第16話 一件落着にはまだ早い

文字数 2,881文字

 ヴァイスの一言で肩に乗っていたカナリアが起動する。

 その身を構成するゼンマイが高速で回転したかと思えば殻を破るかのように内側から巨大な鳥かごが出現、まるで食らいつくかのごとく開口部で呪禍キツネを一瞬で飲み込みにかかった。

 ゼンマイ仕掛けの小鳥はどこへ消えたのか。今や呪禍キツネすら腹に収めてしまう鳥かごとなったカナリアは、有無を言わさない様子で扉を閉めると急激にその身を縮める。中に入っている呪禍キツネもろともだ。

 そうしてヴァイスの肩に留まれるほどのサイズになれば、鳥かごのあちこちに付いているゼンマイが再び高速回転し小鳥の姿へと戻っていく。

「うん、呪禍を一滴もこぼさずに封印できた。良い仕事だね。カナリア」

 パタパタと金属製の羽根を動かし、定位置であるヴァイスの肩に留まり直すカナリアを撫でながらヴァイスは賛辞を送った。そうして戦闘跡地に目を馳せ一言。

「……しかし、これはS級クラスの任務だなぁ」

「ヴァイスさーん!」

 そのぼやきに別の声が重なった。

 ヴァイスが視線を向けた先には上空より着地しては忙しない様子で走り寄ってくる響とアスカ、ユエ助だ。

「響くん、アスカ。ケガはないかい」

「はい、俺たちは異状ありません」

「……あの、八尾のキツネはどこに……?」

「大丈夫。彼の執行は終えた」

 多くを語らずカナリアの腹を擦るのみのヴァイス。

 響は理解しきれない表情を浮かべるも、もうひとつの心配事を見つければヴァイスを見上げ直した。

「っていうか、それよりも! ヴァイスさん大丈夫でしたか? いや圧勝だったのは分かるんですけど……」

「もちろん大丈夫だ。君たちこそ何か得られるものはあったかい」

「はい。身のこなし方、各局面での判断など多方面で勉強になりました」

「……えと、ヴァイスさんてスゴいんだなって思いました」

 アスカがヴァイスの問いに大きく頷く傍らで響は頬を掻かざるを得なかった。

 罪科獣の苛烈さにも、それを平然と相手にするヴァイスの戦闘能力にも始終置いてけぼりになるばかりだったからだ。

 ヴァイスは響のバツの悪そうな感想に肩を揺らす。

「ははは。途中少し油断してしまったけどね、ありがとう」

「あの、この後はヤミ属界に帰還ですか?」

「少し待ってくれ。帰還の前にやっておきたいことがある」

 言いながら再度紋翼を展開し、さっさと階層を移動するヴァイス。

 響は生物界へ戻るのかと思ったが、ヴァイスに連れられて移動した先は、一尾のキツネ型罪科獣とアスカが戦闘を繰り広げた深度が浅い執行用階層だった。

 今の今まで立っていた深階層では草木すら残像でしかなかったものの、こちらの階層では青々しい茂みが戻ってきており視覚が和む。

 しかし何故ここに戻ってきたのだろうか。そんな疑問が響に首を傾げさせる。

「ああ良かった、まだ残っているね。カナリア」

 ヴァイスは何やらカナリアを促した。

 明確な指示がないにもかかわらず、カナリアはヴァイスの肩を再び飛び立っていく。

 そして金属の羽を折りたたんで着地した先は、先ほどアスカが執行した毛玉型罪科獣の亡骸の上だった。

 罪科獣の亡骸は空気に融けるように消えていくのが常だ。

 罪科獣ごとに消失の速度は違うようで、一般には何百・何千年と生きて霊的存在に傾き始めた罪科獣の方が消える速度は速いらしい。

 そのため一尾のキツネ型罪科獣の亡骸は既になかったのだが、毛玉型罪科獣の亡骸たちはほぼ残っていた。

 それだけ毛玉たちが罪科獣に変じて年数が浅いということだろう、と響はひとり考える。

「今回の執行対象……俺が討伐した一尾のキツネは、ヴァイス先輩が討伐してくださった八尾のキツネの一部ですよね」

 アスカの問いにヴァイスは首肯する。

「ご名答。恐らく普段はヤミ神の観測から逃れるために生物界以外の階層に生息していた九尾のキツネが、何らかの理由で一尾だけを生物界へ放ったのが今回君たちに与えられた任務の発端だろう」

「これまでヤミ神の目を上手くくぐり抜けてきたはずの罪科獣が、今回だけ安易に観測網へ引っかかったのは不思議です」

「この毛玉たちが関係していると私は推測するよ。例えば逃走にばかり一生懸命になってしまって隠蔽が疎かになった、とかね」

「確かに……執行対象は俺が見つける前から疾走していました。

 思い返せば任務前、エンラ様に視ていただいたときも走っていました。そのころから既に逃げ回っていたのかも知れません」

「毛玉たちが格上をわざわざ追って攻撃まで仕掛けていた理由は分からないが、キツネの方も撃退しなかったのは何故だろうね。

 単に攻撃が面倒だったというのなら、さっさと別の階層へ潜り込めばいいだけだ」

「……毛玉も他の階層へ移動できる可能性はありますか」

「普通に考えればない。皆無だ。自力で階層を移動するにはまだ物質に大きく偏っている。

 だが……魂魄が異様に見えづらかったり響くんを狙ったり、彼らは普通の罪科獣とは一線を画している。すべてを決めつけるわけにはいかないね」

「……はい」

「いずれにしろ判断材料がまだ足りな――」

「えっ!?」

 真剣な様子で難しい話をするアスカとヴァイス。

 そんなふたりを気後れしながら交互に見上げていた響だったが、何とはなしに視線を向けた先のカナリアが、毛玉の亡骸をパクパクとついばんでいるのを認めると大声を上げてしまった。

 アスカとヴァイスは揃って響を見下ろしてくる。

「邪魔してすみません! でもいいんですか、カナリアが毛玉を食べてますけど!?」

 そう、毛玉に近寄ったカナリアがその亡骸をクシバシでつつきながら器用に口へ運んでいるのだ。てきぱきと移動し、色々な亡骸の欠片を。

「ははは、違う違う。検体を回収してるんだ。ディルに調べてもらいたくてね」

「……、」

「普段は主に伝令で使っているが、本来のカナリアは拘束具であり封印防具なんだ。

 さっきは呪禍に転じた八尾のキツネを封印目的で体内に格納させたが、この毛玉たちは調査の必要を感じての回収だ。彼らの情報を少しでも得るべきだと判断したからね。

 響くんも狙われる理由を知りたいだろう?」

「それは、はい」

 確かに繁華街散策の際に出会った毛玉も、今回の毛玉たちも一様に自身を狙ってきたのが気にかかる。

 罪科獣の知識も未だ浅く自分の存在が曖昧なこともあってスルーしがちだが、理由があるのならもちろん知りたいと響は思った。

「じゃあカナリア。ディルに届けてくれ」

 ひとしきり毛玉の一部を腹に収めると、カナリアはヴァイスの一声で背を押されるように羽ばたき、階層を移動していった。

 響はカナリアが消えた空を見上げながら頭に疑問符を浮かべた。これから自分たちも帰還するのに何故カナリアを先にヤミ属界へ帰したのだろう、と。

「――さて。そんなわけで任務は終了だが、私としてはここからが本題だ」

 だからヴァイスが気を取り直したように響とアスカを振り返ってきたとき、そしてその言が鼓膜に触れたとき。

 響はこれから何が始まるかを本能的に悟って身を固くさせてしまう。

 アスカもまた同じだったらしく響の隣で背筋を伸ばした。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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