第6話 草原地帯と居住地帯~ヤミ属界案内~
文字数 2,555文字
「あの……ええと、そうだ。ケガ、本当に大丈夫ですか?」
「……ああ」
「意識がなかったときもあったんですよね。この前会ったときは本当につらそうでしたけど……」
「もう平気だ」
「そっか、良かった……ははは」
「……」
「……」
「……」
会話終了。他に話題を探すも共通点がないためどうしようもない。非常に気まずい空気が流れる。
「本当はまだ全快とまではいかないんだが、早く君のお供をしたいと聞かなくてね」
そんなところでヴァイスが戻ってきてくれる。
彼は食堂でもペストマスクを取らないうえ、謎のゼンマイ仕掛けの鳥を常に肩へ乗せていたりして相変わらず怖い。
しかし色々と慣れ始めたこともあって彼が会話に加わってくれたことに響はホッとしてしまった。
「僕のお供、ですか?」
「ほら、この前草原でアスカが君を守ると誓っただろう。それを早く実行したいからとディルに食い下がったんだ」
「ええ、そんな……無理しないでください」
「あんたが心配することじゃない」
ぶっきらぼうな物言いが返ってきて反射的に身を固くする響。ヴァイスもこれは目に余ったようで、アスカに対してたしなめるように首を横に振った。
「こら、言い方。心配してくれたのに怖がらせてどうするんだ」
「……すみません。気をつけます」
すると素直に非を認める。表情から察するに自覚はありそうだった。そしてなんとなくふたりの距離の近さを感じる。
食事を摂ったあとはアビーや客として来ていたヤミたちに見送られ食堂を出た。
大盛りのカレーライスを食べたので身体は満足感でいっぱいだったが、響はなんとも腑に落ちない顔で腕を組まざるを得なかった。
ヴァイスが食事中一度も顔全体を覆うペストマスクを外さず、そのくせオーダーしたスープを完食したことに底知れない謎を覚えていた。
一体いつマスクを外すのだろう、素顔を見てみたいと目の端でずっと捉えていたのだが、一瞬目を離したすきに食べ物が全部なくなっていたのだ。意味が分からない。
「さて、お腹もいっぱいになったところで――どうしたんだい響くん」
「はうっ!? いえなんでも……それより何か言いかけませんでした?」
「ああ、これから私とアスカでこのヤミ属界の案内でもしようかと思ったんだが、どうかな。出歩くにも場所の把握は必要だろう」
「え、いいんですか? 特にアスカさん……」
「……俺は構わない。途中に用事もある」
「そうなんですね。じゃあ、お言葉に甘えて」
「よし、そうと決まればまずは一番外側まで歩こうか」
ヴァイスの先導で街の中を歩き始める。
相変わらず界隈は夜だ。というか部屋から窓の外を覗いたときから思っていたことだが、響はまだヤミ属界の昼を見たことがない。それなりの日数を過ごしているのにもかかわらずだ。
「あの、もしかしてヤミ属界ってずっと夜だったりしますか? 未だに太陽を見たことがないんですよね……」
広い背中に訊けば「いい質問だ」と言わんばかりにヴァイスは振り返ってきた。
「そのとおり。ヤミ属界には生物界のような昼夜の移り変わりはない。もっと言えば天候の変化もない。ずっと夜で晴れのままだよ」
「へ~。不思議だなぁ」
「ヤミ属界ができた当初からこうだったようだ。気が滅入るかい?」
「いえ、そんなことは。月と星が明るいので」
「なら良かった」
二十分ほど他愛のない話をしながら街中を行く。すると草原の広がる場所へとたどり着いた。一面が緑だ。地平線さえ見える。
「ここがヤミ属界の一番外側、草原地帯だ。一週間前にも来たが覚えているかい」
「はい。覚えていま――あッ流れ星!?」
ぐるりと見渡していた途中で夜空に放物線を描く光を捉える。それは響が見ている前で少し先に落ちたように見えた。
「ていうか今落ちませんでした? あれ、それともこの前言ってた魂魄……?」
「いや、魂魄はあんな動き方はしないから星の欠片だ。落ちたね」
事もなげに返してくるヴァイス。もしやこれはヤミ属界では普通のことなのだろうか。
響の表情で気づいたのか、ヴァイスはふと立ち止まり地面を見るように促してくる。
「草原地帯は星屑の草原とも呼ばれていてね、星屑が割と飛来してくる場所だからそう名づけられた。ほらごらん。地面にもたくさん落ちているだろう」
言われれば確かにキラキラとしたものが草花の合間に落ちている。響はしゃがみこんでそれを手に取った。
石とはまた違う質感だ。いずれも手のひらに収まるものばかりで、月の光を受けては輝いている。
「隕石じゃなくて星屑なんですね。メルヘンチックだなぁ」
「生物界で言う隕石の類とはまたちょっと違うからね。だが当たれば結構痛いよ」
「そういえば、ヤミ属界ってどのあたりにあるんですか? なんとなく地の果てみたいなところを想像してしまうんですが、空もあるし……」
「生物界と同じ場所だ。ただし階層が違う」
「か、階層」
「透明の板が何枚も重なっているイメージだと言えば分かりやすいかな。その透明の板に各世界――つまり生物界やヤミ属界がある感じだ。
生物や物質が存在できる生物界の階層や、私たちのような非生物霊体が存在できる階層などなど他にも階層はたくさんあるが、それぞれは非干渉なだけで同じ場所に存在するんだ」
「ふ、ふうん……?」
「ふふふ、なんとなくの理解でいいよ。さあ戻ろうか」
――ヴァイスの説明によると、草原地帯を除いたヤミ属界全体は上空真上から見下ろすと正円の形をしているらしい。
正円のなかにはこれまたいくつかの円が同心円状に配置され、それを区切りとして各区域が環状に分かれているとのことだ。
草原地帯と隣合わせになっている最外環が居住地帯だという。
「居住地帯はまぁ、そのままだね。住居が建ち並び、たくさんのヤミが生活している場所だ。響くんが今使っている家もここにあるし、ヤミ属界で一番多く割合を占める区域だよ」
確かに改めて見回してみると住居家屋のような建物ばかりだ。
「じゃあヴァイスさんの家もこの地帯にあるんですか?」
「いや、私の家はない。そもそも家自体ないからね」
「えっ」
「はっはっは」
本当なのか冗談なのか分からない笑い声を上げながらヴァイスは歩を進めていく。
ちなみに響の少し後ろを無口に歩いていたアスカに視線を向けると、彼もまた複雑そうな顔をしていた。
「……ああ」
「意識がなかったときもあったんですよね。この前会ったときは本当につらそうでしたけど……」
「もう平気だ」
「そっか、良かった……ははは」
「……」
「……」
「……」
会話終了。他に話題を探すも共通点がないためどうしようもない。非常に気まずい空気が流れる。
「本当はまだ全快とまではいかないんだが、早く君のお供をしたいと聞かなくてね」
そんなところでヴァイスが戻ってきてくれる。
彼は食堂でもペストマスクを取らないうえ、謎のゼンマイ仕掛けの鳥を常に肩へ乗せていたりして相変わらず怖い。
しかし色々と慣れ始めたこともあって彼が会話に加わってくれたことに響はホッとしてしまった。
「僕のお供、ですか?」
「ほら、この前草原でアスカが君を守ると誓っただろう。それを早く実行したいからとディルに食い下がったんだ」
「ええ、そんな……無理しないでください」
「あんたが心配することじゃない」
ぶっきらぼうな物言いが返ってきて反射的に身を固くする響。ヴァイスもこれは目に余ったようで、アスカに対してたしなめるように首を横に振った。
「こら、言い方。心配してくれたのに怖がらせてどうするんだ」
「……すみません。気をつけます」
すると素直に非を認める。表情から察するに自覚はありそうだった。そしてなんとなくふたりの距離の近さを感じる。
食事を摂ったあとはアビーや客として来ていたヤミたちに見送られ食堂を出た。
大盛りのカレーライスを食べたので身体は満足感でいっぱいだったが、響はなんとも腑に落ちない顔で腕を組まざるを得なかった。
ヴァイスが食事中一度も顔全体を覆うペストマスクを外さず、そのくせオーダーしたスープを完食したことに底知れない謎を覚えていた。
一体いつマスクを外すのだろう、素顔を見てみたいと目の端でずっと捉えていたのだが、一瞬目を離したすきに食べ物が全部なくなっていたのだ。意味が分からない。
「さて、お腹もいっぱいになったところで――どうしたんだい響くん」
「はうっ!? いえなんでも……それより何か言いかけませんでした?」
「ああ、これから私とアスカでこのヤミ属界の案内でもしようかと思ったんだが、どうかな。出歩くにも場所の把握は必要だろう」
「え、いいんですか? 特にアスカさん……」
「……俺は構わない。途中に用事もある」
「そうなんですね。じゃあ、お言葉に甘えて」
「よし、そうと決まればまずは一番外側まで歩こうか」
ヴァイスの先導で街の中を歩き始める。
相変わらず界隈は夜だ。というか部屋から窓の外を覗いたときから思っていたことだが、響はまだヤミ属界の昼を見たことがない。それなりの日数を過ごしているのにもかかわらずだ。
「あの、もしかしてヤミ属界ってずっと夜だったりしますか? 未だに太陽を見たことがないんですよね……」
広い背中に訊けば「いい質問だ」と言わんばかりにヴァイスは振り返ってきた。
「そのとおり。ヤミ属界には生物界のような昼夜の移り変わりはない。もっと言えば天候の変化もない。ずっと夜で晴れのままだよ」
「へ~。不思議だなぁ」
「ヤミ属界ができた当初からこうだったようだ。気が滅入るかい?」
「いえ、そんなことは。月と星が明るいので」
「なら良かった」
二十分ほど他愛のない話をしながら街中を行く。すると草原の広がる場所へとたどり着いた。一面が緑だ。地平線さえ見える。
「ここがヤミ属界の一番外側、草原地帯だ。一週間前にも来たが覚えているかい」
「はい。覚えていま――あッ流れ星!?」
ぐるりと見渡していた途中で夜空に放物線を描く光を捉える。それは響が見ている前で少し先に落ちたように見えた。
「ていうか今落ちませんでした? あれ、それともこの前言ってた魂魄……?」
「いや、魂魄はあんな動き方はしないから星の欠片だ。落ちたね」
事もなげに返してくるヴァイス。もしやこれはヤミ属界では普通のことなのだろうか。
響の表情で気づいたのか、ヴァイスはふと立ち止まり地面を見るように促してくる。
「草原地帯は星屑の草原とも呼ばれていてね、星屑が割と飛来してくる場所だからそう名づけられた。ほらごらん。地面にもたくさん落ちているだろう」
言われれば確かにキラキラとしたものが草花の合間に落ちている。響はしゃがみこんでそれを手に取った。
石とはまた違う質感だ。いずれも手のひらに収まるものばかりで、月の光を受けては輝いている。
「隕石じゃなくて星屑なんですね。メルヘンチックだなぁ」
「生物界で言う隕石の類とはまたちょっと違うからね。だが当たれば結構痛いよ」
「そういえば、ヤミ属界ってどのあたりにあるんですか? なんとなく地の果てみたいなところを想像してしまうんですが、空もあるし……」
「生物界と同じ場所だ。ただし階層が違う」
「か、階層」
「透明の板が何枚も重なっているイメージだと言えば分かりやすいかな。その透明の板に各世界――つまり生物界やヤミ属界がある感じだ。
生物や物質が存在できる生物界の階層や、私たちのような非生物霊体が存在できる階層などなど他にも階層はたくさんあるが、それぞれは非干渉なだけで同じ場所に存在するんだ」
「ふ、ふうん……?」
「ふふふ、なんとなくの理解でいいよ。さあ戻ろうか」
――ヴァイスの説明によると、草原地帯を除いたヤミ属界全体は上空真上から見下ろすと正円の形をしているらしい。
正円のなかにはこれまたいくつかの円が同心円状に配置され、それを区切りとして各区域が環状に分かれているとのことだ。
草原地帯と隣合わせになっている最外環が居住地帯だという。
「居住地帯はまぁ、そのままだね。住居が建ち並び、たくさんのヤミが生活している場所だ。響くんが今使っている家もここにあるし、ヤミ属界で一番多く割合を占める区域だよ」
確かに改めて見回してみると住居家屋のような建物ばかりだ。
「じゃあヴァイスさんの家もこの地帯にあるんですか?」
「いや、私の家はない。そもそも家自体ないからね」
「えっ」
「はっはっは」
本当なのか冗談なのか分からない笑い声を上げながらヴァイスは歩を進めていく。
ちなみに響の少し後ろを無口に歩いていたアスカに視線を向けると、彼もまた複雑そうな顔をしていた。