第6話 悪魔信仰

文字数 2,789文字

 内部へと歩を進め、最初に感じたのは声だ。間断も感情も抑揚もない声の束が教会内に充満している。

 次に闇だ。窓もステンドグラスも内から釘を打たれて密閉されている。

 一切の光を拒んで作り出された闇――そのなかで黒布を頭からかぶった百の人間たちは項垂れて低い声を発し続けている。

 その身体からは一様にドロドロとしたものがあふれ出ているように見えて、響は思わず眉をひそめた。

 響たちは今、教会の閉ざされた出入口付近に身を隠していた。霊体のうえで身を隠すのは無論、生物以外の存在を意識してのことだ。

 光のない真っ暗闇ではあるがヤミ属としての能力か、見えにくくはあるものの教会内の様子は把握できている。

 内部には調度品や装飾品がほぼない。長イスもない。

 黒布をかぶった人々は出入り口とは反対方向、つまり最奥に設けられた祭壇へ頭を向けながらゆらゆらと揺れているが、彼らの前にしている巨大な棺こそが唯一の物体だ。

 否、目を凝らすと〝唯一〟でないのが分かった。横たえられた棺の前にはうやうやしく飾りつけられた濡れそぼった赤いモノがふたつ置かれている。位置的に供物だろうか――

「! ……」

 響は心臓の止まる思いがした。その供物と思しきモノが何であるかを知ってしまったからだ。

「おぉ、偉大なる悪魔神。我らの悪魔神よ……ここに降臨したもう」

 祭壇の前には一人、壮年の男の背中があった。一心に祈りを捧げている。

「祭壇の前に立ってるアイツ……恐らく村人に〝神官〟と呼ばれてた男だ。

 神力を身にまとってるから原初返りを起こした人間だね。念のため気配をさらに殺して声をひそめた方が良さそうだ」



 〝原初返り〟とは、生物が神の力を濃く引き継いでいる状態を指す。

 生物は天地たる双神の子どもだ。

 原初生物――生物の始まりも始まり、数億年前に誕生したころの生物は神力を色濃く引き継いでいたが、何億年と命を繋げてきた結果として徐々に薄まり、今では神力を持つ者はほぼないという。

 しかし時折、神力を持つ生物が誕生し、彼らは霊体を認識できたり特別な能力を持っていたりする。

 ゆえに天使や悪魔、死神を見たとされる者は――ただし彼らの言う天使は大抵ヒカリ属、悪魔や死神はヤミ属。もしくは天使や悪魔に偽装した罪科獣だ――虚言、妄想、幻を除けば原初返りをした者と言える。

 ちなみに響もわずかばかり原初返りの気がある。しかし本当にわずかなので、ただの人間だったころは霊を見たことも霊的現象に遭ったこともなかった。



「クク、悪魔神ねぇ……聖骸布の下に悪魔信仰とは趣味がいい。この茶番が本気だかショーだか知らねぇが、実態は供物で釣って罪科獣を喚び出してるってところか?」

 ふとジャスティンが言う。もちろん霊体のままなので人々に声は聞こえない。

「そうなんだろうね。召喚術師かぁ……生物が絡むとやりにくいんだよねぇ」

「召喚術師……?」

 声をひそめつつも傍らのアスカを見上げると、アスカもまた声を抑えつつ口を開く。

「契約を交わして使い魔にした罪科獣を召喚し、使役する者たちのことだ」

「そ、そんなこと生物にできるの?」

「神の血がある程度濃ければ不可能じゃない。弱い罪科獣なら一方的に使い魔にできるし、強く自我のある罪科獣でも契約の内容次第で成立する。リスクも大きいがな」

「シッ、」

 と、ベティが制すると同時に神官が祭壇に向かって大きく手を広げた。彼は祭服をひるがえし、高ぶった様子で続ける。

「この血塗られた糜爛黒夜に我らへ慈悲を与えたまえ、切なる願いを叶えたまえ――

 ✕✕国の○○、△△国の○○○、◇◇◇国の○○――

 以上三十三名の愚かなる者どもに恐怖を、絶望を、死を!」

「!……」

 それは狂的な願だった。彼らは人の不幸と死を願っているのだ。悪魔神なる罪科獣を使って死に至らしめようとしているのだ。響は絶句する。

「……ジャスティン、どう?」

「ああ。悪魔神とかいうヤツで確定だ」

 ベティの問いにジャスティンがスンスンと鼻を鳴らしながら言った。同時に準備運動をするかのように軽く首を回す。

 その意図が分からない響だったが、不安げな様子を察したかベティが口を開いてくる。

「今回の執行対象が判明したよ。神官が今から召喚する〝悪魔神〟だ……あの棺が開ききったのが召喚完了の合図になる。召喚が確認できたら即階層移動、すぐ叩くからアスカも響も戦闘準備」

「了解」

「えっ?」

 アスカがベティの指示に頷く横で響はうろたえる。まだ姿を現してもいない現状で執行対象が判明するとも思わず、今から戦闘が始まるとも思っていなかったのだ。

 それゆえ慌ててユエ助をすぐに出せるよう心の準備もつけたのだが――しかし待てども待てども罪科獣が召喚される兆しはない。

「願いが……聞き届けられぬ……?」

 この状況は彼らにとっても異常事態なようだった。神官が信じがたいと言わんばかりに呟くと、百の人々に並大抵でない動揺が走る。

 な、何故。何故だ、有り得ぬ。有り得ない。今宵も鮮度のよい供物を捧げた、酒で清め✕✕した旅行客二人、それ以外にもたくさんたくさん捧げてきた、なのに何故だ、何が足りぬのですか。

 ああ神よ、我らの願いを叶えたもう。哀しき村です、子どももない未来もない、そんな我らが生きるためには神の御力が必要不可欠。

 だから見捨てないで、ああ神よ、我らが悪魔神よ。どうか恵みたもう、愚かなる者へ死を、我らに豊かな生を。

「……聞かなくていい、響」

 響の様子を察してアスカが言う。だが響はそれにすら満足に反応を返せなかった。

 血なまぐさい供物を捧げた祭壇。彼らの願と所業。それらは半分ヤミ属となって様々な死を目の当たりにしてきた響にも受け入れがたいものだった。

 価値観はそれぞれだと頭では分かっていても――己の生のために他者を殺し、さらなる死を望むなど。

 響は今一度神官の後ろ姿に目を向けた。理由は不明だが〝悪魔神〟と崇められる罪科獣は彼らの願いを拒んだらしい。ならばもう諦めてほしかった。二度とこんなことをしてほしくなかった。一切手を引いてほしかった。

 そんな響の思いを汲み取ったかのように神官は大きく広げていた手を下ろし、ゆっくりと百の人々の方を振り返った。

「……ああ、なるほど。皆々さま。どうやら供物が足りぬようです」

 そこで響はふと違和感に気づく。何故なら真っ暗闇のなか神官が見つめているものは黒き人々ではない。

 その視線は明らかにこちらへ注がれている、気がした。

「ですからすこぅしお静かに――このワタクシが、新鮮な供物を捧げますので」

「っ、!?」

 そして神官が喜々として叫んだ瞬間、それは起こる。

 まずは黒き百の人々が一人残らず意識を失い倒れた。次に響、アスカ、ベティ、ジャスティンが実体化した。

 自らの判断によるものではない。勝手に実体となったのだ。

「なッ、え!? どうして!?」
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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