Epilogue:潰えし妄執

文字数 2,904文字

「クソ! クソがっ! あんな女共に俺の計画が邪魔されるなんて……!」

 クラウスはあらん限りの罵声を吐き散らす。未だに怒りが収まらない。こんなはずではなかった。

「一体どこで狂ったのか……。あの女刑事か?」

 あの女が最初から彼の事を疑っていた事は想定外だった。それだけではない。『ディープ・ワン』があの女達を研究室に連れてきた事も予想外だったし、あの祖父があっさり説得に応じた事も考えられない事だった。

(極めつけに吸血鬼だの人狼だの、更には訳の解らん超能力だと……!?)

 何もかもがあり得ない、想定外の事態であった。結果として彼はこうして逃亡生活を送る羽目になったという訳だ。その理不尽さを想って再び怒りが込み上げてくる。

「あの女共め……。見ていろ。俺はこんな所では終わらんぞ! 必ず貴様らに復讐してやる!」

 クラウスはそう決意すると、目の前にある山の中へと分け入った。



 ここはロサンゼルスの北部にある山林地帯。夜になってから人目を忍んでここまで辿り着いた。警察に追われている身となれば余り大っぴらには行動出来ない。

 それでも彼がこの場所を訪れたのは、ここにも彼等の隠れ家とでも言うべき拠点があり、そこに現金や物資なども保管されているからだ。一応自分達のやっている事が犯罪行為であるという自覚があった彼等は、いざという時の為に逃走、潜伏に必要な資金や当面の物資などを保管しておく拠点を人知れず作ってあった。

 変装用の衣装や偽造された身分証、パスポートなども保管されているので、やはり何をさておいてもここへ寄っておく必要があった。

 銃は失ってしまったが、鼠タイプの『実験体』をそのまま引き連れているので、山の中で万が一獣などに襲われても安心だ。流石に夜の山に突入するのは遭難の危険があるので、多少空が白み始めるまでは潜伏を続け、頃合いを見計らって山の中へ分け入っていく。

 自分達にしか解らない目印を頼りに森の中を進む事数時間、クラウスはようやく目的の場所へ到着していた。地面に敷き詰められた枯れ木や枯れ葉を避けて探ると、すぐに金属の感触があった。クラウスはニンマリと笑って、枯れ葉をどけるとすぐに地下へと繋がるマンホールのような金属の蓋が姿を現した。ここが非常用の拠点だ。

 マンホールのストッパーを外して、蓋を上に開くと、人一人が通れる縦穴と梯子があった。クラウスは手早く梯子を降りると、狭い地下室に乱雑に保管されていた物資を開き、ペットボトルから浴びるように水を飲んだ。生き返るような気分だ。缶詰を一つ開けて中身を貪り食うと、ようやく人心地付いた。

 だが余りゆっくりもしていられない。時間を掛ければ掛ける程警察の包囲網は狭まり、逃走は困難になっていく。変装用の衣服に着替え、物資と現金を持てるだけ持って偽造した身分証と護身用の銃を手に取ると、梯子を上って拠点を後にする。もうここに戻ってくる事はあるまい。海外に新しい拠点を作って、そこで研究を再開するのだ。東南アジア辺りが良いかも知れない。

 クラウスは鼠タイプの『実験体』を見た。後はこいつの扱いをどうするかだ。このサイズなら大きめのバッグを調達すれば中に納められるだろうか。今や貴重なサンプルなので処分してしまうのは惜しい。彼が再起(・・)を図る為にも、研究の資料は必要だ。この『実験体』は資料としては申し分ない。

「くくく……待っていろ、クソ女共め。俺は必ず戻ってくるぞ。今度は『完成体』の軍隊を引き連れてなぁ! お前等の顔が絶望に染まる様を見物するのが楽しみだ」

 クラウスはそう言って1人笑うと、今度こそ本格的な逃亡に移る為に山を下ろうとする。……その時だった。



 ――ギィエェェェェェッ!!



 奇怪な……叫び声、のようなものが森の中に木霊(こだま)し、木々の葉がザワザワと揺らめく。

「――な、何だ!?」

 クラウスはギョッとして辺りを見渡す。今のは間違いなく空耳ではない。何かの生物の叫び声のような物が聞こえた。

(鳥、か? いや、それにしては……)

 かと言って獣の唸り声とも明らかに違っていた。そう言えばあんな叫び声が響き渡ったのに、他に鳥が飛び立ったり逃げていく様子も無い。森の中が妙に静かなのに気付いた。

 妙な胸騒ぎを覚えたクラウスが足早にその場を駆け去ろうとした時、不意に何かがはためく音と共に、頭上を大きな影が覆った。森の木々の影とは明らかに異なる。日光が完全に遮られる程の大きな影だった。クラウスは思わず上を見上げた。そしてその目が大きく見開かれる。

「な…………」

 そこにはあり得ない『モノ』が居た。『ソレ』は巨大な翼(・・・・)をはためかせて上空からクラウスを見下ろしていた。

(な、何だ、これは。俺は悪夢の中に迷い込みでもしたのか……!?)

 呆然自失となりかけたクラウスだったが、『ソレ』が明らかに獲物を狙う目で自分を見据えているのに気付いて、生存本能から声を張り上げる。


「こ、殺せ! あいつを撃ち落とせぇっ!」


 クラウスの命令に鼠タイプの『実験体』が、『ソレ』に向かってありったけの毒針を射出する。毒針を喰らった『ソレ』が身じろぎする。だが……落ちない。即効性の毒針なのに効いている様子が無い。

「な……ば、馬鹿な……!」

 小賢しい反撃を喰らった事に『ソレ』の目に怒りのような感情が宿る。『ソレ』が翼を大きく広げると、その羽毛が蠢いてまるで刃のような形状に変わると、お返しとばかりに翼から射出された。

 その「羽毛」の一撃をまともに受けた鼠タイプが、まるでソーセージにナイフを入れた時のように、スッパリと輪切りになって地面に転がった。

「ひぃっ!?」

 最大の自衛手段をいきなり失ったクラウスは、慌てふためいて銃を取り出すと遮二無二『ソレ』に向かって撃ち始めた。だが『ソレ』は銃弾など全く意に介した様子もなく、その巨大な鳥のような足(・・・・・・)をクラウスに向けて滑降してきた。


(クソ! クソッ! ふざけるな! 俺は偉大な計画を成し遂げる科学者なんだぞ!? こんな所で、こんな訳の分からん奴に……! あり得ん! 断じて認めんぞぉぉぉぉっ!!)


 ――山の中腹にある深い森の中に、男の断末魔の絶叫が轟いた。だがそれを聞き届ける者はこの場所には誰も居なかった……




 その後、クラウスの足取りを追っていたクレア率いるFBIの捜査隊が、ロサンゼルス北部の山林地帯でズタズタに引き裂かれ、原型を留めていない人間の「残骸」を発見した。

 付近にクラウスの写真が付いた偽の身分証やパスポートなどが散乱しており、DNA鑑定によってこの「残骸」がクラウスの成れの果てである事が明らかになった。

 この報はすぐにローラの元にも届けられた。ローラは、このクラウスの死は新たな闇の事件の幕開けを予告する物ではないかと、得体の知れない不安に苛まれるのであった……




Case4に続く…………
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