第10話 情報共有

文字数 2,636文字

 真っ暗が延々と続く洞窟内。ジッポを灯したジャスティンが前を進み、その背中を追う形で響が続く。

 ジャスティンが来た方向は探索を終えたそうなので反対の方角を進んでいる。

 道は幅が一定、高低もなく平坦だ。時折二股や三股に分岐し、歩いても歩いても終わりが見えない。

「そういや忘れてたが、身体に何か異常ねぇか」

 色々見通しが悪いためにまた不安を募らせ始めた響へ、ふとジャスティンが声をかけてきた。

 響はいつの間にか俯かせていた面を持ち上げて口を開く。

「特にないです。ジャスティンさんは?」

「ねぇよ。戦闘中感じた〝頭が痺れるような感覚〟もキレイサッパリ消えてる」

「あれって何だったんでしょうか。匂いを嗅いだ瞬間に意識が朦朧としましたよね」

「確かに強烈な匂いだったが、神官の言葉を信じるなら嗅覚に影響するモンじゃねぇみたいだったな」

「確かにそんなことを言ってたような?」


『呼吸などしてもしなくても結構。もっと言えば霊体でも実体でも防御不可です。

 神より与えられしこの御力の本来は、強制的に意識や痛覚を奪うものですからね』


「――霊体でも実体でも防御不可、意識や痛覚を強制的に奪う力ねぇ……生物には不相応すぎる力だ」

 響が考えていたことと同じことをジャスティンが言った。

「それなんですが、神官て本当に人間なんでしょうか……。罪科獣も関わっているのは分かりますけど、それにしても生物の粋を超えすぎている気がして」

「まぁな。あのヤロウ、どんだけ目を凝らしても寿命や魂魄のカタチが見えなかった。隠蔽してやがったんだ。むしろ人間じゃねぇ方が辻褄は合う」

「……もしかして神官こそが今回の執行対象だったり?」

「そりゃ違ぇ」

 躊躇なく否定されて響は目をしばたたかせる。

「そ、そうなんです?」

「ああ。執行対象は〝悪魔神〟の方で確定だ」

「……教会でも不思議だったんですが、どうして分かるんですか? 神託でも執行対象は不明でしたよね」

「まずそもそもの話をしてやる。例え神託で執行対象が不明となってても、ヤミ属執行者はいざ執行対象と顔を合わせると〝こいつだ〟とストンと理解できるようになってる」

「確かに、執行対象かどうかずっと分からないままじゃ執行しようがないよなーって疑問には思ってました。でも、今回はまだ顔も見ていませんよね」

「オレは特殊でね。顔を合わせる前から匂いで分かっちまう」

「ああ、なるほど。そういえばジャスティンさんは鼻がきくって言ってましたね」

「そんでオレの鼻で言えば神官は生物だ。匂いが罪科獣のそれじゃねぇ」

「ええ……あんなことできる人間がこの世に存在するんだ……」

「世界はクソッタレに広いからな、罪科獣顔負けの生物だって居ねぇわけじゃねぇ。

 意識と痛覚を失わせるあの能力も元々備わっていた能力じゃなく、罪科獣から与えられたか奪った可能性がある。

 オレらの情報も高次存在にまで成り上がった罪科獣あたりから仕入れたんじゃねぇか」

「……神官が執行対象に操られてる可能性はありますか?」

「もちろんある。別の罪科獣に操られてる可能性だってあるぜ?

 ま、あらゆるイフを想定して柔軟にいこうぜぇ。だが考えすぎて石頭になんのは悪手だ、あんま考えすぎねぇ方がいい」

「はは、難しいことを言いますね……」

 確かにどんな状況にも対応できるよう備えておくのは大事だが、それには熟考が必要だ。執行者になって日が浅い響ならば尚更だろう。

「難しい話じゃねぇ。オマエは見るからに役に立たなさそうだが、とっさの行動はなかなか光ってた。

 アスカを突き飛ばして穴に吸い込まれるのを回避させた。センスがねぇわけじゃねぇってこった」

「いやぁ……あれは自分が死ぬと思って、アスカ君も一緒に死なせちゃいけないと思っただけで」

「それが良かったんだよ。アスカがベティと外にいンなら幸先はいい。

 何故ならオレはベティへ愛を囁きてぇがために先を急ぎ、アスカもひ弱なオマエを守るために懸命になる」

「……、」

「つまりオマエはオマエらしく行動してりゃ基本的にはいいってこった。

 ま、神官との再戦は避けられねぇからな。発言と行動、視線運びから察するに神官が狙ってたのはオマエだろうし、飛ばされねぇ術くらいは次に向けて考えときなァ」

「……」


『――死神よ、失態を犯した己を恥じる必要はありません。

 〝彼〟をここまで連れてきてくれただけで、汚らわしいアナタたちにも存在理由は与えられます』


 ふと、響は教会での神官の言葉を掘り起こす。確かにあれは自分に向けられた言葉のような気がしていた。

 明確に名指しされたわけではないが、彼の濁った視線が自分を刺し貫いていたように感じられたのだ。

 そして実際、空間に空けられた口腔のごとき穴は響を飲み込んだ。

「……、」

 そこで響は教会でベティとジャスティンが戦っていた罪科獣たちの姿形をも思い出す。

 そういえば、彼らは似ていたではないか。以前出会った歪な者たちに。

「あの、一応伝えておきたいんですが……教会でジャスティンさんたちが戦ったたくさんの罪科獣について。僕は過去にも二回似たような罪科獣に狙われています」

「あぁ?」

「最初は何ヶ月か前、存在養分を摂るために下りた生物界で。

 次はこの前、初めての〝罪科獣執行〟の任務で。似てたんです。教会で召喚された罪科獣たちと」

「……へぇ」

「見た目自体は全然違いました。前に出会った罪科獣たちはこのくらいの毛玉でしたが、教会の罪科獣たちは色んな生物が混ざったような変なカタチでしたし。

 でも、雰囲気が似ていました。チグハグなパッチワークのような……違和感の塊のような」

 響の言葉に、ジャスティンは一呼吸のあとでニヤァと口の端を吊り上げた。

 そこで笑みを向けられると思わなかった響は思わず肩を揺らす。怖い。

「なるほどねぇ。毛玉にパッチワーク野郎に神官……オマエは変なヤツを引き寄せる難儀な運命を持ってるらしい。

 真性マゾヒストとチグハグなストーカーかぁ、なんともお似合いじゃねぇか」

「えぇ、そんな感想……?」

 響は役に立つ情報かも知れないと思い立って伝えたのだが、肝心のジャスティンはどこか皮肉げな笑みを浮かべそんなことを言う。

 かと思えば突然歩く速度を速めるのだから響は目を白黒だ。

「さぁて、話はこれくらいにしてサクサク進むぜぇボウズ。ストーカー撃退手伝ってやらぁ。ベティに良いとこ見せなくちゃなぁ? クク、ヒッヒヒヒヒ」

「あ、ありがとうございます……?」

 やはりよく分からないヤミだ。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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