第15話 ちょっと一息~特訓2日目~
文字数 2,348文字
「ま、紋翼の扱いは慣れが大きいからなぁ。お前の紋翼は内側から外側に働く力がデカいから特に制御が難しいだろう。今上手く扱えなくてもそう落ち込まなくていいと思うぜ」
しかしツッコミを入れようとしたところで話が戻されたので結局は喉の奥に消えた。
ディルはイタズラっぽい笑みを深めて今度はアスカへ目を向ける。
「アスカもガキのころ紋翼を初めて展開したときはあわや大惨事だったもんなぁ?」
「……要らんこと言わないでください」
「え、それホント?」
アスカの心底バツの悪そうな顔。それが珍しくて、響は身体を起こし傍らのアスカの方へ身を乗り出した。
アスカはもちろん眉根をさらに寄せて怪訝な顔をする。
「なんでちょっと嬉しそうなんだ」
「だって、さっきの特訓でもグングン成長して、後半なんか僕のフォローも難なくこなしてたアスカ君でも子どものころは僕みたいな失敗したんだーって安心したいじゃん」
「そういうものか……」
「そういうものなんだよ。で、具体的にはどんな? 風で家の屋根を吹き飛ばしちゃったり?」
「……いや、燃やした。近くにあった家をな。すぐに消したから外壁が焦げたくらいで済んだが」
「燃やしたって、近くに火でもあったの? 紋翼の風で火の勢いを強めた的な?」
「違う。俺の紋翼が炎のカタチをしていた」
「あっ、そういえば確かに……!」
アスカの言葉に響ははっと思い出す。
初めて顔を合わせたときのこと――つまりただの人間だった響が、ヤミ属執行者として響の命を狙いにやってきたアスカと出会ったときのことを。
当時は紋翼自体に意識が向いていたので記憶が薄かったが、アスカの背にあった紋翼は確かに炎のようなカタチをしていた。先に向かって陽炎のように揺らめく灼熱が鮮明に思い起こされる。
「あれ? でも、アスカ君は炎だったのにどうして僕から出る紋翼は炎じゃないんだろう……?」
しかしここで疑問が持ち上がる。
あのあと、アスカの紋翼はシエルというヒカリ属の手によって根本から引き抜かれ、響の心臓――その内にある魂魄に埋め込まれた。
それが原因で響は生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となったわけだが、炎の紋翼を埋め込まれたというのに響の紋翼に火の要素はひとつも見受けられないのだ。
「そうだなぁ。ヤミ属の一部を体内に取り入れて生還できてる例がそもそも初だから単なる憶測でしかないが、最適化されたと考えるのが普通だろうな」
響の疑問に腕組みをしながら答えたのはディル。
「最適化、ですか」
「ああ。だからこそお前は曲がりなりにも生き延びられたんだと思うぜ」
「へぇ~。そういうものなんだ?」
「……そういうものなんだろうな」
首を傾げながらの響の言葉にアスカが小さく頷く。
ヤミが判然としないものを響が分かるはずもないので「そういうもの」として飲み下すしかない。
「さて、名残惜しいが今日の特訓はこのあたりにしておこうか。ほれ」
そんなところでディルが響とアスカに向かってそれぞれ何かを投げてくる。
ようよう受け取って見下ろせば既視感のある小ボトル。
しかし特訓前に渡された〝元気もりもりドーピング剤〟とは中に満たされた液体の色が違う。今回はオレンジ色だ。
「これは?」
「俺が開発した〝速攻イキイキ回復薬〟だよ。元気もりもりドーピング剤の副作用で後から猛烈に戻ってくるはずだった筋肉痛はもちろん、特訓中にできた打ち身やら傷、疲労の治りを劇的に促進させる効果がある」
「ふ、副作用は……」
「ははは、今回はないよ。ほら飲みな」
先ほどのことがあるので多少の警戒はありつつも、ディルの言葉を信じて中身を恐る恐る口にする。
無味だった元気もりもりドーピング剤とは違い、こちらは明らかにマズくて響は途中で盛大に顔を歪ませた。
「オゥエエェッ……な、なんか毒草を汚水で丁寧に煮込んだような味がしますが、ォグェッ、本当に大丈夫なんですよね……?」
「もちろん。効果優先で作ったらその味になったが、そのぶん効能は保証するぜ。アスカは慣れたもんだろ?」
「……はい……」
「え、アスカ君コレ飲んだことあるの?」
「重傷で入院していたときにな。毎日飲んだ」
「うわぁ……大変だったね」
アスカが言う入院は紋翼を根本からもがれて死の淵を彷徨ったときのものだろう。
「鼻をつまんで一気に飲み下すのがコツだ。口に残った味が全部消えるまで出来る限り心を無にするのがいい」
「飲む前に聞けば良かった……」
今度はアスカの助言を実践しながら一気に飲み下す。
鼻をつまんでも謎のパチパチとした刺激性やエグみはゼロにできないが、味を感じないだけマシと思うしかない。
速攻イキイキ回復薬は元気もりもりドーピング剤と同様に即効性があるようで、喉を通って少しするとまず疲労感が、次に特訓でできた打ち身の痛みが消えてくれて響は感動する。
何故か響は治癒力が異常に高い。回復薬を飲む前から微細な傷は治っていたのだが、アスカの生傷もみるみるうちに塞がっていったので確かに効果は抜群だ。
「すごっ!? ディルさんて天才なんですね!」
「これなら明日の特訓も持ちそうです。ありがとうございます」
「はははは。ヨイショしてもこれ以上は出ないぜ?」
言いつつもディルは嬉しそうだ。
「ま、明日はヴァイスが腕によりをかけてお前らを苦しめるって言ってたからな。残り一日だし頑張りなよ。応援してるぜ」
朗らかに発された不穏な言葉――響は癒やされかけていた心にヒビが入るのを感じた。
ディルの言いっぷりからして明日の特訓は昨日や今日よりも厳しいに違いない。
だが、あいにく昨日や今日よりも厳しい特訓など思い描けない。何故ならどちらも死ぬほどきつかったからだ。
劇的な回復薬もさすがに心の傷は治してくれないらしい。
今から嫌な予感がすごい。
しかしツッコミを入れようとしたところで話が戻されたので結局は喉の奥に消えた。
ディルはイタズラっぽい笑みを深めて今度はアスカへ目を向ける。
「アスカもガキのころ紋翼を初めて展開したときはあわや大惨事だったもんなぁ?」
「……要らんこと言わないでください」
「え、それホント?」
アスカの心底バツの悪そうな顔。それが珍しくて、響は身体を起こし傍らのアスカの方へ身を乗り出した。
アスカはもちろん眉根をさらに寄せて怪訝な顔をする。
「なんでちょっと嬉しそうなんだ」
「だって、さっきの特訓でもグングン成長して、後半なんか僕のフォローも難なくこなしてたアスカ君でも子どものころは僕みたいな失敗したんだーって安心したいじゃん」
「そういうものか……」
「そういうものなんだよ。で、具体的にはどんな? 風で家の屋根を吹き飛ばしちゃったり?」
「……いや、燃やした。近くにあった家をな。すぐに消したから外壁が焦げたくらいで済んだが」
「燃やしたって、近くに火でもあったの? 紋翼の風で火の勢いを強めた的な?」
「違う。俺の紋翼が炎のカタチをしていた」
「あっ、そういえば確かに……!」
アスカの言葉に響ははっと思い出す。
初めて顔を合わせたときのこと――つまりただの人間だった響が、ヤミ属執行者として響の命を狙いにやってきたアスカと出会ったときのことを。
当時は紋翼自体に意識が向いていたので記憶が薄かったが、アスカの背にあった紋翼は確かに炎のようなカタチをしていた。先に向かって陽炎のように揺らめく灼熱が鮮明に思い起こされる。
「あれ? でも、アスカ君は炎だったのにどうして僕から出る紋翼は炎じゃないんだろう……?」
しかしここで疑問が持ち上がる。
あのあと、アスカの紋翼はシエルというヒカリ属の手によって根本から引き抜かれ、響の心臓――その内にある魂魄に埋め込まれた。
それが原因で響は生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となったわけだが、炎の紋翼を埋め込まれたというのに響の紋翼に火の要素はひとつも見受けられないのだ。
「そうだなぁ。ヤミ属の一部を体内に取り入れて生還できてる例がそもそも初だから単なる憶測でしかないが、最適化されたと考えるのが普通だろうな」
響の疑問に腕組みをしながら答えたのはディル。
「最適化、ですか」
「ああ。だからこそお前は曲がりなりにも生き延びられたんだと思うぜ」
「へぇ~。そういうものなんだ?」
「……そういうものなんだろうな」
首を傾げながらの響の言葉にアスカが小さく頷く。
ヤミが判然としないものを響が分かるはずもないので「そういうもの」として飲み下すしかない。
「さて、名残惜しいが今日の特訓はこのあたりにしておこうか。ほれ」
そんなところでディルが響とアスカに向かってそれぞれ何かを投げてくる。
ようよう受け取って見下ろせば既視感のある小ボトル。
しかし特訓前に渡された〝元気もりもりドーピング剤〟とは中に満たされた液体の色が違う。今回はオレンジ色だ。
「これは?」
「俺が開発した〝速攻イキイキ回復薬〟だよ。元気もりもりドーピング剤の副作用で後から猛烈に戻ってくるはずだった筋肉痛はもちろん、特訓中にできた打ち身やら傷、疲労の治りを劇的に促進させる効果がある」
「ふ、副作用は……」
「ははは、今回はないよ。ほら飲みな」
先ほどのことがあるので多少の警戒はありつつも、ディルの言葉を信じて中身を恐る恐る口にする。
無味だった元気もりもりドーピング剤とは違い、こちらは明らかにマズくて響は途中で盛大に顔を歪ませた。
「オゥエエェッ……な、なんか毒草を汚水で丁寧に煮込んだような味がしますが、ォグェッ、本当に大丈夫なんですよね……?」
「もちろん。効果優先で作ったらその味になったが、そのぶん効能は保証するぜ。アスカは慣れたもんだろ?」
「……はい……」
「え、アスカ君コレ飲んだことあるの?」
「重傷で入院していたときにな。毎日飲んだ」
「うわぁ……大変だったね」
アスカが言う入院は紋翼を根本からもがれて死の淵を彷徨ったときのものだろう。
「鼻をつまんで一気に飲み下すのがコツだ。口に残った味が全部消えるまで出来る限り心を無にするのがいい」
「飲む前に聞けば良かった……」
今度はアスカの助言を実践しながら一気に飲み下す。
鼻をつまんでも謎のパチパチとした刺激性やエグみはゼロにできないが、味を感じないだけマシと思うしかない。
速攻イキイキ回復薬は元気もりもりドーピング剤と同様に即効性があるようで、喉を通って少しするとまず疲労感が、次に特訓でできた打ち身の痛みが消えてくれて響は感動する。
何故か響は治癒力が異常に高い。回復薬を飲む前から微細な傷は治っていたのだが、アスカの生傷もみるみるうちに塞がっていったので確かに効果は抜群だ。
「すごっ!? ディルさんて天才なんですね!」
「これなら明日の特訓も持ちそうです。ありがとうございます」
「はははは。ヨイショしてもこれ以上は出ないぜ?」
言いつつもディルは嬉しそうだ。
「ま、明日はヴァイスが腕によりをかけてお前らを苦しめるって言ってたからな。残り一日だし頑張りなよ。応援してるぜ」
朗らかに発された不穏な言葉――響は癒やされかけていた心にヒビが入るのを感じた。
ディルの言いっぷりからして明日の特訓は昨日や今日よりも厳しいに違いない。
だが、あいにく昨日や今日よりも厳しい特訓など思い描けない。何故ならどちらも死ぬほどきつかったからだ。
劇的な回復薬もさすがに心の傷は治してくれないらしい。
今から嫌な予感がすごい。