第14話 それぞれの事情

文字数 2,957文字

 食事を満喫したあとはいつもどおり遠回りをして帰路につく。

 アビー食堂は居住地帯寄りの職務地帯にあるため、職務地帯寄りの居住地帯にある響とアスカの住処から非常に近い。運動がてらの遠回りというわけだ。

「あ、アスカと響だー!」
「ねー今日こそあそぼー!」

 不意に快活な声で名を呼ばれ、そちらの方角へ目を向けた。すると公園の遊具のうえで小さな身体をぴょんぴょんと跳ねさせたり手を振ったりする子どもたちに出会う。

 ヤミ属は基本的に〝半陰〟である響に対しても壁がない。子どはさらにそうで、最近などこうして遊びに誘われるまでになった。アスカは首を横に振る。

「……今日はパスだ」
「えー、今日も? いつになったら遊んでくれるのー?」
「気が向いたらだ」
「やだー! おれ一緒にあそびたーい!」
「ね~響、いいでしょ?」

 遊具を下りて駆け寄ってきた子どもたちに取り囲まれ、手や腕を引っ張られせがまれる。さらに公園へ無理やり連行しようとまでしてくる。

 今日の子どもたちは本気なようだ。無論力は弱いので拒否しようと思えばできる。目眩のことを加味すると遠慮したいのだが、響は観念して大人しくついていった。

「よし、じゃあ何して遊ぶ?」
「やったー! うんとね、じゃあまずは――」
「おい、お前ら」
「すみません、アスカさんは先に帰っていただいて大丈夫ですから」
「……いや、見ている。無理はするな」

 最初は鬼ごっこ、次にかくれんぼ。

 あとは子どもたちの希望どおりに遊具を押したり引いたり肩車をしたり、小一時間ほど遊びに付き合う。幸運なことに目眩は数回程度で済んだ。

 アスカは公園のすみっこで腕を組みながら響が子どもたちと遊ぶのを注視している。

 一見すれば周囲で同じように我が子を見守っている親のようだが、やはり雰囲気が親のそれではない。

 恐らくアスカは体調を心配して真剣に見守ってくれているのだろうと察せられた。

 だからそろそろ切り上げなければと機会を探すも、間断なく次の遊びを提案してくる子どもたちには隙がない。

 アスカさんだって自分のしたいことがあるだろうに、悪いなぁ――そんなことを思っているところで、子どもたちが期待の目を向けてきた。

「そうだ響。ねーねー、紋翼見せてー」
「も、もんよく?」
「そー。だってアスカの紋翼もらったんでしょ?」
「だから生物なのにボクたちとおんなじヤミ属になったんでしょ?」
「エンラ様言ってたよー」
「う、うーん?」

 響は頭を掻いて曖昧に笑う。紋翼なるものをよく知らないのだから返事のしようがない。

 親と思しきヤミたちが近づいてきてたしなめるも、子どもたちは止まらなかった。

「ねー見たーい」
「イジワルしないで見せてよ~」

 返答に困りアスカに視線を送ると、アスカは苦い顔で響のもとに近づいてくる最中だった。

「もういいだろ。俺たちは帰る」
「えー、よくなーい」
「まだ遊びたーい」
「ていうかアスカも遊んでよ~」
「駄目だ。終わりは終わりだ」

 重ねて言うアスカ。しかし物怖じしない子どもたちは唇を尖らせて対抗する。

「ケチ!」
「前は遊んでくれたのにさぁ」
「アスカ、シエルがいなくなってから怒りんぼになったー」

 ――その言葉で一瞬辺りの時間が止まった、ような気がした。

 しかし実際に止まったのはアスカの動きくらいで、それも一瞬だ。

 結局その直後に子どもたちの親が本気で止めにかかり、ようやく解放されることとなった。

「さよならぁ」「また遊ぼうぜー」という声に見送られ公園を出た響とアスカはしばらく無言で歩き続ける。

 アスカの様子が変わってしまったことに響は気づいていた。

 表面上は変わらない。もちろん数日同居した程度の仲でしかない響にはアスカの〝いつも〟を滔々と語ることはできないが、しかしそれでも変化は感じられた――シエルという名が子どもたちの口から出た瞬間から。

「なんだか、すみません」
「……なんであんたが謝る」

 たまらず謝罪を口にすればアスカが耳を疑うように響を見下ろしてきた。響は頭を掻きながら口を開く。

「僕が子どもたちと遊ぶなんて言わなければなぁって」

「それは別に謝ることじゃない」

「待たせちゃいましたし。というかいつも僕の都合に付き合ってもらってますし、そういうのも含めて悪いなって思ってて」

「……」

「あの。僕も色々慣れてきたんで、これからは放っておいてくれて大丈夫です。毎回僕に合わせてご飯に出かけたりとか、大変だと思うんで」

「……別に大変じゃない」

「でも、実はアスカさんて食事好きじゃないですよね?」

 そう言われると思っていなかったのか、アスカは大きな目を軽く見開いた。そのあとで言うべきか迷うように口もとをまごつかせる。

「……あんたの好きなものに水を差したいわけじゃないが……確かに、生物の肉体を模したものを食べることに抵抗がないわけじゃない」

 なるほどアスカにとって食べ物はひたすら〝生物の肉体〟なのか。ならば確かにグロテスクな行為だろう――そう理解しつつ響は頷いた。

「ですよね。いっつも僕と同じもの頼むし、食べてるとき雰囲気が重くなるから、そうだと思ってました」

「それは……無意識だった。だが別に嫌なわけじゃない。今まで食事をしてこなかったせいで……もう少し慣れれば普通に食べられる」

「でも、しなくていいことを無理にする必要はないと思いますよ」

「……」

「それにアスカさんにもやりたいこととか、やらなきゃいけないこととかあるんじゃないんですか? 身体が治ったならそろそろ執行者の仕事だって再開したりしますよね?」

 そう問えば、アスカは響の言葉にまた口をまごつかせた。

「いや。……俺はもう執行者じゃない」

「え?」

「生物界に下りるには紋翼が必要だ。紋翼がなくなった今、俺は執行者に戻ることはできない」

「あ……」

 ふと思い返す。ただの人間だった響を執行――殺しにやって来たアスカが金髪碧眼のヒカリ属・シエルによって翼のようなものを根本から引きちぎられたあの夜を。

 そしてそこで合点がいく。あの翼のようなものこそが〝紋翼〟であること。

『だってアスカの紋翼もらったんでしょ?』――子どもの言ったそれが〝混血の禁忌〟を指していたこと。

 生死の境を彷徨いつつも生還し、しかも一月と経たずこうしてアスカが不自由なく日常生活を送っているせいか、てっきり彼のすべては元通りになったものと勘違いしていた。

 だが違った。神の手足たるヤミ属も、生物と同じように失ったものは戻らないのだ。

「ご、ごめんなさい」

 決して話をさらに悪い方向へ動かそうという意図はなかった。しかし結果的にそうなってしまって申し訳なくなる。

「謝るなと言っている。……いや、すまない。謝らないでほしい」

 アスカは言う。特に気を悪くした様子はなく、自分の言葉選びの下手さ加減に困ったような横顔をして。

「というか、前から言おうと思っていたんだが敬語じゃなくていい」

「へっ?」

「指示できる立場じゃないと今まで黙っていたが……あんたは俺に気を遣いすぎだ」

「でも居候の身ですし」

「いや……あの家はもうあんたの家ってことでいい。俺のことも護衛とか従者、なんなら所有物くらいに思ってくれればいい」

「ええ?」

「気を配る必要も一切ない。使い走りでも盾でも自由に扱ってくれて構わない」

「ええええ……?」
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