第2話 連携任務

文字数 2,712文字

 約二十分後、ふたりは神域に到着した。

 さすがに地獄の筋トレメニューをこなした直後の全速力はきつすぎる。響は全身で呼吸を繰り返さざるを得なかった。

 屋上でひとり厳しい特訓を重ねていた挙げ句に響の前を走っていたアスカは平然としていたが。体力格差がすごい。

 とにもかくにも、ふたりは神域の中央で待つ神託者・ヤーシュナとアウラーエのもとへ足早に向かった。

「あーっ、響とアスカ!」

 するとふたりの子であるラブにまず歓迎される。

「お待ちしておりました。アスカ殿。響殿」

「迅速に参じてくださるのは嬉しいけれど、あまり無理はなさらないでね」

 数歩前までたどり着けば相変わらずの固い調子でヤーシュナが、柔い調子でアウラーエが迎えてくれる。

 響はそれに応えようと疲労で項垂れていた頭を持ち上げた。しかし自分たちや神託者以外の存在に気づくと、それは阻まれてしまう。

 神託者の前でこちらを振り返って眉を持ち上げているふたりのヤミは、どちらも見慣れない顔をしていた。

 まさか先客がいるとは思わなかった響は眉を寄せて困惑を示す。

「さあ、お並びになって」
「指名勅令の神託を授けまする」
「は、はい!」

 神託者に急かされ慌てて見知らぬヤミの傍らへ並ぶ。アスカも同じように響の隣へ並んでは膝をつくと、神託者たちはいつものごとく声をそろえ神託を告げ始めた。

「ジャスティン。アスカならびに響。三名に罪科獣討伐を命ず。

 執行地、✕✕✕連邦、✕✕✕州、✕✕✕森、詳細不明。
 執行対象、詳細不明
 執行期限、✕✕✕✕年✕✕月✕✕日――」

 神託者らの白魚のごとき手が頭上へかざされると、執行地が脳裏へとひらめいてくる。

 しかし〝不明〟と明言されたとおり執行対象の姿はなく、執行地も森を真上から見た遠景のみ。

「神託は以上でございますわ。ヤミ神に一刻も早い完遂を捧げられますよう」
「御意」
「は、はい!」
「……ジャスティン殿」

 いつもどおり終了を告げられれば返事をしながらアスカに遅れて立ち上がる。ヤーシュナがジャスティンなる者を呼んだのはそんなときだ。

 その呼びかけに「お呼びで?」と気だるそうに立ち上がったのは響の傍らにいた方のヤミだった。

「執行者ジャスティン殿。よもや貴殿に指名勅令が下るとは予期しておりませなんだ。しかし我らが神のお導きは常に正しいとあらば何も言いますまい」

 ヤーシュナは薄い黒のベールで目を常に隠しているため、目から感情を読み取ることはできない。その代わり声に明確な感情が灯っている。

「……ただしひとつだけ。神のご信頼を裏切るような行為はなさいませんよう」

 ヤーシュナの後を継いだアウラーエも厳しい双眸をしている。

 普段は淡々と神託者の任務をこなしているふたりの珍しい姿だったが、それらを向けられた当のジャスティンは意に介さない。むしろ口の端を吊り上げて笑っている。

「そりゃ〝コレ〟を増やすようなマネはすんなって意味かい? 神託者殿」

 言って顎を持ち上げ、黒い縄状模様が一本走る首をさらすような姿勢を取った。

 ニヒルな口調と面、猫背気味の斜に構えた体躯だ。

 息が詰まるほど神聖な場所だというのに、その両手はラフな様子でライダースパンツのポケットへ突っ込まれている。

 明らかな人を食った態度に――彼らは人ではないが――ヤーシュナもアウラーエも応じなかった。ただ肯定するかのようにジャスティンを見つめるのみだった。

「へっへ、分かってますよぉ。さすがに愛しのオンナにこれ以上愛想尽かされんのは――オゥフッ!」

「わひゃ!?」

 縄状模様をさすりながらジャスティン。しかしその言葉は突如途切れ、代わりにラブが口を押さえながら驚きの声を上げた。

 一体何だと思ったが、どうやらもうひとりのヤミがジャスティンの横腹に拳をかまして黙らせたらしい。

「ジャスティン! アンタはいちいち噛みつかないと気が済まないのかい!」

 あまりの衝撃にジャスティンは腰を折っている。

 それゆえ隔たりがなくなり、拳を持ち上げて牽制するヤミが響の目に入った。

「ったくもう……神託者サマたち、しょうもないヤツでごめんねぇ。ラブもびっくりさせちゃって悪かったね。

 コイツの手綱はアタシがしっかり握っとくから許しておくれよ」

「うふふ、心強いですわ」

「さすがは長年連れ添ったバディ。何卒よろしくお願い申し上げまする、ベティ殿」

「み、みんな頑張ってきてねー!」

 痛みに耐え続けるジャスティン。その横でニコニコと笑いながら言葉を交わす〝ベティ〟と呼ばれたヤミ、神託者たち。気を取り直して朗らかに手を振るラブ――なんとも異様な光景だ。

 今回の指名勅令任務はこれまでと一味違うことをひしひしと感じさせられる。

 ちなみに助けを求めるように見上げたアスカもまた、仏頂面に何とも言えない表情を浮かべていた。



 それからすぐエンラの側近であるリンリンがやってきて、四名は裁定神殿へと促された。

「何ともまぁ……ヤミ神は貴様らをいたくお気に入りのようだのう、アスカに響よ」

 ふよふよと無数の魂魄が漂う薄暗闇。最奥の玉座にて足を組み苦笑を浮かべるエンラの第一声はそれだった。

「しかも今回は連携任務か。さらに期限までも極端に短いときた。今から向かわねば間に合わんのう」

「そ、そうなんですか?」

 執行期限は確かに翌日までだったが、明日すぐに出立すれば間に合うだろうと響は軽く考えていたのだ。

「今回の任務は不明点が多いからまずは罪科獣を調査するとこから始めなきゃならないのさ。情報収集したりしてね」

 響の言葉にまず反応したのはベティ――先ほど神託者の前でジャスティンの腹をどついたヤミだ。それにエンラも頷き同調する。

「さらにバディ二組以上が協力し遂行する任務は一定以上の難度を持つ。悠長にやっておる時間はない」

「ええ……大丈夫なのかな……」

 三日前に初めてこなした〝罪科獣執行〟が響の頭をよぎる。

 響は雑務担当としてヤミ属界から生物界へ、生物界の階層から執行用階層へと皆を移動させるだけだった。

 アスカによる一尾のキツネ型罪科獣の執行も難航はしなかった。しかしそれ以外が問題だった。

 突如現れた複数の毛玉型罪科獣、執行用階層よりも深い階層に佇んでいた八尾のキツネ型罪科獣――前者もまたアスカが迅速に討伐してみせたが、後者はその彼が死を覚悟するほどの強敵だった。見学に来ていたヴァイスが居なければ非常に危なかっただろう。

 だからこそ、それ以降は筋トレや特訓に没頭していたのだ。しかしまさかこれほど早く次の〝罪科獣執行〟の任務が預けられようとは。

 特訓すればするほど自分の力不足を募らせていた響は、不安でいっぱいにならざるを得なかった。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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