第3話 がんなぁ♡きゅーと

文字数 3,000文字

「わ!? アスカ君その腕――」

「ちょっと。あんた少しは自分の馬鹿力考えなさいよ」

 状況を飲み込めず問おうとした矢先にまた違う声が響く。同時に細い両腕がアスカの腰から離れ、アスカはわずかに表情を緩めた。

「も~バカバカ、ボク馬鹿力じゃないもん! アスカの前でそういうこと言うの止めてよね!」

「はいはいそうね。そう言いながらアスカの全身をいつかボキボキにするといいわ」

「……あれ。この声……」

「さて、全員そろったことだし互いの紹介といこうか」

 ディルは突然のことにも驚くことなく言って、声の主のもとへ近づいていく。

 その言葉で我に返ったか、甲高い会話を繰り広げていたふたりがアスカの背後からひょこりと姿を現した。

「!」

「こっちの冷静に現実を見せてくるのがルリハ。そんでこっちのうるさいのがキラ。こう見えてどっちもヤミ属執行者だ。お前ら、彼が響だ」

「むー! 今のボクはキラじゃなくて〝キララ〟だって言ったでしょお?」

「悪い悪いそうだったな。ほらあいさつ」

「ん、それでは改めまして♪ 君のココロをキュンキュン狙い撃ち☆〝がんなぁ♡きゅーと〟のキララで~す!

 アスカと一緒にライブ観に来てくれてたよね、響クンありがとぉ♡」

 カワイイを具現化したようなキラキラ声。それだけに留まらず彼女は響の前に小鳥のごとく移動すると、慣れたように響の手を両手で握ってくる。

 ピンク色の髪は高めのツインテール、透明感のある水色の双眸にぷるぷるの唇、ふわふわ漂うコットンキャンディの香り、そして迷彩柄の軍服を基調としたアイドル衣装。

 間違いない、彼女は今しがたステージで観た〝がんなぁ♡きゅーと〟のキララだ。

「ディルさんの説明は的確だったと思うけれど。

 はじめまして響さん、ルリハです。あまり関わりはないと思いますが、よろしくお願いします」

 そう言ってキララの隣に並んだのは冷静な美声の持ち主。

 ファンには〝曹長〟と呼ばれ、ゴツい銃を構えるのがやたらと似合っていたクールビューティな彼女は、水色のストレートなボブヘアに切れ長ピンクの双眸、意志の強さを感じさせる唇、水兵の軍服――

 つまりセーラー服を基調としたアイドル衣装に身を包んだ、同じく〝がんなぁ♡きゅーと〟のルリハだ。

「あ、あの、響です。よろしくお願いします……」

 突然の事態にしどろもどろになりつつ自己紹介を返す響。

 ただの人間だったころからアイドルに特段の興味を寄せていたわけではなかったが、美少女に手を握られて上目づかいに見上げられれば、年ごろの少年は真っ赤にならざるを得ないのだ。

「いや~チケット速攻で用意してくれて助かったぜ」

 ディルがキララとルリハに向けて口を開くと、ふたりはそれに得意げだったり異論ありげの表情を浮かべる。

「でしょ~? でもライブ開始の一時間前に言うのは今回限りね!」

「ほんとに。私たちがスタッフの方々にどれだけ頭を下げたか」

「悪かったって。ほら、育て親・育て子のよしみってことで、な?」

「もおぉ~そんなのずいぶん前に解消されてるのにさぁ!」

「……おふたりとも、ディルさんに育てられたんですか?」

 育て親という単語は以前ヴァイスも口にしていたことを思い出す。

 ヴァイスとアスカも育て親・育て子――つまり養親子の関係だ。ならばディルにだって育て子がいても不思議ではないだろう。

 響の問いにキララは細い首で頷いてくる。

「そだよーディルはボクの育て親! でもねぇここだけの話、面倒見てあげてたのはボクみたいなところあるんだ~。

 ディルいっつも忙しくてさ、防衛地帯の診察室が家みたいなモノだったし、ボクが助手してあげないと限界まで頑張っちゃうから!」

 次に口を開いたのはルリハだ。

「私はディルさんの育て子ではありません。もっとも、自分の育て親と死別したあとはキララと一緒に過ごすことが多くて、よくふたりでディルさんのお世話をしていましたが」

「おっと、お前ら痛いとこ突くなぁ」

「ま、あれはあれで楽しかったから別にいいよ! アスカと遊ぶ時間があんまり取れなかったのは悔しかったけどね!」

 言ってキララは傍らのアスカに肩を軽くぶつけてちょっかいを出す。

 それにアスカが大した反応をしなければ、アスカの腕に手をからめ身体を寄せる。アスカは扱いに困ったような表情を浮かべる。

「やめろ」

「えー。久しぶりに会えたのに、冷たいこと言わないでよぉアスカ」

「とりあえず、やめろ」

 キララはアスカが困っているのを楽しんでいるフシがあった。小悪魔な一面もアイドルらしい。

 傍目から見ればどことなく微笑ましくもあるのだが、照れくさいのかアスカが本格的に顔をしかめ出したので響は慌てて口を開いた。

「ええと、おふたりのことは一応分かったんですが……ライブのチケットを用意していただいたのは、おふたりの紹介も兼ねてたからってことですか?」

 するとディルが頷く。真面目な話の空気を察知したらしいキララもアスカから離れた。

「そうだ。今回生物界へ下りたのはお前の存在養分摂取が第一の目的ではあったが、お前の出身国・日本に常駐してるヤミ属執行者にも一応会わせておきたかったのさ」

「常駐……って?」

「えーとな。ヤミ神は生物の死を守るため常に生物界を観測していて、実際に執行の必要がある者を観測した場合、俺たち執行者に勅令を下す――ってのは聞いたことあるか?」

「はい。ヴァイスさんから前に聞きました」

「そりゃ良かった。だが物事はそう簡単じゃなくてな。中にはヤミ神の観測から巧妙に逃れる執行対象がいたりして、そういう奴らは自分たちで見つけ出さなくちゃならない。

 だからヤミ属執行者の一部は生物界の各所に常駐し、生物とある程度共生しながら調査してるんだ」

「ボクらは生物界で常に実体化して、人間のように生活してるんだ。生物と近いところにいて初めて見つかるものって結構多いからね」

 ディルの後を継いだのはキララだ。それに頷きかけたところで響は首をかしげる。

「あれ、ヤミ属は生物と接触しちゃいけないんじゃ……それと生物界に長く留まることもできないんでしたよね」

 生物界に長く留まったヤミ属は〝生物界に在ってはならないもの〟として自分が執行の対象になってしまう、という話も前にヴァイスから聞いたことがあったはずだ。

 そんな響の疑問に口を開いたのはルリハだ。

「常駐組は任務の性質上、生物との接触も長く留まることもある程度許されていますので」

「なるほど?」

 アイドル業はある程度の範疇なんだ? と響は思ったが口にはしないでおいた。

「モチロン執行の対象にならないよう定期的にヤミ属界へ帰ってるよぉ! 存在養分も補充しないとなんないしね。けど、こう見えて忙しいから大体トンボ返りなんだ~」

「ヤミ属界の存在養分が潤沢すぎるのも考えものよね。体感数分くらいで事足りちゃうんだもの」

「ま、忙しいのは仕方がない。ストレスだけは溜めないようにしなよ。あと休めるときはちゃんと休むんだぞ」

「ディールー。その言葉そっくりそのまま返すよ~」

「ははは、そうだな。お互い気をつけ――」

 と、そんなところで一羽の白いカラスが突如頭上からバサバサと下りてきて響は肩を揺らした。

 そのうえカラスは当たり前のようにディルの肩へ留まってくる。ディルは突然のカラスの来訪には驚かなかったが、代わりに聞き間違いかのごとく眉根を寄せた。

「は? 急患!?」
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