第11話 ユエ助サプライズ

文字数 2,623文字

 話は現在に戻る。

 最初に八尾のキツネがヴァイスに向けたのはただの雄叫び、威嚇であった。

 しかし、規格外の巨躯と存在感が生み出す威嚇はそれだけで武器となる。

 耳をつんざいて聴覚に影響を与えるのはもちろん、響はあまりの恐怖で蛇に睨まれた蛙のごとく硬直してしまう。

「っ、……」

「離れるぞ、響!」

 思考すら停止してしまいそうになっていた響にアスカは声をかけた。キツネやヴァイスのいる方角とは反対方向へついてくるよう促してくる。

 それで我に返ることができたのは幸いだった。

 急いでアスカの後を追うが、同時に湧き上がってくるのは心配だ。響は走りながらヴァイスを振り返る。

「で、でもアスカ君、ヴァイスさん本当に大丈夫なのかな? 本気出したら日本なんか滅ぼせそうな相手だけど……!」

「大丈夫だ、ヴァイス先輩なら」

 確信を伴ったアスカの声に目をしばたたかせる響。

 そういえばヴァイスが戦っているところを響は一度も見たことがない。

 アスカがここまではっきりと言うのなら安心してもいいのだろうか――そう思いかけたところで八尾のキツネが一本の尾をドォン! と地面に叩きつける。

 たったそれだけだ。攻撃と言えるかも怪しい。しかしその衝撃はすさまじく、まず激しい音が鳴り地面が上下に揺れた。

 岩と砂を含んだ烈風が瞬時に塊となって響の背中を殴りつけ、尾を叩きつけられた地面もボコボコと隆起しては割れていく。

 挙げ句の果てに複数の大きな岩石までもが響を追跡するように飛んできた。

「うわ!?」

「任せろ」

「シールドモード発動でヤンス!」

 響が声を上げるや否やアスカが響の背後、つまり飛んでくる岩石の前に回り、共に移動していたユエ助もまた響を中心にシールドモードを展開。

 アスカの放った大鎌の斬撃はすべての岩石を両断し、ユエ助の球状シールドは砕かれた岩石の小さな破片を完璧に阻む。

「あ、ありがとうアスカ君、ユエ助!」

 のんきに礼を述べたところで八尾のキツネが再攻撃を仕掛けてきた。また尾を地面に叩きつけたのだ。

 ドドォン!! 先ほどよりも強い。これでは距離を取ることすら難儀だと思ったか、アスカは低くうなりながら再び襲ってくるであろう飛び石に備えて刃を構える。

「オイラこんなコトもできるでヤンスよ!」

 と、そんなときに得意げな様子のユエ助が突然動き出した。

 響の足元へ身を投げ出し、引っついていた月のモチーフと混ざりあったかと思えばふたつに分裂、それぞれ響の足を覆いにかかった。

 響が目を白黒させつつ見下ろしていると、靴のようなフォルムとなったユエ助は響の両足ごと動き出し、真上へ大跳躍してみせる。

 ピョーン!

「どわぁあああ!?」
「響!!」

 これには響も情けない声を上げざるを得ない。アスカもまた構えを中断し、突然上へ跳んでいく響を追うように跳躍せざるを得なかった。

 しかしこれが逆に良かった。衝撃波も空高く高くへはやってこないからだ。

「遅ればせながら〝脱兎モード〟発動でヤンス! ご主人の足の代わりになって高速で移動したり、こうして跳んで逃げたりできるでヤンス!」

「そ、そんな機能あったの!? 昨日アスカ君と防御訓練したとき言ってなかったよね……!?」

「サプライズでヤーンス」

 軽く言ってつぶらな瞳でウインクしてみせるユエ助。

 確かに使うタイミングは的確であり、今も真上へまっすぐ突き進んでいるほどの跳躍力だ。使いどころは今後もあるだろう。

 アスカもそう思ったらしい。共に上昇しながら小さく頷いた。

「確かに便利だ」

「ウフフン! あとで撫でるでヤンス!」

「……念のための確認だが。跳躍を維持できる飛行、もしくはホバリング機能も備えているんだろうな」

 アスカの問いと同刻、跳躍が終点を迎える。ユエ助は普通のテンションで靴の先にある顔を横に振った。

「ないでヤンスよ。オイラができるのはあくまで跳躍でヤンスから」

「え、じゃあ、……このまま落ちるしかないってこと?」

「そうでヤンスね」

 事もなげな返答。そこで一気に血の気が引いた。同時に重力にならって真下へと落ちていく身体。

「あああああああぁあああ!!」

「紋翼、紋翼を開け!!」

「アスカ君も僕につかまってぇえええ!!」

 半狂乱になりながらも紋翼を展開、同時に己の方へ伸ばされたアスカの手首を掴み、ふたり仲良く地面に叩きつけられることは回避できた。

 戦闘と関係がないところで命の危機に直面した響の身体には滝のような冷や汗だ。

 ユエ助は脱兎モードから通常モードへと戻りながら垂れた耳をさらに垂れさせる。

「オイラとしたことが……ひとっ跳びするくらいじゃダメなんでヤンスね。学習が足りなかったでヤンス。メンゴでヤンス」

「だ、大丈夫。ありがとうユエ助」

 メンゴってもしかしてゴメンのこと? 軽……と思ったが、相手は先日生み出されたばかりの生命防具だ。謝意を持ってくれただけありがたいと考える方がいいだろう。

 実際、脱兎モードに助けられたのは事実なのだ。

 響たちが立っていた辺りは広範囲の攻撃によって粉塵が立ち込め、地面には幾筋もの深い亀裂が走り、大きな岩などが散乱している無惨な状況だ。

 あのままでは視界を完全に奪われた挙げ句受傷していた可能性も高い。

 だから響が次に思考を向けたのは、

「そうだ、ヴァイスさん! ちゃんと避けられたかな……!?」

 もっと近くで攻撃を受けたであろうヴァイスだった。

 響はきょろきょろと周囲を見回す。しかし空中には自分たちしかいない。ということは恐らくヴァイスは今も粉塵のなかだろう。

 回避に失敗したのではないか――悪い想像が頭をよぎる。さすがに伝説級の妖怪を前にして平気でいられるとは思えない。

 しかしアスカはすぐに首を横に振った。

「安心しろ。ヴァイス先輩は無傷だ」

 両手を上から響に掴まれている姿勢で眼下に目をやるアスカ。響はそんな彼の視線を追って同じ場所を見下ろす。

 すると確かに、少しずつ晴れていく粉塵のなかで無傷のヴァイスを見つけることができた。響はほっと吐息をつく。

「良かったぁ……」

「そういえば、お前はヴァイス先輩が戦うところを見るのは初めてだったな」

「うん。ヴァイスさんの紋翼を見たのも今日が初めてだったし」

「ならその反応も無理はない。だが、ヴァイス先輩も言っていたとおり心配は不要だ。むしろ安心していい」

「……どうして?」

「俺たちの今の階級はB――下から二番目だが、ヴァイス先輩の階級がいくつか分かるか」
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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