第21話 特訓の合否は!?~特訓3日目~
文字数 2,784文字
あれよあれよという間に自分との距離を縮めていくアスカ。
彼は茨を登りつつ発光する左胸から銃を取り出すと、響の足に絡んだ茨の数本をガウン、ガウンと撃った。
狙いはすべて的確、響の足は自由になる。ならば自分がすべきことは決まっている。
「アスカ君!!」
響はこちらへと向かってくるアスカに手を差し出した。アスカは足に一際力を込めて茨のツルを蹴り、大きく跳躍して響の手首を掴む。響もアスカの手首をしっかりと掴んだ。
同時に響は再び意識を背中に集中した。茨は撃ち抜かれても響を追跡してくる。しかしそれを認識しても響はもう混乱を示さない。
その心にあるものはただひとつ、現状を打破すること――アスカと共に。
「ッ飛ぶぞぉおおお!!」
力の限り叫んで響はさらに上空を見据えた。自分より質量のあるアスカを引っ張っているので全力以上を背中に込める。
爆発じみた風が背後で生まれたのを感じた。弾丸のように空を貫き、風の紋翼は響とアスカを遥か上空へと導いていく。
茨はもう追いかけてこなかった。どうやら頭打ちになってくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろすと同時に上空への飛翔は緩み、やがて空中停止、ホバリングの状態に収まっていく。
「アスカ君、大丈夫!?」
「俺は心配ない。お前は」
「すっごいしんどいけど何とか生きてる!」
「そうか」
互いの安否確認を終えればふたりは揃って眼下の状況を見下ろす。
先ほどは夢中すぎて気を払えなかったが、響を追いかけていた霊獣が茨にぶつかっていないか遅ればせながら心配になったのだ。
しかし、見下ろした先のニャンニャンブーはすべて茨のツルでできた檻に囲われている。しかも何故か茨や茨に生えているトゲはやたら柔らかく見え、ぎゅうぎゅうに押し込められていても痛がっている様子はなかった。
何故突如として茨が出現したか、今こうしてニャンニャンブーを囲っているのか――響には何も分からなかったが、今はとにかく事なきは得られたことが分かれば充分だった。
「ははは! 悔しいが降参だな」
声につられて今度はロイドへと目を向ける。
アスカと今の今まで刃を交えていたロイドは今、アスカが投擲して柄が地面へ刺さった大鎌と地面の間に縫いつけられながらさわやかな笑い声を響かせていた。
ロイドもまた無傷であったものの、大鎌の鋭利な刃は少しでも動けばロイドの首を切り裂ける距離と角度に固定されている。
深く観察し、緻密に考え、研ぎ澄まされた集中力と技術力がなければロイドの首は滑らかな切断面を見せていたに違いない。
「ロイド団長……!」
茨に気を取られ今さらロイドの状態に気づいたレジーナが血相を変えて駆けつけていく。
そのまま救助に入ってくれたのでそちらも心配はないだろう。響はまた心の底から安堵の吐息をついた。
「響」
と、名を呼ばれて響はまたアスカへ視線を向けた。アスカは響と手首を繋いだ状態であり、空中に宙ぶらりんの状態だ。響は焦る。
「アスカ君ごめん、この体勢苦しいよね」
「俺は平気だ。それよりも、まだ安心するには早いんじゃないか」
「へっ――え、な、なに!?」
アスカの指摘に首を傾げようとする響。
その瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように背後の紋翼が消える。それはもうびっくりするほど忽然と消える――まだ空中、それもなかなかの高所に留まっているというのに。
気を緩めたことで紋翼の存在を忘れてしまったことが原因だが、もちろん悠長に究明している場合ではない。
「おわぁああああああ!!」
上空での拠り所を失った響とアスカは地面へ吸い寄せられるように落ちていく。
再度紋翼を展開する選択肢は動揺に塗りつぶされた頭に浮かんでくるはずもなく、響は絶叫を上げることしかできない。
アスカは「やっぱりこうなるか」とでも言うような顔で落ちていく。このままだとどちらもケガは免れない――!
「こらこら、最後まで気を抜いてはいけないよ」
しかし、地面へ激突する前に響とアスカは何やら柔らかいものに出会った。
意味が分からず身体に触れるそれを見下ろせば見覚えのある茨のツル。
先ほどは響を襲い、アスカに銃で一部を撃たれ散ったそれが今はクッションとなってふたりを支えていた。
「えっ、これってさっき襲ってきた植物……や、やわらかぁ……」
しかもその感触たるや極上。まるで毛糸のように柔らかで、トゲも先端が丸く安全そのもの。
響はあまりの気持ちよさに疑問を持つことも忘れて触りまくった。その隣でアスカは後ろ手をついて茨に座りながら今度こそ吐息をついている。
茨は響とアスカを乗せながらゆっくりと地面へ近づいていき、最後には雪のように融けて消失した。
地に腰を下ろす形になったふたりの前には腕組みをしてふたりを見下ろすヴァイス――やわらか茨で和んでいた響の心が一気に引き締まった。ふたり揃って立ち上がる。
「さて。これにて特訓は終了だ。ふたりともお疲れさま」
「! はい、お疲れさまでした!」
「……ありがとうございました」
「私から講評だが、アスカはロイド団長との戦闘に時間をかけすぎだったね。
響くんももう少し視線を他に向けてニャンニャンブーが増えない道筋を考えられるとなお良かったかな。あと最後まで気を抜かないこと」
響の肩にかかっている魔多多比を取り外しつつヴァイス。やはり厳しい。響とアスカは神妙な顔で頷く。
「だが最後に見せたアスカの機転は悪くなかったし、響くんも折れずに走り抜けたのはエラい。まだまだではあるが及第点くらいはあげられる」
「!」
「アスカ、響くん。君たちをヤミ属執行者と認めよう。この三日間よく頑張ったね。明日は気をつけて行っておいで」
「はっ、はい! ありがとうございました!!」
思いがけない言葉の数々に、響は少しだけ時を止めたあとで頭を下げた。その隣でアスカも深く頭を下げている。
あれほどふたりが執行者になることを反対していたヴァイスが信じようとしてくれたこと、そしてその信頼に少しでも報いることができたこと。本当に嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だから響はアスカの方を向いて両手の平を見せる。
アスカは汗だくの顔をツナギの袖で雑に拭いながら胡乱げに響を見るばかりで、業を煮やした響は無理やりその両手を持ち上げて同じポーズをさせた。
「そしてハイタッチ!」
「な、なんだ突然……」
アスカにはハイタッチの知識がなかったようだ。強制的なそれにアスカは目を瞬かせ、ヴァイスはそんなふたりに肩を揺らす。
響も常夜の空へ高らかに笑い声を響かせた。地獄のような特訓が終わったこともあって非常に晴れやかな気分だ。
「そうそう。言い忘れていたが筋トレや鍛錬は毎日忘れずにね」
「あっ……はい……」
――そんなところでヴァイスが抜かりなく釘を刺してくるのだから、響は一転して顔を凍りつかせるしかなくなるのだった。
彼は茨を登りつつ発光する左胸から銃を取り出すと、響の足に絡んだ茨の数本をガウン、ガウンと撃った。
狙いはすべて的確、響の足は自由になる。ならば自分がすべきことは決まっている。
「アスカ君!!」
響はこちらへと向かってくるアスカに手を差し出した。アスカは足に一際力を込めて茨のツルを蹴り、大きく跳躍して響の手首を掴む。響もアスカの手首をしっかりと掴んだ。
同時に響は再び意識を背中に集中した。茨は撃ち抜かれても響を追跡してくる。しかしそれを認識しても響はもう混乱を示さない。
その心にあるものはただひとつ、現状を打破すること――アスカと共に。
「ッ飛ぶぞぉおおお!!」
力の限り叫んで響はさらに上空を見据えた。自分より質量のあるアスカを引っ張っているので全力以上を背中に込める。
爆発じみた風が背後で生まれたのを感じた。弾丸のように空を貫き、風の紋翼は響とアスカを遥か上空へと導いていく。
茨はもう追いかけてこなかった。どうやら頭打ちになってくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろすと同時に上空への飛翔は緩み、やがて空中停止、ホバリングの状態に収まっていく。
「アスカ君、大丈夫!?」
「俺は心配ない。お前は」
「すっごいしんどいけど何とか生きてる!」
「そうか」
互いの安否確認を終えればふたりは揃って眼下の状況を見下ろす。
先ほどは夢中すぎて気を払えなかったが、響を追いかけていた霊獣が茨にぶつかっていないか遅ればせながら心配になったのだ。
しかし、見下ろした先のニャンニャンブーはすべて茨のツルでできた檻に囲われている。しかも何故か茨や茨に生えているトゲはやたら柔らかく見え、ぎゅうぎゅうに押し込められていても痛がっている様子はなかった。
何故突如として茨が出現したか、今こうしてニャンニャンブーを囲っているのか――響には何も分からなかったが、今はとにかく事なきは得られたことが分かれば充分だった。
「ははは! 悔しいが降参だな」
声につられて今度はロイドへと目を向ける。
アスカと今の今まで刃を交えていたロイドは今、アスカが投擲して柄が地面へ刺さった大鎌と地面の間に縫いつけられながらさわやかな笑い声を響かせていた。
ロイドもまた無傷であったものの、大鎌の鋭利な刃は少しでも動けばロイドの首を切り裂ける距離と角度に固定されている。
深く観察し、緻密に考え、研ぎ澄まされた集中力と技術力がなければロイドの首は滑らかな切断面を見せていたに違いない。
「ロイド団長……!」
茨に気を取られ今さらロイドの状態に気づいたレジーナが血相を変えて駆けつけていく。
そのまま救助に入ってくれたのでそちらも心配はないだろう。響はまた心の底から安堵の吐息をついた。
「響」
と、名を呼ばれて響はまたアスカへ視線を向けた。アスカは響と手首を繋いだ状態であり、空中に宙ぶらりんの状態だ。響は焦る。
「アスカ君ごめん、この体勢苦しいよね」
「俺は平気だ。それよりも、まだ安心するには早いんじゃないか」
「へっ――え、な、なに!?」
アスカの指摘に首を傾げようとする響。
その瞬間、まるでタイミングを見計らったかのように背後の紋翼が消える。それはもうびっくりするほど忽然と消える――まだ空中、それもなかなかの高所に留まっているというのに。
気を緩めたことで紋翼の存在を忘れてしまったことが原因だが、もちろん悠長に究明している場合ではない。
「おわぁああああああ!!」
上空での拠り所を失った響とアスカは地面へ吸い寄せられるように落ちていく。
再度紋翼を展開する選択肢は動揺に塗りつぶされた頭に浮かんでくるはずもなく、響は絶叫を上げることしかできない。
アスカは「やっぱりこうなるか」とでも言うような顔で落ちていく。このままだとどちらもケガは免れない――!
「こらこら、最後まで気を抜いてはいけないよ」
しかし、地面へ激突する前に響とアスカは何やら柔らかいものに出会った。
意味が分からず身体に触れるそれを見下ろせば見覚えのある茨のツル。
先ほどは響を襲い、アスカに銃で一部を撃たれ散ったそれが今はクッションとなってふたりを支えていた。
「えっ、これってさっき襲ってきた植物……や、やわらかぁ……」
しかもその感触たるや極上。まるで毛糸のように柔らかで、トゲも先端が丸く安全そのもの。
響はあまりの気持ちよさに疑問を持つことも忘れて触りまくった。その隣でアスカは後ろ手をついて茨に座りながら今度こそ吐息をついている。
茨は響とアスカを乗せながらゆっくりと地面へ近づいていき、最後には雪のように融けて消失した。
地に腰を下ろす形になったふたりの前には腕組みをしてふたりを見下ろすヴァイス――やわらか茨で和んでいた響の心が一気に引き締まった。ふたり揃って立ち上がる。
「さて。これにて特訓は終了だ。ふたりともお疲れさま」
「! はい、お疲れさまでした!」
「……ありがとうございました」
「私から講評だが、アスカはロイド団長との戦闘に時間をかけすぎだったね。
響くんももう少し視線を他に向けてニャンニャンブーが増えない道筋を考えられるとなお良かったかな。あと最後まで気を抜かないこと」
響の肩にかかっている魔多多比を取り外しつつヴァイス。やはり厳しい。響とアスカは神妙な顔で頷く。
「だが最後に見せたアスカの機転は悪くなかったし、響くんも折れずに走り抜けたのはエラい。まだまだではあるが及第点くらいはあげられる」
「!」
「アスカ、響くん。君たちをヤミ属執行者と認めよう。この三日間よく頑張ったね。明日は気をつけて行っておいで」
「はっ、はい! ありがとうございました!!」
思いがけない言葉の数々に、響は少しだけ時を止めたあとで頭を下げた。その隣でアスカも深く頭を下げている。
あれほどふたりが執行者になることを反対していたヴァイスが信じようとしてくれたこと、そしてその信頼に少しでも報いることができたこと。本当に嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
だから響はアスカの方を向いて両手の平を見せる。
アスカは汗だくの顔をツナギの袖で雑に拭いながら胡乱げに響を見るばかりで、業を煮やした響は無理やりその両手を持ち上げて同じポーズをさせた。
「そしてハイタッチ!」
「な、なんだ突然……」
アスカにはハイタッチの知識がなかったようだ。強制的なそれにアスカは目を瞬かせ、ヴァイスはそんなふたりに肩を揺らす。
響も常夜の空へ高らかに笑い声を響かせた。地獄のような特訓が終わったこともあって非常に晴れやかな気分だ。
「そうそう。言い忘れていたが筋トレや鍛錬は毎日忘れずにね」
「あっ……はい……」
――そんなところでヴァイスが抜かりなく釘を刺してくるのだから、響は一転して顔を凍りつかせるしかなくなるのだった。