第4話 美少女とズッ友はハードルが高すぎる

文字数 2,592文字

「おいおい、やっとこさ仕事の始末つけたのにまた帰ってこいって? しかも患者数が多いから一刻も早くって……マジかよー」

 額に手をやって空を仰ぐディル。そんなリアクションを取りつつも一方で「分かったよ、伝令ご苦労さん」とカラスへ言うに至った。

 飛び立とうとするそのカラスに足が三本存在することを知った響が驚くころには、彼は颯爽と戻る準備を完了していた。

 霊体化し、出立の際にも目にした紫色のおどろおどろしい紋翼を発現した姿で軽く手を上げてみせる。

「悪いな。そういうわけでちょっとまた戻ってくるからさ、その間アスカと響をよろしく頼むぜ」

「了解。急患のうえ白ヤタに呼ばれたなら致し方なしです」

「全然いいけど、どれくらいかかりそう?? ボクたち夜もライブあるんだけど」

「一時間はかからないはずだ」

「それくらいなら大丈夫! むしろ久々に会えたアスカともっと喋れるし、響クンとも仲良くなれるしラッキー♪」

「おう、若者同士でたっぷり親睦深めてくれ。言い忘れてたがココアお前らのぶんもあるからな」

「やった~☆ ディル大好き!」

「ははは、そんじゃまたあとでな」

 口早に言ったあとディルは空気に融けるように消失した。

 ヤタと呼ばれた三本足のカラスのことはよく分からないが、話の流れからして恐らくディルはヤミ属界へ戻ったのだろう。

「ディルさんて忙しいんですね……」
「ああ見えて衛生部隊長だからね」

 思わず言えばキララが大きく頷いてくる。どことなく誇らしげだ。

「え。隊長ってあの隊長ですか?」

「そだよー。ディル結構エラいんだよ。しかも衛生部隊自体がまだちょっと新しくて部下の育成もあるから、ボクたち以上に休むヒマないんだよね」

「そうなんだ……」

 言いながら響はヤミ属界に来た当初のことを思い出す。響が部屋に引きこもっていた一週間程度、ディルは響のもとを訪れ毎日食事を持ってきてくれた。

 ヴァイスと一度部屋を出て以降はディルとヴァイスが代わる代わる食事を運んできてくれたが、あれも多忙ななかで行われていたことだったのだと理解が及んだ。

 今日もわざわざ忙しい仕事の合間を縫って響の存在養分摂取のために同行してくれたのだ。

 それも彼にとっては単なる仕事の一環なのかも知れないが、だからといって当たり前とは思わない。ありがたい。

「て、いうか!」

 しみじみとそんなことを考えていると不意にキララが声を上げた。そうして胡乱げな視線を向けるアスカにまた抱きつく。同時にアスカは再び顔をしかめた。

「アスカ、傷はもう大丈夫なんだよね?」

「……ああ」

「良かった~ホントに良かったよぉ。峠は越えたってディルから聞くまで生きた心地しなかったよぉ。なのにお見舞いすら行けなくてさ……ゴメンね」

「別にそんなのは、構わない。それより離れてくれ」

「そうよ。実際助かったんだし、私たちだって任務に穴を空けるわけにはいかないんだから謝ることじゃないわ。それよりもあんたの馬鹿力でアスカが再入院しそうだけどいいの?」

「むうぅ、だからボクは非力だってばー!」

 口を可愛らしく尖らせつつもキララはアスカを解放する。

 彼女がルリハの方へ視線を移したタイミングで深く吐息をついているアスカを認めれば、響は思わず吹き出してしまった。

「えー、どうして響クン突然笑ったの?」

「や、ふふふ。ごめん、なんとなくです」

「なんで何となくで謝るのー?」

「仲良いなぁって思ったので」

 性格はチグハグだがアスカとキララ、ルリハはきっと親しい間柄なのだろう。そう思うに足る距離の近さが三名にはあった。

 案の定、キララは嬉しそうに顔を綻ばせる。

「分かっちゃう!? ボクとアスカ、実は親友なんだ~☆」

「違うわ。私とアスカ、キララは生まれた時期が近いただの同期よ」

「違いますぅ、幼なじみのズッ友! ねっ、アスカ♡」

「……」

「ほら、アスカもそう言ってるもん!」

「幻聴も甚だしいわね。存在養分摂りに戻る? キララ」

 ルリハの容赦ないツッコミに響はまた肩を揺らす。

 アスカとキララが親友というのは想像しづらいが、ルリハとキララの仲がとても良いのは分かる。

 そんなことをのんきに思っていると、今度はキララの標的が響に向いた。再び手を両手で握られる。先ほどはそうでもなかったが今回は割と力が強い。

「ねねね、響クンもボクとズッ友になろうよ!」

「え、ええ? 普通の友達をすっ飛ばしてですか?」

「そ! だから敬語も今から禁止、ボクのことは親しみを込めてキララって呼んでね♡」

「ハ、ハードルたかぁ……」

 キララが動くごとに匂いたつコットンキャンディの芳香に思わずクラクラしてしまう響。

 どうやらキララは誰に対してもパーソナルスペースが狭いらしい。響は最初は必ず人見知りしてしまうタチだが、嬉しくないわけでもないため困り笑いを浮かべてしまう。相手が美少女とあれば緊張もヒトシオだ。

 その隣でルリハは「まったく……」とでも言うような呆れ顔で吐息をついている。それだけでルリハの保護者的な苦労を感じてしまった響はまた笑おうとした――その瞬間だった。

「!」

 突如アスカ、キララ、ルリハの表情が引き締まったのだ。ガラリと一変した空気に響は目を瞬かせる。

「いるね」
「ええ。こっちに来てる」
「けど執行者の気配はないよね。ヤミ神未観測ってこと?」
「ヤミ神の観測から逃れられるほどの気配は感じないけど。実状からすると可能性は高そうね」
「……?」

 短く言葉を交わしたキララとルリハは示し合わせたように霊体化、そして紋翼を発現した。

 キララは見た目同様に小さく可愛らしい小鳥のような、ルリハはあらゆる武器を翼状に並べたような形状の紋翼だ。

「アスカ。ちょっと行ってくるよ」
「さっさと終わらせてくるわ」
「……ああ。頼んだ」
「がんなぁ♡きゅーと、出動☆」
「ライブ以外でそのノリに付き合ってもらえると思わないことね」

 軽口を交わしつつふたりは空へ飛び立っていった。響はぽかんとそれを見送るしかない。

「ど、どうしたの突然?」

「近くに罪科獣の気配を感知した」

「ざいか、じゅう?」

「妖怪みたいなものと思ってくれればいい。ヤミ属執行者は生物の魂魄を回収するだけが仕事じゃない。罪科獣の討伐も任務のうちだ」

「じゃ、じゃあキララさんとルリハさんは妖怪退治に?」

「ああ。俺たちはここから離れるぞ」

 言いながらアスカは身を翻し、響を目で促してくる。
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