第6話 どうせすぐ
文字数 2,680文字
リヴィアタ。ヤミ属第二の直系属子、つまり第一の直系属子たるエンラの次に誕生したヤミにして〝執行者の祖〟と語り継がれる者。
そして〝始まりの六肢〟――双神が生物の礎となるがため自我を破棄した折にこの世界の循環を任された六体――のうちの一体でもある。
リヴィアタは数億年前に飛来してきた大彗星を打ち砕き、たったひとり己の命を投じてこの星を守ったという。
これまでは神核に還ることができたかも不明だったリヴィアタの神核片だが、同じ権能――ひいては同じ神核片を内に持つだろうヴァイスがこうして存在しているのだ。無事還っていたということになるだろう。
少なくともヤミにはそういった〝生まれ変わり〟を信じる者が多く、ディルも例外ではなかった。
「だがな、俺は違ェ。お前を認めたわけじゃねぇ。調子に乗んなよ」
しかしあいにく、ディルはヴァイスがリヴィアタの生まれ変わりだということを腹立たしくしか思わなかった。真っ白な子どもをオトナゲなく睨んでは威嚇する。
「調子に乗るという感覚は分かりません」
それでもやはり、ヴァイスは感情が欠落しているかのように無表情だ。
「執行者リヴィアタの生まれ変わりということもよく言われますが、私にはこの私としての記憶しかありません。そのため、彼の生まれ変わりかどうかなど知りようがありません」
確かに「同じ権能を持っているから同じ神核片、生まれ変わり」という考えに実際は何の裏づけもない。ただそう信じられているだけだ。
「それが理由で持てはやされるとしても、私には関係がありません。私はただヤミ属執行者としての使命を果たすだけです」
「……ケッ。良い子ちゃんが」
「これ以上の会話は不要と判断します。それでは明日の任務もよろしくお願いします」
頭を下げたヴァイスは踵を返すや否やさっさとディルのもとから去っていく。
自分勝手だな、とディルは己を棚に上げてまた怒りを重ねるが、それをぶつけたい相手の背中は既に離れてしまった。
カナリアが「少し頭を冷やせ」と言わんばかりに頭頂部へ乗り上げクチバシで突いてくるので、ディルも舌打ちで怒りを散らすしかない。
「……あ」
しかし、そこでようやく気づいた。バディ解消を申し出られなかったことに。
これまで五回バディ解消を告げられ、そのうちの二回はバディ関係を結んだ当日に申し出られたというのに。
ヴァイスも今日だけでそれなりに毒の被害を受けたはずだ。
だが彼は始終嫌な顔ひとつせず、そればかりか『明日の任務もよろしくお願いします』と言った。
「……フン……意外と根性あんじゃねぇか」
ディルは口のなかで呟く。だが別に嬉しくなどない。
「でも、どうせ今回も短い縁だ」
何故なら明日にはきっと音を上げてバディ解消を申し出てくる。そう分かっているからだ。
しかしディルの予想は外れた。翌日も翌々日も、さらにその次の日もそのまた次の日も、ヴァイスはディルとのバディ解消を申し出ることはなかった。
むしろディルが執行対象に向けて放った毒、その余波の回避が日増しに上達していき、何故かディルが悔しくなるほどだった。
『あなたの毒は私にとって何の脅威でもありません』
何十回目かの任務の折に言われた。ディルがまたヴァイスに噛みついたときだ。
『私にバディ解消の意思はありません。私はこれからもあなたのバディです』
またあるとき、何の感情もない声で淡々と言われた。
その数時間前、ディルは罪科獣を一発で沈めるために放った渾身の毒を意図せずヴァイスに当ててしまったのだ。
この罪科獣は今まで相手にしたどの罪科獣よりも強く、ヴァイスも毒の回避が一瞬疎かになっていた。
毒におかされたヴァイス。さすがのディルも手が震えた。
しかしヴァイスはすんでのところで直撃だけは避けていたため、ヤミ属界に帰還して数時間も経てば全快した。内に持つ神核片が大きいので回復も早いというわけだ。
安堵したディルが次に予想したのがヴァイスからのバディ解消の申し出だ。
ディルは『ようやくバディ解消か。さすがに俺の毒に恐れをなしただろ?』と先んじて己を守ろうとした。
しかしその返事が先の『私にバディ解消の意思はありません』だったのだ。
そこには何の悪感情も存在せず、相変わらずの淡々とした口調で、ディルは目をしばたたかせたものだ。
「――本当に優秀だのう、あやつ」
それからも共に任務をこなし続け、ディルとヴァイスのバディ関係が周囲から見ても普通になってきたころ。
別件で裁定神殿にひとり呼び出されたディルは、玉座に腰かけ〝裁定〟を行いながらのエンラの言に不機嫌を隠さなかった。その理由はもちろん〝あやつ〟がヴァイス以外にないからだ。
「我が予測した以上だ。貴様とも上手くやっておるようだしのう」
「ちげーし。俺が合わせてやってるんですよ」
「ほほう。して貴様、これまで何度カナリアの〝バード・ケージ〟に拘束されたのだったかな」
「……」
「カナリアは貴様が〝他者をかえりみず権能を行使しようとした場合〟にのみ発動するよう設定した想念封印具だ。
それゆえ不意的、事故的な場合は発動せぬ。カナリアに捕縛されるということは貴様がまだまだ自分勝手な戦い方をしているという証左である」
「……」
「ヴァイスは一足先にA級へ昇格させる。貴様はまだB級で研鑽を重ねよ」
「…………ずりぃよな」
ぽろ、と口から本音がこぼれた。その低いつぶやきが耳に届いたらしいエンラは、手に持っていた何かの資料からディルへ改めて視線を向けた。ディル自身は目を逸らしたままだ。
「確かにあいつは俺から見ても強いですよ。でも持ってるモノが極上なんだから当たり前って感じっす。
権能ふたつ、しかもひとつはリヴィアタ様と同じ〝クロノス〟って、そりゃ強いに決まってる」
「……」
「あーあ、いいよなぁ。マジで交換してほしいっつの。何だよ〝毒〟って。どいつもこいつも汚いモンみたいに俺のこと避けて、コントロール頑張ってもまだ足りないって言われて。
少しでも周りが見えなくなったら戦闘中でも拘束されて。身体の隅々まで毒で……本当に良いことねぇよ」
ディルはヴァイスと組む前に五回バディが代わっているが、執行者になる前には育て親も二回代わっている。
権能〝毒〟はディルの身体そのものを毒とする。
幼児の時代、権能もまだ発現していないころから既に身体の毒は存在していて、育て親が体調不良で倒れたりすることはよくあった。
倒れるタイミングは決まってディルの近くにいるときだったので、ディルは当時から気味悪がられたり遠巻きにされたりしたのだ。
そして〝始まりの六肢〟――双神が生物の礎となるがため自我を破棄した折にこの世界の循環を任された六体――のうちの一体でもある。
リヴィアタは数億年前に飛来してきた大彗星を打ち砕き、たったひとり己の命を投じてこの星を守ったという。
これまでは神核に還ることができたかも不明だったリヴィアタの神核片だが、同じ権能――ひいては同じ神核片を内に持つだろうヴァイスがこうして存在しているのだ。無事還っていたということになるだろう。
少なくともヤミにはそういった〝生まれ変わり〟を信じる者が多く、ディルも例外ではなかった。
「だがな、俺は違ェ。お前を認めたわけじゃねぇ。調子に乗んなよ」
しかしあいにく、ディルはヴァイスがリヴィアタの生まれ変わりだということを腹立たしくしか思わなかった。真っ白な子どもをオトナゲなく睨んでは威嚇する。
「調子に乗るという感覚は分かりません」
それでもやはり、ヴァイスは感情が欠落しているかのように無表情だ。
「執行者リヴィアタの生まれ変わりということもよく言われますが、私にはこの私としての記憶しかありません。そのため、彼の生まれ変わりかどうかなど知りようがありません」
確かに「同じ権能を持っているから同じ神核片、生まれ変わり」という考えに実際は何の裏づけもない。ただそう信じられているだけだ。
「それが理由で持てはやされるとしても、私には関係がありません。私はただヤミ属執行者としての使命を果たすだけです」
「……ケッ。良い子ちゃんが」
「これ以上の会話は不要と判断します。それでは明日の任務もよろしくお願いします」
頭を下げたヴァイスは踵を返すや否やさっさとディルのもとから去っていく。
自分勝手だな、とディルは己を棚に上げてまた怒りを重ねるが、それをぶつけたい相手の背中は既に離れてしまった。
カナリアが「少し頭を冷やせ」と言わんばかりに頭頂部へ乗り上げクチバシで突いてくるので、ディルも舌打ちで怒りを散らすしかない。
「……あ」
しかし、そこでようやく気づいた。バディ解消を申し出られなかったことに。
これまで五回バディ解消を告げられ、そのうちの二回はバディ関係を結んだ当日に申し出られたというのに。
ヴァイスも今日だけでそれなりに毒の被害を受けたはずだ。
だが彼は始終嫌な顔ひとつせず、そればかりか『明日の任務もよろしくお願いします』と言った。
「……フン……意外と根性あんじゃねぇか」
ディルは口のなかで呟く。だが別に嬉しくなどない。
「でも、どうせ今回も短い縁だ」
何故なら明日にはきっと音を上げてバディ解消を申し出てくる。そう分かっているからだ。
しかしディルの予想は外れた。翌日も翌々日も、さらにその次の日もそのまた次の日も、ヴァイスはディルとのバディ解消を申し出ることはなかった。
むしろディルが執行対象に向けて放った毒、その余波の回避が日増しに上達していき、何故かディルが悔しくなるほどだった。
『あなたの毒は私にとって何の脅威でもありません』
何十回目かの任務の折に言われた。ディルがまたヴァイスに噛みついたときだ。
『私にバディ解消の意思はありません。私はこれからもあなたのバディです』
またあるとき、何の感情もない声で淡々と言われた。
その数時間前、ディルは罪科獣を一発で沈めるために放った渾身の毒を意図せずヴァイスに当ててしまったのだ。
この罪科獣は今まで相手にしたどの罪科獣よりも強く、ヴァイスも毒の回避が一瞬疎かになっていた。
毒におかされたヴァイス。さすがのディルも手が震えた。
しかしヴァイスはすんでのところで直撃だけは避けていたため、ヤミ属界に帰還して数時間も経てば全快した。内に持つ神核片が大きいので回復も早いというわけだ。
安堵したディルが次に予想したのがヴァイスからのバディ解消の申し出だ。
ディルは『ようやくバディ解消か。さすがに俺の毒に恐れをなしただろ?』と先んじて己を守ろうとした。
しかしその返事が先の『私にバディ解消の意思はありません』だったのだ。
そこには何の悪感情も存在せず、相変わらずの淡々とした口調で、ディルは目をしばたたかせたものだ。
「――本当に優秀だのう、あやつ」
それからも共に任務をこなし続け、ディルとヴァイスのバディ関係が周囲から見ても普通になってきたころ。
別件で裁定神殿にひとり呼び出されたディルは、玉座に腰かけ〝裁定〟を行いながらのエンラの言に不機嫌を隠さなかった。その理由はもちろん〝あやつ〟がヴァイス以外にないからだ。
「我が予測した以上だ。貴様とも上手くやっておるようだしのう」
「ちげーし。俺が合わせてやってるんですよ」
「ほほう。して貴様、これまで何度カナリアの〝バード・ケージ〟に拘束されたのだったかな」
「……」
「カナリアは貴様が〝他者をかえりみず権能を行使しようとした場合〟にのみ発動するよう設定した想念封印具だ。
それゆえ不意的、事故的な場合は発動せぬ。カナリアに捕縛されるということは貴様がまだまだ自分勝手な戦い方をしているという証左である」
「……」
「ヴァイスは一足先にA級へ昇格させる。貴様はまだB級で研鑽を重ねよ」
「…………ずりぃよな」
ぽろ、と口から本音がこぼれた。その低いつぶやきが耳に届いたらしいエンラは、手に持っていた何かの資料からディルへ改めて視線を向けた。ディル自身は目を逸らしたままだ。
「確かにあいつは俺から見ても強いですよ。でも持ってるモノが極上なんだから当たり前って感じっす。
権能ふたつ、しかもひとつはリヴィアタ様と同じ〝クロノス〟って、そりゃ強いに決まってる」
「……」
「あーあ、いいよなぁ。マジで交換してほしいっつの。何だよ〝毒〟って。どいつもこいつも汚いモンみたいに俺のこと避けて、コントロール頑張ってもまだ足りないって言われて。
少しでも周りが見えなくなったら戦闘中でも拘束されて。身体の隅々まで毒で……本当に良いことねぇよ」
ディルはヴァイスと組む前に五回バディが代わっているが、執行者になる前には育て親も二回代わっている。
権能〝毒〟はディルの身体そのものを毒とする。
幼児の時代、権能もまだ発現していないころから既に身体の毒は存在していて、育て親が体調不良で倒れたりすることはよくあった。
倒れるタイミングは決まってディルの近くにいるときだったので、ディルは当時から気味悪がられたり遠巻きにされたりしたのだ。