第9話 不幸中の幸い

文字数 2,678文字

「バア」

「おどわあぁあああああああああ!?!?」

 至近距離からのバリトンボイス、反射的にすぐ声の方を向けば暗闇に彫りの深い男の顔。しかも下からユラユラとした光に照らされて恐ろしさ倍増だ。

 響の叫び声は洞窟内へ反響して二重三重の大合唱だ。

 必死で後ずさる。後ずさりしすぎてゴツゴツした岩壁へ頭と背中を鮮烈にぶつけてしまえば、今度はあまりの痛みにうずくまることとなった。

「ヒッヒヒヒッ、何度見てもケッサクなリアクションだぜ」

 しかし聞き覚えのある声に鼓膜を揺らされるとすぐ目を見開いた。

 首と視線を持ち上げた先にはなんとジャスティンが立っていて、響は痛みも忘れて喜色を露わにする。

「ジャ、ジャスティンさん……!?」
「よう〝半陰〟のボウズ」

 対してジャスティンはこんな状況でもマイペースな調子で返事をしてくる。だが今はそれが妙に嬉しい。

「よ、良かった~ひとりじゃなかった!! っていうか驚かすの止めてくださいよ!」

「悪ィ、全然悪いと思っちゃいねぇが謝っとくぜ」

「えぇ……それはどうなんですか」

 響の素直な反応にジャスティンはまた「ククク」と笑う。

 余裕な態度だ。もしや状況を諸々把握しているのだろうか?

「あの、僕は今さっき目を覚まして何も分からないんですが……ここはどこなんですか?」

「さあな、オレも少し前に気がついたばっかでね。この道をちょいと行ったところでノンキにオネンネしてたのさ」

「じゃあ僕と似たような感じなんですね……」

「ああ。起きて散歩してたら声がしたもんで、ジッポ片手に来てみたらオマエと再会したってわけだ。

 ベティとアスカも一応探しちゃいるが、ま、この洞窟にはいねぇだろうよ。ふたりは穴に吸い込まれてねぇからな」

「で、でもそれを言ったらジャスティンさんもそうですよね。

 アスカ君がここにいないのは分かります、吸い込まれないよう僕が突き飛ばしましたし。

 ベティさんも僕と離れていたのを確認してます。でもジャスティンさんだって離れてたはずです」

「自分で近づいて穴ン中に入っていったのさ。オマエに突き飛ばされたアスカをさらにベティの方へ投げつつな」

「……へっ? 自分から入ったんですか?」

「オレはバッドアクシデントが大好きでねぇ、首突っ込まなきゃ気が済まねぇタチなんだ」

「は、はぁ……ちょっとその気持ちには共感できそうにないですが……僕的には良かったです。ひとりだったら心細すぎました。

 ユエ助――僕の生命防具も魂魄から出てきてくれなくて困ってましたし」

 ジンジンと痛む後頭部を撫でつつ響が言うと、ジャスティンは「それだ」と人差し指で指してきた。

「オマエも神陰力があんま出せねぇか。オレもだ」
「……え?」
「ちなみに霊体にも戻れねぇ。どうやら何かで縛られてるか制限されてるらしい」
「……」

 指摘されて試してみたが、確かに何度霊体化しようとしても戻れない。実体のままだ。

 神陰力の放出も同じで、まったく出ないわけではないが何をするにも不十分な量しか扱えない。

 紋翼も展開できなければ己の権能〝風〟も手から生み出せない。調子がすこぶる悪い感じだ。

 ユエ助も響の神陰力を元にして動いているので、彼が出てこないのもそのせいだろう。

 もっとも〝縛られている〟という表現から察するに、別の要因も絡んでいそうではあったが。

 ジャスティンはダルそうに口を開く。

「さっきも言ったが現在地は不明。神陰力で探ることも叶わねぇ。

 だから今は〝穴に飲み込まれたオレたちは何かしら仕掛けを施されてるであろうこの洞窟に飛ばされた〟くらいしか言えることはねぇな」

「あの。念のため訊くんですが、もしかして洞窟に見せかけて生物とか罪科獣の体内って可能性は……」

「それはオレも考えた。オレたちを飲みこんだ穴、一見すると生物やら罪科獣の口にも見えたからな。だがその可能性は限りなく低いだろう。肝心の臭いがねぇんだよ」

「臭い?」

「オレは鼻がやたらきくのさ。だから十中八九ここはただの洞窟だ。

 オマエと顔合わせるまで適当に歩いてきたが、なかなか広そうだったぜ。風の流れも感じなかったし、出口があるかも不明だ」

「……閉じこめられてるってことですか? 実体のまま?」

 響のこわばった声にジャスティンはニヤァ、と笑う。

「そうだって言ったらどうする。オレとオマエで仲良く餓死心中するか? ヘヘ、ヒヒヒヒヒ」

「う、それは嫌です……。霊体なら岩をすり抜けて脱出できるのに……」

「なぁ。明らかにオレたちを意識してるぜ。

 ま、罪科獣を何体も召喚しやがった挙げ句オレたちを〝死神〟と物知り顔で呼んだ神官ならできねぇ芸当じゃねぇだろうさ。

 進みゃそれ以上の仕掛けがあるかも知れねぇ、とあれば無闇に動くのは得策じゃねぇ。

 アスカは知らねぇがベティは生きてるからな、素直に外部からの助けを待つのもひとつの手だ」

「……ベティさんが生きてるって分かるのは〝神核繋ぎ〟をしてるからですか?」

「そうだ。何故かそれくらいしか感知できねぇ、念話も不可だが、生きてるってことだけは分かる。〝神核繋ぎ〟の契約が切れてねぇんだ」

「僕はアスカ君と〝神核繋ぎ〟ができてなくて、アスカ君の安否は……」

「安心しな。ベティが生きてンならアスカも大丈夫だ。オレの愛しのオンナの愛は海より深ぇ、オマエらみたいなガキどもには特にな」

「……、」

「さぁて。そろそろ進むか」

「えっ、閉じこめられてるんじゃ? それに助けを待つって言ってませんでした?」

「ひとつの手だって言っただけだ。

 閉じこめられてる可能性は高いが時間は限られてんだ、危険だろうが洞窟内の把握くらいはしねぇとな」

 意外とマトモなこと言うんだな――響はそんなことを思ってしまう。

 曲がりなりにもA級執行者なのだから当たり前かも知れないが、四名で行動していたときはベティへおんぶにだっこに見えたのだ。

 それゆえ不安だった響の心に一抹の光が差し込んでくる。

「それになぁ、ベティの話をしたら一刻も早く会わねぇと気が済まなくなってきたのさ。

 待ってろよぉ愛しのベティ、オレのオンナ、ファム・ファタル~♪~

 おら、さっさとついてきな〝半陰〟のボウズ。置いてくぜぇ~♪~」

「……は、はい」

 しかし頼もしく見えたのも一瞬だ。ジャスティンは適当な鼻歌を歌いながらひとりでカツンカツンと歩いていく。

「遠くからバッドアクシデントの匂いもしやがる。楽しみだァ……ヒヒヒ」

 などと不穏を重ねてくるのでついていくのを躊躇ってしまうが、やはり立ち止まっていても仕方がない。

 響は意を決すると小走りでジャスティンのあとに続いた。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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