第2話 B級昇格はトツゼンに

文字数 2,832文字

『契約寿命を反故し続けてまで生に執着するのだ。

 戦闘はほぼ免れぬゆえ、罪科獣執行の任務はB級以上の中堅執行者が行うことになっておる』

『えっ、僕たちC級でしたよね? 任務できないんじゃ?』

『ああ。しかしヤミ神から指名勅令が下り、貴様らがそれを決行する道を選ぶのであればC級執行者だろうが貴様らが行うべきものだ。

 というかヤミ神が貴様らの力量をお認めになったということで、貴様らの階級を上げることにする。よって貴様らは今からB級執行者だ。よいな』

『かるー!?』

 この数秒でB級に、つまり中堅執行者になってしまった響は思わずツッコミを入れてしまう。

 階級はもっと厳かにゆっくりと上がるものではないのか。少なくともスナック感覚でサクサク上げてよいものではないだろう。

 神殿内に反響する響のツッコミも何のその、エンラは難しい顔で吐息をつきながら足を組み替える。

『とはいえ、貴様らはどちらも特殊な身の上だ。

 指名勅令は指名された者が遂げることを大前提とするが、片や紋翼を失ったヤミ、片やヤミ属と生物の中間存在〝半陰〟――戦闘能力でいえば他の執行者ひとりにも満たぬ。

 地利的不利な状況ながらシエルを執行した前例があったとて、あやつも紋翼を失ったヒカリ属だったからのう』

『……はい』

『そのうえ貴様らは〝神核繋ぎ〟ができぬときた。さすがに尻を叩いて行かせるわけにはいかぬ』

 〝神核繋ぎ〟とは、その名のとおりヤミ属の心臓である神核片と神核片をバディ間で繋ぐ行為を指す。

 本来であれば様々な任務をこなすなかで自然と、あるいは合意のうえで神核片は繋がれるものだ。

 しかし、ヤミ属執行者となった当初の響とアスカはエンラが強制的に〝神核繋ぎ〟を施す運びとなった。

 執行者として力が乏しいゆえに〝神核繋ぎ〟を行うことで得られるメリット――離れても交信可能となる念話、神陰力の譲渡など――を最初から享受する必要があったからだ。

 だが結果は失敗。しかも原因は響にあった。エンラの言によると、響は既に誰かと〝神核繋ぎ〟を終えているらしい。

 結果として響と〝神核繋ぎ〟をした者の特定はエンラの側近長・リンリンが行うことが決まったものの、未だ特定には至っていないため、響とアスカは未だに〝神核繋ぎ〟ができていないのだ。

『あの。ちょっと話が逸れてしまうんですが、いいですか?』

『なんだ。申してみよ』

 ゆえに響は小さく挙手をし、エンラは応じた。

『前に〝神核繋ぎ〟は契約だって仰っていましたよね。それとアスカ君と僕は神核片……僕の場合は擬似的な神核片ですけど、とにかく僕側の契約の重複で〝神核繋ぎ〟が成立しないって。

 なら僕が今結んでいる契約を破棄すれば、僕はアスカ君と〝神核繋ぎ〟ができるんじゃないでしょうか?』

『……確かに不可能ではない。実際にひとつの選択として一考もした』

『じゃあ――』

『しかし却下だ。貴様は成り立ちからして特殊中の特殊。〝混血の禁忌〟に遭ってなお生き永らえた者など貴様以外に例がない。何故今もこうしてこの場に立てているか我でも見当がつかぬほどのイレギュラーだ』

『そ、そんなにですか』

『然り。それゆえか我の権能〝千里眼〟でも貴様の中身を見渡しきれぬ。視えておる部分も我の目に歪み映っておる可能性もあろう。

 例えば、実際は最初から契約などなく神核片を繋いだバディもない。しかしあるように視える、といったようなな。

 他には、本来成立し得ない対象――例えば物体などと事故的に繋がってしまったが、イレギュラーがゆえに我の目では捉えられぬなどなど……どんなにしろ判然とせぬモノを不用意に動かす、特に差し引く行為は悪手中の悪手である。

 よって今の貴様からの契約破棄は極力避けたい。取り返しのつかぬことになるやも知れぬのでな』

『確かに……』

『調査は今後も続けるが、特定に至れるかは断言できぬ。貴様としても奇妙な心地ではあろう。

 しかし〝神核繋ぎ〟はその本質からして悪用がしづらいゆえ、今の貴様が何か悪寒めいたものを感じていなければ無害であると判断してよかろう』

『分かりました』

『まぁ、貴様ら間で念話が使えぬのは痛い事実ではあるが、それも声が届かぬほど離れなければよいこと。

 幸いにして貴様らは今もアスカの紋翼を介して繋がっているのであろ?』

『……はい。響からは俺を感知不可ですが、俺は響の居所を常に感知できています』

『ならばよい。そのままでいよ、響』

『は、はい』

 響の返事にエンラは一度頷くと、気を取り直したように再び口を開いた。

『――さて。貴様らに下った指名勅令〝罪科獣執行〟の話に戻るが、場所は日本の山中であったか。

 この国は島国というだけあって独特なカタチをしたモノが多いが、手に余るような強さを持つ罪科獣はわずかだ』

『俺も日本の罪科獣を何度か執行したことがありますが、いずれも苦戦はしませんでした。……まだ紋翼を持っていたころの話なのでアテにはなりませんが』

『ふむ。詳しく視てみるか』

 エンラがそう言った瞬間、すさまじい力がエンラの真っ黒な眼球へ集まっていくのを感じた。

 双眸周りの皮膚は血管が浮き出るかのごとく放射状に脈打ち始め、まるですべてを見透かされているような心地になる。

 響は恐怖にも等しい神気に一歩後ずさりしてしまったが、恐らくエンラは権能を使用したのだろうと遅ればせながら理解をした。

『……執行対象は元がキツネの罪科獣であったな』

『はい。〝神託〟で送られてきた映像では生物としてのキツネからさほど変容していない見かけでした』

『見つけたぞ。元気に走っておるよ』

 〝千里眼〟というのは、ただの人間だったころにも聞いたことがある。遠い場所の事象まで見渡せる目のことであったか。

 響が生物界で知識を得た千里眼とエンラの持つ千里眼では内容に相違のある可能性もあるものの、ヤミ属界にいながらにして生物界の現況を得られる能力であることは間違いがないようだった。

『そこまでの難敵ではないな。貴様ら、というかアスカひとりでも討伐可能と判断する。多少苦慮する可能性はあるがのう』

 エンラは言って未だ目の周りの皮膚を脈打たせながらアスカや響へと視線を戻した。

『どうだ。此度の指名勅令、遂げられそうか。

 遂げられそうであれば明日にでも執行となる。否であれば別の者に任せるとしよう』

『……響。どうする』

 てっきりアスカが返事をするものだと思っていた響は、既に響を見下ろしていたアスカを見上げて目を丸くした。

『えっ、僕が決めるの? だって僕は雑務しかできなくて……』

『俺はお前の判断に従う。従ったうえで、執行任務もお前の守護もやり遂げる』

 アスカの静かに揺らめく炎のごとき言葉にエンラは満足げに笑みを浮かべた。

 それを視界のすみで認めつつ、響は頭のなかで色々なことを考えた。

 そうして最後に家族だった人々――祖父母や妹の乃絵莉が浮かぶと、結局は首を縦に振ってしまった。

『じゃあ、やってみる……やってみたい』
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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