第18話 追想は羽ばたく者たちの道を

文字数 2,776文字

『……私ですか。私に彼らの戦う様を見てこいとおっしゃるのですね』

『そうだ。しっかりと眼に焼きつけてくるのだぞ。貴様の鳥かごを出る小鳥たちが、無謀ながらも空へ進みゆく様をな』

『……』

『あやつらの道は決して平坦ではない。だが、あやつらは貴様が思うほど弱くもない。

 彼らが前へ進む姿を眼に焼きつけ、そして信じる糧にするがいい。彼らを、そして己をな』



 ジジッ、ザッ。



『――ス』



 そこで不意なる砂嵐が巻き起こる。追憶の砂嵐が――



『ヴァイス。この世に生ける者たちはね、皆見えないところで繋がっている仲間なんだ』

『つまり家族だ。それが戦争を終わらせたい理由で、この力を使う理由』

『家族には永く幸せでいてほしいからね』



「ヴァイスさん?」

「! ……」

 何秒も言葉を発しないまま静止するヴァイスに響が声をかけると、彼は大きく肩を揺らめかせた。

 一体彼のなかに何が充満していたのだろうか。ヴァイスは頭を何度か横に振ったあとで、心配に眉をひそめる響を改めて見下ろした。

「……分かった。君の意志を尊重しよう、響くん」

 そうしてその言葉がぽつりと発されたとき、響はこれ以上もないほどに目を丸くしてしまう。

 以前から壁として立ちはだかってきたヴァイスが今回はすんなりと頷いてくれた。

 もちろん先刻はヴァイスに認めてもらえるよう頑張って本心を述べたが、それでも時間と根気は要るだろうと予測していたのだ。

 ヴァイスはまるで親のように響やアスカを案じてきた。だからこそ今までの彼は苦言を呈した。厳しい特訓を与えた。

 しかし今回は違う。今の響たちを信じて送り出す方を選んでくれたのだ。

 と思ったのも束の間、ヴァイスはじわじわと感激に染まっていく響の面の前に人差し指を立てた拳をピッと掲げてくる。

「だが、前に言ったとおりだ。常に研鑽を忘れず、常に警戒することを怠ってはいけないよ。傷つかない、死なない立ち回りを弛まず学び続けること。

 筋トレは続けているかい? じゃあ最低でもその倍はこなすこと。これまでの鍛錬では到底足りないからね。どんな罪科獣がいつ現れても身を守れるよう毎日備えるんだ」

「うっ……いえ、はい!」

 顔をこわばらせつつも大きくうなずく響を認めると、今度はアスカへ向き直るヴァイス。

「アスカ。君は今後も必ず響くんを守りとおすこと。そのためには今の何倍も強くなること。

 八尾のキツネが現れた際の〝響くんだけを逃がす〟という君の選択は間違っていないが間違っていた。

 君が居なくなれば響くんを守る者は居なくなる――守ると決めたなら、自分の命だってやすやすと投げ出してはいけない」

「……はい。そのために、これまで以上に研鑽します」

 アスカのまっすぐな言葉にヴァイスは小さく頷いた。それはアスカへの首肯にも見える傍ら、自身を納得させているようにも見えた。

 明らかに危険だと分かっている任務へ響やアスカを送り出す――それはヴァイスにとっても勇気が要ることだったのだろう。

「ヴァイスさん、ありがとうございます。信じてくださって」

 だから響はヴァイスを見上げた。視線を向けられれば心からの笑顔を浮かべた。

 するとそれを受けた彼はまた数秒間、何かを思ったように口をつぐむ。

「……君は……」

「へ?」

「君は私の友だちに、どことなく似ている」

「……、」

「君には生きてほしいよ、響くん。どんな道を歩もうと幸せに……それが私の願いだ」

 そう口にするヴァイスがひどく切なげに見えたものだから、響の唇は言葉を忘れてしまう。

 そして悟るのだ。彼の言う友がもうこの世にいないだろうことを。

 ただひとりのSSS級執行者。

 法外な戦闘能力を持ち、ヤミ属執行者の頂点に君臨するヴァイス。

 彼にも失ったものはあるのだ。これ以上失いたくないという思いはあるのだ。

「ご主人~任務は終わったでヤンスよね? 帰ろうでヤンス~!」

 と。そんなふうに考えていたところで、近くを浮遊していたユエ助が場違いな調子で響の胸に飛び込んできた。

 反射的に受け止めるとモフモフ、そのあとでもっちり。響の意識は思わずそちらへ向いてしまう。

「うわっ気持ちいい……任務が終わってホッとしたせいか今まで以上に気持ちよく感じる」

 もちもち触りながら言うと、気になったのかアスカもユエ助の背に触れてきた。

 そして何度かもちもちしたあとで小さく頷いてくる。

「確かに、これはクセになるな……」

「うふふ! そうでヤンしょう、そうでヤンしょう。オイラを造ったリェナはそこに一番心血を注いだでヤンスから!」

「そうなの? ユエ助って防具なんだよね?」

「オイラはリラックスモードも備えてる防具でヤンス、ご主人!」

「そ、そうなんだ……ていうか昨日も言ったけど〝ご主人〟はやめてよ。普通に呼び捨てがいいって言っただろ」

「じゃあ響のご主人!」

「いやいやいや、消してほしいとこ残ってるし!」

 ユエ助にツッコミを入れる響。テヘヘと笑うユエ助。ユエ助の背肉を未だもちり続けるアスカ。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 そんな彼らを静かに見守っていたヴァイスが呼びかけると、響は一呼吸のあとで嬉しそうに笑みを広げて、アスカもまた頷いてきて。

 ――フルフェイスマスクの下で浮かべられた表情は、ヴァイス自身だけが知っている。



* * *



「おいおい……何だよこりゃ」

 所変わってヤミ属界の防衛地帯。

 その一角にある衛生部隊棟、研究室。

 時は少しばかり後、響とアスカがエンラへ任務完遂の報告を終えたころ。

「カナリアが急いで来たもんだから相棒からのトッテオキな土産かと思いきや……とんだ爆弾だな」

 研究用器具が所狭しと並びひしめくこの場所で、数名のヤミが複数の検体を前に驚愕を露わにしている。

 うちひとりは衛生部隊長でありヴァイスの相棒であるディル。他数名はディルの部下である衛生部隊員。

 彼らが前にする検体とは、カナリアを介してヴァイスより届けられたふたつのうちのひとつ、毛玉の一部だ。

「ざ、罪科獣というお話でしたよね? 一体何があったらこんなメチャクチャな内部構造になるんです?」

 ひとりの衛生部隊員が不安げに見上げると、見上げられたディルはすぐに首を横へ振った。

「いや、コイツはそういう次元じゃない。罪科獣とは似て非なるモノだ」

「はい……明らかに混ぜられています。数種類の生物の肉体、魂魄だって……」

 別の衛生部隊員の言葉にディルは思わず苦笑してしまう。

 改めて言葉にすると事実の重みが桁違いだ。大抵のことには動じないディルの心にヒタヒタと悪寒が押し寄せてくる。

 それゆえディルはすぐに研究室のドアへと踵を返し、「隊長」「どちらへ?」と背に声をかけられても振り返らず口を開いた。

「エンラ様に報告してくる。時は一刻を争う」

 ――そう。

 罪科獣に似て非なる異形は、悪夢の始まりを明確に示していたのである。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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