第3話 意外な申し出
文字数 2,808文字
「ザドリックさんの生物――特に人間嫌いを否定するつもりはありません。
しかし今の響くんはヤミでもあり執行者でもありましてね。今日はそんな彼の防具をお願いしにやって来ました」
ヴァイスが言うとザドリックは一呼吸のあと大声で笑った。
「俺の生物嫌いを否定するつもりはないと言いながら、そいつの防具を作ってくれだと?
相変わらず無茶を言うぜヴァイス、無理に決まってんだろうが!
どうして俺が生物のために防具を作れると思う。例え今のそいつに同胞の血が入っていようと、元が生物の時点で不可能だぜ」
「……」
「それにだ、俺の防具を待つ同胞がどれだけいると思ってる。お前に作った防具だってどんなものより時間をかけてきた。
定期的な調整にも相当な時間を費やしてきたとくれば、これ以上お前の頼みは抱えられねぇ。心境的にも物理的にもお断りってわけだ」
「しかしザドリックさん――」
「さあ帰った帰った! 依頼が押してンだ、お前らに構ってるヒマはねぇ!
おう〝半陰〟、お前には今後この工房に入る資格だって与える気はねぇぞ!」
「……ふむ。やはりダメだったか」
「予想できてたんですね!?」
あまりの気迫に退室を余儀なくされ、現在地は工房の前。
そこで放たれたヴァイスの第一声に響は思いきりツッコミを入れざるを得なかった。
先ほど『大丈夫、大丈夫。どうにかなるよ』と言っていたものだから、なんやかんやでヴァイスがどうにかしてくれるのだろうと思っていた。
しかしヴァイスは響のツッコミにも「はっはっはっ」と笑い声を上げるばかり。
ここからの巻き返しもなさそうで、完全に当たって砕けろの精神だったということになる。
ちなみにアスカは響の傍らで「斧を投げつけられないだけ幸運だった」とでも言わんばかりの顔をしていた。
「うん、正直予想できてた。ザドリックさんは筋金入りの頑固頭だからね。
ただ、ああ見えてヤミにはとても親身になってくれる方でもあるんだよ。
私のこの防具も彼は何日も休むことなく取りかかってくれたし、半分ヤミ属になってしまった響くんにも防具を作ってくれるかと一縷の望みを持っていたんだが」
「仲間への思いが強い方なんですね……」
そしてザドリックにとって自分は仲間ではない。響は思わず苦い笑みを浮かべる。
全員が全員自分のことを好いているなどと思っているわけではないが、やはりマイナスの感情をあれほど露骨に向けられると気落ちはするものだ。
「君には申し訳ないことをしてしまった」
「いえいえ、大丈夫です。というか防具はなくても平気です。今まで問題なく任務できていたので」
「まぁ確かに執行者全員が防具を身につけているわけでもないが、君は絶対に持っていた方がいい。
ヤミ属の血が入っているとはいえ、潜在能力はどうしても普通の執行者に劣ってしまうからね。
左胸に穴を開けられても完治してみせるくらい君の治癒力は高いが、だからといって傷つくのは嫌だろう?」
「そりゃあまぁ……痛いのは好きじゃないので」
「もちろん君に大ケガをするような任務は回ってこない。だが、前にも言ったように罪科獣は君を狙っているフシがある。他にも脅威はあるし、備えておいて損はないということだ」
確かにそう言われれば防具は持っておいた方がいい気になった。
響がヴァイスに頷くと、ヴァイスは防具工房リュニオンの看板を一度見上げたあとで踵を返す。
「とはいえ、ザドリックさんに頼むのは諦めるとしようか。彼は本当に素晴らしい防具を作るから非常に残念だが、この辺りには他にも腕利きの名工がいて――」
「あ、あの!」
と、そんなところで甲高い声が聞こえてきた。思わずといった音色で鼓膜をつんざかれ、響は声の出どころへと視線を向ける。
するとそこには防具工房リュニオンの端にある勝手口から出てきたらしいリェナが立っていた。
「リェナさん……?」
響がその名を呟くのと、近づいてきたリェナがガバリと頭を下げたのは同時だ。
「すみません、お話聞いてたっス! 偶然じゃなくて意識的に!」
「ああ、気づいていたよ。私も実は意識的に聞かせていたからね」
なんか張り合ってる? そう思う響をよそに、顔を上げたリェナは驚くでもなく楽しそうに笑みを広げた。
「ってことはアタイとヴァイスさんでイシキテキ対決してたってことっスね?」
「ふふふ。そういうことになるね」
どうやら、ふたりは仲が良いらしい。
ザドリック手製の防具を愛用している関係で工房にはよく訪れるのだろうし、ヴァイスがリェナともそれなりの付き合いがあるのは何らおかしくはない。
しかし、ペストマスクをつけた長身のヴァイスと小さくてピョコピョコ跳ねるリェナでは、猛禽類と今にも食べられそうなウサギにしか見えなかった。
「しかしだ。君が私たちの会話を意識的に聞いていた理由までは分からなくてね。教えてくれるかい、リェナ」
ヴァイスが訊くとリェナは笑顔を押し込めてピッと姿勢も改める。
「実は、響さんの防具をアタイに作らせてほしくて!」
「へっ?」
「響さんを見たとき何かピンと来たっス! で、声をかけるタイミングを見つけるためにお話聞いてて!
でも全然タイミングが見つからなくて、しかも他の鍛冶屋さんに行く流れになっちゃって、慌てて声をかけたっス!」
「おや、意外な展開だ。そもそも君はまだ鍛冶師見習いじゃなかったかな。ザドリックさんが許してくれたとは思えないが」
ヴァイスの問いにリェナはギクリと身体を揺らした。
「は、はいぃ……親方にはナイショっス。
今も『お客さんに納品し忘れたモノがあるんで!』って嘘ついてここに立ってるっス……バレたら烈火のごとく怒られるっスけどバレなくても怒られるっス……」
「そ、そうなんだ。決死の覚悟で来たんだね」
浅黒い肌にもかかわらず目に見えて顔を青くさせるリェナに響が言う。
表情がクルクルと変わって面白いが、彼女自身は大真面目だろう。
あの怖いザドリックに嘘までつき、怒られる未来を分かっていても彼女はここに立つことを決めたのだから。
そんなことを思っているとリェナは響へと身体ごと向いてくる。
「あの、アタイ確かに未熟者で毎日親方にどやされるっスけど、熱意は本物っス!
親方の横でたくさん技術を学んできたし、親方に隠れて自分なりの防具を何度も作ってきたっス!」
「……、」
「アタイには親方みたいな純正の権能はないっス! でも、その代わり父ちゃん母ちゃんから引き継いだ混合権能があるっス! 〝生命鍛冶〟って言って、作った防具に命を吹き込めるっス!
まだまだ親方みたいな逸品には届かないっスけど、少しでも近づけるように死ぬほど頑張るっス、だからアタイに作らせてほしいっス!!」
そう言ってリェナは大きく頭を下げる。深く深く、これ以上もないほどに。
響がそれに頭を掻きながらヴァイスを見上げれば、ヴァイスもまたペストマスクの顎の部分に手を当てて思案する。
しかし今の響くんはヤミでもあり執行者でもありましてね。今日はそんな彼の防具をお願いしにやって来ました」
ヴァイスが言うとザドリックは一呼吸のあと大声で笑った。
「俺の生物嫌いを否定するつもりはないと言いながら、そいつの防具を作ってくれだと?
相変わらず無茶を言うぜヴァイス、無理に決まってんだろうが!
どうして俺が生物のために防具を作れると思う。例え今のそいつに同胞の血が入っていようと、元が生物の時点で不可能だぜ」
「……」
「それにだ、俺の防具を待つ同胞がどれだけいると思ってる。お前に作った防具だってどんなものより時間をかけてきた。
定期的な調整にも相当な時間を費やしてきたとくれば、これ以上お前の頼みは抱えられねぇ。心境的にも物理的にもお断りってわけだ」
「しかしザドリックさん――」
「さあ帰った帰った! 依頼が押してンだ、お前らに構ってるヒマはねぇ!
おう〝半陰〟、お前には今後この工房に入る資格だって与える気はねぇぞ!」
「……ふむ。やはりダメだったか」
「予想できてたんですね!?」
あまりの気迫に退室を余儀なくされ、現在地は工房の前。
そこで放たれたヴァイスの第一声に響は思いきりツッコミを入れざるを得なかった。
先ほど『大丈夫、大丈夫。どうにかなるよ』と言っていたものだから、なんやかんやでヴァイスがどうにかしてくれるのだろうと思っていた。
しかしヴァイスは響のツッコミにも「はっはっはっ」と笑い声を上げるばかり。
ここからの巻き返しもなさそうで、完全に当たって砕けろの精神だったということになる。
ちなみにアスカは響の傍らで「斧を投げつけられないだけ幸運だった」とでも言わんばかりの顔をしていた。
「うん、正直予想できてた。ザドリックさんは筋金入りの頑固頭だからね。
ただ、ああ見えてヤミにはとても親身になってくれる方でもあるんだよ。
私のこの防具も彼は何日も休むことなく取りかかってくれたし、半分ヤミ属になってしまった響くんにも防具を作ってくれるかと一縷の望みを持っていたんだが」
「仲間への思いが強い方なんですね……」
そしてザドリックにとって自分は仲間ではない。響は思わず苦い笑みを浮かべる。
全員が全員自分のことを好いているなどと思っているわけではないが、やはりマイナスの感情をあれほど露骨に向けられると気落ちはするものだ。
「君には申し訳ないことをしてしまった」
「いえいえ、大丈夫です。というか防具はなくても平気です。今まで問題なく任務できていたので」
「まぁ確かに執行者全員が防具を身につけているわけでもないが、君は絶対に持っていた方がいい。
ヤミ属の血が入っているとはいえ、潜在能力はどうしても普通の執行者に劣ってしまうからね。
左胸に穴を開けられても完治してみせるくらい君の治癒力は高いが、だからといって傷つくのは嫌だろう?」
「そりゃあまぁ……痛いのは好きじゃないので」
「もちろん君に大ケガをするような任務は回ってこない。だが、前にも言ったように罪科獣は君を狙っているフシがある。他にも脅威はあるし、備えておいて損はないということだ」
確かにそう言われれば防具は持っておいた方がいい気になった。
響がヴァイスに頷くと、ヴァイスは防具工房リュニオンの看板を一度見上げたあとで踵を返す。
「とはいえ、ザドリックさんに頼むのは諦めるとしようか。彼は本当に素晴らしい防具を作るから非常に残念だが、この辺りには他にも腕利きの名工がいて――」
「あ、あの!」
と、そんなところで甲高い声が聞こえてきた。思わずといった音色で鼓膜をつんざかれ、響は声の出どころへと視線を向ける。
するとそこには防具工房リュニオンの端にある勝手口から出てきたらしいリェナが立っていた。
「リェナさん……?」
響がその名を呟くのと、近づいてきたリェナがガバリと頭を下げたのは同時だ。
「すみません、お話聞いてたっス! 偶然じゃなくて意識的に!」
「ああ、気づいていたよ。私も実は意識的に聞かせていたからね」
なんか張り合ってる? そう思う響をよそに、顔を上げたリェナは驚くでもなく楽しそうに笑みを広げた。
「ってことはアタイとヴァイスさんでイシキテキ対決してたってことっスね?」
「ふふふ。そういうことになるね」
どうやら、ふたりは仲が良いらしい。
ザドリック手製の防具を愛用している関係で工房にはよく訪れるのだろうし、ヴァイスがリェナともそれなりの付き合いがあるのは何らおかしくはない。
しかし、ペストマスクをつけた長身のヴァイスと小さくてピョコピョコ跳ねるリェナでは、猛禽類と今にも食べられそうなウサギにしか見えなかった。
「しかしだ。君が私たちの会話を意識的に聞いていた理由までは分からなくてね。教えてくれるかい、リェナ」
ヴァイスが訊くとリェナは笑顔を押し込めてピッと姿勢も改める。
「実は、響さんの防具をアタイに作らせてほしくて!」
「へっ?」
「響さんを見たとき何かピンと来たっス! で、声をかけるタイミングを見つけるためにお話聞いてて!
でも全然タイミングが見つからなくて、しかも他の鍛冶屋さんに行く流れになっちゃって、慌てて声をかけたっス!」
「おや、意外な展開だ。そもそも君はまだ鍛冶師見習いじゃなかったかな。ザドリックさんが許してくれたとは思えないが」
ヴァイスの問いにリェナはギクリと身体を揺らした。
「は、はいぃ……親方にはナイショっス。
今も『お客さんに納品し忘れたモノがあるんで!』って嘘ついてここに立ってるっス……バレたら烈火のごとく怒られるっスけどバレなくても怒られるっス……」
「そ、そうなんだ。決死の覚悟で来たんだね」
浅黒い肌にもかかわらず目に見えて顔を青くさせるリェナに響が言う。
表情がクルクルと変わって面白いが、彼女自身は大真面目だろう。
あの怖いザドリックに嘘までつき、怒られる未来を分かっていても彼女はここに立つことを決めたのだから。
そんなことを思っているとリェナは響へと身体ごと向いてくる。
「あの、アタイ確かに未熟者で毎日親方にどやされるっスけど、熱意は本物っス!
親方の横でたくさん技術を学んできたし、親方に隠れて自分なりの防具を何度も作ってきたっス!」
「……、」
「アタイには親方みたいな純正の権能はないっス! でも、その代わり父ちゃん母ちゃんから引き継いだ混合権能があるっス! 〝生命鍛冶〟って言って、作った防具に命を吹き込めるっス!
まだまだ親方みたいな逸品には届かないっスけど、少しでも近づけるように死ぬほど頑張るっス、だからアタイに作らせてほしいっス!!」
そう言ってリェナは大きく頭を下げる。深く深く、これ以上もないほどに。
響がそれに頭を掻きながらヴァイスを見上げれば、ヴァイスもまたペストマスクの顎の部分に手を当てて思案する。