そうな印象のショートヘアの美少女の2人であった。
「ジェ、ジェシカ……? ヴェロニカ……? な、何で、ここに……?」
それはローラが敢えて呼ばなかったはずの2人、ジェシカ・マイヤーズとヴェロニカ・ラミレスの2人であった。
ローラの呆然とした問いにヴェロニカが頭を振った。
「詳しいことは後ほど説明します。今は目の前の敵に対処しましょう。私達が加勢します!」
「……!」
ヴェロニカは力を高めて臨戦態勢になる。その横ではジェシカが何も言わずに獣化を始めていた。それを見てローラとゾーイも気持ちを切り替える。
そうだ。今はデュラハーンを斃さねばならない。話は後でもできる。2人を巻き込みたくはなかったが、向こうから来てしまったものはどうしようもない。それに正直今の状況で非常に助かった事は事実だ。それはローラも認めるしかなかった。
「全く、あなた達は……。こうなったら覚悟を決めるしかないわね。行くわよ、ヴェロニカ、ジェシカ!」
「はいっ!」
「ガウゥッ!!」
2人の若き戦士の威勢のよい返事。それに勇気づけられたローラとゾーイも力を高めてデュラハーンに再度挑みかかった!