第22話 バディ
文字数 2,717文字
「ほう、ヴァイスとディルのしごきを耐えきったか」
裁定神殿、ヤミ属の統主・エンラスーロイの御前。
「ヴァイスから貴様らを特訓し鍛える旨の報告を受けたときは貴様らの身を危ぶんだものだが、まったくの杞憂であったな。よく耐えたものだよ。あやつら、済ました顔をして意外と脳筋であろ?」
「ははは、えーと……はい」
玉座に座りながら口の端を吊り上げるエンラに問われて響は曖昧に笑った。それだけで身体が微妙に痛む。
二日目の最後に『三日目が終わったら飲みな』とディルから渡されていた回復薬。
それを指示どおり摂取してなお痛みが残っているというのだから恐ろしい。
特訓三日目の翌日である本日は、与えられた指名勅令任務の執行期限日だった。
つまり今日中に任務を終えなければならないという切迫した状況だ。
しかしエンラには任務開始前に来るよう命じられていたため、響とアスカはこうしてエンラのおわす裁定神殿へ参じたというわけだ。
ちなみに前回や前々回同様、顔を合わせるや否や露出多めの豊満かつスレンダーな肢体でハグを求められたが涙を飲んで断った。何故ならエンラの過去の言葉が思い出されたからだ。
『だがくれぐれも淫気を孕むでないぞ。わずかでも感じたなら完膚なきまでに全身の骨肉を抱き砕いてやろう!』
地獄の三日間を死にものぐるいで乗り越えたのだ。死にたくない。
薄暗闇。無数の魂魄が鈍く明滅する不可思議な空間のなか、エンラは相変わらず檜扇で己に悠々と風を送りながら笑っている。
側近長リンリンがそんなエンラの傍らに無言で控えているのも以前と同じだ。
「貴様らに此度与えられた指名勅令任務は〝魂魄執行〟であったな」
「はい。執行任務のなかでも易しい任務です。俺が真っ当な執行者だったころも何度となくこなしてきましたので、遂行に問題はありません」
エンラの問いかけにアスカが応じると、エンラは足を組みかえながら口の端をニヤリと吊り上げてみせる。
「ふふふ、何事もなければな」
「我が主。初任務の前ですのに不用意に怖がらせるのはどうかと思いますわ」
「そう言うなリンリンよ。確かにアスカの言うとおり此度の任務は難易度で言えば低かろう。だが、楽観して臨まれては困るというものだ」
「心得ています」
「は、はい。僕も気をつけます」
「そうか。ならばよい」
アスカと響の返事を耳に入れて満足げに頷いたエンラはふと玉座から立ち上がった。そのまま前方へと進行し、ふたりへと歩み寄ってくる。
「どれ、貴様らが身も心も備えてきたことは確認できた。ならば次は我の仕事だ。直々に〝神核繋ぎ〟を施してやるとしよう。ヴァイスにも言われておるしのう」
「……、」
「えっとすみません。〝神核繋ぎ〟って何ですか?」
聞き慣れない単語に、響は首を傾げて数歩前までやってきたエンラに問うた。
「その名のとおりヤミの心臓である神核片と神核片を繋ぐものだ。主にバディ間で行う契約行為で、通常は我の手を介さぬがな」
「すみません。まずバディって?」
「……。もしや貴様、バディについて教えられておらぬのか」
「え……でも僕が忘れてるだけかも……?」
「アスカ」
「……すみません。道すがら説明する予定でした」
アスカがそう口にするとエンラは「それでは遅いわ」と吐息をついた。
四日前エンラに執行者にならないかと提案され、偶然か必然かその直後ヤミ神から指名勅令が下り、翌日より三日間地獄のような特訓に見舞われたのだ。
響としては諸々の説明が遅れたのも仕方がないと思えたのだが、とにかくエンラは響へと口を開いた。
「よいか響。ヤミ属執行者は任務の特性上戦闘になることも多いゆえツーマンセル――つまりふたり一組で行動することを基本としている。
そして共に任務を遂行する相手をバディと呼び、バディ関係は余程のことがなければ永続的なものとなる」
「へぇ~。ということは他の執行者の皆さんもバディがいるんですか?」
「貴様の知るところで挙げるなら、ヴァイスとディル、キラとルリハだな」
響は思わず眉を持ち上げる。
「キラ――あぁキララさんのことですね。確かにルリハさんと一緒に行動してたので納得ですけど、ヴァイスさんとディルさんもですか? おふたりが一緒にいるところをあまり見たことないです」
ヴァイスとディルが同じ空間にいるのを見たのは一度きりだ。
響が〝半陰〟となった直後、ディルの診察室で目を覚ましたとき。単刀直入に現実を突きつけてくるヴァイスをたしなめる形で、ディルはヴァイスといくつか言葉を交わしていた。
確かにふたりの話にはよく互いが出てくる。しかし普段のヴァイスは生物界で執行者業を、ディルはヤミ属界の防衛地帯で医師業をしていると耳に入れているので、バディの間柄にはとても見えなかった。
「あやつらは特別でな、単独行動を許しておるのだ」
「なるほど……おふたりとも忙しそうですもんね」
「話を戻そう。任務は基本的にバディで行うと言いはしたが、これは一定の難易度から上の話であり、今回貴様らに与えられた〝魂魄執行〟など易しい任務は一名で行うことも多い。
だが、ヤミ神が〝魂魄執行〟であるにもかかわらず貴様ら両名をご指名なされた事実。さらにふたり合わせて一名分の力量であることも加味し、我は貴様らをバディとすることに決めた。
ゆえに貴様らは今後も常にバディとして共に任務をこなす。これについては異論なかろう?」
「はい。もちろんです」
「僕もありません」
「バディとなること自体に小難しいものは必要がない。我や各々が了承すればバディ関係は成立する。ここまでがツーマンセル、バディ関係の説明だ。
ここからがようやく本題であるが、先ほど我が口にした〝神核繋ぎ〟とは本来、バディ関係が成熟した先にあるものであり、バディ同士が合意の上に行うもの。
もしくは心が通った瞬間自動的に行われるものである。我はその〝神核繋ぎ〟を今から貴様らへ強制的に施そうとしているというわけだ」
「……、」
「何故といった顔だな響。答えは明快、神核片と神核片を繋ぐことによって得られる利点が計り知れぬからだ。
例えば〝神核繋ぎ〟を終えた者同士は念話――つまるところ頭のなかで会話が可能となる。これは非常時において特に有用だ。
さらに己の力を相手に受け渡すこともできるようになり、どちらかが受傷した際に力を渡すことで傷を癒やすことも可能となるのだ。
よって可能であるならば〝神核繋ぎ〟は早いうちに結んでおくのが最良だ。貴様らのような特殊な事情を持ち、リスクを最小限に抑えるべき者どもなら尚更な」
「……」
「あの、エンラ様質問です」
「なんだ響。申してみよ」
おずおず挙手しつつ言う響をエンラが促す。
裁定神殿、ヤミ属の統主・エンラスーロイの御前。
「ヴァイスから貴様らを特訓し鍛える旨の報告を受けたときは貴様らの身を危ぶんだものだが、まったくの杞憂であったな。よく耐えたものだよ。あやつら、済ました顔をして意外と脳筋であろ?」
「ははは、えーと……はい」
玉座に座りながら口の端を吊り上げるエンラに問われて響は曖昧に笑った。それだけで身体が微妙に痛む。
二日目の最後に『三日目が終わったら飲みな』とディルから渡されていた回復薬。
それを指示どおり摂取してなお痛みが残っているというのだから恐ろしい。
特訓三日目の翌日である本日は、与えられた指名勅令任務の執行期限日だった。
つまり今日中に任務を終えなければならないという切迫した状況だ。
しかしエンラには任務開始前に来るよう命じられていたため、響とアスカはこうしてエンラのおわす裁定神殿へ参じたというわけだ。
ちなみに前回や前々回同様、顔を合わせるや否や露出多めの豊満かつスレンダーな肢体でハグを求められたが涙を飲んで断った。何故ならエンラの過去の言葉が思い出されたからだ。
『だがくれぐれも淫気を孕むでないぞ。わずかでも感じたなら完膚なきまでに全身の骨肉を抱き砕いてやろう!』
地獄の三日間を死にものぐるいで乗り越えたのだ。死にたくない。
薄暗闇。無数の魂魄が鈍く明滅する不可思議な空間のなか、エンラは相変わらず檜扇で己に悠々と風を送りながら笑っている。
側近長リンリンがそんなエンラの傍らに無言で控えているのも以前と同じだ。
「貴様らに此度与えられた指名勅令任務は〝魂魄執行〟であったな」
「はい。執行任務のなかでも易しい任務です。俺が真っ当な執行者だったころも何度となくこなしてきましたので、遂行に問題はありません」
エンラの問いかけにアスカが応じると、エンラは足を組みかえながら口の端をニヤリと吊り上げてみせる。
「ふふふ、何事もなければな」
「我が主。初任務の前ですのに不用意に怖がらせるのはどうかと思いますわ」
「そう言うなリンリンよ。確かにアスカの言うとおり此度の任務は難易度で言えば低かろう。だが、楽観して臨まれては困るというものだ」
「心得ています」
「は、はい。僕も気をつけます」
「そうか。ならばよい」
アスカと響の返事を耳に入れて満足げに頷いたエンラはふと玉座から立ち上がった。そのまま前方へと進行し、ふたりへと歩み寄ってくる。
「どれ、貴様らが身も心も備えてきたことは確認できた。ならば次は我の仕事だ。直々に〝神核繋ぎ〟を施してやるとしよう。ヴァイスにも言われておるしのう」
「……、」
「えっとすみません。〝神核繋ぎ〟って何ですか?」
聞き慣れない単語に、響は首を傾げて数歩前までやってきたエンラに問うた。
「その名のとおりヤミの心臓である神核片と神核片を繋ぐものだ。主にバディ間で行う契約行為で、通常は我の手を介さぬがな」
「すみません。まずバディって?」
「……。もしや貴様、バディについて教えられておらぬのか」
「え……でも僕が忘れてるだけかも……?」
「アスカ」
「……すみません。道すがら説明する予定でした」
アスカがそう口にするとエンラは「それでは遅いわ」と吐息をついた。
四日前エンラに執行者にならないかと提案され、偶然か必然かその直後ヤミ神から指名勅令が下り、翌日より三日間地獄のような特訓に見舞われたのだ。
響としては諸々の説明が遅れたのも仕方がないと思えたのだが、とにかくエンラは響へと口を開いた。
「よいか響。ヤミ属執行者は任務の特性上戦闘になることも多いゆえツーマンセル――つまりふたり一組で行動することを基本としている。
そして共に任務を遂行する相手をバディと呼び、バディ関係は余程のことがなければ永続的なものとなる」
「へぇ~。ということは他の執行者の皆さんもバディがいるんですか?」
「貴様の知るところで挙げるなら、ヴァイスとディル、キラとルリハだな」
響は思わず眉を持ち上げる。
「キラ――あぁキララさんのことですね。確かにルリハさんと一緒に行動してたので納得ですけど、ヴァイスさんとディルさんもですか? おふたりが一緒にいるところをあまり見たことないです」
ヴァイスとディルが同じ空間にいるのを見たのは一度きりだ。
響が〝半陰〟となった直後、ディルの診察室で目を覚ましたとき。単刀直入に現実を突きつけてくるヴァイスをたしなめる形で、ディルはヴァイスといくつか言葉を交わしていた。
確かにふたりの話にはよく互いが出てくる。しかし普段のヴァイスは生物界で執行者業を、ディルはヤミ属界の防衛地帯で医師業をしていると耳に入れているので、バディの間柄にはとても見えなかった。
「あやつらは特別でな、単独行動を許しておるのだ」
「なるほど……おふたりとも忙しそうですもんね」
「話を戻そう。任務は基本的にバディで行うと言いはしたが、これは一定の難易度から上の話であり、今回貴様らに与えられた〝魂魄執行〟など易しい任務は一名で行うことも多い。
だが、ヤミ神が〝魂魄執行〟であるにもかかわらず貴様ら両名をご指名なされた事実。さらにふたり合わせて一名分の力量であることも加味し、我は貴様らをバディとすることに決めた。
ゆえに貴様らは今後も常にバディとして共に任務をこなす。これについては異論なかろう?」
「はい。もちろんです」
「僕もありません」
「バディとなること自体に小難しいものは必要がない。我や各々が了承すればバディ関係は成立する。ここまでがツーマンセル、バディ関係の説明だ。
ここからがようやく本題であるが、先ほど我が口にした〝神核繋ぎ〟とは本来、バディ関係が成熟した先にあるものであり、バディ同士が合意の上に行うもの。
もしくは心が通った瞬間自動的に行われるものである。我はその〝神核繋ぎ〟を今から貴様らへ強制的に施そうとしているというわけだ」
「……、」
「何故といった顔だな響。答えは明快、神核片と神核片を繋ぐことによって得られる利点が計り知れぬからだ。
例えば〝神核繋ぎ〟を終えた者同士は念話――つまるところ頭のなかで会話が可能となる。これは非常時において特に有用だ。
さらに己の力を相手に受け渡すこともできるようになり、どちらかが受傷した際に力を渡すことで傷を癒やすことも可能となるのだ。
よって可能であるならば〝神核繋ぎ〟は早いうちに結んでおくのが最良だ。貴様らのような特殊な事情を持ち、リスクを最小限に抑えるべき者どもなら尚更な」
「……」
「あの、エンラ様質問です」
「なんだ響。申してみよ」
おずおず挙手しつつ言う響をエンラが促す。