File45:フェイタルデュエル(Ⅴ) ~彼女の望み

文字数 5,887文字

 廃病院の4階。会議室と思われる広い室内に、幾筋もの鋭い剣閃が煌めく。そしてその度に激しい剣戟音が鳴り響く。

「はははっ! やるじゃねぇか! ただの人間の割にはなぁ!」

 哄笑しながら凄まじい勢いでサーベルを振るうのは吸血鬼のジョンだ。その圧倒的なフィジカルから繰り出される斬撃は重く鋭い。またその手に持つサーベルもジョンの魔力の影響を受けて、ミラーカの刀と同じように無類の硬度を獲得しているようだった。

「舐めるな、卑しい魔物めが! 私は魔物退治のプロだ! 貴様もこれまで葬ってきた幾多の邪悪と同じように我が力で滅してくれる!」

 そして二振りの曲刀を巧みに操ってそのジョンと互角に渡り合うのは、露出の高い紫の鎧に身を包んだペルシアの聖戦士セネムだ。彼女の持つ曲刀は霊力を帯びていて、これに斬られれば吸血鬼といえどもただでは済まない。

 お互いが相手に致命傷を与えようと剣撃の応酬が続くが、やはり互いが優れた戦士であるが故に決定打を欠いているのも事実だった。

 それはジョンも同じように感じていたらしく、忌々し気に牙を剥き出しにする。


「ち……このままじゃ埒が明かねぇな。めんどくせぇ。こうなったらあいつら(・・・・)を出すしかねぇな」


「……!」
 ジョンの言葉に警戒を高めるセネム。そして次の瞬間、部屋のドアを蹴破るようにして複数の人影が室内に乱入してきた。

 人影は全部で4つ。その内の1つが、持っていた()をセネムに向かって突き出してきた。

「ぬ……!?」

 セネムは咄嗟に槍を躱して反撃しようとするが、そこに別の人影が大きな両手持ちのハンマーを叩きつけてくる。

「ちっ……!」
 セネムは舌打ちしながら大きく飛び退って躱す。それによって乱入してきた連中の全容が見えた。


 そこには4人の女性がいた。20代くらいの若い白人と黒人の女性が1人ずつ。30過ぎのやや年配の女性が1人に、逆にまだ中学生くらいの少女が1人の全部で4人だ。人種や年齢の違いはあるが皆、人目を惹くような美女、美少女揃いであった。皆、下品な露出度の高い衣装を身にまとっている。

 しかし全員、その瞳は黒一色で口からは牙が覗いていた。吸血鬼によって殺された人間の成れの果て……グールだ。

 そして彼女らをその手に掛けた魔物が、その前に移動して両手を広げる。 


「くはは、紹介するぜ。こいつはヒラリー。こっちがジョディだ。そして向こうはヴァージニアとエミリーのプレストン母娘だ」


 ジョンが白人女性――ヒラリー、黒人女性――ジョディ、そして年配女性――ヴァージニアと少女――エミリーの4人を『紹介』する。

「全員あの『エーリアル』事件で『エーリアル』の苗床(・・)として攫われた女達さ。カーミラの目を盗んで好みの女を物色(・・)してる時に、あの事件の捜査中に写真を見たこいつらの事を思い出してな」

「な…………」

 セネムは愕然とした目をジョンに向ける。『エーリアル』事件の詳細や顛末は彼女もローラ達やナターシャから聞き及んでいた。

 事件解決後に救出された女性達は、攫われて日の浅い者に関しては一命を取り留めたらしい。目の前の4人はそれで助かった被害者達だったのだろう。だが助かったはずの彼女達を襲ったのは更なる悪意と悲劇であった。

 一度魔に魅入られた者は、二度と平穏な光の世界には戻れない……戻れなかったのだ。セネムは猛烈な義憤に駆られた。

「貴様……。その者達の写真を見た時、貴様はまだ人間で、しかもローラの相棒だったはずだ! この上……この上まだローラを苦しませるか……!」

 激情のままに叫ぶ。ジョンのやった事は、ローラが彼と相棒だった時の思い出まで踏みにじる最悪の冒涜行為だ。だがジョンはへらへらと悪意に満ちた笑いを浮かべる。

「へ……腑抜けたカーミラだけ見て平和ボケしてるようだが、吸血鬼ってのは本来こういうモノなんだよ。こいつらがこうなったのは俺のせいじゃねぇ。俺を吸血鬼に作り替えた(・・・・・)カーミラとローラのせいなんだよ。奴等が元凶なのさ」

「……っ!」

 彼女達が最も気にしていた正論(・・)を吐かれて、セネムは言葉に詰まってしまう。


「はははっ、いい顔だなぁ! さあ、お喋りはここまでだ。見ての通りこいつらはちょっと特別でなぁ。他の吸血鬼達はグールをただ暴れさせるだけだったが俺は違う」

 ジョンが手を挙げると、4人のグールは一斉に武器を構えて散開した。そう……全員が武器を持っているのだ。まずその点が通常のグールと異なる。

「……!」
 自らを包囲するグール達の整然とした動きに、セネムは警戒を高めて油断なく曲刀を構える。

「グールは主人の意思に絶対服従する。この絶対服従って所がポイントだ。つまり戦況に合わせて細かく命令を伝達する事が出来れば……自分の一部(・・)みたいなモンだろ?」

 そして突然、主人たるジョンの意思に従って4人のグールが一斉に襲い掛かってきた!

 槍を持ったヒラリーが長いリーチで先制攻撃してくる。セネムはその軌道を見切って躱すと、反撃に曲刀を振りかぶるが、視界の隅にジョディがハンマーを振り下ろしてくるのを察知した。

 舌打ちして再びハンマーを躱すが、そこにまるで予期していたように騎士剣を持ったヴァージニアが待ち構えていて、剣を薙ぎ払ってきた。

 セネムは咄嗟に曲刀で受けるが、回避動作中だった事もあって踏み止まれずに体勢を崩してしまう。そこに……

「う……!?」

 いつの間にか背後に忍び寄っていたエミリーが、両手に持った二振りの短剣で斬り付ける。

「ぐぁ……!」

 完全には躱しきれずに背中をダガーで斬られて、決して浅くはない傷から血が噴き出す。セネムの顔が苦痛に歪む。

 それでも何とか反撃に曲刀を薙ぎ払うが、その時にはグール達は素早く距離を取ってしまっていた。


 ただ闇雲に殺到してくるのではなく、連携して互いの隙を補うような攻め方をしてくる。セネムには本来雑魚であるはずのグールが恐ろしい強敵に見えていた。

 ジョンが嗤う。

「人数を絞って俺の意思の元に統一して動かせば、こいつらは立派な戦力になるんだよ。ヴラド様も『サッカー』の連中も、グールをただの馬鹿な奴隷程度にしか考えてなかったのが失敗だったのさ!」

「く……!」

 今度はジョン自身が突撃してきた。応戦したセネムと再び一進一退の攻防になるが……

「ぎぁっ!」

 死角に忍び寄ったエミリーの短剣がセネムの太ももを抉る。激痛から動きが停滞してしまうセネム。だがジョンは容赦なく攻め立ててくる。傷の痛みから動きが鈍り、精彩を欠いたセネムは防戦一方となってしまう。

 そこにジョンの動きを補佐するように、ヒラリーとヴァージニアがそれぞれの得物を突き出して牽制してくる。決して深くは踏み込んでこず、セネムが何とかジョンの隙を突いて反撃を繰り出そうとすると、それを潰すように妨害してくるのだ。

 こちらの死角を常に窺ってくるエミリーといい、これまでのグールという存在のイメージを覆す厄介さだ。

 そしてなけなしの反撃の機会も奪われ一方的に追い詰められるセネム。傷の痛みや出血の消耗も手伝って彼女の焦りが増幅される。そして焦りは隙を生む。

 ジョンやヒラリー達の攻撃に気を取られて、側面でジョディがハンマーを振りかぶっているのに気づくのが遅れた。そしてグールの膂力で一気にハンマーが薙ぎ払われ……

「――っぁ!!」

 回避は間に合わなかった。半ば本能的な動きで、咄嗟に右腕でガードしてしまい(・・・・・)……

 直後、凄まじい衝撃によってセネムは壁際まで吹き飛ばされた。壁に背中を叩きつけられて、そのまま床に崩れ落ちる。


「う……ぐあああぁぁぁぁ……っ!!!」

 だがセネムは起き上がる事も出来ずに、右腕を押さえてのたうち回る。優れた戦士である彼女らしからぬ醜態。だがそれも無理からぬ事かも知れない。

 セネムの右腕が……原型を留めないくらい複雑に折れ曲がっていた。グールの力で振るわれる戦槌の一撃をまともに受けてしまったのだ。鍛えられているとはいえ、あくまで肉体的には人間である彼女にとってそれは最早致命的とも言え……

「くははは……痛そうだなぁ? ホント人間ってのは脆弱で哀れな存在だな。その怪我じゃどの道もう闘えねぇだろ。勝負あったな」

 寵姫達(・・・)を後ろに引き連れたジョンが、セネムの苦境を嘲笑う。ジョン達は全く戦力を損耗していないのに対して、セネムは一方的に傷つけられ右腕も使えなくなってしまったのだ。

 完全な詰み……決着といって差し支えない状況だった。


(ふ、ふ……この私が、なんてザマだ。敵の戦力を見誤ったか)

 激痛に呻きながらもセネムは内心で己の無様と不明を恥じる。グールを武装させて自らの手足の延長のように操るジョンは、この寵姫達込みであればクリスをも上回る【悪徳郷】で最強の存在かも知れなかった。

 自らの霊力を全開にして治癒に専念すればこの右腕も治せるかも知れないが、決して短くはない時間無防備になるので、どの道この状況では使えない能力だ。

(……済まない、ローラ。君を支えるつもりが……どうやら私はここまでのようだ)

 片腕も折れたこの状態でジョンに勝つ事は不可能だ。セネムは戦士としての経験から冷静に判断した。

 自分はここで死ぬ事になる。それ自体に恐れはなかった。祖国で聖戦士の道に進んだ時から覚悟はできている。ローラの顔を思い浮かべ、彼女ともう会えなくなる事への寂しさや悲しさはあったが。

 だが、だからこそ……

(君の為にも……この化け物は我が生命に換えてでもここで仕留めてみせる……!)

 ジョンはここでセネムを斃したら、確実に下の階でニックと戦っているだろうローラの所へ行くはずだ。そうなればローラ達は確実に敗北する。例えあのモニカが一緒でもだ。それだけは絶対に阻止しなければならない。


 セネムは最早激痛も通り越した右腕の痛みを意図的に感覚から遮断して、震える脚で強引に立ち上がった。それを見たジョンが片眉を上げる。

「無駄な足掻きはやめとけ。もう立ってるのも辛いだろ? 今すぐ楽にしてやるよ。そしたらお前もこいつらの仲間入りだ。くく……グールになったお前を見た時のローラの顔を想像するだけでアソコがビンビンに滾っちまうぜ」

 歪んだ卑しい欲望を滾らせるジョンの姿に、しかしセネムは怒る事も吐き捨てる事もなく、穏やかな表情をしていた。

「哀れな男だな、お前は」

「……んだと?」

「ローラ達が言っていたぞ。今のお前は本物(・・)のお前とは別人の、ただ姿と記憶を引き継いだだけの邪悪な魔物だと」

「……!」

「お前を人として死なせる……。それがローラの望みだ。ならば私はこの命を懸けて彼女の望みを叶えよう……!」

 セネムは左手のみで曲刀を構えてジョンを挑発する。そして体内の霊力を限界まで練り上げていく。


 あくまで諦めずに抵抗する意志を見せる彼女の姿に、ジョンが不快気に牙を剥き出しにして唸る。

「けっ……そういう暑苦しい奴は大嫌いなんだよ。今のこの状況でてめぇに何が出来るってんだ? 余計な手間取らせねぇでさっさと死ねや!」

 ジョンが叫ぶと主の意を汲んだ4人の寵姫達が一斉に襲いかかってくる。ジョンは口とは裏腹にセネムの態度を警戒しているのか、自らは動かず様子見をするつもりのようだ。

 セネムは口の端を吊り上げた。その警戒自体は正しいが、この部屋の中(・・・・・・)にいる時点でどのみち同じ事だ。


 セネムは左手の曲刀を襲い来るグール達に向け……ずに、自らの心臓目掛けて深々と突き刺した!


「んな……!?」
 それを見たジョンが呆気にとられる。だがセネムは構わず切り札(・・・)を発動させた。

 限界まで高められていたセネムの霊力が心臓を貫いた曲刀を通って、身体の外に一気に噴出する。その霊力の波動は光となってこの部屋を埋め尽くしていく。『神霊光』とは比較にならない光度、範囲で広がる光を見たジョンは本能的に部屋から飛び出そうとするが間に合わなかった。

 セネムの体内から噴き出た光の奔流は、瞬く間に寵姫達もジョンも飲み込んでこの部屋全体を埋め尽くし、その衝撃でドアや窓ガラスが割れて一斉に吹き飛んだ。


 これがセネムの切り札、『神霊極光』だ。限界まで霊力を練り上げた後、霊力を集積する貯蔵庫でもある心臓を自らの意志で貫く事によって、体内にある全ての霊力が体外に一気に噴出するのだ。


 本人の霊力にもよるが、その光の範囲は直径20メートルにも及ぼうかというほどで、少なくともこの部屋全体を覆い尽くすのは容易であった。そしてその威力は通常の『神霊光』など比較にならず、光に触れた魔物全てを強制的に浄化してしまう程である。

 だがその代償は……確実な死である。自分の心臓を貫くのだから当然だ。


 『神霊極光』を間近で浴びた4人の寵姫達は一溜まりもなく浄化され消滅していった。今彼女達はようやく苦しみから解放され、天へと還っていったのだ。

 そして彼女らを縛り付けていた邪悪な魔物は……

「おおぉぉ……お、俺は……俺は…………俺はぁぁぁぁぁぁっ!!!? 」

 『神霊極光』に魔力を全て焼き尽くされ絶叫をあげたジョンは、最後に憑き物が全て落ちたように、人間(・・)の顔に戻った。

「……悪かったな、ローラ。もうお前に合わせる顔はねぇが……生き残れよ」

 そして彼は人の顔に戻ったまま、身体が塵となって崩れ去っていった。


 光が収まった時、その部屋にいた魔物たちは残らず消滅していた。そして唯一残っていたセネムは……

「ふ……ふ……やったぞ、ローラ……。君の望みを、叶える……事が、できた……。これで……思い残す、事、は…………」

 ジョンの浄化と消滅を見届けたセネムは土気色になった顔で微笑むと、そのまま両膝を床に着いて蹲るような姿勢になった。そしてそのまま二度と動き出す事はなかった。

 その身体の下に広がっていく大量の血溜まりだけが、この場で唯一動いている物だった……
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