第3話 ガーディアンにも色々ある
文字数 3,130文字
声の方へ目を向けると、ロイドよりは簡素でありつつも同じような鎧を身をまとった数名のガーディアンの姿。
ロイドは鬼馬の腹を撫でて労いながら、己のもとへ駆け寄ってくる彼らを笑顔で迎える。
「お前たち。先刻エンラ様より居住地帯防衛団への伝言を預かったのだが、彼らは彼らで忙しいだろう。せっかくの機会でもあったからな、自分がエンラ様の命を遂行しようと居住地帯へ向かっただけだ」
「あら、そこにいらっしゃるのはアスカさん。それと……」
「は、はじめまして。響です」
「ああ、あなたが件の響さんね。はじめまして、私は神域守護衛騎士団のレジーナです。よろしくお願いします」
「同じく、カミュと申します」
「右おなハインでっす。で、こっちのはジグとベロニ」
「いや自分で名乗らせてくださいってハインさん!」
「あっすみません、うるさくて……」
口々に名乗ってくるガーディアンたち。
レジーナは金の髪をポニーテールにした快活そうな女性、カミュは青みがかった髪を肩口で切りそろえた細目の男性、ハインは緑髪短髪で眠そうな顔をした男性。
ハインにツッコミを入れたジグは黒髪短髪の男性、ベロニは亜麻色の長髪をした大人しそうな女性だ。
十人十色の見た目と性格ではあるが、共通しているのは身体からにじみ出る精強さとロイドへの忠誠心だ。
レジーナと名乗ったガーディアンは挨拶を済ませるとロイドへと向き直る。
「団長。エンラ様の命とはアスカさん響さんを裁定領域へお連れすることで?」
「そうだ。可能な限り迅速にと思っていたらお前たちへ一言置いていくのを忘れてしまった」
その言葉にレジーナとカミュは同じタイミングで吐息をこぼした。
「もう……今のあなたは神域守護の長であることをお忘れなく」
「そうですよ。ご自覚を持っていただかないと本来の任務にも支障が出てしまいます」
「すまなかった。今後は必ず伝えるようにしよう」
「――ふん。あまりにも見当違いすぎる。聞くに耐えんな」
と、収束しかけていた会話に冷ややかな声が一石を投じる。
一斉にその声の方へ目を向けると、そこにはうしろでひとくくりにした紺色の長髪と長く尖った耳、神経質そうな深青の眼を持ったひとりの男性ガーディアン。
彼はカツカツと足音を立てながらロイドへと近づいてきた。
「神域守護騎士団とはその名のとおり神域を守護する騎士の集団だ。そして神域とはヤミ属界で最も守らねばならぬ領域。
よって神域もしくは拠点である防衛地帯を軽々しく離れることは絶対に許されん」
「……」
「団長とあればなおさらだ。団員の司令塔であり続け、常に団員の動向を把握して的確な指示を与えねばならん。
そう、長の主任務はせかせかと自らが動くことではなく部下に命を下すことなのだ。この意味が分かるか」
「……ああ。自分は指示をする立場であることを失念していた。本来ならばエンラ様に命じられたとおり居住地帯防衛団の者へ伝言するのみに留め、自分はここを離れるべきではなかった。部下たちに指示する立場に徹するべきだった。……ギオリア、助言感謝する」
ギオリアと呼ばれたガーディアンが目の前まで来ればロイドは真摯な態度で頷く。
しかしそれを前にするギオリアは皮肉げに口の端を吊り上げ笑い声を上げた。
「助言だと? つくづく見当違いだ、笑わせるな。私は現実を突きつけているのだよ。
幸運だけでのし上がった下っ端根性の抜けぬ凡夫には、神域守護騎士団の長の座は荷が重すぎるのだとな」
「……ギオリア副団長。お言葉が過ぎるのでは」
カミュが鋭い口調で言う。
〝副団長〟たるギオリアは「これは失礼した、〝団長〟殿」と鼻で笑いながら踵を返した。あとには居心地の悪い空気が残る。
「……失態を重ねてしまったな。うむ、精進しよう」
しかし、当のロイドはそれを一瞬で霧散させた。響が声につられるように見上げると、視線の先の彼は精悍な面に笑みを広げていて響は驚いてしまった。ロイドはそんな響を見下ろし、笑顔に不思議そうな色を混ぜる。
「どうした響殿」
「えっと、その……切り替えが速いんだなって」
「ははは! それが取り柄なんだ」
ロイドの笑い声に「まったく」とでも言うような笑みを浮かべる彼の部下たち。ロイドが慕われているのがよく分かる雰囲気に響もまた気持ちを和らげる。
ロイドは鬼馬を彼らに預け、二言三言交わし、彼らが去っていくとアスカや響の方へ向き直ってきた。
「時間をくわせてしまったな。エンラ様のもとへ急ごうか」
「ロイド団長。ここからは俺たちだけでも大丈夫です」
「いいや。最後まで遂げさせてもらおう」
言いながら颯爽と歩いていくロイドにアスカと響はついていく。
ヤミ属界において警察のような役割を持つ集団、ガーディアン。彼らにも色々あるのだな――と大きすぎるロイドの歩幅に引き離されないよう小走りになりながら響は思った。
* * *
時を同じくして神域。つまり裁定領域のさらに内部、ヤミ属界の最内領域にて。
「――以上が向こう数日貴殿に与えられた勅令任務でございまする。ヴァイス殿」
「確かに拝領しました」
建造物はなく、ただ白皙の石畳と外壁伝いに等間隔で配置されたガーディアン。
そして厳かさと神聖さだけが在るこの領域で、ヤミ属執行者・ヴァイスはふたりの神託者の前で片膝をつき項垂れていた。
神託者――それはヤミ神と執行者とを繋ぐ者である。
ヤミ神は太古の昔、生物の礎に徹するため自我を破棄した。それ以降は生物の死を守るため、いわば観測装置としてこの星全体を見渡し続けている。
神託者は自我なきゆえに物言わぬ神と一時同化して勅令任務を受け、ヤミ神の手足であるヤミ属執行者へ伝える役を担う者たちだ。
神託者のうちのひとりヤーシュナが神託を告げ終えると、ヴァイスは颯爽と立ち上がり、休む時間はないとばかりにこの場を去ろうとする。
しかしそれを神託者のうちのもうひとり、アウラーエが「ヴァイス様」と止めた。
「何か? アウラーエ殿」
「……ヤミ神が直々にあなたをご指名なさるのですから、このようなことを問うたところで意味なきに等しいことは承知しておりますが……心身を休める時間は確保できておられますか? 相変わらずあなた様へのご負担が多くて心配ですわ」
「ご心配痛み入ります。ですが、私に休息は不要です」
胸に手を当て、紳士的に頭を下げるヴァイスを見上げるアウラーエは穏やかな紫瞳をわずかに細めさせる。
「さすがはヤミ属執行者の頂に立つ御方。しかし、だからこそ万が一にでも穴を空けられては困るというもの。休息もまた仕事のうちなのですから、どうかご自愛くださいまし」
「はい。承知しております」
「そうだよ~ヴァイス! ごじあいするの、ラブとやくそく!」
ヴァイスが再び踵を返そうとしたそのとき、今度は快活な声が上がった。
ついさっきまで神託者たちの背後でひとり遊んでいた幼な子・ラブは、紫銀の瞳をキラキラと輝かせながらヴァイスの足を抱きしめてくる。
「ヴァイスはラブが大きくなったらケッコンするんだから、ずっと元気でいなきゃダメなんだよ?」
「そうだね。ありがとう、気をつけるよ」
「これ、おどきなさい。変なことを言うものではありません」
「うふふ。ラブったら」
ヴァイスの足に抱きついて離れようとしないラブをヤーシュナが焦ったように引き剥がし、ラブがそれに口を尖らせるのをアウラーエが笑う。神域の厳粛な空気がわずかに和んだ。
「……うん?」
ヴァイスは膨れ面のラブの頭を撫でてご機嫌を取っていたが、よく知る者の気配を察知すればフルフェイスマスクに覆われた面を裁定神殿の方へ向ける。
伝令を命じていたカナリアがヴァイスの肩まで戻ってきたのはそれと同時だった。
ロイドは鬼馬の腹を撫でて労いながら、己のもとへ駆け寄ってくる彼らを笑顔で迎える。
「お前たち。先刻エンラ様より居住地帯防衛団への伝言を預かったのだが、彼らは彼らで忙しいだろう。せっかくの機会でもあったからな、自分がエンラ様の命を遂行しようと居住地帯へ向かっただけだ」
「あら、そこにいらっしゃるのはアスカさん。それと……」
「は、はじめまして。響です」
「ああ、あなたが件の響さんね。はじめまして、私は神域守護衛騎士団のレジーナです。よろしくお願いします」
「同じく、カミュと申します」
「右おなハインでっす。で、こっちのはジグとベロニ」
「いや自分で名乗らせてくださいってハインさん!」
「あっすみません、うるさくて……」
口々に名乗ってくるガーディアンたち。
レジーナは金の髪をポニーテールにした快活そうな女性、カミュは青みがかった髪を肩口で切りそろえた細目の男性、ハインは緑髪短髪で眠そうな顔をした男性。
ハインにツッコミを入れたジグは黒髪短髪の男性、ベロニは亜麻色の長髪をした大人しそうな女性だ。
十人十色の見た目と性格ではあるが、共通しているのは身体からにじみ出る精強さとロイドへの忠誠心だ。
レジーナと名乗ったガーディアンは挨拶を済ませるとロイドへと向き直る。
「団長。エンラ様の命とはアスカさん響さんを裁定領域へお連れすることで?」
「そうだ。可能な限り迅速にと思っていたらお前たちへ一言置いていくのを忘れてしまった」
その言葉にレジーナとカミュは同じタイミングで吐息をこぼした。
「もう……今のあなたは神域守護の長であることをお忘れなく」
「そうですよ。ご自覚を持っていただかないと本来の任務にも支障が出てしまいます」
「すまなかった。今後は必ず伝えるようにしよう」
「――ふん。あまりにも見当違いすぎる。聞くに耐えんな」
と、収束しかけていた会話に冷ややかな声が一石を投じる。
一斉にその声の方へ目を向けると、そこにはうしろでひとくくりにした紺色の長髪と長く尖った耳、神経質そうな深青の眼を持ったひとりの男性ガーディアン。
彼はカツカツと足音を立てながらロイドへと近づいてきた。
「神域守護騎士団とはその名のとおり神域を守護する騎士の集団だ。そして神域とはヤミ属界で最も守らねばならぬ領域。
よって神域もしくは拠点である防衛地帯を軽々しく離れることは絶対に許されん」
「……」
「団長とあればなおさらだ。団員の司令塔であり続け、常に団員の動向を把握して的確な指示を与えねばならん。
そう、長の主任務はせかせかと自らが動くことではなく部下に命を下すことなのだ。この意味が分かるか」
「……ああ。自分は指示をする立場であることを失念していた。本来ならばエンラ様に命じられたとおり居住地帯防衛団の者へ伝言するのみに留め、自分はここを離れるべきではなかった。部下たちに指示する立場に徹するべきだった。……ギオリア、助言感謝する」
ギオリアと呼ばれたガーディアンが目の前まで来ればロイドは真摯な態度で頷く。
しかしそれを前にするギオリアは皮肉げに口の端を吊り上げ笑い声を上げた。
「助言だと? つくづく見当違いだ、笑わせるな。私は現実を突きつけているのだよ。
幸運だけでのし上がった下っ端根性の抜けぬ凡夫には、神域守護騎士団の長の座は荷が重すぎるのだとな」
「……ギオリア副団長。お言葉が過ぎるのでは」
カミュが鋭い口調で言う。
〝副団長〟たるギオリアは「これは失礼した、〝団長〟殿」と鼻で笑いながら踵を返した。あとには居心地の悪い空気が残る。
「……失態を重ねてしまったな。うむ、精進しよう」
しかし、当のロイドはそれを一瞬で霧散させた。響が声につられるように見上げると、視線の先の彼は精悍な面に笑みを広げていて響は驚いてしまった。ロイドはそんな響を見下ろし、笑顔に不思議そうな色を混ぜる。
「どうした響殿」
「えっと、その……切り替えが速いんだなって」
「ははは! それが取り柄なんだ」
ロイドの笑い声に「まったく」とでも言うような笑みを浮かべる彼の部下たち。ロイドが慕われているのがよく分かる雰囲気に響もまた気持ちを和らげる。
ロイドは鬼馬を彼らに預け、二言三言交わし、彼らが去っていくとアスカや響の方へ向き直ってきた。
「時間をくわせてしまったな。エンラ様のもとへ急ごうか」
「ロイド団長。ここからは俺たちだけでも大丈夫です」
「いいや。最後まで遂げさせてもらおう」
言いながら颯爽と歩いていくロイドにアスカと響はついていく。
ヤミ属界において警察のような役割を持つ集団、ガーディアン。彼らにも色々あるのだな――と大きすぎるロイドの歩幅に引き離されないよう小走りになりながら響は思った。
* * *
時を同じくして神域。つまり裁定領域のさらに内部、ヤミ属界の最内領域にて。
「――以上が向こう数日貴殿に与えられた勅令任務でございまする。ヴァイス殿」
「確かに拝領しました」
建造物はなく、ただ白皙の石畳と外壁伝いに等間隔で配置されたガーディアン。
そして厳かさと神聖さだけが在るこの領域で、ヤミ属執行者・ヴァイスはふたりの神託者の前で片膝をつき項垂れていた。
神託者――それはヤミ神と執行者とを繋ぐ者である。
ヤミ神は太古の昔、生物の礎に徹するため自我を破棄した。それ以降は生物の死を守るため、いわば観測装置としてこの星全体を見渡し続けている。
神託者は自我なきゆえに物言わぬ神と一時同化して勅令任務を受け、ヤミ神の手足であるヤミ属執行者へ伝える役を担う者たちだ。
神託者のうちのひとりヤーシュナが神託を告げ終えると、ヴァイスは颯爽と立ち上がり、休む時間はないとばかりにこの場を去ろうとする。
しかしそれを神託者のうちのもうひとり、アウラーエが「ヴァイス様」と止めた。
「何か? アウラーエ殿」
「……ヤミ神が直々にあなたをご指名なさるのですから、このようなことを問うたところで意味なきに等しいことは承知しておりますが……心身を休める時間は確保できておられますか? 相変わらずあなた様へのご負担が多くて心配ですわ」
「ご心配痛み入ります。ですが、私に休息は不要です」
胸に手を当て、紳士的に頭を下げるヴァイスを見上げるアウラーエは穏やかな紫瞳をわずかに細めさせる。
「さすがはヤミ属執行者の頂に立つ御方。しかし、だからこそ万が一にでも穴を空けられては困るというもの。休息もまた仕事のうちなのですから、どうかご自愛くださいまし」
「はい。承知しております」
「そうだよ~ヴァイス! ごじあいするの、ラブとやくそく!」
ヴァイスが再び踵を返そうとしたそのとき、今度は快活な声が上がった。
ついさっきまで神託者たちの背後でひとり遊んでいた幼な子・ラブは、紫銀の瞳をキラキラと輝かせながらヴァイスの足を抱きしめてくる。
「ヴァイスはラブが大きくなったらケッコンするんだから、ずっと元気でいなきゃダメなんだよ?」
「そうだね。ありがとう、気をつけるよ」
「これ、おどきなさい。変なことを言うものではありません」
「うふふ。ラブったら」
ヴァイスの足に抱きついて離れようとしないラブをヤーシュナが焦ったように引き剥がし、ラブがそれに口を尖らせるのをアウラーエが笑う。神域の厳粛な空気がわずかに和んだ。
「……うん?」
ヴァイスは膨れ面のラブの頭を撫でてご機嫌を取っていたが、よく知る者の気配を察知すればフルフェイスマスクに覆われた面を裁定神殿の方へ向ける。
伝令を命じていたカナリアがヴァイスの肩まで戻ってきたのはそれと同時だった。