第1話 防具を作ってもらいに
文字数 3,065文字
「響くん、防具欲しくないかい?」
突然自宅へやってきたヴァイスに突然そう訊かれ、頭に疑問符を浮かべつつも何となく頷くと、ヴァイスは響とアスカを外へ連れ出した。
何の説明もないままスタスタと先を歩くヴァイスの意図など分かるはずもなく、響は傍らのアスカを見上げる。
しかし見上げられたアスカも端正な面に困惑をにじませるばかりだ。
「……もしかして、行き先はザドリックさんの工房ですか」
それでも少ない情報から推理したらしいアスカが問いかければ、ヴァイスは「ご名答」などと言いながら振り返ってきた。
「そうだよ。防具といったら彼だからね」
「……そうですか……」
しかし肯定の返事を受け取ってもアスカの表情は晴れない。むしろ苦みが加わったように見受けられ、今度は響が口を開いた。
「あの、ザドリックさんというのは……?」
「防具の名工だ。彼の造った防具は頑丈でありながら軽く、装備がしやすいことで執行者やガーディアンたちに大人気でね。私のこれやカナリアも彼の技術力の賜物だよ」
これ、とヴァイスが指で示したものはその顔全体を覆うペストマスクだ。
相変わらず無機質で恐ろしい見かけのそれがファッションでなかったことに響は驚いた。冷静に考えれば何もおかしくはないのだが。
カナリアとはヴァイスの肩に留まっているゼンマイ仕掛けの小鳥のことだ。無機質ながら滑らかな鳥の動きをするカナリアもザドリックによって作られたものであったらしい。
「へぇ~すごい方なんですね」
「ああ、防具作りに関してはヤミ属界一とまで言われるほど有名な存在だ」
「そんなに! 会うの楽しみ――」
「そして大の生物嫌い」
「えっ!?」
無視できない言葉に響は思わず大きな声を出してしまい、道行くヤミが胡乱げに振り返ってくる。
急いで口もとを押さえる響だったが、それで動揺も収まるわけではない。アスカが浮かべていた苦みの意味に合点がいけばなおさらだ。
「……怒鳴られるのは確定事項として、斧を投げられる可能性も視野に入れて動くべきだな」
「お、斧!?」
アスカの不穏な独り言に聞き間違いかと訊き返す響。
しかしそれにもアスカは目で肯定を表するのみで、さらに恐怖をあおられてしまう。
「あ、あはは、僕やっぱり防具は要らないかなぁ」
「大丈夫、大丈夫。どうにかなるよ」
「ほ、ほんとですか……?」
「ああ。だから楽しみにしておいで」
そう言うとヴァイスは視線を前に戻す。
そうは言っても生物嫌いと分かっているヤミのもとへ向かうのは勇気が要る。いくらヤミ属の血が入っているとはいえ響は今も半分は生物なのだ。
それでも「これ以上断るのはヴァイスさんに悪いよなぁ……」と考えて小走りを続けてしまうのは、やはり響の性分ゆえだった。
初めての指名勅令任務〝魂魄執行〟から既に一ヶ月。
最初の任務の直後こそ響が数日引きこもってしまうという一騒動があったものの、アスカとの対話によって持ち直せて以降、響とアスカはそれなりの頻度で任務をこなしていた。
難易度がさらに低い他の任務――迷子になって生物界を漂う魂魄を捜索してヤミ属界へ連れていくものだとか――を行うこともあったが、与えられるのは大抵〝魂魄執行〟の任務だった。
〝魂魄執行〟。それは転生前に契約した寿命を反故して生き続ける生物を殺し、強制的に魂魄を回収する任務である。
アスカと響がこの任務に当たる場合は、アスカが執行自体を担当し、響は執行に係る雑務のみを担当しているが、どちらも生物の生と死を目の当たりにすることだけは変わらない。
執行対象は獣や虫、植物だったこともあったが、執着するものが多いせいだろうか、人間が圧倒的に多かった。
彼らは人種も居住地も年齢も性別も性格もバラバラであったものの、一様に『死にたくない』と抵抗し、アスカはそんな彼らの心臓を撃った。
響は銃声を耳にするたび目を逸らしたい心地に駆られたが、頑として彼らの最期を目に焼きつけた。
そうして体液に塗れて呻く彼らに近づき、手を握り、笑いかけた。すると彼らは恐怖や悲壮を緩め、静かに死んでいった。
無論、ヤミ属と生物の中間存在〝半陰〟とはいえ、一人の人間の精神性でしかない響に生物の死は苦しすぎるものだ。
何十と任務をこなしても一向に慣れることはなかったし、今後も恐らく平気になることはない。
だが、執行対象に寄り添って看取った自分を〝お前らしい死の守り方だ〟とアスカが肯定してくれたおかげで、響は挫けそうになる心を何度も奮い立たせられた。
――そしてもうひとつ。
『貴様らに任せた魂魄は不思議なことに傷や歪みの修復が速い』
回収した魂魄をエンラのもとへ届けること十数回目、エンラは不意にそんなことを言ってきた。
『それでも契約どおり死んだ魂魄よりは転生へ進むのに時間はかかるが……きっとジョン・スミスも己の孫が子を持つころには準備が整うであろうよ』
魂魄を裁定し、その汚れや歪みを直して転生を司るヒカリ属へ引き渡すことを仕事とするエンラの言葉。
そして思わず傍らを見上げたときアスカが大きく頷いてくれたこと。
それらは響の救いになり、自信にもなったのだ。
そんなふうに体力的にも精神的にも忙しく過ごして迎えた今日、約一ヶ月ぶりにヴァイスがアスカと響の家を訪れてきた。
本日は一日完全オフであり、翌日も任務がないという久々の連休だった。それゆえ午前中の響は日課となっている筋トレを多めにこなしていた。
昼はいつものように連れ立って食事をし、近隣を散歩しつつ帰宅。
その後はリビングルームのソファに座りながら心地よい眠気にまどろんでいた。ヴァイスが玄関のドアをノックしてきたのはそんなタイミングだ。
ドアを開けた途端ペストマスクが現れたので油断していた響は度肝を抜かれて「へぁ!?」と妙な声を上げ、ヴァイスはそれに笑い、次の瞬間彼の口から飛び出してきたのが「響くん、防具欲しくないかい?」の一言だったというわけだ。登場も発言も突拍子がなさすぎる。
「あの、この一帯は……?」
「職務地帯だよ。位置としては君たちの家の対角線上、つまり神域を越えた向こう側だね」
道中、響が見慣れない周囲を見渡しながらつぶやくとヴァイスが応じてくれた。
ヤミ属界はヤミ神が身を置く神域を中心として裁定領域、防衛地帯、職務地帯、居住地帯と環状に広がっている世界だ。
防衛地帯から内部は散策程度で足を踏み入れられる場所ではないため、ヴァイス一行は職務地帯をぐるりと大回りする形で既に三十分ほど歩いていた。
職務地帯自体はもちろん初めてではない。行きつけのアビー食堂も職務地帯にあり、時間があるときはアスカと共に周辺を見て歩くこともあった。
しかし神域の向こう側まで足を伸ばしたことはなかったため、響はキョロキョロと興味深く辺りを観察した。
自宅付近の職務地帯とは雰囲気がまったく違う。自宅近くは食堂や服、アクセサリー、お菓子などを扱った店が多く、道行くヤミも楽しそうにしている者が多かった。
しかしこの界隈は店構えからして無骨で、素っ気ない屋根に生えた煙突は間断なく煙を吐き出し、店先には鉱石のようなものや何に使うか分からない道具などが積み上がっていたりする。
道行くヤミも鎧を着た者や厳しい顔つきをしている者が多く、職務地帯といっても場所によってまったく向きが違うことを知る。
「この辺りは技術を売る店が大半でね。人間風に表現するなら職人の街といったところかな。自分の仕事に誇りを持っている者ばかりだ」
「へぇ~。ってウオァ!?」
突然自宅へやってきたヴァイスに突然そう訊かれ、頭に疑問符を浮かべつつも何となく頷くと、ヴァイスは響とアスカを外へ連れ出した。
何の説明もないままスタスタと先を歩くヴァイスの意図など分かるはずもなく、響は傍らのアスカを見上げる。
しかし見上げられたアスカも端正な面に困惑をにじませるばかりだ。
「……もしかして、行き先はザドリックさんの工房ですか」
それでも少ない情報から推理したらしいアスカが問いかければ、ヴァイスは「ご名答」などと言いながら振り返ってきた。
「そうだよ。防具といったら彼だからね」
「……そうですか……」
しかし肯定の返事を受け取ってもアスカの表情は晴れない。むしろ苦みが加わったように見受けられ、今度は響が口を開いた。
「あの、ザドリックさんというのは……?」
「防具の名工だ。彼の造った防具は頑丈でありながら軽く、装備がしやすいことで執行者やガーディアンたちに大人気でね。私のこれやカナリアも彼の技術力の賜物だよ」
これ、とヴァイスが指で示したものはその顔全体を覆うペストマスクだ。
相変わらず無機質で恐ろしい見かけのそれがファッションでなかったことに響は驚いた。冷静に考えれば何もおかしくはないのだが。
カナリアとはヴァイスの肩に留まっているゼンマイ仕掛けの小鳥のことだ。無機質ながら滑らかな鳥の動きをするカナリアもザドリックによって作られたものであったらしい。
「へぇ~すごい方なんですね」
「ああ、防具作りに関してはヤミ属界一とまで言われるほど有名な存在だ」
「そんなに! 会うの楽しみ――」
「そして大の生物嫌い」
「えっ!?」
無視できない言葉に響は思わず大きな声を出してしまい、道行くヤミが胡乱げに振り返ってくる。
急いで口もとを押さえる響だったが、それで動揺も収まるわけではない。アスカが浮かべていた苦みの意味に合点がいけばなおさらだ。
「……怒鳴られるのは確定事項として、斧を投げられる可能性も視野に入れて動くべきだな」
「お、斧!?」
アスカの不穏な独り言に聞き間違いかと訊き返す響。
しかしそれにもアスカは目で肯定を表するのみで、さらに恐怖をあおられてしまう。
「あ、あはは、僕やっぱり防具は要らないかなぁ」
「大丈夫、大丈夫。どうにかなるよ」
「ほ、ほんとですか……?」
「ああ。だから楽しみにしておいで」
そう言うとヴァイスは視線を前に戻す。
そうは言っても生物嫌いと分かっているヤミのもとへ向かうのは勇気が要る。いくらヤミ属の血が入っているとはいえ響は今も半分は生物なのだ。
それでも「これ以上断るのはヴァイスさんに悪いよなぁ……」と考えて小走りを続けてしまうのは、やはり響の性分ゆえだった。
初めての指名勅令任務〝魂魄執行〟から既に一ヶ月。
最初の任務の直後こそ響が数日引きこもってしまうという一騒動があったものの、アスカとの対話によって持ち直せて以降、響とアスカはそれなりの頻度で任務をこなしていた。
難易度がさらに低い他の任務――迷子になって生物界を漂う魂魄を捜索してヤミ属界へ連れていくものだとか――を行うこともあったが、与えられるのは大抵〝魂魄執行〟の任務だった。
〝魂魄執行〟。それは転生前に契約した寿命を反故して生き続ける生物を殺し、強制的に魂魄を回収する任務である。
アスカと響がこの任務に当たる場合は、アスカが執行自体を担当し、響は執行に係る雑務のみを担当しているが、どちらも生物の生と死を目の当たりにすることだけは変わらない。
執行対象は獣や虫、植物だったこともあったが、執着するものが多いせいだろうか、人間が圧倒的に多かった。
彼らは人種も居住地も年齢も性別も性格もバラバラであったものの、一様に『死にたくない』と抵抗し、アスカはそんな彼らの心臓を撃った。
響は銃声を耳にするたび目を逸らしたい心地に駆られたが、頑として彼らの最期を目に焼きつけた。
そうして体液に塗れて呻く彼らに近づき、手を握り、笑いかけた。すると彼らは恐怖や悲壮を緩め、静かに死んでいった。
無論、ヤミ属と生物の中間存在〝半陰〟とはいえ、一人の人間の精神性でしかない響に生物の死は苦しすぎるものだ。
何十と任務をこなしても一向に慣れることはなかったし、今後も恐らく平気になることはない。
だが、執行対象に寄り添って看取った自分を〝お前らしい死の守り方だ〟とアスカが肯定してくれたおかげで、響は挫けそうになる心を何度も奮い立たせられた。
――そしてもうひとつ。
『貴様らに任せた魂魄は不思議なことに傷や歪みの修復が速い』
回収した魂魄をエンラのもとへ届けること十数回目、エンラは不意にそんなことを言ってきた。
『それでも契約どおり死んだ魂魄よりは転生へ進むのに時間はかかるが……きっとジョン・スミスも己の孫が子を持つころには準備が整うであろうよ』
魂魄を裁定し、その汚れや歪みを直して転生を司るヒカリ属へ引き渡すことを仕事とするエンラの言葉。
そして思わず傍らを見上げたときアスカが大きく頷いてくれたこと。
それらは響の救いになり、自信にもなったのだ。
そんなふうに体力的にも精神的にも忙しく過ごして迎えた今日、約一ヶ月ぶりにヴァイスがアスカと響の家を訪れてきた。
本日は一日完全オフであり、翌日も任務がないという久々の連休だった。それゆえ午前中の響は日課となっている筋トレを多めにこなしていた。
昼はいつものように連れ立って食事をし、近隣を散歩しつつ帰宅。
その後はリビングルームのソファに座りながら心地よい眠気にまどろんでいた。ヴァイスが玄関のドアをノックしてきたのはそんなタイミングだ。
ドアを開けた途端ペストマスクが現れたので油断していた響は度肝を抜かれて「へぁ!?」と妙な声を上げ、ヴァイスはそれに笑い、次の瞬間彼の口から飛び出してきたのが「響くん、防具欲しくないかい?」の一言だったというわけだ。登場も発言も突拍子がなさすぎる。
「あの、この一帯は……?」
「職務地帯だよ。位置としては君たちの家の対角線上、つまり神域を越えた向こう側だね」
道中、響が見慣れない周囲を見渡しながらつぶやくとヴァイスが応じてくれた。
ヤミ属界はヤミ神が身を置く神域を中心として裁定領域、防衛地帯、職務地帯、居住地帯と環状に広がっている世界だ。
防衛地帯から内部は散策程度で足を踏み入れられる場所ではないため、ヴァイス一行は職務地帯をぐるりと大回りする形で既に三十分ほど歩いていた。
職務地帯自体はもちろん初めてではない。行きつけのアビー食堂も職務地帯にあり、時間があるときはアスカと共に周辺を見て歩くこともあった。
しかし神域の向こう側まで足を伸ばしたことはなかったため、響はキョロキョロと興味深く辺りを観察した。
自宅付近の職務地帯とは雰囲気がまったく違う。自宅近くは食堂や服、アクセサリー、お菓子などを扱った店が多く、道行くヤミも楽しそうにしている者が多かった。
しかしこの界隈は店構えからして無骨で、素っ気ない屋根に生えた煙突は間断なく煙を吐き出し、店先には鉱石のようなものや何に使うか分からない道具などが積み上がっていたりする。
道行くヤミも鎧を着た者や厳しい顔つきをしている者が多く、職務地帯といっても場所によってまったく向きが違うことを知る。
「この辺りは技術を売る店が大半でね。人間風に表現するなら職人の街といったところかな。自分の仕事に誇りを持っている者ばかりだ」
「へぇ~。ってウオァ!?」