第11話 オリベ ノエリ
文字数 2,233文字
声をかけてくれた〝あなた〟について行ったら新しい世界が広がっていました。
すごく騒がしい世界です。笑い声、怒り声、泣き声、時々叫び声。
ビカビカの光が絶え間なくて、目に痛くて、でも最近は暗いところがイヤだったからちょっと安心して。
いつもそんな街でみんなと時間をつぶします。ダーツをしに行ったり、街を練り歩いたり、壁にスプレーで絵を描いているのを眺めたり、突然始まったケンカに足がすくんだり。
でも大半はいつもの外付け階段に座って話していることが多くて「金がなくてつまらない」とか「ムカついたからアイツを病院送りにしてやった」とか「あの女焦らすだけ焦らしてヤらせてくれない」とか、そういう話をずっとしています。
正直みんなが話すことにはまだ共感できたことがなくて、笑って頷くのが精いっぱいです。早くみんなと一緒になりたいです。
だから髪を染めたし、カラコンを入れて濃い化粧もするようにしました。スカートの丈も限界まで短くして、長いネイルもして、学校もサボりました。
じいちゃんとばあちゃんを睨んで汚い言葉をたくさん言いました。それには心が痛んでしまったけれど、でも、やめようとは思いませんでした。
だって今の私には〝あなた〟がいる。
甘えさせてくれて、頭を撫でてくれて、肩を引き寄せてくれる〝あなた〟がいる。
私、もう〝あなた〟を失いたくない。絶対に手放したくないんです。
「――織部 乃絵莉。東京生まれ東京育ちの十六歳。響クンの妹だった彼女は、響クンが居なくなったころから少しずつ精神不安定に」
「シエルが犯した〝混血の禁忌〟によって〝半陰〟として成立し、世界がつじつま合わせを行った結果として響さんの存在は生物界の根底から抹消された。
家族、友達、知り合い――すべての人間のなかから響さんはいなくなり、乃絵莉さんは元から一人っ子ということになった」
「けど、完全に響クンのいた痕跡を消せたわけじゃなかった。だって彼らには心があるから。事実は消せても心から響クンの存在を完全に消すことはできなかったんだ」
「頭では忘れてるのに心では覚えてる。その何となく腑に落ちない気持ち悪さが、乃絵莉さんを苦しめてきたんでしょうね」
「そんなわけで多分響クンの影を求めて悪い男に引っかかっちゃった乃絵莉ちゃんは、見た目も付き合う仲間もマルっと変えてカレシに無理やり合わせる毎日を送ってる……」
「それ自体は乃絵莉さんの生き方だわ。私たちの問題に巻き込んでしまったのは申し訳ないけれど、私たちが関わっていなくても色々あるのが生物だもの」
「ルリハはホントつっけんどんな言い方するなぁ……。けど、確かにどれだけ乃絵莉ちゃんが苦しくてもボクたちには生物の生き方に干渉する権利はない」
「でも。最近しきりに彼氏へ言っていることは気になるのよね」
最近、誰かに見られている気がします。
〝あなた〟に言っても気のせいだって笑われますが、本当なんです。
歩いているとき、話しているとき、お風呂に入っているとき、眠っているとき。突然現れて突然消えるその視線がすごく怖いんです。
特に最近はずっと近くで感じます。その視線を感じると息が止まります。心臓が破れそうな音を立てて、指の先が冷たくなって、身体が震えるんです。
もし、もし。この先この視線が近づくようなことがあったら、視線の主が私の前に現れるようなことがあったら。
私は殺されるかも知れません。またお腹を刺されでもして、血がたくさん出て……今度こそ助からないかも知れません。
どうしよう。怖い。本当に怖くて仕方がないです。
……あれ? でも。
「また」 「今度こそ」って――なに?
「は~、これから来るってよ乃絵莉。正直ユーウツ……被害妄想の女ってヤベェメンドーだわ。今日も誰かに見られてるーとか、殺されるかも知れねぇからずっと側にいてーとか聞かされんのかよ。ウッザ」
「言っていい? オマエのイマカノいっつも笑って頷いてるだけで正直キモいわ。お高く止まってる感じもサミィし」
「そう言うなよ顔はいいだろ、だからナンパしたんだし。あ~でももういいわ。可愛くてもメンドくせぇ女はノーサンキュー。今、別でイイ感じになってる女もいるからな。そろそろ捨てますかぁ」
「あっははは! 出たよ~オマエの必殺技ソッコー使い捨て!」
「でもよぉ、メンヘラって捨てっときこそ面倒じゃね?」
「それな……勝手にどっか行ってくれたら楽だけどムリだよなぁ。オレにベッタリだし」
「いや、捨てんのはもったいねぇわ。見た目はいいんだから有効活用すれば?」
「あん?」
「実はさぁ、俺の知り合いが好きなときに抱ける女探してんのね。ほら、この前オマエも乃絵莉と一緒いるとき会ったじゃん」
「あぁ~あの見るからにヤバそうなオッサン」
「で、その知り合いが乃絵莉のことすげぇ気に入ってて、金弾むから連れてこいって言われてたんよね。実は」
「へぇ……」
「あの人、マジでヤバそうだけど金持ってんのは確かなんだよ。メンヘラなら捨てんのは苦労するけどさ、借金抱えてるから助けてくれ~とか言って上手くやれば金持ちになれんじゃね?」
「……」
「どーよ。俺が繋いでやっからさ、会わせてみねぇ?」
「お、おいさすがにそれは……あの子メンヘラだけど悪い子じゃねぇじゃん……」
「うっせぇ、てめぇは黙ってろ。よっし乗った。あいつが自分ちからパクッてくる金が貧相すぎて困ってたからちょうどいいわ」
「決まり。へへ、上手くいったら紹介料くれよ~?」
すごく騒がしい世界です。笑い声、怒り声、泣き声、時々叫び声。
ビカビカの光が絶え間なくて、目に痛くて、でも最近は暗いところがイヤだったからちょっと安心して。
いつもそんな街でみんなと時間をつぶします。ダーツをしに行ったり、街を練り歩いたり、壁にスプレーで絵を描いているのを眺めたり、突然始まったケンカに足がすくんだり。
でも大半はいつもの外付け階段に座って話していることが多くて「金がなくてつまらない」とか「ムカついたからアイツを病院送りにしてやった」とか「あの女焦らすだけ焦らしてヤらせてくれない」とか、そういう話をずっとしています。
正直みんなが話すことにはまだ共感できたことがなくて、笑って頷くのが精いっぱいです。早くみんなと一緒になりたいです。
だから髪を染めたし、カラコンを入れて濃い化粧もするようにしました。スカートの丈も限界まで短くして、長いネイルもして、学校もサボりました。
じいちゃんとばあちゃんを睨んで汚い言葉をたくさん言いました。それには心が痛んでしまったけれど、でも、やめようとは思いませんでした。
だって今の私には〝あなた〟がいる。
甘えさせてくれて、頭を撫でてくれて、肩を引き寄せてくれる〝あなた〟がいる。
私、もう〝あなた〟を失いたくない。絶対に手放したくないんです。
「――織部 乃絵莉。東京生まれ東京育ちの十六歳。響クンの妹だった彼女は、響クンが居なくなったころから少しずつ精神不安定に」
「シエルが犯した〝混血の禁忌〟によって〝半陰〟として成立し、世界がつじつま合わせを行った結果として響さんの存在は生物界の根底から抹消された。
家族、友達、知り合い――すべての人間のなかから響さんはいなくなり、乃絵莉さんは元から一人っ子ということになった」
「けど、完全に響クンのいた痕跡を消せたわけじゃなかった。だって彼らには心があるから。事実は消せても心から響クンの存在を完全に消すことはできなかったんだ」
「頭では忘れてるのに心では覚えてる。その何となく腑に落ちない気持ち悪さが、乃絵莉さんを苦しめてきたんでしょうね」
「そんなわけで多分響クンの影を求めて悪い男に引っかかっちゃった乃絵莉ちゃんは、見た目も付き合う仲間もマルっと変えてカレシに無理やり合わせる毎日を送ってる……」
「それ自体は乃絵莉さんの生き方だわ。私たちの問題に巻き込んでしまったのは申し訳ないけれど、私たちが関わっていなくても色々あるのが生物だもの」
「ルリハはホントつっけんどんな言い方するなぁ……。けど、確かにどれだけ乃絵莉ちゃんが苦しくてもボクたちには生物の生き方に干渉する権利はない」
「でも。最近しきりに彼氏へ言っていることは気になるのよね」
最近、誰かに見られている気がします。
〝あなた〟に言っても気のせいだって笑われますが、本当なんです。
歩いているとき、話しているとき、お風呂に入っているとき、眠っているとき。突然現れて突然消えるその視線がすごく怖いんです。
特に最近はずっと近くで感じます。その視線を感じると息が止まります。心臓が破れそうな音を立てて、指の先が冷たくなって、身体が震えるんです。
もし、もし。この先この視線が近づくようなことがあったら、視線の主が私の前に現れるようなことがあったら。
私は殺されるかも知れません。またお腹を刺されでもして、血がたくさん出て……今度こそ助からないかも知れません。
どうしよう。怖い。本当に怖くて仕方がないです。
……あれ? でも。
「また」 「今度こそ」って――なに?
「は~、これから来るってよ乃絵莉。正直ユーウツ……被害妄想の女ってヤベェメンドーだわ。今日も誰かに見られてるーとか、殺されるかも知れねぇからずっと側にいてーとか聞かされんのかよ。ウッザ」
「言っていい? オマエのイマカノいっつも笑って頷いてるだけで正直キモいわ。お高く止まってる感じもサミィし」
「そう言うなよ顔はいいだろ、だからナンパしたんだし。あ~でももういいわ。可愛くてもメンドくせぇ女はノーサンキュー。今、別でイイ感じになってる女もいるからな。そろそろ捨てますかぁ」
「あっははは! 出たよ~オマエの必殺技ソッコー使い捨て!」
「でもよぉ、メンヘラって捨てっときこそ面倒じゃね?」
「それな……勝手にどっか行ってくれたら楽だけどムリだよなぁ。オレにベッタリだし」
「いや、捨てんのはもったいねぇわ。見た目はいいんだから有効活用すれば?」
「あん?」
「実はさぁ、俺の知り合いが好きなときに抱ける女探してんのね。ほら、この前オマエも乃絵莉と一緒いるとき会ったじゃん」
「あぁ~あの見るからにヤバそうなオッサン」
「で、その知り合いが乃絵莉のことすげぇ気に入ってて、金弾むから連れてこいって言われてたんよね。実は」
「へぇ……」
「あの人、マジでヤバそうだけど金持ってんのは確かなんだよ。メンヘラなら捨てんのは苦労するけどさ、借金抱えてるから助けてくれ~とか言って上手くやれば金持ちになれんじゃね?」
「……」
「どーよ。俺が繋いでやっからさ、会わせてみねぇ?」
「お、おいさすがにそれは……あの子メンヘラだけど悪い子じゃねぇじゃん……」
「うっせぇ、てめぇは黙ってろ。よっし乗った。あいつが自分ちからパクッてくる金が貧相すぎて困ってたからちょうどいいわ」
「決まり。へへ、上手くいったら紹介料くれよ~?」