第14話 定刻は死を告げる

文字数 2,452文字

「さすがにこの程度では執行されてくれないか」

 ヴァイスは地に足をつけ、〝茨〟を消失させながら呟いた。

 紫色の血にまみれた八匹のキツネたちは後退してヴァイスから距離を取りこそすれ、倒れることはなかった。

 攻撃を受けた直後はヨロヨロおぼつかない動きをしていたが、それも自己修復が始まると徐々に鳴りを潜める。

 そうして八の双眸は殺意に加えてさらなる怨を孕み、ひとつの双眸へと戻っていく。

 ヴァイスの数歩先には先ほどの巨大な八尾のキツネが一匹。ただしその体躯全体は鬼火をまとって青く燃え上がっている。

「痛い思いをさせてすまなかったね。次で終わらせるからご容赦だ」

 ヤミ属執行者が生物や罪科獣に与える執行行為に痛みは存在しない。

 しかし生物は攻撃を受けた際に痛みを自分で作り出してしまう。

 それゆえ執行は即死、それが不可能であれば手早く終わらせるのが最良だ。

 だが、執行対象が強敵・難敵であればあるほど戦闘は長引く。

 特に高次存在にまで成り上がった罪科獣は素直に討伐されてくれない場合が多い。

 どれほど攻撃を加えても核を壊さない限り修復や再生を繰り返す例も少なくなく、さらにこの核は必ずしも生物の急所――頭部や心臓、大動脈――と同じとは限らない。

 八尾のキツネは紫の血で汚れた全身の毛を逆立て、姿勢も四つ足で低く立つ手負いの獣の体勢だ。

 しかもヴァイスに攻撃の時間を与える気はないとばかりに攻撃を仕掛けてくる。

 鬼火をまとった八尾が弾丸のようにヴァイスへと降り注ぎ、口からも灼熱の青炎が勢いよく吐き出された。

「うん、八尾に戻ったのは良い判断だ。私の〝クロノス〟は私と対象の力量差で効果のほどが変わる。

 力が分散された八匹の状態では非常に効いてくれたが、八尾に戻った今の状態では少しばかり効きが鈍るだろう。九尾だったらさらに鈍ったはずだ」

 言いながらヴァイスは〝茨〟を自分の前に展開し、厚い茨の壁を作っては炎を遮断する。

 同時に茨はあらゆる方向から放たれた八つの尾にも巻きついて、いとも容易く動きを制限した。

 鬼火によって〝茨〟がジュウウウと灼かれる音が響くが、拘束は緩まない。

 炎が途切れれば壁を作っていた茨はまっすぐに八尾のキツネの首へと伸び、締め上げては固定する。

 灼熱を灯らせ真っ青に色づいた茨は、逆に銀色の毛を容易に融かし焼いた。

「とはいえ私の〝クロノス〟は優秀でね。時間操作だけが能じゃない」

 どうにか離脱を試みる八尾のキツネ。怨みに満ちた双眸と尾を見上げながらヴァイスは左手を前に突き出した。

 その瞬間、キツネの首と八つの尾の真上にそれぞれ時計が出現する。

 いくつもの歯車で動作する繊細な機構を内部に秘めた金古美時計――それが何もない空間から生み出されたのだ。

 それぞれの時計盤の上には長針と短針、秒針があり、秒針はチッチッチッ……と規則的な音を辺りに響かせている。

「君には馴染みがないと思うが、良い音だろう?」

 まるで世間話をするかのような調子のヴァイスとは違い、八尾のキツネは無言を貫き続ける。

 血走った目でヴァイスを睨めつけ、フシュウフシュウと呼吸を繰り返すのみ。

 一体どれほど生を欲し死を拒絶するのか。

 途方のない時を重ね、数多の命を食い荒らし続け。ついには高次存在にまで上りつめた歪な命。

 その命に、ヴァイスは告げる。

「――〝定刻〟」

 同時に突き出した左手を握りこむ。

 するとその刹那、九つの時計の針だけが長く伸び、まるで斬首するかのように勢いよく一回転した。

 辺りに鳴り響くはゴォン、ゴォンという定刻を知らせる音。

 数秒後、九つの時計が消えるのと同時に、回転した針の直下にあったキツネの首と八つの尾がスパリと両断された。

 ズズゥン――根本から切り落とされ、重々しい音を立てて地面へと落ちるキツネの頭部や八尾。

 しかし、それらは驚くべきことにまだ生命活動を維持していた。

 地に転がった頭部、その中心を飾る双眸はヴァイスを映しながら深く濃い怨に揺らめいている。

 八つの尾もビチビチと波打ち、どうにかして死を免れる道を探しているように見えた。

「残念だが終わりだよ。君を君たらしめるモノをすべて切り落としたからね」

 ヴァイスの言葉を理解したか、ようやく心が死を意識し始めたか。頭部と尾すべてを失った胴体の切断面から紫色の体液が噴出し始めた。

 全身を覆っていた鬼火も消沈するように消えていく。殺意と怨に彩られてギラギラと猛っていた双眸も光を失い始め、尾もひとつふたつと動きを停止させていった。

 やがて八尾のキツネを構成するすべてのパーツは空気に融けるかのごとく消失するだろう――転生不能となってしまった魂魄も。

「すまないね。君がただの生物だったころに執行できたなら、転生させてあげられたのだが」

 頭部を見つめヴァイスはぼそりと言う。

 一度罪科獣へ変じてしまったら最後、転生することは二度と叶わない。これはヤミ属執行者でもヤミ神でも変えられない事実だ。

 だから永くを生きた彼の魂魄はこのまま壊れ消えるのみ。二度と日の目を見ることはない。



「――お、終わった……?」

 ヴァイスと八尾のキツネ型罪科獣の戦闘を変わらず上空で見守っていた響が問うと、アスカは小さく頷く。

「ああ。罪科獣の身体が自壊していっている。ようやく己の死を悟ったんだ」

「……そっか。じゃあ、もうヴァイスさんの方に戻っても大丈夫かな?」

 強敵とヴァイスの戦闘が終わりを迎えた。

 時間にして十分、いや五分もあったかどうか。非常に短くも感じられたし、立て続けに起こったことが処理できなさすぎて長くも感じた。

 やはりひとつの存在の終わりは哀しく感じるが、戻ってきてくれた平穏に胸を撫で下ろし始めたのも事実。

「そうだな。だいぶ変則的だったが今度こそ終わり――待て」

 しかし。アスカの言葉が途中で終わり、代わりに鋭い音色を持てば緩みかけていた空気がまた張り詰めた。

 響には最初その理由が分からなかったが、アスカに遅れつつもすぐ異変に気づくことができた。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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