File10:鍵を握る女

文字数 3,573文字


「やあ、済みませんな。お待たせしてしまいまして……」

 その時丁度良いタイミングでスコットが戻ってきた。PCの画面をプリントアウトした物だろう用紙を何枚か持参していた。

「お話のあったラーナーを含めて失踪した4人の学生のプロフィールです」

「ありがとう、副学長」

 書類を受け取ったローラは重ねて質問する。


「後、彼等を引率していた助教授のゾーイ・ギルモアにも話を聞きたいのですが、呼んで頂いても?」


 するとスコットは困ったような顔をした。

「それが……今、彼女も所在不明なんですよ。いれば我々としても真っ先に事情を聞いていたんですが……」

「何ですって? 彼女も?」

「ええ、私も別の者に聞いただけで直接見てはいないんですが、ある日突然大学に帰ってきたと思ったら、何やら非常に鬼気迫る様子で、こちらの質問にも答えずに、研究室にある資料を大急ぎで漁ったかと思うと、そのまま大学を出て以後所在不明なんです。見ていた者によると、まるで何かに追われているかのように、非常に焦って慌てている様子だったとか……」

「追われて……?」

 ローラの電話にも出なかったのはそれが理由か。状況や関係性からしてもゾーイが逃げるように行方を眩ましたのは、フィリップ達と無関係ではあるまい。何としてもゾーイを保護して話を聞く必要がありそうだ。

「彼女の失踪に関しては、警察に届け出たんですか?」

 するとスコットは再びバツの悪そうな表情になる。

「そ、それが、その……。あくまで当人が自発的(・・・)に姿を消したと思われたので、その……」

「…………」

 つまり変にトラブルになるのは避けたいという事なかれ主義で、捜索願を出さなかったという訳だ。ゾーイの様子を聞くだけでも、明らかに事件性が疑われると言うのに。いや、だからこそ見て見ぬふりをしたのか。

「……はぁ。解りました。ご協力ありがとうございました。……少し学生達や他の教員にも聞き込みをさせて頂きますが宜しいですね?」

 ローラは溜息を吐いて立ち上がった。リンファも慌ててそれに倣う。これ以上スコットから有益な話は聞けそうにない。ならば後は、己の脚で情報を集めるのみだ。

 スコットも通報しなかった後ろめたさがある為か、学生への聞き込みに対して顔を顰めただけで特に反対する事はしなかった。


****


 その後ローラとリンファは手分けしてキャンパスを回り、学生や教員、従業員達への聞き込みに奔走した。

 そして翌日。2人は捜査本部にてホワイトボードに今回得た情報を整理して書き出していた。情報は細かいプロフィールなどを省けば、要約すると以下のような感じだ。


 ジェイソン・ロックウェル。21歳。
 人種はアフリカ系。身長は6フィート以上、体重も200ポンド程ある、考古学部というイメージとは少し異なる、スポーツ選手と言ってもおかしくない体型だ。事実高校まではフットボールの有力な選手であり、試合中の膝の故障が原因でやめたらしい。
 そして大学では、子供の時に興味のあった考古学を学ぼうと考古学部に進学。

 パトリック・R・ミッチェル。21歳。
 美形の白人男性で、スポーツの成績も優秀。高校ではいわゆる【ジョック】に属していたとの事。そんな彼が大学で考古学部に進学した理由は、本人は考古学に興味が出たからと言っていたらしいが、実際には新任の助教授であるゾーイ・ギルモアに一目惚れし彼女とお近づきになる為だったというのは、友人達には周知の事実だったらしい。

 カルロス・エスカランテ。21歳。
 名前の通りメキシコ系だが、家はそれなりに裕福であったらしい。実家はサンディエゴにあり、父親はそこでメキシコ産の食肉を扱う貿易会社を経営している。家業は長男が継ぐ事が決まっており、次男のカルロスは特に経営的な学問を学ぶ事もなく、考古学のような実益のない研究分野に進学しても、特にトラブルは無かったようだ。
 周囲の友人の話では、彼も助教授のゾーイに気があるような態度を取る事が何度もあったらしい。

 フィリップ・E・ラーナー。19歳。
 眼鏡を掛けた気弱そうな外見の白人男性。ミラーカを罠に嵌めた下手人だ。外見の特徴も彼女から聞いていた通りだ。彼だけ年齢が違うが、飛び級だったらしい。
 その見掛け通りに、高校ではパトリック達とは対照的ないわゆる【ナード】に属していたとの事。趣味はインターネットとPCゲーム。
 大学に親しい友人は居なかったが、他の学生によると彼もゾーイに並みならぬ好意を持っていたらしく、講義そっちのけで彼女の顔ばかり暗い目で追っている姿が度々目撃され、増々他の学生から敬遠されていたらしい。学内で彼女の後を、当人には気付かれないように付け回す姿も目撃されており、ストーカー一歩手前だったようだ。


****


「この……ゾーイって人、すごくモテたんですね……」

 ざっと情報を整理し終わったリンファの第一声がそれだ。不本意だがローラも最初に思ったのはそれだった。

 スコットの話では、トラブル続きで進展のない発掘調査に嫌気が差し、10人以上いた学生はこの4人を除いて皆勝手に帰国してしまったらしい。


 彼等だけが最後まで残っていた理由……。それはこれらの情報からも明らかだ。
 

 ただ4人の内ジェイソンに関してだけは、特にゾーイに気があるという言動の裏付けを取る事が出来なかった。彼が何故最後まで残っていたのかについてははっきりした理由は解らないが、まあ純粋に考古学への興味が強かったのか、或いは単位の心配でもしていたのかも知れない。 

「ええ、確かにそうみたいね……。これは何としても彼等より先にゾーイを見つけないとね」

 言いながら、ローラは再びスマホでゾーイの番号に掛けてみる。呼び出し音が鳴り続けるが、やはり彼女が出る気配はない。やがて留守電に切り替わる。

「ハイ、ローラよ。久しぶりね。……ねぇ、ゾーイ。あなたが今大変な事になってるのは知っているわ。力にならせて欲しいの。このメッセージを聞いたなら折り返すか、もしくは署に私を直接訪ねてきてくれないかしら? そうしたらすぐにでもあなたの身柄は警察で保護させてもらうわ。だから……待ってるわね」

 メッセージを残してから電話を切る。するとリンファが唖然とした表情でこちらを見ているのに気付いた。

「え……あの、先輩……? ゾーイって、この助教授の人、ですよね? 何で携帯の番号を……ていうか、随分親し気な感じでしたけど……」

 ローラは嘆息した。そう言えば言ってなかった。

「あー……実は、彼女……ゾーイとは高校時代の友人なの。尤も最近はお互いに忙しくて疎遠になってたんだけどね」

「ええ!? そ、そうだったんですか!? それって、何ていうか……物凄い偶然ですよ、ね?」

「ええ……確かに、その通りなのよね……」

 ローラの身の回りで再び起きた人外の事件。その事件の鍵を、偶々ローラの旧友が握っている? 何だか偶然にしては出来すぎている気がする。

(いや、でも……偶然じゃなきゃ何だ(・・)って言うのよ……)

 ローラは以前にも感じた事のある漠然とした違和感と不安感を覚えた。正体不明の『黒幕』の存在……。この『バイツァ・ダスト』の事件にもやはり関わっているのだろうか。

(或いはその『マスター』とやらが、一連の事件の『黒幕』なのかしらね……?)

 だが、それこそローラの『勘』は違うと告げていた。

 全く根拠はないが、『黒幕』はこんな表立った……言い換えれば人目に付く解りやすい事件を起こすような存在ではない。もっと何か得体の知れない、それこそ人知の及ばないような……そんな存在である気がするのだ。


「せ、先輩? どうしたんですか?」

 いつの間にか思考の海に沈んでいたらしく、リンファから不審がられてしまう。

「ああ、ごめんなさい。何でもないわ。……とりあえずゾーイが自主的にコンタクトを取ってきてくれれば言う事なしだけど、それを待ってばかりもいられないわね」

「じゃあ次の目的は……」

「当然、こちらからも積極的にゾーイを探し出すのよ。あのフィリップ達も彼女を追っている節がある。何としても先に彼女を見つけ出すわよ?」

 意気込んでローラはデスクから立ち上がった。

「さあ、早速また大学へ行って、ゾーイの行方に心当たりがないか聞き込みをするわよ。後、彼女の実家にも話を聞きに行かないとね」

「あ、は、はい! すぐに車回します!」

 行動の指針が決まったローラ達は再び捜査に乗り出していくのであった……
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