第16話 突進!ニャンニャンブー~特訓3日目~
文字数 2,692文字
特訓三日目。いよいよ最終日だ。
「さて、今日は昨日よりも一歩進んでみようか」
約束の時間にこれまでどおり草原地帯でヴァイスと合流すると、彼は挨拶もそこそこにそう切り出してきた。
昨日帰り際に飲んだディル特製の回復薬のおかげか、疲労感のない頭で響は前日のことを思い返す。
昨日はディルが先生となり、前半は防御や回避のあれこれを実践で教えられ、後半はアスカと組んでディルへ立ち向かう模擬戦闘を行った。
それの一歩先――響は不安な色をにじませる。
「えっと……今日はヴァイスさんと戦うってことですか?」
「いいや。私は先生に徹するよ」
だからその言葉であからさまに安堵してしまう。
特訓一日目で身に染みたことだが、ヴァイスは相当にスパルタだ。
しかもディルのように丁寧に教示してからの実践、などという段階の踏み方はなく、一から十までひたすら身体に叩きこむ手法を取る。
無論一日目がそうであっただけで今日も同じとは限らない。
しかし万が一そんな傾向のあるヴァイスと一対二の模擬戦闘にでもなったなら生きて帰れるかも怪しかったため、ヴァイスの否定は響にとって朗報だった。
「じゃあ今日は何を?」
だから響は若干頬を緩めつつ訊いたのだが、ヴァイスは次の瞬間その安堵を粉々に打ち砕くことになる。
「うわぁあああぁあああああああ!!」
絶叫。全力で草原地帯を駆け抜けながら、響は常夜の空に悲鳴じみた大声を響かせていた。
忙しなく動かされるその身体には、クルミの殻に似た木の実を輪っか状に連ねたモノがタスキがけにされている。
響のうしろ約十メートル後には十匹程度の霊獣が「ブオにゃああん!」「にゃんブウウウ!」と雄叫びを上げながら狂乱的に響を追いかけていた。しかも走れば走るほど追いかけてくる霊獣は少しずつ数を増していく。
「アスカ君っ、アスカ君! また増えてるよ、どうしよう!?」
「どうしようもないな。ヴァイス先輩が終わりと言うまで逃げきるしかない」
「ムリだよぉおおお!!」
アスカもまた響の隣を走っているが、彼はそもそも足が速く響よりもずっと体力があるので、あまり苦ではなさそうだ。
それを微妙にうらやましく思うも、意識はすぐに追いかけてくる霊獣に戻らざるを得ない。響は絶叫を繰り返しながらとにかく広大な草原地帯を走り続けるのだった。
ヴァイスが挙げた本日の特訓内容は一言で表すなら〝追いかけっこ〟もとい〝追いかけられっこ〟だった。
ロングコートの懐から取り出した〝魔多多比〟と呼ばれるもの――全力疾走する響の肩にタスキがけされているものだ――を渡され、それからすぐ霊獣が集まりだしたところで響は一瞬でも安堵してしまった自分を反省した。
『さ、魔多多比を身に着けたら特訓開始だ。ふたりとも行っておいで』と口調だけは優しげなヴァイスに送り出され、それからすぐ理性を失った霊獣が追いかけてきたことに気づいた響とアスカは走り出すこととなった。
既に一時間は走り続けている。追いかけてくる霊獣も少しずつ数を増やし、もはや大群となっていた。
アスカの情報によると霊獣の名前はニャンニャンブーというらしい。
基本的にはネコに近い見た目だが体長や体型はブタ寄り、顔の造作もどことなくブタに寄っている。そして割と大きい。体積が響の三倍くらいある。
普段は草原地帯で群れを成してのんびり暮らしているが、魔多多比という霊果実に出会ってしまうと夢中になって欲するあまり凶暴化する特性があるようだ。
霊獣のことは分かった。渡されたものが何であるか、霊獣が自分たちを執拗に追いかけてくる理由も分かった。
分からないことといえば、いつになったらこの全力疾走から解放されるかということと、この状況を作ったヴァイスの意図だ。
まさか〝昨日より一歩進んでみようか〟という一言がステップアップ的な意味ではなく物理的な意味だなんてことはないだろう。
――いや、脳筋なディルにも脳筋と言われたヴァイスなので可能性はゼロではないが。
「響、」
「うぉあ!?」
一心不乱に走り続けていると、不意に傍らのアスカが響にぶつかってきた。
それほどの強さではなかったので少し体勢を崩すのみだったものの、アスカの行動の意味が分からず再び離れていくアスカに視線を向ける。
しかしその瞬間、響とアスカの間を一匹のニャンニャンブーが一際速いスピードで突進し隣に並んできた。
どうやら業を煮やし勝負をしかけてきたようだ。しかしスピードは持続せず、突進が失敗したとなると急激に減速し脱落していく。
あのまま同じ位置で走っていたら後ろから突撃されて転んでいただろう。響にぶつかってきたのはニャンニャンブーの異変に気づいたアスカの機転だったというわけだ。
「ありがとう、アスカ君……!」
「それより注意しろ、今ので学習したニャンニャンブーが次々と突進してくる可能性がある」
「ええええっ!? 全員突進してくるってこと!?」
「ッ、響! 左によけろ!!」
「!! うわあああっ!?」
話の途中で違うニャンニャンブーが響に向かって突進してくるのをすんでのところで避ける。
「今度は右だ、そのあとで同じ位置に戻って次は左!」
大量の突進音のなか死にものぐるいでアスカの指示を聞き、そのとおりに移動する。
ニャンニャンブーは動きに微調整がきかないのか途中で身を切り返すことはなく、突進が空振りに終わったあとは力尽きて一匹二匹と脱落していってくれた。
「はぁっ、ひぃっ、この調子でいけばッ、皆脱落してっ……くれるかな!?」
「いや。脱落する数と新たに魔多多比の匂いに惹きつけられて追いかけてくる数がほぼ同じだ。
むやみに走り続けるだけでは数が減ることは、ッまた来るぞ、右斜め前によけろ!」
「ッあああああ……!」
すんでのところでまた突進してくるニャンニャンブーを避ける響。心臓が破けそうだ。暴走した霊獣に追われながら一時間も走り続ければそうもなるだろう。
ちなみにヴァイスはアスカが響を抱えて移動することを禁止している。それでは特訓にならないからだそうだ。
勝手に走るのを止めることもニャンニャンブーをどうすることも禁止。許されるのはヴァイスが止めるまで延々と走り続けることだけ。
そのためアスカは響にスピードを合わせながらフォローすることしかできず、響はアスカに助けられながらニャンニャンブーの熱烈なアタックをギリギリで躱し続けるしかなかった。
「――なんだ、霊獣が暴走している!?」
一方そのころ。
霊獣に追われ走る響たちを遠くで眺め続けていたヴァイスは、背後から近づいてくる鬼馬と複数の声に振り返っていた。
「さて、今日は昨日よりも一歩進んでみようか」
約束の時間にこれまでどおり草原地帯でヴァイスと合流すると、彼は挨拶もそこそこにそう切り出してきた。
昨日帰り際に飲んだディル特製の回復薬のおかげか、疲労感のない頭で響は前日のことを思い返す。
昨日はディルが先生となり、前半は防御や回避のあれこれを実践で教えられ、後半はアスカと組んでディルへ立ち向かう模擬戦闘を行った。
それの一歩先――響は不安な色をにじませる。
「えっと……今日はヴァイスさんと戦うってことですか?」
「いいや。私は先生に徹するよ」
だからその言葉であからさまに安堵してしまう。
特訓一日目で身に染みたことだが、ヴァイスは相当にスパルタだ。
しかもディルのように丁寧に教示してからの実践、などという段階の踏み方はなく、一から十までひたすら身体に叩きこむ手法を取る。
無論一日目がそうであっただけで今日も同じとは限らない。
しかし万が一そんな傾向のあるヴァイスと一対二の模擬戦闘にでもなったなら生きて帰れるかも怪しかったため、ヴァイスの否定は響にとって朗報だった。
「じゃあ今日は何を?」
だから響は若干頬を緩めつつ訊いたのだが、ヴァイスは次の瞬間その安堵を粉々に打ち砕くことになる。
「うわぁあああぁあああああああ!!」
絶叫。全力で草原地帯を駆け抜けながら、響は常夜の空に悲鳴じみた大声を響かせていた。
忙しなく動かされるその身体には、クルミの殻に似た木の実を輪っか状に連ねたモノがタスキがけにされている。
響のうしろ約十メートル後には十匹程度の霊獣が「ブオにゃああん!」「にゃんブウウウ!」と雄叫びを上げながら狂乱的に響を追いかけていた。しかも走れば走るほど追いかけてくる霊獣は少しずつ数を増していく。
「アスカ君っ、アスカ君! また増えてるよ、どうしよう!?」
「どうしようもないな。ヴァイス先輩が終わりと言うまで逃げきるしかない」
「ムリだよぉおおお!!」
アスカもまた響の隣を走っているが、彼はそもそも足が速く響よりもずっと体力があるので、あまり苦ではなさそうだ。
それを微妙にうらやましく思うも、意識はすぐに追いかけてくる霊獣に戻らざるを得ない。響は絶叫を繰り返しながらとにかく広大な草原地帯を走り続けるのだった。
ヴァイスが挙げた本日の特訓内容は一言で表すなら〝追いかけっこ〟もとい〝追いかけられっこ〟だった。
ロングコートの懐から取り出した〝魔多多比〟と呼ばれるもの――全力疾走する響の肩にタスキがけされているものだ――を渡され、それからすぐ霊獣が集まりだしたところで響は一瞬でも安堵してしまった自分を反省した。
『さ、魔多多比を身に着けたら特訓開始だ。ふたりとも行っておいで』と口調だけは優しげなヴァイスに送り出され、それからすぐ理性を失った霊獣が追いかけてきたことに気づいた響とアスカは走り出すこととなった。
既に一時間は走り続けている。追いかけてくる霊獣も少しずつ数を増やし、もはや大群となっていた。
アスカの情報によると霊獣の名前はニャンニャンブーというらしい。
基本的にはネコに近い見た目だが体長や体型はブタ寄り、顔の造作もどことなくブタに寄っている。そして割と大きい。体積が響の三倍くらいある。
普段は草原地帯で群れを成してのんびり暮らしているが、魔多多比という霊果実に出会ってしまうと夢中になって欲するあまり凶暴化する特性があるようだ。
霊獣のことは分かった。渡されたものが何であるか、霊獣が自分たちを執拗に追いかけてくる理由も分かった。
分からないことといえば、いつになったらこの全力疾走から解放されるかということと、この状況を作ったヴァイスの意図だ。
まさか〝昨日より一歩進んでみようか〟という一言がステップアップ的な意味ではなく物理的な意味だなんてことはないだろう。
――いや、脳筋なディルにも脳筋と言われたヴァイスなので可能性はゼロではないが。
「響、」
「うぉあ!?」
一心不乱に走り続けていると、不意に傍らのアスカが響にぶつかってきた。
それほどの強さではなかったので少し体勢を崩すのみだったものの、アスカの行動の意味が分からず再び離れていくアスカに視線を向ける。
しかしその瞬間、響とアスカの間を一匹のニャンニャンブーが一際速いスピードで突進し隣に並んできた。
どうやら業を煮やし勝負をしかけてきたようだ。しかしスピードは持続せず、突進が失敗したとなると急激に減速し脱落していく。
あのまま同じ位置で走っていたら後ろから突撃されて転んでいただろう。響にぶつかってきたのはニャンニャンブーの異変に気づいたアスカの機転だったというわけだ。
「ありがとう、アスカ君……!」
「それより注意しろ、今ので学習したニャンニャンブーが次々と突進してくる可能性がある」
「ええええっ!? 全員突進してくるってこと!?」
「ッ、響! 左によけろ!!」
「!! うわあああっ!?」
話の途中で違うニャンニャンブーが響に向かって突進してくるのをすんでのところで避ける。
「今度は右だ、そのあとで同じ位置に戻って次は左!」
大量の突進音のなか死にものぐるいでアスカの指示を聞き、そのとおりに移動する。
ニャンニャンブーは動きに微調整がきかないのか途中で身を切り返すことはなく、突進が空振りに終わったあとは力尽きて一匹二匹と脱落していってくれた。
「はぁっ、ひぃっ、この調子でいけばッ、皆脱落してっ……くれるかな!?」
「いや。脱落する数と新たに魔多多比の匂いに惹きつけられて追いかけてくる数がほぼ同じだ。
むやみに走り続けるだけでは数が減ることは、ッまた来るぞ、右斜め前によけろ!」
「ッあああああ……!」
すんでのところでまた突進してくるニャンニャンブーを避ける響。心臓が破けそうだ。暴走した霊獣に追われながら一時間も走り続ければそうもなるだろう。
ちなみにヴァイスはアスカが響を抱えて移動することを禁止している。それでは特訓にならないからだそうだ。
勝手に走るのを止めることもニャンニャンブーをどうすることも禁止。許されるのはヴァイスが止めるまで延々と走り続けることだけ。
そのためアスカは響にスピードを合わせながらフォローすることしかできず、響はアスカに助けられながらニャンニャンブーの熱烈なアタックをギリギリで躱し続けるしかなかった。
「――なんだ、霊獣が暴走している!?」
一方そのころ。
霊獣に追われ走る響たちを遠くで眺め続けていたヴァイスは、背後から近づいてくる鬼馬と複数の声に振り返っていた。