File39 ゲヘナ
文字数 3,430文字
その後モニカが精霊の力を使って作り出した浄水を飲んで完全に落ち着いたローラ。勿論ゾーイとヴェロニカもその恩恵に与った。
そして濡れネズミになったローラの服を乾かしがてら、湖から少し離れた場所で休憩する事になった。因みに何故か銃や弾薬は濡れておらず無事だった。モニカがそこは濡らさないように精霊に頼んでいたのだとか。
「なるほど……やはりゾーイさんも感知できたのは私達だけという事ですね?」
「ええ、他の4人はここには……少なくともこの近くにはいないみたいね」
そして休憩しながら情報を整理する。彼女らは焚火を囲んでいた。その焚火でローラの服を乾かしているのだ。
この不気味な荒野にも僅かにだが植物と思しき物が自生しており、ヴェロニカが念動力で枯れ木を引っこ抜いて、それをゾーイが砂の刃で裁断して薪とし、モニカが精霊の力で火を熾して即席の焚火としたのだ。全く頼りになる仲間達である。
「そうですか……。となると私達後衛組とミラーカ達前衛組とに分断 された形になりますね。恐らく偶然ではないでしょう」
「……!」
モニカに指摘されてローラも初めてその事実に思い至った。ヴェロニカ達も同様だ。
ここにいるメンバーはローラ自身も含めて全員、肉弾戦に弱い後衛型の面子だったのだ。いわゆる『後衛組』だ。『前衛組』のメンバーが誰もいない。
その事を意識するとローラは急に、自分達が丸裸にされたような落ち着かない気持ちになった。彼女らの力はいずれも強力だが、それは前衛で敵を受け止めてくれるミラーカ達がいて初めて真価を発揮する物だ。敵に直接迫られると身体的には普通の人間である為、意外な程脆いのである。
「ど、どうしましょう、ローラさん? このままジェシー達を探すべきでしょうか、それとも……」
同じ不安に駆られたらしいヴェロニカが、縋るようにローラに判断を求めてくる。自分では判断が付かないのだろう。
即ち残りのメンバーを探すべきか、それとも彼女らの無事を信じて自分達は自分達でこの世界からの脱出方法を探るべきか……
「……ミラーカ達はきっと大丈夫よ。私達は独自に脱出を目指しましょう」
短い思考の末にローラはそう結論を出した。ゾーイもモニカも周辺にこれ以上の反応を感知できないと断言しているのだ。そして今モニカが言ったように、この分断 が偶然ではないとするなら、これ以上闇雲にミラーカ達を探しても恐らく無駄だろう。
ならば戦力的には不安が残るが、何とかこのメンバーで乗り切るしかない。モニカが頷いた。
「そうですね。現状はそれが最善だと思います」
モニカが賛同した事で、残る2人も消極的に同意した。
「まあ……仕方ないわよね。無闇に探しても見つかりそうにないし」
「そ、そうですね。ジェシー達の無事を祈りましょう」
とりあえずの方針が決まった事で、話は現状に関する把握に移った。
「それで、モニカ……。ここは、その……『魔界』って事でいいのよね?」
「……!」
ローラの問いにゾーイもヴェロニカも何となく緊張する。この景色やこれまでの体験から恐らく間違いないと思われても、まだ正式に言葉に出して肯定された訳ではない。3人の視線がモニカに集中するが、彼女は無情にもはっきりと頷いた。
「ええ……。勿論私も実際に目にするのは初めてですが、ここはいわゆる『魔界』で間違いありません。聖書では『地獄 』などとも呼ばれたりする場所ですね」
「ゲヘナ、ですって? ここが?」
ローラもクリスチャンとして聖書は愛読しているので、勿論ゲヘナの事は知っている。基本的には罪深き人間の魂が堕とされる……死後の世界 であるはずだ。
「わ、私達……死んでしまったんですか!?」
ヴェロニカがその褐色の顔を真っ青にするが、モニカは苦笑してかぶりを振った。
「死んだ者が喉の渇きを覚えたり、ましてやそれを潤す事などできません。死後の世界はあくまで聖書の解釈であって、ゲヘナとは実際にはこの『魔界』の事を指しています。私達が住まう普界とは異なる異次元の世界……。恐らく遥かな過去にも魔界に飛ばされた人がいたのでしょう」
「…………」
ローラもヴェロニカも何となく黙り込んでしまう。改めて自分達がとんでもない所に来てしまったと自覚したのだ。
「……考古学者としては中々興味深い状況だけど、生憎そうも言っていられないわよね」
一方元々が学者であり更に何故か知らないが絶好調らしいゾーイは、余り悲観した様子も無く周囲の……『魔界』の景色を眺めていた。そしてやはりアレ を興味深げに見やる。
「あのドーム ……何なのかしらね? 明らかに自然物じゃないわよね? 可能なら近付いて色々調べてみたいわね。何かこの世界の事が解るかも」
「……!」
考古学者らしいゾーイの言葉にローラもハッとする。喉の渇きや疲労による集中力の低下ですっかり忘れていたが、当初はあのドームを目指して歩いていたのだ。
「そうね。他に当ても無い事だし、とりあえずあそこに向かって進んでみましょうか」
「そうですね。飲み水だけなら先程のような形で何とかなりますし、辿り着けるかも知れません」
ローラが促すとモニカも賛同してくれる。勿論ヴェロニカは異存なしだ。ローラは先程の醜態 を思い出して、少し赤面して気まずげに顔を逸らした。
休憩を終えた一行は再びあの地平線の向こうに聳えるドームに向かって歩き出した。今度は水の心配をしなくて良い分、多少気が楽だ。空腹に関しては喉の渇きほど切実ではないし、我慢しようと思えば我慢できるものだ。
「…………」
歩きながらも浮かない顔をしているのはヴェロニカだ。ローラはその心情を慮る。
「ジェシカの事が心配?」
「あ……え、ええ、そうですね。本当に無事でいるのか……」
ヴェロニカは素直に認めた。その気持ちはローラにもよく分かる。こことは全く違う場所に飛ばされているかも知れず、様子が全く分からないのだ。心配するなという方が無理な話だ。しかし……
「私も同じよ。ジェシカも、ミラーカも……勿論セネムやシグリッドの事も心配だけど、ただ……私はそれ以上に彼女達の事を信じて いるのよ」
「……!」
ヴェロニカは目を見開く。そもそもローラとてミラーカと離れ離れになっているんだ。その心配の度合いは本来ヴェロニカとは比較にならないはずだ。しかし彼女はそんな憂いを感じさせない笑みを浮かべて頷く。
「私達がこうして曲がりなりにも無事だったんだから、ミラーカ達もきっと大丈夫よ。むしろ私達こそ彼女達を心配させないようにしっかりしなきゃね?」
「……そ、そう、ですよね。私達が、しっかりしないとですね。済みませんでした、ローラさん。お陰で少し落ち着きました」
合流した時にも同じようなやり取りをした気がする。それだけその不安が強かったのだろう。だが完全とは言わないまでも何とか気持ちを落ち着ける事が出来たようだ。
彼女の様子を見てローラも微笑む。
「いいのよ。不安がある時はいつでも頼って頂戴」
ローラが片目を瞑ってウィンクすると、ヴェロニカは少し顔を赤らめて俯いてしまう。
「……お熱いのは結構だけど、前方から何かが凄い勢いで迫ってきてるわよ」
「……!」
ゾーイの言葉に2人は慌てて気を引き締める。モニカも既に感知しているようで厳しい表情となっている。
「どうする? どこかに隠れてやり過ごすべきかしら?」
「……いえ、既にこちらの霊力を捕捉されているようです。隠れても無駄でしょう」
ゾーイが提案するが、モニカはかぶりを振って却下する。彼女の言っている事が本当なら、戦うしかないという事か。
覚悟を決めたローラはなるべく見晴らしが良く戦いやすい場所を選んで、そこで相手を待ち構ええる事とした。
そう待つ事もなく盛大な砂煙と共に現れたのは……
「……!!」
超巨大なムカデとカマキリが合体したような異形。それはあの『ゲート』前でも戦った、ラージャという魔物であった。あの時の奴とは体色や細かい部分の形状が微妙に異なっているが、恐らく個体差の範疇だろう。その巨大な両腕の鎌を振り上げてこちらを威嚇してくる。明らかに臨戦態勢だ。
(ち……! マズいわね……)
ローラは内心で舌打ちする。あの時はフルメンバーが揃っていたのでそう苦戦する事も無く倒せたが、今は状況が違う。ミラーカ達前衛組が軒並み不在なのだ。この状況でコイツと戦うのは正直非常に厳しいと言わざるを得ない。
こういう事態を怖れていたのだ。
そして濡れネズミになったローラの服を乾かしがてら、湖から少し離れた場所で休憩する事になった。因みに何故か銃や弾薬は濡れておらず無事だった。モニカがそこは濡らさないように精霊に頼んでいたのだとか。
「なるほど……やはりゾーイさんも感知できたのは私達だけという事ですね?」
「ええ、他の4人はここには……少なくともこの近くにはいないみたいね」
そして休憩しながら情報を整理する。彼女らは焚火を囲んでいた。その焚火でローラの服を乾かしているのだ。
この不気味な荒野にも僅かにだが植物と思しき物が自生しており、ヴェロニカが念動力で枯れ木を引っこ抜いて、それをゾーイが砂の刃で裁断して薪とし、モニカが精霊の力で火を熾して即席の焚火としたのだ。全く頼りになる仲間達である。
「そうですか……。となると私達後衛組とミラーカ達前衛組とに
「……!」
モニカに指摘されてローラも初めてその事実に思い至った。ヴェロニカ達も同様だ。
ここにいるメンバーはローラ自身も含めて全員、肉弾戦に弱い後衛型の面子だったのだ。いわゆる『後衛組』だ。『前衛組』のメンバーが誰もいない。
その事を意識するとローラは急に、自分達が丸裸にされたような落ち着かない気持ちになった。彼女らの力はいずれも強力だが、それは前衛で敵を受け止めてくれるミラーカ達がいて初めて真価を発揮する物だ。敵に直接迫られると身体的には普通の人間である為、意外な程脆いのである。
「ど、どうしましょう、ローラさん? このままジェシー達を探すべきでしょうか、それとも……」
同じ不安に駆られたらしいヴェロニカが、縋るようにローラに判断を求めてくる。自分では判断が付かないのだろう。
即ち残りのメンバーを探すべきか、それとも彼女らの無事を信じて自分達は自分達でこの世界からの脱出方法を探るべきか……
「……ミラーカ達はきっと大丈夫よ。私達は独自に脱出を目指しましょう」
短い思考の末にローラはそう結論を出した。ゾーイもモニカも周辺にこれ以上の反応を感知できないと断言しているのだ。そして今モニカが言ったように、この
ならば戦力的には不安が残るが、何とかこのメンバーで乗り切るしかない。モニカが頷いた。
「そうですね。現状はそれが最善だと思います」
モニカが賛同した事で、残る2人も消極的に同意した。
「まあ……仕方ないわよね。無闇に探しても見つかりそうにないし」
「そ、そうですね。ジェシー達の無事を祈りましょう」
とりあえずの方針が決まった事で、話は現状に関する把握に移った。
「それで、モニカ……。ここは、その……『魔界』って事でいいのよね?」
「……!」
ローラの問いにゾーイもヴェロニカも何となく緊張する。この景色やこれまでの体験から恐らく間違いないと思われても、まだ正式に言葉に出して肯定された訳ではない。3人の視線がモニカに集中するが、彼女は無情にもはっきりと頷いた。
「ええ……。勿論私も実際に目にするのは初めてですが、ここはいわゆる『魔界』で間違いありません。聖書では『
「ゲヘナ、ですって? ここが?」
ローラもクリスチャンとして聖書は愛読しているので、勿論ゲヘナの事は知っている。基本的には罪深き人間の魂が堕とされる……
「わ、私達……死んでしまったんですか!?」
ヴェロニカがその褐色の顔を真っ青にするが、モニカは苦笑してかぶりを振った。
「死んだ者が喉の渇きを覚えたり、ましてやそれを潤す事などできません。死後の世界はあくまで聖書の解釈であって、ゲヘナとは実際にはこの『魔界』の事を指しています。私達が住まう普界とは異なる異次元の世界……。恐らく遥かな過去にも魔界に飛ばされた人がいたのでしょう」
「…………」
ローラもヴェロニカも何となく黙り込んでしまう。改めて自分達がとんでもない所に来てしまったと自覚したのだ。
「……考古学者としては中々興味深い状況だけど、生憎そうも言っていられないわよね」
一方元々が学者であり更に何故か知らないが絶好調らしいゾーイは、余り悲観した様子も無く周囲の……『魔界』の景色を眺めていた。そしてやはり
「あの
「……!」
考古学者らしいゾーイの言葉にローラもハッとする。喉の渇きや疲労による集中力の低下ですっかり忘れていたが、当初はあのドームを目指して歩いていたのだ。
「そうね。他に当ても無い事だし、とりあえずあそこに向かって進んでみましょうか」
「そうですね。飲み水だけなら先程のような形で何とかなりますし、辿り着けるかも知れません」
ローラが促すとモニカも賛同してくれる。勿論ヴェロニカは異存なしだ。ローラは先程の
休憩を終えた一行は再びあの地平線の向こうに聳えるドームに向かって歩き出した。今度は水の心配をしなくて良い分、多少気が楽だ。空腹に関しては喉の渇きほど切実ではないし、我慢しようと思えば我慢できるものだ。
「…………」
歩きながらも浮かない顔をしているのはヴェロニカだ。ローラはその心情を慮る。
「ジェシカの事が心配?」
「あ……え、ええ、そうですね。本当に無事でいるのか……」
ヴェロニカは素直に認めた。その気持ちはローラにもよく分かる。こことは全く違う場所に飛ばされているかも知れず、様子が全く分からないのだ。心配するなという方が無理な話だ。しかし……
「私も同じよ。ジェシカも、ミラーカも……勿論セネムやシグリッドの事も心配だけど、ただ……私はそれ以上に彼女達の事を
「……!」
ヴェロニカは目を見開く。そもそもローラとてミラーカと離れ離れになっているんだ。その心配の度合いは本来ヴェロニカとは比較にならないはずだ。しかし彼女はそんな憂いを感じさせない笑みを浮かべて頷く。
「私達がこうして曲がりなりにも無事だったんだから、ミラーカ達もきっと大丈夫よ。むしろ私達こそ彼女達を心配させないようにしっかりしなきゃね?」
「……そ、そう、ですよね。私達が、しっかりしないとですね。済みませんでした、ローラさん。お陰で少し落ち着きました」
合流した時にも同じようなやり取りをした気がする。それだけその不安が強かったのだろう。だが完全とは言わないまでも何とか気持ちを落ち着ける事が出来たようだ。
彼女の様子を見てローラも微笑む。
「いいのよ。不安がある時はいつでも頼って頂戴」
ローラが片目を瞑ってウィンクすると、ヴェロニカは少し顔を赤らめて俯いてしまう。
「……お熱いのは結構だけど、前方から何かが凄い勢いで迫ってきてるわよ」
「……!」
ゾーイの言葉に2人は慌てて気を引き締める。モニカも既に感知しているようで厳しい表情となっている。
「どうする? どこかに隠れてやり過ごすべきかしら?」
「……いえ、既にこちらの霊力を捕捉されているようです。隠れても無駄でしょう」
ゾーイが提案するが、モニカはかぶりを振って却下する。彼女の言っている事が本当なら、戦うしかないという事か。
覚悟を決めたローラはなるべく見晴らしが良く戦いやすい場所を選んで、そこで相手を待ち構ええる事とした。
そう待つ事もなく盛大な砂煙と共に現れたのは……
「……!!」
超巨大なムカデとカマキリが合体したような異形。それはあの『ゲート』前でも戦った、ラージャという魔物であった。あの時の奴とは体色や細かい部分の形状が微妙に異なっているが、恐らく個体差の範疇だろう。その巨大な両腕の鎌を振り上げてこちらを威嚇してくる。明らかに臨戦態勢だ。
(ち……! マズいわね……)
ローラは内心で舌打ちする。あの時はフルメンバーが揃っていたのでそう苦戦する事も無く倒せたが、今は状況が違う。ミラーカ達前衛組が軒並み不在なのだ。この状況でコイツと戦うのは正直非常に厳しいと言わざるを得ない。
こういう事態を怖れていたのだ。