第17話 最悪の事態は大体起こる

文字数 3,452文字

「えっ、何かすごくやつれてるけど大丈夫……!?」

 リェナの顔を目にした響の第一声はそれだった。

 リェナは焦った様子で立てた人差し指を口の前に持ってきて静かにするようジェスチャーをする。

「シーッ、声が大きいっス……!」

「ご、ごめん。でも目の下のクマが本当にすごくて……」

「眠る時間を削って作ったっス。さすがに三徹は未知の領域だったっス」

「三徹……!?」

 響は小声で驚きながら目を丸くする。

 ヤミ属はヤミ属界にいるだけで存在養分――つまり存在するために必要な栄養を得られるので、生物のように食べたり眠ったりしなくてもいいようだ。

 しかし、権能を使用するとあれば積極的に存在養分を取り入れないと供給が追いつかず弱ってしまうらしい。

 リェナが濃いクマを作るほどにやつれているのもそれが理由だろう。

「急ぎじゃないし、そんな無理しなくてよかったのに……」

「ダメっス、一度決まった納期は絶対っス。それに無理って感覚はなかったっスよ。

 楽しくて楽しくて、夢中になってたらいつの間にか三徹してただけっス。おかげで納得のいくモノができたっス!」

「そ、そっか……それなら良かった」

 リェナは根っからの職人気質らしく、満足のいく品を自らの手で生み出せた事実に心から喜んでいるようだった。

 だから響もつられて笑みを浮かべてしまう。

「今日は親方の納期が重なってて昼休憩も短いっス。だからチャチャッと渡すっス」

「あ、あのさ。今後のための確認なんだけど、リェナさんが僕に防具を作ってくれたことはザドリックさんにはずっと内緒なんだよね?」

 リェナが防具を作ってくれたということは、今後も修理などで世話になる可能性が大いにあるということだ。

 しかし響は大の生物嫌いである工房の主・ザドリックの工房に入ることを許されていない。

 そのため、もしそうである場合は弟子であるリェナとのコンタクトの取り方を考えなくてはならない。

 そう思ったがゆえの質問にリェナは大きく首肯した。

「そうっス。今も今後も絶対バレないでほしいっス」

「も、もしバレたら?」

「最悪……関係者全員死ぬっス!」

「すぐ済まそう」

 実感を伴った言葉を受けて響の切り替えは速かった。

 リェナもまたデッド・オア・アライブな顔をして再び頷くと、早速といった様子で両腕を胸の前に持ち上げる。

 すると左胸の奥にある神核片がまず発光し、次に両腕が発光し始めた。要素を引き込んだときとはまったく違う輝きだ。

 響は目をみはる。

「アタイが父ちゃん母ちゃんから授かった混合権能は〝生命鍛冶〟――響さんとアスカさんが集めてくれた要素を打って、磨き上げて、自我を吹き込んだ防具っス」

 リェナの発光する両腕の間で徐々に姿を現してくるそれを見下ろしながら、一方で「そういえば」と響は考えていた。

 響は自分とアスカとで集めてきた要素が何かを知らない。リェナは一体何の要素が必要だったのだろう。

「準備完了! いよいよお披露目っス。

 ドゥルルルルル……じゃじゃーん――」

「おいリェナ、なんべんも呼んでんのに聞こえねぇのか! さっさと次の注文の準備を……、」

 望んでいない未来というものは望まないほど平気な顔でやってくるものだ。

 リェナの両腕の合間で防具がいよいよ姿を現すまさにそのとき、ザドリックは勝手口から苛立った様子でやってきた。

 そうしてリェナの前に響、響のやや後方にアスカ、リェナの手の内にあるものに気づくと動きを止める。

 リェナが「ピャッ」と小さな悲鳴を上げつつ急いで防具を消失させたとしても時既に遅し。

 ここにいてはならない響がリェナの前にいるのを認識された時点で、最悪の結末は約束されたようなものだ。

 あ、死んだ――響は瞬時に己の死期を悟った。

「あぁ? アスカとこの前の〝半陰〟のガキ……?」

「っ、は、へぁ、はいっ……」

「リェナ……まさかオメェ、最近やけに疲れきって仕事にも身が入ってねぇと思ったら……」

「あ、あのぅ、ええと、その、ひゃわわわわ……」

 浅黒い肌にも関わらず、サーッと小作りの面が青くなっていくリェナ。響もまた恐怖に硬直している。

 ザドリックはそんなふたりを表情の読めない顔で見下ろし続け、アスカは響の傍らに並んではいつでも前に出られるよう身体に力を込めていた。

 四名の間には鋭利な沈黙。一触即発の雰囲気だ。

「お、おおおお親方、勝手な真似してごめんなさいっス!」

 しかしリェナがガバリと勢いよく頭を下げたことで、苦しい静寂は突如終わりを迎える。

「アっ、アタイどうしても響さんの防具を作りたくてッ、親方が断ったあとに響さんたちに頼み込んだっス!

 響さんに作るのを許してもらったあとは要素素材まで用意してもらって、だからアタイ絶対頑張らなくちゃって思って何日も徹夜しちゃってッ~~仕事でミス連発したのは本当にごめんなさいっス、弟子にあるまじきことっス、どんな罰も受け入れるっス!

 でもでも、響さんに完成した防具を渡すことだけは許してほしいっス、響さんの力になれるようにってすっごく頑張ったっス……!!」

 頭を下げたまま経緯と自分の思いを告げるリェナを、ザドリックはやはり見つめたままでいた。

 その双眸はやがて響へと向き、視線が合った響は反射的に肩を揺らす。緊迫のせいか喉が勝手にゴクリと動いた。

 怖い。視線を逸らしたい。

 しかし懸命に耐えてザドリックの瞳を見上げ続ける。リェナの勇気と努力をどうしても無駄にしたくなかったのだ。

「……入れ」

 その思いが功を奏したか、それともただの気まぐれか。

 どんなにしろザドリックはぞんざいに顎で工房の入り口をしゃくり促してくる。

 それが自分に向けられたものだと気づいた響は動揺を示さざるを得ない。

「え、でも僕にはザドリックさんの工房に入る資格は」

「入れと言ってんだろうが」

「は、はいぃ……」

 ギロリと睨めつけられながらの言葉に萎縮する響。

 ああやはりここで自分の命は終わるらしい。ツンと痛む目頭を感じながら、響はリェナやアスカと共に工房内へ足を踏み入れたのだった。



* * *



 工房内に入っても、ザドリックはしばらく口をきかなかった。ただリェナや響、アスカから少し離れた場所で腕組みをするばかりだった。

 自分たちは一体どうなるのだろう、いつ斧が飛んでくるのだろう――そんなことを心配する響だったが、ちらりと横目にしたアスカに先ほどのような緊迫さはない。

 そこに胡乱を感じているところで不意に沈黙が破られた。

「……俺が執行者を引退してすぐ構えたこの工房の名は〝リュニオン〟という。

 元はあるヤミ属執行者の名だ。自分のことしか考えられねぇ人間どもを守ることに必死ンなったあまり、テメェが死ぬことになっちまった俺のバディの名でもある」

「……、」

「根っからか、はたまた〝生命付与〟なんて権能を持ってたせいか。生物を心から愛したヤツだった」

 突拍子のない、さらに思いもよらないザドリックの話に響は目を瞬かせる。それを知ってか知らずか彼は続ける。

「俺が持つ権能は〝想念鍛冶〟。その名のとおり俺の想念が鍛冶仕事や作ったモンに宿る権能だ。

 今の俺が作る防具は『これ以上同胞を失ってたまるか』という思いに満ちている。それゆえに頑丈だ。頑として壊れず装備したヤミを守る。

 ……だが、だからこそ元が人間の防具を打つなど御免てわけだ。『俺からバディを奪った生物なんざ命を賭けて守る価値がねぇ』と思ってちゃ、とてもじゃねぇが頑丈な防具にはならねぇ。

 どんなに最高の素材を用意しようが、きっとペラッペラの紙みてぇな防具になるだろうぜ。俺はできねぇと分かってる仕事は絶対に請け負わねぇ。絶対にだ」

「……」

「だが、……俺とリェナは別の存在だ。コイツが誰かに防具を作ってやりてぇと意気込んで、毎日忙しいなか寝る時間すら惜しんで鍛冶仕事に全力と心血を注いだのなら……まぁ、勝手な行動を許してやらんでもねぇよ」

「ふえっ……?」

「だが勘違いはすんじゃねぇ。お前はこの俺の弟子、そして俺はお前をまだまだ一人前と認めてねぇ。俺の目にかなわねぇモンは――ぶぁッ!?」

「ッかあちゃぁああああああん!!」

 話の途中にザドリックのもとへ駆け寄ってはそのまま突撃したのは誰あろう、リェナだった。

 リェナは瞬間的に溢れ出した涙で頬を濡らしながらザドリックに抱きついた。

 しかしそれは今の響にとって大した驚きにはなり得なかった。彼女の発言の方に気を持っていかれていた。

 え? 今リェナさん何て言った? 聞き間違いかな?
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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