第7話 僕にも権能があるんですか!?
文字数 2,269文字
アスカの拒否に空気が一瞬止まる。
元育て親であり現先輩であるヴァイスの言にアスカは必ず従う印象があったが、今は頑なだ。
その面は背けられたままなので表情から気持ちを読み取ることもできない。
「ふむ。じゃあ次は響くんの権能を見てみようか」
「……ぼ、僕にもあるんですか?」
しかしヴァイスが何事もなかったかのように矛先を響に向けるので、響もまた努めて平静を装うしかない。
だがそれで良かったのかも知れない。アスカは追求もされず響の隣に戻ってこられたのだから。
「ああ、君も権能を持っていると思うよ」
「だって僕は直系属子でも何でもないし……」
「君の魂魄はアスカの紋翼を埋め込まれたことで擬似的な神核片になっている。
さらに君が持つ紋翼はアスカの紋翼とは違っただろう?」
「あ……!」
今しがたヴァイスが言っていたことを思い出す。
紋翼には権能のカタチが現れやすいという特徴がある――確かに響はアスカの紋翼をその身に取り込んだにもかかわらず、背後に表出する紋翼は炎ではなかったのだ。
ドキドキしながら前に出る。権能が自分にもある可能性は理解できても具体的な方法は分からない。
まさか「使うぞ」と思えばすぐに使える、なんてことはないだろう。響はヴァイスを見上げる。
「さて、具体的にどう権能を使用するかだが――」
「……はい」
「使うぞ! と思うと使えるはずだ」
「…………。そうなの?」
「俺に訊くな」
信じがたくて思わずアスカに確認してしまう響。
問われたアスカは何か言いたげではあるが、ヴァイスの手前もあってか教えてくれない。
「いやだってそんな、さすがに……」
「あ、あまりにも大味な説明だと思っているだろう。とりあえずモノは試しだ、手を前に出してごらん。そして念じるんだ。使うぞ!」
「うぐッ……使うぞ!」
言われるがままに手を突き出し、そう口にしながら念じた瞬間。
「ッあばァ!?」
何もなかったはずの手のひらに風のカタマリが生まれ――前方へ一気に放出された。
それは予想以上の勢いで、大して心構えのなかった響は数メートル後方へと吹っ飛ばされる。
幸いにも手のひらの風は一瞬で消えてくれた。
さらに色々察していたらしいアスカが素早く後ろに回って受け止めてくれたので、派手に尻もちをつくことも避けられた。
「あ、ありがとうアスカ君……」
「ほら、使えたじゃないか」
「確かにヴァイスさんの言うとおりでした……」
自立し直して言うとヴァイスは頷く。
「そう、紋翼の展開や権能の発現は意外と簡単にできる。逆を言うと使おうとすれば気軽に使えてしまうから、これまで紋翼や権能の話を禁じていたんだけどね」
「そういうことだったんだ……ようやく謎が解けました」
「というわけで、君の権能は〝風〟というわけだ。なかなか良さそうな権能じゃないか」
「ありがとうございます。でも、使うたびに吹き飛ばされなくちゃならないんでしょうか……?」
響は苦笑しながら訊いた。
自分にも権能があるとは夢にも思わなかったので、権能を持っていたこと自体には確かに一定の高揚があった。
しかし毎回自分の出した風に負けるならば使いたくはないというのが正直な感想だったのだ。
「それはさっき言ったとおり、鍛錬あるのみだ。
権能の特性、長所や短所を理解してひたすら練習を重ねるのは権能を持つ者なら誰でも通る道だからね。
今の例で言うなら、君は風を打ち出す際に後方へ投げ出されないよう踏ん張る必要があるだろう。
もしくは紋翼を展開して同じくらいの風を後ろからも放出、自分を押し留める方法もあるね」
「そっか……権能自体は簡単に使えるけど、ちゃんとモノにするには色々勉強しなくちゃならないんですね」
「そういうことだ。だから今から学んでいこう。明日も任務はないという話だったね。ならばお使いは明日にして、今日は備えの日にするんだ」
「うっ。リェナさんのお使いって、権能を使えるようにしておかないとならないくらい危険なんですか?」
別に今からいよいよ特訓が始まるのが嫌なわけではない。
いや、確かに嬉しいわけではないが、忙しいヴァイスが自分たちのために時間を割いてくれるのはありがたい。
しかし時間稼ぎのように疑問が口をついて出てくる。別に嫌なわけではない、ないのだが。
「危険が伴う可能性は低いだろう。もちろん罪科獣は君を狙っていたフシがあるからね、生物界に数時間滞在することになる以上まるきり安全だとは言えない。しかしお使い自体に危険はないはずだ」
「じゃあどうしてですか? これからの任務で使う可能性があるから?」
「それも否だ。C級執行者に与えられる任務に戦闘はないし、そのなかでも君は雑務担当だからさらに権能を使うシーンはない。
それでも今からある程度使えるようにしておきたいのは、防具を作るのと同じ理由だよ。備えあれば憂いなしだ」
「……確かに、その方が安心感はありますね」
「精神の安定にも繋がるのは良いことだ。だがさらに安心してくれ、アスカが君のことを必ず守る。そうだろう?」
ヴァイスの言葉に響はアスカへと視線を向けた。その視線を受けてアスカはしっかりと頷いてくる。
曇りのない黒瞳。まっすぐな強い意志がそのなかで静謐な炎のように揺らめいている気がした。
ならば、ならば自分も覚悟を決めようではないか――響もまた心を決めてヴァイスへと向き直るのだった。
「よし。これから特訓を始めようと思うが、その前に」
しかしヴァイスはやる気になり始めた響に待ったをかける。
「?」
「響くん。君、もうひとつ権能を持っているようだ」
「……!」
元育て親であり現先輩であるヴァイスの言にアスカは必ず従う印象があったが、今は頑なだ。
その面は背けられたままなので表情から気持ちを読み取ることもできない。
「ふむ。じゃあ次は響くんの権能を見てみようか」
「……ぼ、僕にもあるんですか?」
しかしヴァイスが何事もなかったかのように矛先を響に向けるので、響もまた努めて平静を装うしかない。
だがそれで良かったのかも知れない。アスカは追求もされず響の隣に戻ってこられたのだから。
「ああ、君も権能を持っていると思うよ」
「だって僕は直系属子でも何でもないし……」
「君の魂魄はアスカの紋翼を埋め込まれたことで擬似的な神核片になっている。
さらに君が持つ紋翼はアスカの紋翼とは違っただろう?」
「あ……!」
今しがたヴァイスが言っていたことを思い出す。
紋翼には権能のカタチが現れやすいという特徴がある――確かに響はアスカの紋翼をその身に取り込んだにもかかわらず、背後に表出する紋翼は炎ではなかったのだ。
ドキドキしながら前に出る。権能が自分にもある可能性は理解できても具体的な方法は分からない。
まさか「使うぞ」と思えばすぐに使える、なんてことはないだろう。響はヴァイスを見上げる。
「さて、具体的にどう権能を使用するかだが――」
「……はい」
「使うぞ! と思うと使えるはずだ」
「…………。そうなの?」
「俺に訊くな」
信じがたくて思わずアスカに確認してしまう響。
問われたアスカは何か言いたげではあるが、ヴァイスの手前もあってか教えてくれない。
「いやだってそんな、さすがに……」
「あ、あまりにも大味な説明だと思っているだろう。とりあえずモノは試しだ、手を前に出してごらん。そして念じるんだ。使うぞ!」
「うぐッ……使うぞ!」
言われるがままに手を突き出し、そう口にしながら念じた瞬間。
「ッあばァ!?」
何もなかったはずの手のひらに風のカタマリが生まれ――前方へ一気に放出された。
それは予想以上の勢いで、大して心構えのなかった響は数メートル後方へと吹っ飛ばされる。
幸いにも手のひらの風は一瞬で消えてくれた。
さらに色々察していたらしいアスカが素早く後ろに回って受け止めてくれたので、派手に尻もちをつくことも避けられた。
「あ、ありがとうアスカ君……」
「ほら、使えたじゃないか」
「確かにヴァイスさんの言うとおりでした……」
自立し直して言うとヴァイスは頷く。
「そう、紋翼の展開や権能の発現は意外と簡単にできる。逆を言うと使おうとすれば気軽に使えてしまうから、これまで紋翼や権能の話を禁じていたんだけどね」
「そういうことだったんだ……ようやく謎が解けました」
「というわけで、君の権能は〝風〟というわけだ。なかなか良さそうな権能じゃないか」
「ありがとうございます。でも、使うたびに吹き飛ばされなくちゃならないんでしょうか……?」
響は苦笑しながら訊いた。
自分にも権能があるとは夢にも思わなかったので、権能を持っていたこと自体には確かに一定の高揚があった。
しかし毎回自分の出した風に負けるならば使いたくはないというのが正直な感想だったのだ。
「それはさっき言ったとおり、鍛錬あるのみだ。
権能の特性、長所や短所を理解してひたすら練習を重ねるのは権能を持つ者なら誰でも通る道だからね。
今の例で言うなら、君は風を打ち出す際に後方へ投げ出されないよう踏ん張る必要があるだろう。
もしくは紋翼を展開して同じくらいの風を後ろからも放出、自分を押し留める方法もあるね」
「そっか……権能自体は簡単に使えるけど、ちゃんとモノにするには色々勉強しなくちゃならないんですね」
「そういうことだ。だから今から学んでいこう。明日も任務はないという話だったね。ならばお使いは明日にして、今日は備えの日にするんだ」
「うっ。リェナさんのお使いって、権能を使えるようにしておかないとならないくらい危険なんですか?」
別に今からいよいよ特訓が始まるのが嫌なわけではない。
いや、確かに嬉しいわけではないが、忙しいヴァイスが自分たちのために時間を割いてくれるのはありがたい。
しかし時間稼ぎのように疑問が口をついて出てくる。別に嫌なわけではない、ないのだが。
「危険が伴う可能性は低いだろう。もちろん罪科獣は君を狙っていたフシがあるからね、生物界に数時間滞在することになる以上まるきり安全だとは言えない。しかしお使い自体に危険はないはずだ」
「じゃあどうしてですか? これからの任務で使う可能性があるから?」
「それも否だ。C級執行者に与えられる任務に戦闘はないし、そのなかでも君は雑務担当だからさらに権能を使うシーンはない。
それでも今からある程度使えるようにしておきたいのは、防具を作るのと同じ理由だよ。備えあれば憂いなしだ」
「……確かに、その方が安心感はありますね」
「精神の安定にも繋がるのは良いことだ。だがさらに安心してくれ、アスカが君のことを必ず守る。そうだろう?」
ヴァイスの言葉に響はアスカへと視線を向けた。その視線を受けてアスカはしっかりと頷いてくる。
曇りのない黒瞳。まっすぐな強い意志がそのなかで静謐な炎のように揺らめいている気がした。
ならば、ならば自分も覚悟を決めようではないか――響もまた心を決めてヴァイスへと向き直るのだった。
「よし。これから特訓を始めようと思うが、その前に」
しかしヴァイスはやる気になり始めた響に待ったをかける。
「?」
「響くん。君、もうひとつ権能を持っているようだ」
「……!」