第33話 思考せよ、愛抱く者
文字数 2,288文字
ヴァイスのまぶたは一度閉じたなら最後、何度呼びかけても開かなくなった。
ディルが必死に呼びかけている間にも呪禍はヴァイスの白肌を侵していく。
じわじわ、どろ、ゾゾゾゾゾ――
「……ッ」
助からない。本能的に悟った。呪禍の侵食が速すぎるうえ、ディルがこの部屋に到着した時点で呪禍はヴァイスを相当に蝕んでいた。
もちろん階層移動は一瞬で行える。裁定神殿にいるエンラの前へ強制移動すれば話はさらに早いだろう。
しかしそれでも間に合いそうにない。呪禍がヴァイスの神核片に到達する方が速い。
もし、呪禍がこのまま神核片まで進んでしまえば。ヴァイスは死ぬ。神核片が壊れ、ヤミ神の神核に還ることもできず死ぬ。
「ヴァイス……っ」
ディルはあえぐように相棒の名を口にした。
どうしたらいい。何をしたら助かる。ヴァイスが死んでしまう前に、神核片が壊れる前にどうにかしなければならないのに頭は真っ白だ。
温度を失くした手が震えている。歯の根が合わない。全身が凍りついたようだ。動けない。
そうしている間にもヴァイスは死へ向かっていく。途方のない苦痛のなか、生まれ変わりという夢も見られない死にひとり消えていく。
脳裏に次々とよみがえるのはこれまでの記憶。ふたり重ねてきた思い出の群れ。まるで走馬灯のように。
『問題ありません。私の方が強いので』
――あのとき、本当は嬉しかったんだ。こんな俺の隣に並んでくれるヤツがまだいてくれて。
『私にバディ解消の意思はありません。私はこれからもあなたのバディです』
ヒガみつつ何度もホッとしたんだ。だって自分より強いならバディ解消の理由など大半が消えてくれた。
謹慎領域でひとり自己否定と他者否定を繰り返す必要だってなくなった。全部ヴァイスのおかげだった。
『……ありがとう、ディル』
何百年も一緒に膨大な任務をこなして、憎まれ口を叩いたりイラついたり、危ないところを助けられたり、時々助けることもあったり、協力しあったり、悩みを聞いたり、茶化したり――
気づけばお前は俺にとって最高の相棒になっていた。
なのに失うっていうのか?
そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ、失ってたまるか!!
「考えろ、考えろ考えろ考えろッ、絶対に助けろ!!」
咆哮する。目を限界まで見開き、真っ白になっていた脳内を無理やり働かせ始める。
自分に一体何ができる。自分は何を持っている。
S級と評価された戦闘能力、権能〝毒〟 育て子たち。最近やたらと増えてきた仲間たち。
このなかで力になってくれるモノはあるか。
戦闘能力や権能は戦闘をするわけではない今は力にならない。
育て子たちもこの局面においては無意味。
仲間たちのなかには力になれる者もいるかも知れないが、まず呼んでくる時間がない。
「ッ違うだろ、俺がどうにかしやがれ!!」
ディルは歯を食いしばりながら自分に言い聞かせる。
何かあるはずだ、無理やりひねり出せ。真っ当な考え方だけではダメだ、ひねくれて考えろ、そういうの得意だろ俺の頭!? 今こそ役に立てよ!!
――しかし、いくら考えを巡らせても妙案は浮かんでくれない。ヴァイスを侵食する黒、そして焦燥と切迫が邪魔をするのだ。
それでもディルは諦めない。全身から冷や汗をこぼし、噛み締めすぎた唇から血を流しながら、自分の頭を乱暴に叩きながら、ヴァイスを助ける方法を見つけだそうとする。
「はやくッ……クソッくそッッ……!!」
だが、やはり、どんなに考えても。出てこない。この星に傷をつけるほどの呪いをヴァイスから取り払う方法は、浮かんでくれない。
――バサバサ!
「っ何だ!?」
そんなディルの肩で突如、薄い金属がぶつかったような音が鳴る。ハッとして目を向けるとそこにはゼンマイ仕掛けの金属鳥。
何ということはない。遠い昔に押しつけられて以来、飼い鳥のようになっていたカナリアが硬質な翼を動かしただけだ。
ディルの研ぎ澄まされた感覚がその日常の音を非日常として捉えただけだ。何か奇跡が起きたのかと都合よく考えていたディルは落胆する。
否――落胆しかけて気がつく。
「カナ、リア……?」
そう口にした瞬間、カナリアを預けられた当時の記憶がありありとよみがえった。
『このカナリアは、他者を顧みぬ想念とともに権能を行使しようとした場合に発動する封印具である』
「ッ!!」
ディルの脳裏に雷のごとき衝撃が走る。
そう。そうだ。カナリアは封印具。呪禍を封印できるかも知れない!!
「カナリアっ、ヴァイスを侵す呪禍すべてを封印してくれ――お前の〝バード・ケージ〟で!!」
思い至ると同時に命じる。懇願の視線を向けながら神陰力の大半を譲渡し賭けに出た。
カナリアは権能〝毒〟を制御しきれなかった場合にディルを拘束するため与えられたモノだ。
カナリアを預けられた当時は定期的に拘束されていたが、ある程度制御できるようになってからは封印具として活躍することが皆無となった。
以降は場を和ませることがせいぜい。だが、本来は封印具なのだ。
もちろん懸念はあった。カナリアの〝バード・ケージ〟発動条件について、エンラは『他者を顧みない想念とともに権能を発動したとき』と説明した。
対象もディル自身に設定されている。ディルが発する想念も真逆だ。
ピィイイイイイイイイ!!
だが、願いは聞き届けられた。カナリアが高々と声を上げ、ディルが見ている前で急速に広がり始めたのだ。
何故ならカナリアは同胞へ厚き思いを抱く防具の名工〝想念鍛冶〟ザドリックの作。
つまり封印具である前に想念防具。
――守るための想念ならば、無条件で受け入れる。
ディルが必死に呼びかけている間にも呪禍はヴァイスの白肌を侵していく。
じわじわ、どろ、ゾゾゾゾゾ――
「……ッ」
助からない。本能的に悟った。呪禍の侵食が速すぎるうえ、ディルがこの部屋に到着した時点で呪禍はヴァイスを相当に蝕んでいた。
もちろん階層移動は一瞬で行える。裁定神殿にいるエンラの前へ強制移動すれば話はさらに早いだろう。
しかしそれでも間に合いそうにない。呪禍がヴァイスの神核片に到達する方が速い。
もし、呪禍がこのまま神核片まで進んでしまえば。ヴァイスは死ぬ。神核片が壊れ、ヤミ神の神核に還ることもできず死ぬ。
「ヴァイス……っ」
ディルはあえぐように相棒の名を口にした。
どうしたらいい。何をしたら助かる。ヴァイスが死んでしまう前に、神核片が壊れる前にどうにかしなければならないのに頭は真っ白だ。
温度を失くした手が震えている。歯の根が合わない。全身が凍りついたようだ。動けない。
そうしている間にもヴァイスは死へ向かっていく。途方のない苦痛のなか、生まれ変わりという夢も見られない死にひとり消えていく。
脳裏に次々とよみがえるのはこれまでの記憶。ふたり重ねてきた思い出の群れ。まるで走馬灯のように。
『問題ありません。私の方が強いので』
――あのとき、本当は嬉しかったんだ。こんな俺の隣に並んでくれるヤツがまだいてくれて。
『私にバディ解消の意思はありません。私はこれからもあなたのバディです』
ヒガみつつ何度もホッとしたんだ。だって自分より強いならバディ解消の理由など大半が消えてくれた。
謹慎領域でひとり自己否定と他者否定を繰り返す必要だってなくなった。全部ヴァイスのおかげだった。
『……ありがとう、ディル』
何百年も一緒に膨大な任務をこなして、憎まれ口を叩いたりイラついたり、危ないところを助けられたり、時々助けることもあったり、協力しあったり、悩みを聞いたり、茶化したり――
気づけばお前は俺にとって最高の相棒になっていた。
なのに失うっていうのか?
そんなのは嫌だ、絶対に嫌だ、失ってたまるか!!
「考えろ、考えろ考えろ考えろッ、絶対に助けろ!!」
咆哮する。目を限界まで見開き、真っ白になっていた脳内を無理やり働かせ始める。
自分に一体何ができる。自分は何を持っている。
S級と評価された戦闘能力、権能〝毒〟 育て子たち。最近やたらと増えてきた仲間たち。
このなかで力になってくれるモノはあるか。
戦闘能力や権能は戦闘をするわけではない今は力にならない。
育て子たちもこの局面においては無意味。
仲間たちのなかには力になれる者もいるかも知れないが、まず呼んでくる時間がない。
「ッ違うだろ、俺がどうにかしやがれ!!」
ディルは歯を食いしばりながら自分に言い聞かせる。
何かあるはずだ、無理やりひねり出せ。真っ当な考え方だけではダメだ、ひねくれて考えろ、そういうの得意だろ俺の頭!? 今こそ役に立てよ!!
――しかし、いくら考えを巡らせても妙案は浮かんでくれない。ヴァイスを侵食する黒、そして焦燥と切迫が邪魔をするのだ。
それでもディルは諦めない。全身から冷や汗をこぼし、噛み締めすぎた唇から血を流しながら、自分の頭を乱暴に叩きながら、ヴァイスを助ける方法を見つけだそうとする。
「はやくッ……クソッくそッッ……!!」
だが、やはり、どんなに考えても。出てこない。この星に傷をつけるほどの呪いをヴァイスから取り払う方法は、浮かんでくれない。
――バサバサ!
「っ何だ!?」
そんなディルの肩で突如、薄い金属がぶつかったような音が鳴る。ハッとして目を向けるとそこにはゼンマイ仕掛けの金属鳥。
何ということはない。遠い昔に押しつけられて以来、飼い鳥のようになっていたカナリアが硬質な翼を動かしただけだ。
ディルの研ぎ澄まされた感覚がその日常の音を非日常として捉えただけだ。何か奇跡が起きたのかと都合よく考えていたディルは落胆する。
否――落胆しかけて気がつく。
「カナ、リア……?」
そう口にした瞬間、カナリアを預けられた当時の記憶がありありとよみがえった。
『このカナリアは、他者を顧みぬ想念とともに権能を行使しようとした場合に発動する封印具である』
「ッ!!」
ディルの脳裏に雷のごとき衝撃が走る。
そう。そうだ。カナリアは封印具。呪禍を封印できるかも知れない!!
「カナリアっ、ヴァイスを侵す呪禍すべてを封印してくれ――お前の〝バード・ケージ〟で!!」
思い至ると同時に命じる。懇願の視線を向けながら神陰力の大半を譲渡し賭けに出た。
カナリアは権能〝毒〟を制御しきれなかった場合にディルを拘束するため与えられたモノだ。
カナリアを預けられた当時は定期的に拘束されていたが、ある程度制御できるようになってからは封印具として活躍することが皆無となった。
以降は場を和ませることがせいぜい。だが、本来は封印具なのだ。
もちろん懸念はあった。カナリアの〝バード・ケージ〟発動条件について、エンラは『他者を顧みない想念とともに権能を発動したとき』と説明した。
対象もディル自身に設定されている。ディルが発する想念も真逆だ。
ピィイイイイイイイイ!!
だが、願いは聞き届けられた。カナリアが高々と声を上げ、ディルが見ている前で急速に広がり始めたのだ。
何故ならカナリアは同胞へ厚き思いを抱く防具の名工〝想念鍛冶〟ザドリックの作。
つまり封印具である前に想念防具。
――守るための想念ならば、無条件で受け入れる。