第29話 白を求める者
文字数 2,850文字
「はぁ、やっぱり話したか……あれほどヤミ属には僕の名を告げるなと言ったのに」
その言葉、そして全身から放たれる神気にヴァイスは確信した。やはり彼はヒカリ属第三の直系属子であり、神託者の白亜なのだ。
そしてその事実は別の事実にも結びつく。
「ッじゃあお前がエレンフォールに治癒の能力を……!」
問えば彼――白亜は事もなげにうなずいた。
「そうさ。僕が彼にヒカリ属の権能を与えたんだよ。
自分の生命力を燃料にするとはいえ、傷や病を瞬く間に癒やせる能力なんてヒカリ属くらいしか持ち得ないもの」
「何が目的だ……エレンフォールに〝魂魄執行〟が下ることを考えなかったのか!?」
「君が殺すところを見たかったのさ。ヴァイス」
名を呼ばれ、ヴァイスは肩を揺らした。
何故自分の名前を知っているのか――ヤミ属とヒカリ属は責務が真逆であることから、魂魄の〝裁定〟と〝転生〟以外に関わることがない。
遠い昔にはまだ交流があったらしいが、ヴァイスがヤミ神より生み落とされたころには既に断絶状態に近かった。
つまり普通ならばヒカリ属界から出ることもない神託者たる高位の彼が、一介のヤミ属執行者でしかないヴァイスを知っているのは奇妙なことなのだ。
だが、とヴァイスはすぐに考え直す。そもそも現状がすでに奇妙ではないか。
何故白亜がここにいる? 自ら治癒の能力を与えたエレンフォールを害した? そして自分が殺すところを見たかった、とは?
しかしヴァイスがめまぐるしく考えを巡らせているのとは裏腹に、白亜はやはり世間話の調子で口を開く。
「ふふ、なんてね。執行者の選出は神とか統主の領分だもの、実際は誰がエレンフォールの執行に来るかなんて知らなかったよ。
だから君とこうして相対しているのはまったくの偶然だ。けれど、だからこそ知ったときはそれはもう嬉しかったんだ」
「……か……み……さ、……」
白亜が意味深に笑みを深める足もとで、ひどく弱々しい声が鳴った。
ヴァイスはそれを聞き逃さない。意識を失っていたエレンフォールが覚醒したのだ。
「エレンフォール!!」
「おや。ギリギリのところで生かしていたのに、声を出す元気まで残っていたんだ。意外とタフなんだなぁ」
「……ど、して…………ハク、ァ、さ…………な、ぜ……」
ヴァイスとエレンフォールの間にはふたりを阻むように白亜が立っている。
そのせいでヴァイスを認識できていないのか、もはや五感が使いものにならないのか。エレンフォールは白亜へ問いかけるのみだ。
「ああなるほど。〝治癒〟の権能が自動で働いて腹に空けた穴を修復してるんだね。生命力を削りながら……うわぁ、生き地獄だな」
しかし白亜はそれにも応えず、血だまりを刻々と増やしていくエレンフォールを興味深そうに見下ろしている。
「ッ白亜、この拘束を外せ!!」
しかしヴァイスが激高すれば視線はヴァイスの方へ戻った。その慈愛の瞳はどこか冷たい。
「拘束を外したら君はどうするの?」
「決まっている、エレンフォールを――」
「助けるのか。君は〝生物の死を守る〟ヤミ属なのに?」
その言葉にヴァイスは一瞬動きを止める。
「ヤミ属執行者ヴァイス。君がエレンフォールを殺す〝死神〟に選ばれたと知って以降、僕は君のことをこっそり観察していた。エレンフォールを殺そうとしてできない無様な姿を、ずっとね」
「ッ……」
「正直、責務とかどうでもいいさ。僕はそういうのが大嫌いだから。
けれど違うんだ。君が執行を躊躇するのは違う。その振る舞いは――リヴィアタと程遠い」
柔らかな声が一気に鋭くなった。それだけでヴァイスの全身に悪寒が走る。
「っ私はヴァイスだ……リヴィアタじゃない!」
「そうだね。リヴィアタは太古の昔に死んだ。この星のために大彗星を打ち砕いて死んだ。
でもね、君を初めて目にしたときすぐ気づいたよ。君が持つ神核片とリヴィアタが持っていた神核片は同一だって。証拠に持っている権能だって同じだろう?」
「そんなことどうだっていい、お前には何の関係もない!」
「大アリさ。僕はリヴィアタの神核片をこれ以上汚されたくないんだ」
「……なんだと」
「ヤミ属第二の直系属子。執行者の祖。僕と同じ〝始まりの六肢〟のひとり。
何の感情も持ち合わせず、真っ白で空っぽで、粛々と誇り高く……リヴィアタはそんなヤミだった」
「……、」
「なのにヴァイス、リヴィアタの神核片を受け継いだ君はどうだ。執行対象に干渉し、感情に翻弄され、あまつさえ殺せず執行対象を助ける?
有り得ない。有り得なさすぎる。今までは我慢していたけれどさすがに見過ごせない――これ以上リヴィアタを愚弄するなよ」
にこ。表情を喪失していた美貌がカタチだけの笑みを浮かべた。
ついで白亜は後退し、仰向けに倒れて腹の大穴から血を流し続けるエレンフォールをヴァイスの前へさらけ出す。
「だから僕はわざわざこの場を用意したってわけさ。君が確実に執行できるようエレンフォールを瀕死にしてあげたんだ。感謝してね?」
「ふッ、ふざけるな! お前はそんなことのために、それだけのためにエレンフォールを……!!」
「聞け。君を今もきつく縛る不可視の拘束、それは僕からの試練だ。ゆえに僕は君がどれほど懇願しようと拘束を解除しない。
けれど安心して。君がエレンフォールを正しく執行する覚悟ができたのなら自然と消えるから」
「なッ……」
「君はエレンフォールを殺すしかないのさ。けれどそれで問題ないだろう? ヤミ属執行者は、リヴィアタは〝生物の死を守る〟存在なんだから」
「……、…………」
「愛だの情だの、そんなモノ君に必要ない。
ほら、分かったらさっさと空っぽにお戻り。全部ぜんぶ捨ててしまえ。感情などという色は君を濁らせるだけ――さっさと殺すんだ、ヴァイス」
絶句するしかなかった。
エレンフォールを殺したくない一心、その一心でヤミ属に背を向けた。そうまでしてエレンフォールの生を守りたかった。そのためなら自分の命だって賭けられた。
そんな覚悟なら、あった。だがエレンフォールを殺す覚悟などない。ないからこそ、それ以外の大事なモノに背を向けたのに。
今、エレンフォールは瀕死だ。
治癒の能力で腹に空けられた大穴を修復しているが、生命力が残り少ないせいか傷がふさがる気配はない。
血に濡れたエレンフォールの肌は蒼白であり、全身は生死の境界をさまよう苦痛にか痙攣している。
殺せるはずがなかった。むしろ早く助けなければ。どうにかして拘束を解き、エレンフォールを守らなければ。
しかしそう強く思えば思うほど拘束は強くなっていく。どう足掻いても緩めることすらできず、一刻を争うヴァイスは唇を噛んだ。
「ッ……白亜、白亜様……お願いだ、頼む! エレンフォールだけは助けてくれ! 友だちなんだッ私はどうなっても構わない、だからどうか……どうか!!」
必死の懇願だった。
必死すぎて、大事な友しか見えていなくて。
ヴァイスは白亜の紅瞳が絶対零度まで冷えていくのを認識できなかった。
その言葉、そして全身から放たれる神気にヴァイスは確信した。やはり彼はヒカリ属第三の直系属子であり、神託者の白亜なのだ。
そしてその事実は別の事実にも結びつく。
「ッじゃあお前がエレンフォールに治癒の能力を……!」
問えば彼――白亜は事もなげにうなずいた。
「そうさ。僕が彼にヒカリ属の権能を与えたんだよ。
自分の生命力を燃料にするとはいえ、傷や病を瞬く間に癒やせる能力なんてヒカリ属くらいしか持ち得ないもの」
「何が目的だ……エレンフォールに〝魂魄執行〟が下ることを考えなかったのか!?」
「君が殺すところを見たかったのさ。ヴァイス」
名を呼ばれ、ヴァイスは肩を揺らした。
何故自分の名前を知っているのか――ヤミ属とヒカリ属は責務が真逆であることから、魂魄の〝裁定〟と〝転生〟以外に関わることがない。
遠い昔にはまだ交流があったらしいが、ヴァイスがヤミ神より生み落とされたころには既に断絶状態に近かった。
つまり普通ならばヒカリ属界から出ることもない神託者たる高位の彼が、一介のヤミ属執行者でしかないヴァイスを知っているのは奇妙なことなのだ。
だが、とヴァイスはすぐに考え直す。そもそも現状がすでに奇妙ではないか。
何故白亜がここにいる? 自ら治癒の能力を与えたエレンフォールを害した? そして自分が殺すところを見たかった、とは?
しかしヴァイスがめまぐるしく考えを巡らせているのとは裏腹に、白亜はやはり世間話の調子で口を開く。
「ふふ、なんてね。執行者の選出は神とか統主の領分だもの、実際は誰がエレンフォールの執行に来るかなんて知らなかったよ。
だから君とこうして相対しているのはまったくの偶然だ。けれど、だからこそ知ったときはそれはもう嬉しかったんだ」
「……か……み……さ、……」
白亜が意味深に笑みを深める足もとで、ひどく弱々しい声が鳴った。
ヴァイスはそれを聞き逃さない。意識を失っていたエレンフォールが覚醒したのだ。
「エレンフォール!!」
「おや。ギリギリのところで生かしていたのに、声を出す元気まで残っていたんだ。意外とタフなんだなぁ」
「……ど、して…………ハク、ァ、さ…………な、ぜ……」
ヴァイスとエレンフォールの間にはふたりを阻むように白亜が立っている。
そのせいでヴァイスを認識できていないのか、もはや五感が使いものにならないのか。エレンフォールは白亜へ問いかけるのみだ。
「ああなるほど。〝治癒〟の権能が自動で働いて腹に空けた穴を修復してるんだね。生命力を削りながら……うわぁ、生き地獄だな」
しかし白亜はそれにも応えず、血だまりを刻々と増やしていくエレンフォールを興味深そうに見下ろしている。
「ッ白亜、この拘束を外せ!!」
しかしヴァイスが激高すれば視線はヴァイスの方へ戻った。その慈愛の瞳はどこか冷たい。
「拘束を外したら君はどうするの?」
「決まっている、エレンフォールを――」
「助けるのか。君は〝生物の死を守る〟ヤミ属なのに?」
その言葉にヴァイスは一瞬動きを止める。
「ヤミ属執行者ヴァイス。君がエレンフォールを殺す〝死神〟に選ばれたと知って以降、僕は君のことをこっそり観察していた。エレンフォールを殺そうとしてできない無様な姿を、ずっとね」
「ッ……」
「正直、責務とかどうでもいいさ。僕はそういうのが大嫌いだから。
けれど違うんだ。君が執行を躊躇するのは違う。その振る舞いは――リヴィアタと程遠い」
柔らかな声が一気に鋭くなった。それだけでヴァイスの全身に悪寒が走る。
「っ私はヴァイスだ……リヴィアタじゃない!」
「そうだね。リヴィアタは太古の昔に死んだ。この星のために大彗星を打ち砕いて死んだ。
でもね、君を初めて目にしたときすぐ気づいたよ。君が持つ神核片とリヴィアタが持っていた神核片は同一だって。証拠に持っている権能だって同じだろう?」
「そんなことどうだっていい、お前には何の関係もない!」
「大アリさ。僕はリヴィアタの神核片をこれ以上汚されたくないんだ」
「……なんだと」
「ヤミ属第二の直系属子。執行者の祖。僕と同じ〝始まりの六肢〟のひとり。
何の感情も持ち合わせず、真っ白で空っぽで、粛々と誇り高く……リヴィアタはそんなヤミだった」
「……、」
「なのにヴァイス、リヴィアタの神核片を受け継いだ君はどうだ。執行対象に干渉し、感情に翻弄され、あまつさえ殺せず執行対象を助ける?
有り得ない。有り得なさすぎる。今までは我慢していたけれどさすがに見過ごせない――これ以上リヴィアタを愚弄するなよ」
にこ。表情を喪失していた美貌がカタチだけの笑みを浮かべた。
ついで白亜は後退し、仰向けに倒れて腹の大穴から血を流し続けるエレンフォールをヴァイスの前へさらけ出す。
「だから僕はわざわざこの場を用意したってわけさ。君が確実に執行できるようエレンフォールを瀕死にしてあげたんだ。感謝してね?」
「ふッ、ふざけるな! お前はそんなことのために、それだけのためにエレンフォールを……!!」
「聞け。君を今もきつく縛る不可視の拘束、それは僕からの試練だ。ゆえに僕は君がどれほど懇願しようと拘束を解除しない。
けれど安心して。君がエレンフォールを正しく執行する覚悟ができたのなら自然と消えるから」
「なッ……」
「君はエレンフォールを殺すしかないのさ。けれどそれで問題ないだろう? ヤミ属執行者は、リヴィアタは〝生物の死を守る〟存在なんだから」
「……、…………」
「愛だの情だの、そんなモノ君に必要ない。
ほら、分かったらさっさと空っぽにお戻り。全部ぜんぶ捨ててしまえ。感情などという色は君を濁らせるだけ――さっさと殺すんだ、ヴァイス」
絶句するしかなかった。
エレンフォールを殺したくない一心、その一心でヤミ属に背を向けた。そうまでしてエレンフォールの生を守りたかった。そのためなら自分の命だって賭けられた。
そんな覚悟なら、あった。だがエレンフォールを殺す覚悟などない。ないからこそ、それ以外の大事なモノに背を向けたのに。
今、エレンフォールは瀕死だ。
治癒の能力で腹に空けられた大穴を修復しているが、生命力が残り少ないせいか傷がふさがる気配はない。
血に濡れたエレンフォールの肌は蒼白であり、全身は生死の境界をさまよう苦痛にか痙攣している。
殺せるはずがなかった。むしろ早く助けなければ。どうにかして拘束を解き、エレンフォールを守らなければ。
しかしそう強く思えば思うほど拘束は強くなっていく。どう足掻いても緩めることすらできず、一刻を争うヴァイスは唇を噛んだ。
「ッ……白亜、白亜様……お願いだ、頼む! エレンフォールだけは助けてくれ! 友だちなんだッ私はどうなっても構わない、だからどうか……どうか!!」
必死の懇願だった。
必死すぎて、大事な友しか見えていなくて。
ヴァイスは白亜の紅瞳が絶対零度まで冷えていくのを認識できなかった。