第7話 職務地帯と防衛地帯~ヤミ属界案内~

文字数 2,853文字

 内側へ進むごとに界隈を歩くヤミたちが多くなってきた。それにつれて街並みも明らかに変わり、一目で店と分かる建物が多くなった。

 道に面した店先では服や商品、果物などが並べられ、ヤミたちが生き生きと客引きをしたりされたりしている。居住地帯の何倍も活気と彩りがある様子に響は辺りをしきりに見回した。

「雰囲気がガラリと変わったのは分かるかい。ここは職務地帯と呼ばれる区域だ」

「はい、色々な店があって楽しそうです! 死神的な、じゃなくてヤミ属らしい仕事をする場所には全然見えないですが……」

「そういうことにまったく関係がないわけじゃないが、基本的にはヤミ属が生活するうえで必要なものを生産する場所だ。

 アビー食堂もこの地帯にあるし、その他にも鍛冶屋、素材屋、菓子屋、服屋など色々ある。見ていて一番楽しい区域だろうね」

「意外と人と変わらない生活をしてるんですね。もうちょっと違う感じを想像していました」

「わざと似せているんだ。高度な文化を営む人間を学習する必要があるからね。

 ただし楽しい雰囲気はここまで。さらに内側へ向かえば響くんが期待する雰囲気に近づいていくよ」

「や、別に期待しているわけじゃなくてですね?」

 ヴァイスはまた軽く笑いながら颯爽と歩いていく。

 色々な店があるのでもう少し散策したいところだが、いつの間にか先を行っていたアスカが振り返ってきたため――彼は基本的に響のうしろを歩いていることが多かった――響は小走りになりながらふたりのあとを追いかけるのだった。

「職務地帯の内側がここ防衛地帯。ヤミ属界とヤミ属を守護する防衛群の衛士、通称ガーディアンらが拠点にしている区域だ」

「た、確かに……楽しい雰囲気は全然なくなったな……」

 響は言いながら職務地帯と防衛地帯を明確に分けるようにそそり立つ灰色の外壁を見上げた。

 壁の高さ、およそ三十メートル。もっとあるかも知れない。この時点で明確な空気の変化を感じざるを得なかったが、ヴァイスやアスカに続き、大きな開門をくぐり抜けた先の光景はさらに物々しいの一言だった。

 職務地帯のような彩りはなく、居住地帯のような穏やかさもない。

 建造物は無機質に建ち並び、広場の一角では鎧を身にまとい武器を携帯したたくさんのヤミたちが軍隊のごとく整列して並び、向かい合って立つひとりの大柄なヤミが何やら声を張り上げている。

 少し遠くには馬に似た巨大な獣が数体つながれていたり大砲のようなものも置かれていたりして、響の顔は自然とこわばってしまう。

「彼らガーディアンの職務は防衛、つまり守ること。各地帯の見回りはもとより、霊獣が暴走しないよう管理したり、飛来してきた星屑が落ちる前に消し砕いたり、有事の際には最前線に出たり――ヤミ属界でここぞというときに一番頼りにされる集団だ」

「同じ〝守る〟でも、ヴァイスさんやアスカさんみたいな執行者とは違うんですか?」

「ああ。どちらも〝守る〟ことを任務とはするが、活躍の場や対象が違う。執行者は生物界で生物の死を、ガーディアンはヤミ属界で主にヤミを守っている」

 そういえば以前ヴァイスとともに街を歩いたときも、今回の散策でも、鎧を着たヤミが各地帯の要所要所に立っているのを確認していた。彼らはヤミ属にとっての警察官のようなものなのだろう。

「そうそう。衛生部隊――生物界で言うところの病院、つまりディルの診察室やアスカが今日まで過ごした病室もここにある」

「えっ、じゃあ僕もここに来たことがあるってことです?」

 ヤミ属界に来た当初の響はディルの診察室で目を覚ましたのだ。

「そうだ。私が君を運んできたときは意識がなかったから記憶にはないだろうが。もし身体の具合が悪くなったとかディルに相談したいことが出来たらここを訪ねるんだよ」

「ええ……緊張して逆に具合悪くなりそ――」

「おや、ヴァイス殿とアスカ殿」

 不意に別の声が割って入ってきて響は目をしばたたかせる。視線をそちらへ向けると、他のガーディアンよりも立派な鎧の金属音を鳴らし、大きなマントを翻しながらこちらへ近寄ってくる姿を認めた。

 先ほど大勢のガーディアンの前で声を張って何かを話していた青年だ。緋色の短髪、キリリとした一文字の眉、彩度の高い橙瞳、さらに鎧に包まれたがっしりとした体躯と、精悍さを体現したような姿をしている。

「ああロイド団長。部下たちへの指導は終わったのかい」

「はい、今しがた。今は訓練前の準備時間です。ときにヴァイス殿、本日は足取りが緩やかですね。久々の休養でいらっしゃいますか?」

「そんなところだ。アスカと一緒に響くんにヤミ属界の紹介をしていてね」

 ヴァイスがロイドの視線を響へと促す。

 当の響は無意識にヴァイスの後ろに隠れていたため視認されていなかったようだ。おずおずヴァイスの背から顔を出した響を見つけると、ロイドは「おお」と眉を持ち上げる。

「貴殿があの響か」
「……、」
「響くん、彼はロイド。神域守護騎士団の団長だ」
「ロイドだ。よろしく頼む」
「は、はい……よろしく、お願いします……」

 ズイと近づかれ大きな手を前に出された。

 握手を求められたのだと思い至れば恐縮しながら手を握り返した。見た目のとおり力が強くて響は思わず顔をしかめる。

「貴殿の事情は聞いている」

「そ、そうなんですか?」

「というより貴殿のことは皆が知っている。何か困っていたら力になれとエンラ様からお達しがあったからな」

 初耳なうえに〝エンラ様〟とやらのことも知らない響は曖昧に笑い返すが、ロイドは特に気を悪くしたふうもなくさわやかな笑みを深める。そして今度はアスカへと向き直った。

「アスカ殿。絶望的重体からの目覚ましい回復、実に喜ばしい。おめでとうございます」

「……ありがとうございます」

 ロイドの言葉にアスカはボソリと礼を述べる。

 そんなところで部下と思しきガーディアンに遠くから「団長~!」と呼ばれたロイドは「これにて失礼いたします」と軍隊でするようなピシリとした一礼をしたあとで去っていった。

「さて。防衛地帯の説明はこれくらいにして、さらに内側へ進もう。こっちだよ」

「は、はい」



 ヴァイスに促されてさらに内側へ進んでいくと再び壁に出くわした。

 防衛地帯を取り囲んでいた灰色の外壁よりは高くないものの、厚さがありそうな白い内壁と大門だ。そこには門番らしい二名のガーディアンが立っていて進路を阻んでいる。

「ここから先はガーディアンの許可がないと入れない区域になる」

 しかしヴァイスは特に立ち止まることもなくスタスタと近寄っていった。さすがに響は後に続けず立ち止まるも、ガーディアンらはヴァイスを止めることもない。そればかりか彼らは当たり前のように門を押し開け中へといざなった。

「おいで、響くん。アスカも」

「えっ、今すごい矛盾を目の当たりにしたんですが。許可取らないんですか?」

「例外があって執行者は顔パスなんだ。同伴者もね」

「な、なるほど……!」

 納得した響は小走りで先を行くヴァイスの後を追うこととなる。
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