第11話 馴れ初め

文字数 2,571文字

 延々と続く暗黒の道に響の心が折れそうになっていたとき、ふたりはようやく出入口を見つけた。

 歓喜した響だったが、それは残念なことにぬか喜びだった。

「何やっても開かねぇし動かねぇな」
「はい……」

 響とジャスティンは上方を見上げながら苦い表情を浮かべるしかない。

 どうやら洞窟は地下にあるらしく、出入口たる穴は洞窟の天井部分、つまり真上に位置する。そしてその穴は響の願いをあざ笑うかのように外部から大きな石にふさがれていた。

 当初、響はわずかな隙間から細い光が差し込んでいるのを見て――現在時刻は朝もしくは昼らしい――ふたりで力を合わせれば開通できるだろうと高をくくっていた。

 しかしどれだけ押しても石は微動だにすらせず、ジャスティンが銃を撃ったり殴りを入れたりしようが右に同じだ。

 すぐ目の前に光に溢れた外界があるというのに、絶望感がすごい。

「いくら神陰力が制限されてるっつってもこの銃で撃ちゃ傷くらいはつくもんだが……こりゃ外側に何か仕掛けがあるな。それを解除しねぇことには出られなさそうだ」

 ジャスティンの言葉に響は眉根を寄せる。

「外側から仕掛けを取らないと脱出できないってことですか?」

「ああ。行くぞ」

「え? で、でもせっかく出入口を見つけたのに――」

「開けられもしねぇ出入口なんか行き止まりと変わらねぇ。執行期限も迫ってる、ここでのんびり助けを待ってるわけにもいかねぇだろうが」

「……ちなみになんですけど、執行期限を過ぎた場合ってどうなるんですか?」

「執行期限を過ぎても任務を遂げられた場合はエンラ様のコエェお叱りくらいだな。

 執行期限を過ぎたうえに任務を遂げられなかった場合は最悪だぜぇ。執行対象、もしくはその周囲に深刻な影響が現れる。

 そんでそれをどうにかするために上級の執行者が急いで尻拭いに向かうハメになる。ま、ンなのは別にどうでもいいが」

「どうでもいいですかね……!?」

「ったりまえだ。オレにとって大事なのはファム・ファタルを骨の髄まで愛することだけだ。先を急ぐ理由はそれだけに決まってンじゃねぇか」

「は、はぁ……」

「おら、行くぜ。今度は奥に向かって進む」

 ジャスティンは言ってジッポに再び点火すると封鎖された穴に背を向ける。

 せっかく出入口を見つけられたのだからもう少し粘った方がいいのではないか――響はそう思うのだが、ジャスティンが来た道をカツンカツンと進んでいくので慌ててついていくことになった。非常に後ろ髪を引かれる思いだ。



「……あの、」
「あァん?」

 さらに歩き進む。今度は奥に向かって延々と進む。

 とはいえ、ただついていくだけの響には奥も何も分からなかったが、とにかく、暗い道程で響はジャスティンの背に声をかけた。

「ジャスティンさんとベティさんて、バディになって長いんですか?」

 そんなことを不意に訊いたのは、真っ暗闇をただ黙々と進むのが苦しくなってきたからだ。

 ジャスティンは振り返りもしない。洞窟の岩壁に手をつきつつ、相変わらずの早足で進んでいる。

「わざわざ訊くかぁ? 見りゃ分かんだろ」
「ま、まぁ……すごく息がピッタリでしたし」
「へっへ、愛してるからな」

 直接的な言葉に赤面する響。話題選びは失敗だったかも知れない。

 しかしジャスティンは興が乗ってしまったらしくウキウキと肩を揺らしながら続ける。

「ベティはオレにとって最初で最後のバディ、そんで一生の伴侶だ。

 アイツと出会ったときのことは今でも忘れられねぇ、ひと目見た瞬間身体が動かなくなっちまったなんてのは、後にも先にもあんときだけだ」

「一目惚れってことですかね……?」

「ンな生っちょろいモンじゃねぇよ。

 アイツはオレを神核片ごとワシ掴みにしてバリバリと噛み砕き、いとも容易く飲み込んじまった。あの一瞬でオレはアイツに見事魅入られちまったんだ」

 響の脳裏には怪獣ベティがジャスティンをワシ掴みにする映像が流れている。

 ベティに失礼なイメージ図だが、ジャスティンの比喩表現も良くないのではないか。

「へっへ、魅入られちまってからは口説きに口説いた毎日だったなぁ。

 邪険にされようが平手打ち食らおうが諦めず愛を囁いてきた。そしたらいつの間にか抱きあうまでになってた」

 そろそろ本気で恥ずかしくなってくる響。

「四六時中一緒にいるが飽きることがねぇ。ベティへの愛はいつだって溢れてくる。

 それぁベティに育て子が与えられても、ベティの愛が育て子にすべて注がれるようになっても……んん、変わらねぇ。この愛が水、ならば……海が出来上がってる、だろうぜ……ッ」

「ジャスティンさん?」

 そろそろ静かに耳を押さえようかと思案していた矢先、ジャスティンの言葉がくぐもり始めたことに気づいた。響は眉根を寄せる。

 速めの歩調も少しずつ鈍くなり、言葉と同時に止まる。そればかりか背中を丸め、グラリとよろけた。

 響はジャスティンに駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

「ッは、はは……アイツはオレに負けず劣らずの、変わり者だぜ……こんなのとずっと、一緒に、いるんだからよう」

 ジャスティンは話を続けようとするも、異常は誰の目に見ても明らかだ。

 響は突然のことにどうしたらいいか分からず、ふらつく身体に手を添えることしかできない。

 彼は苦しそうにジッポを持つ手とは別の手で首を押さえている。

 よくよく状態を確認すると、彼の首に走っていた一本の縄状模様が赤黒く、まるでマグマのように発光し、首を引き絞っているのが見えた。

 響は思わず息を呑む。

 もしや何か攻撃を受けたのか? 道中に罠でも仕掛けられていたか――そう考えを巡らせる一方で、響はこの状態に既視感を覚えている自分に気づいていた。

「禁忌の、烙印だ」

 そして答えにたどり着くより先にジャスティンが言う。

 響の添え手をやんわり退け、代わりに洞窟の岩壁に身を預け、懐よりシガレットケースを取り出しつつ。

 響はそんなジャスティンを瞳を揺らしながら見つめるしかない。

「それは……禁忌を犯したことがある、ってことですよね」

「へっ、それ以外に、何がある」

 ケースからタバコを一本抜き取ってはフィルタ部分を口にくわえ、ジッポで火を灯すジャスティン。

 荒々しい呼吸をしているくせに煙を肺腑いっぱいに吸い込んでみせる。

 しかしそれにすら響は反応を示すことができない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み