第13話 お医者さんはウキウキ~特訓2日目~
文字数 2,380文字
特訓二日目。
昨日と同じく草原地帯で待っていると、約束の時間より少し遅れてディルが小走りにやってきた。
「いやぁ遅れて悪い悪い。今日は俺が先生だ」
そう言いながら走り寄ってくるディルの全身からは多忙さがにじみ出ている。恐らく無理やり時間を捻出して響やアスカの特訓に付き合ってくれるのだろう。
それ自体は非常にありがたく、元気にあいさつをしたいのだが、あいにく今の響にはそんな気力さえなかった。
「ディル先輩。今日はよろしくお願いします」
「よろしく……お願い、します……」
ディルの存在を認めるとすぐさま頭を下げるアスカに続き、響もぎこちない動きで同じ行動をする。
それだけで全身が悲鳴を上げてしまい、しかし実際に声を上げることもかなわず、響は硬直しながら身体中の筋肉痛に耐えるしかなかった。
そんな響の異様な様子に、すぐ前までたどり着いたディルはもちろん怪訝な顔をする。
「ど、どうした響」
「……昨日の特訓がなかなか激しかったので筋肉痛がひどいようです」
「ホント身体中痛くて……ここまで来るのにも、すごく、時間がかかりました……」
ヴァイスが先生となった特訓一日目の昨日は、ただの人間だった響からすれば冗談かと思う量の筋トレをこなした。
そのあとはヴァイスによる紋翼の使用方法を学んだのだが、こちらでも普段使わない筋肉を使ったり、ほぼ初めてのことを学んだため精神力を使ったりして、特訓が終わるころには心身ともに疲弊困憊だった。
そして翌日の今日、当たり前のように待っていたものは重度の筋肉痛。意思に反してベッドから起き上がれなかったのは初めての体験だった。
天井に吊り下げられたノスタルジー感ただよう動力飛行機の模型に見守られながら、もしかしてこのまま寝たきりになるんじゃないかと冷や汗を垂らしたほどだ。
結局、必死になれば身体は動いてくれた。亀のような速度で移動するとリビングルームで待っていたアスカとも合流できた。
しかし普段はどうということはない草原地帯までの道のりも相当に長く感じた程度には、今日の響は満身創痍だった。
ちなみにアスカも筋肉痛はあるようだが――ヤミ属も人間の姿カタチを取っている関係上、身体を酷使すれば筋肉痛が発生したりするらしい――動けないほどではないようだ。
響の倍以上の回数と過酷なメニューをこなしたはずなのに体力格差がすごい。
もっとも、運動すら特にしてこなかった響と常日頃から鍛えていたらしいアスカでは基礎から違うのも分かってはいるのだが。
アスカと響の言葉にディルはふたりの背を軽く叩いた。労ってくれるのは嬉しいものの振動が筋肉に伝わって呼吸が止まるほど痛い。
「昨日はヴァイスが先生だったんだよな。一体どんなことを――なに、延々と筋トレ? ヤミ属執行者に一番必要なものは筋肉だからって? かーっ、正気の沙汰じゃねぇ。でもあいつ意外と脳筋だからな」
アスカが昨日の特訓についてディルに話すと、ディルはドン引きの表情をしつつも納得をする。
しかしその調子に響は希望を見出した。
この言いっぷりからするとディルは脳筋ではない。ならば、今日の特訓は少なくとも筋肉に訴えかけるタイプではないのではないか?
「そんじゃ響、これ飲んどけ。アスカも」
響の希望的観測を肯定するかのように、ディルは響とアスカに何やら謎の液体の入った小ボトルを渡してくる。
説明を求めてディルを見上げるも、彼はただ面倒見のいい顔で急かすばかりで口を開く気配は一向にない。
アスカも言われるがまま容器のフタを開けて中身を嚥下し始めたため、響もあとを追うように無味の液体を飲み下した。
すると――
「え? 突然身体が動くようになったっていうか、筋肉痛が消えた!?」
「そう。これこそ俺が開発した〝元気もりもりドーピング剤〟の効果だ」
「すごい……名前がちょっとアレですけど効果バツグンです!」
「ははっ、そうだろ? まぁそのぶん後からめちゃくちゃ戻ってくる副作用はあるが、今全力で特訓できるなら問題ないよな」
得意げなディル。しかし響はその言葉にピシリと時を止める。
「うし、時間は有限だ。始めようぜ!」
ディルは己の手のひらにもう片方の拳を打ちつけ、やたらウキウキとした様子で響やアスカと対峙する。
あ、これ絶対ディルさんも脳筋だ――響が鼻の奥をツンと痛くしながら確信したのは言うまでもない。
* * *
それから数時間、響はディルから様々なことを頭と身体に叩きこまれた。
具体的には攻撃の避け方、勢いの逃し方、受け身の取り方、紋翼での防御などなど、戦闘となった場合の防御や回避方法だ。
情報自体はどれも初歩的であり、動作を覚えることだってそう難しくなかった。しかし実践となると話はまったく別になる。
ディルに一対一で相手をしてもらい、実際に頭を回転させ身体を動かしながら学んでいく。
体力的には昨日よりマシだ。ドーピング剤の効果もあってか、いつもより動けるくらいだ。
だが、どう動くべきか頭を使いつつディルの様々な攻撃に対応しなければならないので、思った以上に精神が消耗してしまうのも事実。
限界が近づくと休憩するように言われ、今度はアスカがディルと一対一でやり合い、アスカが限界に近づくとまた響と交代する――その繰り返しを十回ほど終えたころには、昨日と同じかそれ以上の疲労困憊具合になっていた。
「ははは、前半から少し飛ばしすぎか? なにせ久しぶりに身体を動かしたんでね、張り切っちゃうぜ」
小休止の時間。
地面にぐったりと伏す響、顔を俯かせて座るアスカを見下ろしながらディルは能天気に笑っている。響は肩で息をするのが精いっぱいでやはり返事すらできない。
「しかし、響はまだしもお前までそんなにへばってどうするよアスカ」
「……は、い」
ようよう言葉を返すアスカの声はかすれている。
昨日と同じく草原地帯で待っていると、約束の時間より少し遅れてディルが小走りにやってきた。
「いやぁ遅れて悪い悪い。今日は俺が先生だ」
そう言いながら走り寄ってくるディルの全身からは多忙さがにじみ出ている。恐らく無理やり時間を捻出して響やアスカの特訓に付き合ってくれるのだろう。
それ自体は非常にありがたく、元気にあいさつをしたいのだが、あいにく今の響にはそんな気力さえなかった。
「ディル先輩。今日はよろしくお願いします」
「よろしく……お願い、します……」
ディルの存在を認めるとすぐさま頭を下げるアスカに続き、響もぎこちない動きで同じ行動をする。
それだけで全身が悲鳴を上げてしまい、しかし実際に声を上げることもかなわず、響は硬直しながら身体中の筋肉痛に耐えるしかなかった。
そんな響の異様な様子に、すぐ前までたどり着いたディルはもちろん怪訝な顔をする。
「ど、どうした響」
「……昨日の特訓がなかなか激しかったので筋肉痛がひどいようです」
「ホント身体中痛くて……ここまで来るのにも、すごく、時間がかかりました……」
ヴァイスが先生となった特訓一日目の昨日は、ただの人間だった響からすれば冗談かと思う量の筋トレをこなした。
そのあとはヴァイスによる紋翼の使用方法を学んだのだが、こちらでも普段使わない筋肉を使ったり、ほぼ初めてのことを学んだため精神力を使ったりして、特訓が終わるころには心身ともに疲弊困憊だった。
そして翌日の今日、当たり前のように待っていたものは重度の筋肉痛。意思に反してベッドから起き上がれなかったのは初めての体験だった。
天井に吊り下げられたノスタルジー感ただよう動力飛行機の模型に見守られながら、もしかしてこのまま寝たきりになるんじゃないかと冷や汗を垂らしたほどだ。
結局、必死になれば身体は動いてくれた。亀のような速度で移動するとリビングルームで待っていたアスカとも合流できた。
しかし普段はどうということはない草原地帯までの道のりも相当に長く感じた程度には、今日の響は満身創痍だった。
ちなみにアスカも筋肉痛はあるようだが――ヤミ属も人間の姿カタチを取っている関係上、身体を酷使すれば筋肉痛が発生したりするらしい――動けないほどではないようだ。
響の倍以上の回数と過酷なメニューをこなしたはずなのに体力格差がすごい。
もっとも、運動すら特にしてこなかった響と常日頃から鍛えていたらしいアスカでは基礎から違うのも分かってはいるのだが。
アスカと響の言葉にディルはふたりの背を軽く叩いた。労ってくれるのは嬉しいものの振動が筋肉に伝わって呼吸が止まるほど痛い。
「昨日はヴァイスが先生だったんだよな。一体どんなことを――なに、延々と筋トレ? ヤミ属執行者に一番必要なものは筋肉だからって? かーっ、正気の沙汰じゃねぇ。でもあいつ意外と脳筋だからな」
アスカが昨日の特訓についてディルに話すと、ディルはドン引きの表情をしつつも納得をする。
しかしその調子に響は希望を見出した。
この言いっぷりからするとディルは脳筋ではない。ならば、今日の特訓は少なくとも筋肉に訴えかけるタイプではないのではないか?
「そんじゃ響、これ飲んどけ。アスカも」
響の希望的観測を肯定するかのように、ディルは響とアスカに何やら謎の液体の入った小ボトルを渡してくる。
説明を求めてディルを見上げるも、彼はただ面倒見のいい顔で急かすばかりで口を開く気配は一向にない。
アスカも言われるがまま容器のフタを開けて中身を嚥下し始めたため、響もあとを追うように無味の液体を飲み下した。
すると――
「え? 突然身体が動くようになったっていうか、筋肉痛が消えた!?」
「そう。これこそ俺が開発した〝元気もりもりドーピング剤〟の効果だ」
「すごい……名前がちょっとアレですけど効果バツグンです!」
「ははっ、そうだろ? まぁそのぶん後からめちゃくちゃ戻ってくる副作用はあるが、今全力で特訓できるなら問題ないよな」
得意げなディル。しかし響はその言葉にピシリと時を止める。
「うし、時間は有限だ。始めようぜ!」
ディルは己の手のひらにもう片方の拳を打ちつけ、やたらウキウキとした様子で響やアスカと対峙する。
あ、これ絶対ディルさんも脳筋だ――響が鼻の奥をツンと痛くしながら確信したのは言うまでもない。
* * *
それから数時間、響はディルから様々なことを頭と身体に叩きこまれた。
具体的には攻撃の避け方、勢いの逃し方、受け身の取り方、紋翼での防御などなど、戦闘となった場合の防御や回避方法だ。
情報自体はどれも初歩的であり、動作を覚えることだってそう難しくなかった。しかし実践となると話はまったく別になる。
ディルに一対一で相手をしてもらい、実際に頭を回転させ身体を動かしながら学んでいく。
体力的には昨日よりマシだ。ドーピング剤の効果もあってか、いつもより動けるくらいだ。
だが、どう動くべきか頭を使いつつディルの様々な攻撃に対応しなければならないので、思った以上に精神が消耗してしまうのも事実。
限界が近づくと休憩するように言われ、今度はアスカがディルと一対一でやり合い、アスカが限界に近づくとまた響と交代する――その繰り返しを十回ほど終えたころには、昨日と同じかそれ以上の疲労困憊具合になっていた。
「ははは、前半から少し飛ばしすぎか? なにせ久しぶりに身体を動かしたんでね、張り切っちゃうぜ」
小休止の時間。
地面にぐったりと伏す響、顔を俯かせて座るアスカを見下ろしながらディルは能天気に笑っている。響は肩で息をするのが精いっぱいでやはり返事すらできない。
「しかし、響はまだしもお前までそんなにへばってどうするよアスカ」
「……は、い」
ようよう言葉を返すアスカの声はかすれている。