第1話 闇に咲く蒼天
文字数 2,229文字
『――ふむ。生物界にヒカリ属の幼な子が打ち捨てられていたと』
『ええ。紋翼をもがれているので、いわゆる堕天させられた者と思われます』
『それをこのヤミ属界にまで連れてきた理由は』
『どのみち〝異分子排除〟の勅令が下るなら前もって執行できるように……と言いたいところですが。
気づいたときにはアスカと〝神核繋ぎ〟を終えていたのと、一緒に帰れないならここに残るとアスカが大泣きして聞かなかったためです』
『ああ、今回はアスカも連れていったのだったか……』
『エンラさまー。このこのなまえ〝 〟っていうの。なんにもおぼえてなくてね、じぶんのなまえもわからないっていうから、ぼくがつけたんだよ』
『ほう?』
『にんげんのことばで、ソラっていみなんだって。せいぶつかいのそらってあおくてすごくキレイでね、〝 〟のおめめもそうだったから、つけたの』
『ふむ。この者の身体中に巻かれている包帯はどうした』
『裁定神殿に向かうまでの道中で偶然お会いしたベティ先輩に。
アスカとの〝神核繋ぎ〟による神陰力の譲渡で深傷はある程度ふさがったとはいえ、小さな傷は残っておりましたので』
『……まだまだ幼体だのう。アスカより少し大きいだけの子どもだ。この者がどれほどの罪を犯すというのか。――どれ、よく顔を見せよヒカリ』
っ、
『だいじょうぶ。こわくないよ』
……、…………。
『幼きヒカリよ。万物には存在するのに適した階層というものがあってのう。
ヤミはこのヤミ属界、生物は生物界といったように、適した階層で適した存在養分を得なければ死んでしまうのだ。
そしてこれはヒカリ属も同じこと……ヒカリはヒカリ属界から切り離された時点で生きる術を失う』
『……』
『追放されたヒカリである以上、貴様がヒカリ属界に戻ることは叶わぬ。嘆かわしいことではあるが、ヒカリ属の統主は我がどれほど言っても聞かん。
よって貴様はヒカリとしての存在養分を得ることが二度と不可能なのだ』
『運命は変えられませんか。あなた様でも』
『ほう。やけに肩を持つのだな、ヴァイス』
『アスカが泣きわめきますから』
『ふーん。アスカよ、こやつをずいぶん気に入ったようだのう』
『うん! だってぼくと〝 〟は、きょうだい、だもん』
『ふふ、そうか。ヒカリ属と兄弟か。それはよいな。我もその気持ち、分かるぞ』
? ??
『あい分かった。聞け、ヒカリ属の幼な子よ。我が名はエンラスーロイ、ヤミ属第一の直系属子にしてヤミ属の統主である。つまり双神の次にエラい。その我が貴様を歓迎してやろうではないか』
……、
『とはいえ、貴様がヒカリ属である事実は変えられぬ。我がどんなにエラくて大抵のことはできてもそれだけは変えられぬ。
だが、死なせはせん。貴様がこの先ずっとヤミ属として生きることを誓えるのであれば、貴様をいかなる存在養分を得ずとも生きられる身体にしてやろう』
『わ、我が主?』
『言っておくがこれは特例中の特例である。貴様の在り方を根底から作り変える我の負担はすさまじい。大出血を超えて失血死サービスだ。ふふ、身に余る光栄と泣いて良いのだぞ』
『我が主……それはこのヒカリをここに、ヤミ属界に置くということでいらっしゃいますか』
『そうだリンリン。生物界に置いていてはすぐ勅令が下るからな。ヤミ属もヒカリ属も元はひとつであった。何も問題なかろう?』
『いいえ、問題しかありません。何より〝堕天の子〟であることをお忘れですか。この者は重罪を犯しヒカリ属界を追放されたのですよ!?』
『ふん! それがどうした。あやつらによる処刑は終わったのだ、後の処遇は我が決める。
そもそもこの者は落とされた衝撃か〝堕天の子〟としての記憶すら失っている。ならば同じ道を歩ませぬよう一からヤミ属として育て上げればよいこと』
『……前例がありません』
『前例がないから面白いのではないか。我はそういうのが大好きだ』
『しかし……』
『それにな、我は常日頃から〝あやつ〟の思惑どおりにしてたまるかと思っておった。特に〝あやつ〟の身勝手さと融通のきかなさには我もいい加減腹に据えかねていたのだ。端的に言えば意趣返しであるな』
『……はぁ……承知いたしました。そのような表情をされたあなた様には何を申し上げても無駄と存じておりますゆえ』
『ねーヴァイスにぃに、ぼく〝 〟と、はなれなくていいんだよね?』
『そうだよ。エンラ様が特別に許してくださった』
『よかったぁ。ありがとう、エンラさま!』
『なあに。色々教えてやるのだぞ』
『うん、まかせて!』
?? ????
『ぼくたち、もう、はなれなくていいってことだよ』
『……ほんと……?』
『うん!』
『ヒカリ属の幼な子……〝 〟だったか。これからヤミ属として生きること、誓えるか?』
『っ……は、――はい!』
『えへへ。ずーっといっしょにいようね、シエル!』
〝シエル〟
脳裏に響く声で果てなき闇に青が咲いた。
まぶたに今の今まで隠されていたそれは、マンホールの下、汚水と悪臭が渦巻く地下下水道領域にはひどく不似合いだ。
もしこの場に人間とわずかでも光があったならば、倒れ伏す彼を地獄に舞い降りた天使と錯誤してしまうだろう。
実際は翼すら奪われた堕者であったとしても、青空のごとく澄んだ碧眼も、たおやかな金糸の髪も。
天才が一生を賭けて掘り上げた彫刻より整った顔立ちも、きめ細やかで真っ白な肌、均整の取れた体躯も、生物の汚濁を集めたこの場所にはあまりに不釣り合いだった。
『ええ。紋翼をもがれているので、いわゆる堕天させられた者と思われます』
『それをこのヤミ属界にまで連れてきた理由は』
『どのみち〝異分子排除〟の勅令が下るなら前もって執行できるように……と言いたいところですが。
気づいたときにはアスカと〝神核繋ぎ〟を終えていたのと、一緒に帰れないならここに残るとアスカが大泣きして聞かなかったためです』
『ああ、今回はアスカも連れていったのだったか……』
『エンラさまー。このこのなまえ〝 〟っていうの。なんにもおぼえてなくてね、じぶんのなまえもわからないっていうから、ぼくがつけたんだよ』
『ほう?』
『にんげんのことばで、ソラっていみなんだって。せいぶつかいのそらってあおくてすごくキレイでね、〝 〟のおめめもそうだったから、つけたの』
『ふむ。この者の身体中に巻かれている包帯はどうした』
『裁定神殿に向かうまでの道中で偶然お会いしたベティ先輩に。
アスカとの〝神核繋ぎ〟による神陰力の譲渡で深傷はある程度ふさがったとはいえ、小さな傷は残っておりましたので』
『……まだまだ幼体だのう。アスカより少し大きいだけの子どもだ。この者がどれほどの罪を犯すというのか。――どれ、よく顔を見せよヒカリ』
っ、
『だいじょうぶ。こわくないよ』
……、…………。
『幼きヒカリよ。万物には存在するのに適した階層というものがあってのう。
ヤミはこのヤミ属界、生物は生物界といったように、適した階層で適した存在養分を得なければ死んでしまうのだ。
そしてこれはヒカリ属も同じこと……ヒカリはヒカリ属界から切り離された時点で生きる術を失う』
『……』
『追放されたヒカリである以上、貴様がヒカリ属界に戻ることは叶わぬ。嘆かわしいことではあるが、ヒカリ属の統主は我がどれほど言っても聞かん。
よって貴様はヒカリとしての存在養分を得ることが二度と不可能なのだ』
『運命は変えられませんか。あなた様でも』
『ほう。やけに肩を持つのだな、ヴァイス』
『アスカが泣きわめきますから』
『ふーん。アスカよ、こやつをずいぶん気に入ったようだのう』
『うん! だってぼくと〝 〟は、きょうだい、だもん』
『ふふ、そうか。ヒカリ属と兄弟か。それはよいな。我もその気持ち、分かるぞ』
? ??
『あい分かった。聞け、ヒカリ属の幼な子よ。我が名はエンラスーロイ、ヤミ属第一の直系属子にしてヤミ属の統主である。つまり双神の次にエラい。その我が貴様を歓迎してやろうではないか』
……、
『とはいえ、貴様がヒカリ属である事実は変えられぬ。我がどんなにエラくて大抵のことはできてもそれだけは変えられぬ。
だが、死なせはせん。貴様がこの先ずっとヤミ属として生きることを誓えるのであれば、貴様をいかなる存在養分を得ずとも生きられる身体にしてやろう』
『わ、我が主?』
『言っておくがこれは特例中の特例である。貴様の在り方を根底から作り変える我の負担はすさまじい。大出血を超えて失血死サービスだ。ふふ、身に余る光栄と泣いて良いのだぞ』
『我が主……それはこのヒカリをここに、ヤミ属界に置くということでいらっしゃいますか』
『そうだリンリン。生物界に置いていてはすぐ勅令が下るからな。ヤミ属もヒカリ属も元はひとつであった。何も問題なかろう?』
『いいえ、問題しかありません。何より〝堕天の子〟であることをお忘れですか。この者は重罪を犯しヒカリ属界を追放されたのですよ!?』
『ふん! それがどうした。あやつらによる処刑は終わったのだ、後の処遇は我が決める。
そもそもこの者は落とされた衝撃か〝堕天の子〟としての記憶すら失っている。ならば同じ道を歩ませぬよう一からヤミ属として育て上げればよいこと』
『……前例がありません』
『前例がないから面白いのではないか。我はそういうのが大好きだ』
『しかし……』
『それにな、我は常日頃から〝あやつ〟の思惑どおりにしてたまるかと思っておった。特に〝あやつ〟の身勝手さと融通のきかなさには我もいい加減腹に据えかねていたのだ。端的に言えば意趣返しであるな』
『……はぁ……承知いたしました。そのような表情をされたあなた様には何を申し上げても無駄と存じておりますゆえ』
『ねーヴァイスにぃに、ぼく〝 〟と、はなれなくていいんだよね?』
『そうだよ。エンラ様が特別に許してくださった』
『よかったぁ。ありがとう、エンラさま!』
『なあに。色々教えてやるのだぞ』
『うん、まかせて!』
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『ぼくたち、もう、はなれなくていいってことだよ』
『……ほんと……?』
『うん!』
『ヒカリ属の幼な子……〝 〟だったか。これからヤミ属として生きること、誓えるか?』
『っ……は、――はい!』
『えへへ。ずーっといっしょにいようね、シエル!』
〝シエル〟
脳裏に響く声で果てなき闇に青が咲いた。
まぶたに今の今まで隠されていたそれは、マンホールの下、汚水と悪臭が渦巻く地下下水道領域にはひどく不似合いだ。
もしこの場に人間とわずかでも光があったならば、倒れ伏す彼を地獄に舞い降りた天使と錯誤してしまうだろう。
実際は翼すら奪われた堕者であったとしても、青空のごとく澄んだ碧眼も、たおやかな金糸の髪も。
天才が一生を賭けて掘り上げた彫刻より整った顔立ちも、きめ細やかで真っ白な肌、均整の取れた体躯も、生物の汚濁を集めたこの場所にはあまりに不釣り合いだった。