File40:二つの因縁

文字数 2,939文字

 ニックがマリコ達を巻き込む指示を出し、エリオットが彼女達を見つけ出す為に躊躇いなく離脱する。

「ガゥゥッ!!」

 それを認めた時、ジェシカは周囲の状況も忘れてエリオットを止めようとその後を追った。エリオットは走りながらも嗅覚を働かせているらしく、一度は廃病院に突入したものの上の階には行かずに、そのまま1階を突っ切って裏の通用口から再び外に飛び出していく。

 マリコ達はこの建物内にはいないようだ。何と言っても『恋人』だったので、もしかしたらマリコの臭いを完璧に記憶しているのかも知れない。

 ジェシカは歯噛みしながら全速力でその後を追う。これ以上あの下種にマリコ達を害させる訳には行かない。マリコはもう充分に巻き込まれ、悲しい目に遭っている。この上まだ巻き込むつもりか。絶対に許せない。

「グルルルルゥッ!!」

 ジェシカは怒りの咆哮を上げて自らも通用口から外に飛び出る。そこは元は裏庭と職員用の駐車場を兼ねたスペースのようだった。尤も現在は廃墟化した影響で寂れて、周囲の森が徐々に浸食を始めていた。


「……!」
 そしてその森と敷地の境目の辺りに、異形の狼男の姿があった。その長い両手を広げて獲物(・・)を追い詰めるかのようなポーズを取っている。そして奴の手前には……

(マリコ……!)

 マリコがいた。クレアとナターシャも一緒だ。後もう1人見知らぬ女性が一緒だったが、恐らくヴェロニカの友人カロリーナだろう。全員可哀想なくらい顔を青ざめさせている。クレアは他の3人を庇うように前に出て拳銃を構えているが、当然エリオット相手には文字通りの豆鉄砲だ。


「皆、逃げてっ!」

 クレアがマリコ達を逃がそうとエリオットに向かって発砲する。だが無情にも一切の時間稼ぎにすらならない。

「グッグッグ……!」

 エリオットは狼の口を歪めて不気味に嗤うと、銃弾に構わず突進して、まず邪魔なクレアを薙ぎ倒そうとその凶悪な鉤爪を振り上げる。人間であるクレアがまともに受けたら一溜まりも無い。クレアの顔が絶望で蒼白になる。 

「ガウゥゥゥゥゥッ!!」

 だがそこに間一髪ジェシカが間に合い、エリオットに飛び掛かった。

「グルゥッ!?」

 2体の人狼は激しくもみ合いのような状態になる。とにかくこいつをマリコ達から引き離さなければならない。


「ジェシカッ!?」
「え……ジェ、ジェシカ……?」

 ナターシャの叫びにマリコが反応して目を見開く。そして信じられないような目で、エリオットと組み合う半獣人の少女の姿を見やる。

 だがジェシカは現在それを気にしている精神的余裕はなかった。咄嗟に飛びついて揉み合いになったが、体格も膂力も明らかに相手の方が上だ。

「グルルゥッ!!」
「……ッ!」

 案の定フィジカルの差で強引に組み伏せられてしまう。条件が同じなら、今の2人はそのまま頑健な成人男性と小柄な少女が取っ組み合っているような物で、ジェシカに勝ち目はなかった。

 地面に組み伏せられ上から押さえつけられて身動きが取れなくなる。ジェシカは射抜かんばかりの視線でエリオットを睨み上げる。エリオットもまた憎悪に濁った視線でジェシカを睨む。

 エリオットが空いている方の手を掲げて貫手を形作る。そしてそのままジェシカの心臓を貫く為に手を突き降ろそうとして……

「ジェシカ!」

 クレアがエリオットに向けて発砲した。例え豆鉄砲でも至近距離から側頭部に何発も受ければ多少の痛痒は感じるらしく、エリオットはクレアに対して煩わし気に威嚇の唸り声を上げる。

「……っ!」
 だがクレアは怯みつつもその威嚇に耐えきった。以前により強力な『ルーガルー』の威嚇を体験していた事が影響しているのかも知れない。

 そしてジェシカはエリオットの注意がクレアに向けられた一瞬の隙を突いて、組み伏せの体勢から脱出に成功していた。


「ジェシカ! エリオットも……お願イ、こんナ事もう止めテ!」

 2人の戦いに堪りかねたマリコが間に割り込もうとするが、寸前でナターシャに制止される。

「マリコ、駄目よ! エリオットはあなたを殺すつもりよ。和解の余地はないわ!」

「……っ!」

「今はとにかく逃げるのよ! ここにいてもジェシカの邪魔になるだけよ!」

 ナターシャはマリコと、そして半分腰を抜かしているカロリーナの腕を掴んで引っ張りながら、強引に道路がある方向に逃げようと走り出す。しかし……

「う……!?」

 自分達が逃げようとしていた方角の正面から、異形の四足獣が猛然と迫ってきているのが見えて思わず足が止まる。

 成体のライオンほどの大きさに、鮫の頭と硬骨魚の鱗に覆われた合成獣……フォルネウスだ!


「ひ、ひぃぃっ! も、もう嫌ぁぁっ!!」
「カロリーナッ!?」

 狼男に襲われただけでも充分悪夢だが、追い打ちを掛けるように異形な鮫の怪物が迫ってくる姿を見て、箍が外れてしまったらしいカロリーナが叫びながらその場に座り込んでしまう。ナターシャが引っ張っても立ち上がれない。完全に腰が抜けてしまっているようだ。

 フォルネウスが走りながら鮫の口を大きく開けて舌のような器官を露出させると、そこから毒針が発射された。

「……!」

 ナターシャはカロリーナ達を庇うように両手を広げた。もうそれしか出来る事が無かった。彼女は死を覚悟した。


「――ナターシャさん!」


 だがその時、聞き覚えのある声と共に、彼女の眼前に『障壁』が展開されフォルネウスの毒針を弾いた。

「ヴェロニカッ!」

 フォルネウスの後を追うようにこちらに駆け向かってくるのは、先程別れたばかりのメキシコ系美女のヴェロニカであった。ライフガードの赤いワンピース水着が夜の月明りに映える。

「ナターシャさん、クレアさん、済みません! こいつらは人質を狙ってこちらを分断する作戦に切り替えてきて……今ローラさん達も皆それぞれの敵に当たっているはずです!」

「……!」
 それで今の状況がナターシャ達にも理解できた。鼻の利くエリオットとフォルネウスがマリコ達の追跡を命じられたのだろう。


「皆、下がっていてください! 化け物! お前の相手は私よっ!」

 ヴェロニカはフォルネウスの注意を自分に向ける為に、大声で挑発しつつ『衝撃』を放って牽制する。

 フォルネウスはその巨体に見合わない軽快な身のこなしで『衝撃』を躱す。だが上手く敵意を引き付ける事が出来たようだ。

 向こう側では既にジェシカとエリオットの2人の人狼が激しい戦闘に突入していた。カロリーナ達の安全はクレアとナターシャに任せる他ない。ジェシカもヴェロニカも……誰かを庇いながら戦う余裕は一切ないからだ。

「さあ、掛かってきなさい、化け物。ダリオさんを殺人鬼に変えたその技術は、絶対にこの世に残してはおかないわ」

 ヴェロニカは『力』を最大限に高める。フォルネウスがやはり無言で飛び掛かってくる。水着姿の元ライフガードの美女と鮫の怪物。奇しくも海に関連した要素を持つ者同士の戦いが始まった!

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