第3話 生意気なコドモ《ディル》
文字数 2,550文字
「大丈夫でーす、エンラ様の言いたいことはちゃんと分かってるんでェ」
「その言の葉聞き飽きた。そもそも貴様が了解すべきは我の言いたいことではなく、己の重ねてきた悪行の意味であるぞ」
「悪行はさすがに大げさでしょ。でもまぁ、執行者として挽回するんで。エンラ様もその方がいいだろ? 任務に執行者が追いついてないっすもんね」
ディルの言葉にエンラは前傾となっていた姿勢を改め、一度フウと吐息をついた。
「……まだまだ説教したいところではあるが、そうさな。貴様の手もなければ〝生物の死を守る〟ヤミ属の使命が果たしきれぬ状況である。
ゆえに貴様の望みどおり執行者に復帰させよう。ただしこれ以上貴様を野放しにするわけにもいかぬゆえな、ふたつ措置を取る」
「措置ィ? ふたつぅ?」
怪訝なディル。そんな彼の数歩前でエンラは後方に控えるリンリンへと目配せをした。
視線を向けられたリンリンが空間に円を描くと、その形に空間が切り開かれ、空いた穴から何かが勢いよく飛び出してくる。
それはそのまま一直線に前方へ突き進み、一気にディルの近くまで来たかと思えば速度を緩め旋回、スピードが落ちたところで思わず硬直するディルの肩にとまることとなった。
「な、なんだ。鳥? カラクリの?」
バサバサと羽を胴横に収めた鳥型を横目にしつつ、ディルは眉根を寄せた。
生物の鳥ではない。金古美色の金属が緻密に組まれたゼンマイ仕掛けの小鳥だ。
見た目は無機質でありながら動きは生身の鳥のごとく流麗、ちょっとした仕草も鳥のようだ。
「権能〝想念鍛冶〟を持つ執行者ザドリックの作だ。名をカナリアという。
貴様がこれまでのような振る舞いを行った場合、瞬時に拘束するよう想念を込めた防具である。このカナリアを常に携帯すること、それがひとつめの措置だ」
「……、」
「ディルよ。貴様の権能を改めて我に説明してみせよ」
「は? 別に今さら解説するほどの能力じゃないでしょ。ただ身体から毒を出すだけのハズレ権能ですよ」
「口を慎め、ヤミ神より与えられし権能にハズレなどありはせぬ。
貴様が持って生まれた権能は優秀で強力な能力である。ただしその制御が至難なだけであろうが」
「……」
ディルの固有権能〝毒〟――これは生物界に存在するあらゆる毒を操る能力である。
毒霧を吸わせれば動きを止めることができ、毒雫を摂取させればそのまま活動を終了させることもできる。
さらに毒そのものではなく毒の概念を扱うため、戦闘をほぼ免れない〝罪科獣執行〟において相当な強さを誇るのだ。
ただし、そのぶん制御が非常に難しい。少しでも調整を間違えれば仲間、つまり共に戦闘行動を行うバディにも影響を与えてしまう。
実際そういったことが今までに何度もあった。今回の謹慎の発端も正にこれが原因なのだ。
しかもディルはその事実に反省の色を見せない。
『俺だって頑張ってる』
『でもどうしても制御しきれねぇんだよ』
『俺の方が強いんだからお前が避ければいいだろ』
などと言って口論に発展することも多々。
それゆえ執行者となってそこまで経っていないにもかかわらず、ディルのバディは既に五回ほど代わっていた。無論バディだったヤミがエンラに解消を申し出るのだ。
今回もそうだった。〝罪科獣執行〟の戦闘中、またしてもディルの奔放な毒に冒されそうになった元バディは、戦闘終了直後にディルの襟首を掴んで激高。その場でバディ解消を言い渡したのだった。
ヤミ属執行者は戦闘を行うことが多いためツーマンセルでの行動が基本だ。
バディ組みはヤミ属統主であるエンラが諸々を考慮し決定するのだが、この決定が半永久的なモノであるというのはエンラや執行者たちの共通認識であった。
ゆえにバディ解消が五回というのは余程のことであり、それくらい元バディたちがディルの横暴さや自己中心的な戦闘スタイルに愛想を尽かしたということでもあった。
「貴様は〝毒〟を制御できる場面においても制御しなかった。それゆえにバディだった者たち、執行対象以外の生物までもが要らぬ危機にさらされてきた。
このカナリアは、他者を顧みぬ想念とともに権能を行使しようとした場合に発動する封印具である」
つまりディルが奔放に毒を撒き散らしたとき強制的にディルを捕縛する〝周囲のための防具〟ということだ。
「……あっそ。分かりましたよ」
言いながらディルは改めて肩にとまるカナリアに目を向けた。手を伸ばしてクチバシの先に指を当てようとするが、当のカナリアにそっぽを向かれればガンをつけ始める。
「あ? ナマイキじゃねぇか」
「貴様と同じであるな」
「うっせぇ。っていうかコイツ、動くのに俺の神陰力食うのか」
「そうだ。防具だが自動で動くからのう」
「なんで俺を拘束するヤツに俺の神陰力を持ってかれなくちゃならねぇんだよ……。まぁいい、うっとうしいが謹慎が延びるよりずっとマシだからな」
「ほう。相当に難色を示すかと思ったが、少しは反省――」
「でもこれだけは言わせてくれよ。確かに執行対象じゃない生物を危険なメにあわせたのは良くなかったけどさ、バディは違うだろ。あいつらが避けられねぇのが悪いんだ」
「……」
「俺は強ェ。バディだったヤツらよりずっと強い。なら俺が主力になって戦うべきで、弱いヤツは俺の邪魔になんねぇよう〝毒〟を避けることに専念してりゃ良かったんだ。
それもできねぇくせに俺が一方的に悪いとか、ハッ! そんなヤツらこっちから願い下げだね」
「……ディル殿。そのくらいにされた方が」
「ていうかぁ、俺に〝毒〟の権能を授けたのはヤミ神なんだから一番悪いのはヤミ神でしょ? 文句なら神サマに言ってくださァい」
リンリンの制止も無意味だ。ディルは不遜にベエと舌を出して反抗の意思を崩さない。
対するエンラは再びコメカミにアオスジを浮かべるが、しかしもはや何を言ってもムダと諦めたかすぐに気を取り直した。
「……カナリアがひとつめの措置だ。次にふたつめの措置」
「はいはい。次は見張りの霊獣でもつけますかァ?」
「入れ」
エンラが誰にともなく命じると、大扉の開く音が遠くから響いた。ついでカツンカツンといった硬質な足音。
ディルは眉根を寄せながら振り返る。するとすぐ、こちらへ近寄ってくる姿を捉えた。
「……!」
「その言の葉聞き飽きた。そもそも貴様が了解すべきは我の言いたいことではなく、己の重ねてきた悪行の意味であるぞ」
「悪行はさすがに大げさでしょ。でもまぁ、執行者として挽回するんで。エンラ様もその方がいいだろ? 任務に執行者が追いついてないっすもんね」
ディルの言葉にエンラは前傾となっていた姿勢を改め、一度フウと吐息をついた。
「……まだまだ説教したいところではあるが、そうさな。貴様の手もなければ〝生物の死を守る〟ヤミ属の使命が果たしきれぬ状況である。
ゆえに貴様の望みどおり執行者に復帰させよう。ただしこれ以上貴様を野放しにするわけにもいかぬゆえな、ふたつ措置を取る」
「措置ィ? ふたつぅ?」
怪訝なディル。そんな彼の数歩前でエンラは後方に控えるリンリンへと目配せをした。
視線を向けられたリンリンが空間に円を描くと、その形に空間が切り開かれ、空いた穴から何かが勢いよく飛び出してくる。
それはそのまま一直線に前方へ突き進み、一気にディルの近くまで来たかと思えば速度を緩め旋回、スピードが落ちたところで思わず硬直するディルの肩にとまることとなった。
「な、なんだ。鳥? カラクリの?」
バサバサと羽を胴横に収めた鳥型を横目にしつつ、ディルは眉根を寄せた。
生物の鳥ではない。金古美色の金属が緻密に組まれたゼンマイ仕掛けの小鳥だ。
見た目は無機質でありながら動きは生身の鳥のごとく流麗、ちょっとした仕草も鳥のようだ。
「権能〝想念鍛冶〟を持つ執行者ザドリックの作だ。名をカナリアという。
貴様がこれまでのような振る舞いを行った場合、瞬時に拘束するよう想念を込めた防具である。このカナリアを常に携帯すること、それがひとつめの措置だ」
「……、」
「ディルよ。貴様の権能を改めて我に説明してみせよ」
「は? 別に今さら解説するほどの能力じゃないでしょ。ただ身体から毒を出すだけのハズレ権能ですよ」
「口を慎め、ヤミ神より与えられし権能にハズレなどありはせぬ。
貴様が持って生まれた権能は優秀で強力な能力である。ただしその制御が至難なだけであろうが」
「……」
ディルの固有権能〝毒〟――これは生物界に存在するあらゆる毒を操る能力である。
毒霧を吸わせれば動きを止めることができ、毒雫を摂取させればそのまま活動を終了させることもできる。
さらに毒そのものではなく毒の概念を扱うため、戦闘をほぼ免れない〝罪科獣執行〟において相当な強さを誇るのだ。
ただし、そのぶん制御が非常に難しい。少しでも調整を間違えれば仲間、つまり共に戦闘行動を行うバディにも影響を与えてしまう。
実際そういったことが今までに何度もあった。今回の謹慎の発端も正にこれが原因なのだ。
しかもディルはその事実に反省の色を見せない。
『俺だって頑張ってる』
『でもどうしても制御しきれねぇんだよ』
『俺の方が強いんだからお前が避ければいいだろ』
などと言って口論に発展することも多々。
それゆえ執行者となってそこまで経っていないにもかかわらず、ディルのバディは既に五回ほど代わっていた。無論バディだったヤミがエンラに解消を申し出るのだ。
今回もそうだった。〝罪科獣執行〟の戦闘中、またしてもディルの奔放な毒に冒されそうになった元バディは、戦闘終了直後にディルの襟首を掴んで激高。その場でバディ解消を言い渡したのだった。
ヤミ属執行者は戦闘を行うことが多いためツーマンセルでの行動が基本だ。
バディ組みはヤミ属統主であるエンラが諸々を考慮し決定するのだが、この決定が半永久的なモノであるというのはエンラや執行者たちの共通認識であった。
ゆえにバディ解消が五回というのは余程のことであり、それくらい元バディたちがディルの横暴さや自己中心的な戦闘スタイルに愛想を尽かしたということでもあった。
「貴様は〝毒〟を制御できる場面においても制御しなかった。それゆえにバディだった者たち、執行対象以外の生物までもが要らぬ危機にさらされてきた。
このカナリアは、他者を顧みぬ想念とともに権能を行使しようとした場合に発動する封印具である」
つまりディルが奔放に毒を撒き散らしたとき強制的にディルを捕縛する〝周囲のための防具〟ということだ。
「……あっそ。分かりましたよ」
言いながらディルは改めて肩にとまるカナリアに目を向けた。手を伸ばしてクチバシの先に指を当てようとするが、当のカナリアにそっぽを向かれればガンをつけ始める。
「あ? ナマイキじゃねぇか」
「貴様と同じであるな」
「うっせぇ。っていうかコイツ、動くのに俺の神陰力食うのか」
「そうだ。防具だが自動で動くからのう」
「なんで俺を拘束するヤツに俺の神陰力を持ってかれなくちゃならねぇんだよ……。まぁいい、うっとうしいが謹慎が延びるよりずっとマシだからな」
「ほう。相当に難色を示すかと思ったが、少しは反省――」
「でもこれだけは言わせてくれよ。確かに執行対象じゃない生物を危険なメにあわせたのは良くなかったけどさ、バディは違うだろ。あいつらが避けられねぇのが悪いんだ」
「……」
「俺は強ェ。バディだったヤツらよりずっと強い。なら俺が主力になって戦うべきで、弱いヤツは俺の邪魔になんねぇよう〝毒〟を避けることに専念してりゃ良かったんだ。
それもできねぇくせに俺が一方的に悪いとか、ハッ! そんなヤツらこっちから願い下げだね」
「……ディル殿。そのくらいにされた方が」
「ていうかぁ、俺に〝毒〟の権能を授けたのはヤミ神なんだから一番悪いのはヤミ神でしょ? 文句なら神サマに言ってくださァい」
リンリンの制止も無意味だ。ディルは不遜にベエと舌を出して反抗の意思を崩さない。
対するエンラは再びコメカミにアオスジを浮かべるが、しかしもはや何を言ってもムダと諦めたかすぐに気を取り直した。
「……カナリアがひとつめの措置だ。次にふたつめの措置」
「はいはい。次は見張りの霊獣でもつけますかァ?」
「入れ」
エンラが誰にともなく命じると、大扉の開く音が遠くから響いた。ついでカツンカツンといった硬質な足音。
ディルは眉根を寄せながら振り返る。するとすぐ、こちらへ近寄ってくる姿を捉えた。
「……!」