第5話 次の目的地

文字数 2,534文字

 反射的に前へ膝と手をつき再度振り返ると、そこにはジャスティンのニヤニヤ顔。

「ヒッヒヒヒッ、いーい声で叫ぶじゃねぇかァ」
「ジャ、ジャ、ジャスティンさん辞めてくださいよ!」

 響は情けない声で抗議する。

 霊体のままなので森や村に響き渡ることはなかった。それは幸いだったものの普通に怖いので止めてほしい。ジャスティンは予想どおりニヤニヤしたままだったが。

「響、驚かせてゴメンね。アンタは何だって子どもを怖がらせるのが好きなのさ」

 そんなところでベティの声も聞こえてきたのでホッとする響。

 ベティは森の西方からではなく村からこちらへ歩み寄ってきた。

「そりゃ誤解だぜベティ。オレァいつだってガキを可愛がりてぇだけなんだ」

「はいはい。で、アスカ。何か収穫はあったかい」

「いえ。特に何も見つかりませんでした」

「そうかい。西側も平和そのものだったよ」

 ベティはアスカの返答を平然と受け取った。

 神経を使った何時間もの捜索が無に帰した事実に響は焦っていたのだが、彼女は場慣れしているらしい。ヘーゼルの双眸は既に次を見ていた。

「実は西側の捜索はちょっと前に終わっていてね、時間が余ったもんだから村に入って今まで情報収集してたんだ」

「ありがとうございます」

「とりあえず基本的な情報を共有しとこうか。

 村の名前は✕✕。人口約百人、若者はおらず壮年の人間たちが細々と暮らしてる平凡な田舎の過疎村だ。

 森のなかにあるせいか少し鬱蒼としてるけどね、思ったより裕福そうだよ。まだ夕方だってのに酒場なんて既に満員さ。

 アタシも混ざってチーズフォンデュとワインで乾杯するところだった」

「チーズフォンデュ! いいなぁ」

 響は思わず身を乗り出してしまう。

 チーズフォンデュとは熱してトロトロになったチーズに野菜やソーセージをくぐらせて食べる、美味が確約されし料理だ。ただの人間だったころから今まで一度も食べたことがない響には憧れでもある。

「フフ、ノリがいいじゃないか。任務が終わったらこっそり紛れ込んで乾杯ってのも悪くないね。

 ……で、ここからが気になる点だ。村民が信仰する宗教なんだけど」

 直前まで弾んでいた声のトーンがスッと戻り、響もまた顔を引き締める。

「旅行客に説明してた情報と実際の状況に相違があったんだよ。

 旅行客には村全体が敬虔に○○教を信仰してると話してて、村の中央にある教会の外見もまんまその宗教のものだったんだけど、教会の内部はどう見てもそうじゃなかったんだ。村民以外、ガンとして立ち入り禁止だったしね」

「別に信仰している宗教があるということですか?」

「別というか隠れミノに見えたね。どんなにしろ相当独特だったし、濃厚な血の匂いと死臭がした」

「!」

「……わざわざ偽装している理由は何でしょうか」

「さあ、そこまではまだ分からない。ただ、隠すってことは何かヤマしいことがあるんだろう。

 それでね、今夜。村民同士のコソコソ話によると教会で村民だけの集会があるようなんだ。

 そんな場所で陽気な酒飲みが行われるとは考えづらい。だから今夜は全員で教会を張ろうと思うんだけど、どう?」

 ベティの提案にまずはアスカが頷き、それに続く形で響も頷く。

 ジャスティンは真面目な話をしているベティの腰を抱きながら大あくびをかますのみだったが、とにもかくにも今夜の動きは決定した。



 日没が過ぎ、紺碧の帳が下りた。響ら四名は計画どおり徒歩で教会へと向かっている。言わずもがな霊体のままだ。

 ベティの言のとおり、村の内部は外国の田舎といった感じだ。しかしベティの言とは違い人の気配が一切感じられない。

 彼女の報告では賑わっていたはずの酒場も既に閉まっており、酒飲みの楽しげな声はおろか明かりさえもない。そればかりかどの家も窓からの光を確認できない。

 就寝の時間だろうか。だが、すべての家の明かりが消えているのは違和感がある。もしくは村民全員が教会へ向かったということだろうか。

「きれいな満月だねぇ」

 響が首を傾げている隣で、空を見上げていたらしいベティが呟くように言った。

 しかし月光に照らされたその横顔は言葉と裏腹に月を見ていない気がして、響は思わず返事を忘れてしまう。

「オマエの方が何万倍もきれいさ、ベティ」

 そんななかでジャスティンが臆面もなく言ってのけると、ベティが少しの間のあとに吹き出すように笑う。

 月から目を離し、肩を引き寄せようとするジャスティンを肘で引き離した。

「ほんとにアンタはアタシのことが好きだねぇ」

「ああ、骨の髄まで愛してるぜぇ……オレのファム・ファタル」

 ジャスティンの唇がベティに寄せられ会話が途切れる。

 ……。

 そんな二人の隣を歩き続ける響といえば、ものすごい居心地の悪さを覚えていた。

 加えて非常に気恥ずかしい。カップルのノロけに巻き込まれた気分だ。

 なんとなく反対側の隣を歩くアスカを見上げるも、彼はそれどころではないとばかりに鋭い目をして辺りに注意をはらっていた。

 ああそうだ、今は任務中だ。これ以上巻き込まれないためにも集中してさっさと任務を終わらせよう、そうしよう――そんなことを思いつつ足を止めて目の前に迫った目的地を見上げる。

 その建造物はまさに教会といった外観をしていた。規模は村の広さに対して大きすぎず小さすぎず。

 ずいぶん前に建てられたもののようで古めかしいが、手入れも行き届いており、いたって普通の教会だ。

 しかし――

「……なんだろ、すごく……」

 恐ろしいのだ。教会全体から立ちのぼる雰囲気が。

 響の全身の肌が粟立っている。もちろん現在も霊体であるためそんな心地になっているだけだが、どんなにしろ響の本能がこの教会に足を踏み入れることを拒否していることだけは確かだ。

「わぁお。村の様子もそうだけど、さっき偵察したときとは全然違う。さらにオドロオドロしいねぇ」

「村の人間も教会に集合しているようです。恐らく全員」

「血臭と死臭も強まってらぁ。ようやく執行対象とご対面かぁ?」

「平気か。響」

「……うん。大丈夫」

 アスカの問いに響はようよう頷く。

 それを合図にまずはジャスティンが、次にベティが、アスカに促されて響が、最後にアスカが壁をすり抜けて中へと入っていったのだった。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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