第4話 生意気なコドモ《ヴァイス》
文字数 2,589文字
身体年齢十二歳ほどの少年体だ。
まず目を引いたのは色のないミディアム・ヘア。次に小作りな顔の上半分を覆う白の仮面。
肌は抜けるように白く、唯一色があると言っても過言ではない淡色の唇は引き結ばれ、その左斜め下には薄いホクロがひとつ。
顔の造作は上半分が隠されているせいでそれ以上は不明、服装は一般的なヤミの装いだ。身長はディルよりずっと低い。
無言で近づいてはエンラに頭を下げる少年を、ディルはまじまじと見下ろしながら眉を寄せた。
「エンラ様、なんですかこの子ども」
「先日執行者になりたてのヤミ、そして貴様の次のバディだ。自己紹介をせよ」
「ヴァイスと申します」
命じられた少年・ヴァイスは淡々とした様子でディルにも頭を下げる。しかしディルは眉間のしわを深めるばかりで応じない。
「エンラ様。執行の手が不足してるっつったって、こんなガキにまで任務させてるんですか?」
ヤミ属には人間のように年齢をいちいち数える習慣はないが、執行者になるのは身体年齢が十五歳程度に上がってからだ。
事実ディルもそうだったし、他の執行者もそうだった。しかし目の前に立っているヤミはまだまだ小柄で年端のいかない子どもだ。
だがエンラは笑みを浮かべたままうなずいた。
「そうだ。ヴァイスの能力は我の目にもみはるものがあったゆえな。しかし手が足りぬがゆえに執行者にしたわけではないぞ。こやつ自身が志願したのだ」
「あぁ? んなワケあるかよ」
「エンラ様のお話は本当です」
心底疑わしい顔でエンラを見るディルだったが、幼な声が当たり前のようにエンラを肯定するや否やヴァイスへ視線を戻した。
「ヤミ属界で庇護されながら漫然と過ごすより、早々にヤミ属の使命を果たすべきと判断して私自ら志願しました。育て親だった方のお墨つきもいただいております」
「……お前、階級は」
「C級です」
「だよな。確かにCならギリ分かる。最下級が対応できる任務は〝魂魄執行〟とか簡単なやつだけだからな。
でも俺はB級だぜ。B級のヤツとバディになるってことは自分もB級に強制昇格、〝罪科獣執行〟もこなすってことだ。エンラ様、それ分かって言ってんのかよ」
「無論だ」
変わらぬ表情で大きくうなずくエンラ。だから今度のディルは眉を吊り上げた。
「冗談じゃねぇ。こんなガキに戦闘行動させるなんざどうかしてるぜ! どう考えたってお荷物だろ、戦いながらお守りしろってか!?」
「否、お守りするのはヴァイスの方だ。毒を撒き散らすヤミをバディとしなければならぬのだからのう」
「あぁ!?」
「ヴァイスよ。この自己紹介もできぬヤミがディルだ。事情は先刻話したとおりである。初めてのバディがこんなので重荷なのは明白だが、組めるか」
「おい!! 言わせておけば――」
「先ほど申し上げたとおり私に異論はありません。エンラ様の命に従い、必ずや任務を完遂いたします」
ピキッ。ディルのコメカミに血管が浮かぶ。
重荷と言われた挙げ句、明らかな格下に否定もされないのだ。怒らない方が難しい。
ものすごく激高したい。『こっちこそガキがバディなんて願い下げだ』と言いたい。格の違いを分からせてやりたい。
だが、わずかな理性がディルをすんでのところで止めた。このまま怒鳴ってしまえばエンラの思うツボだと考えられる程度にはまだ余裕があったのだ。
そんなディルの内心などつゆ知らず――いや知っていたかもしれない――エンラは満足げな様子でヴァイスに手を広げてみせる。
「うむうむ。ヴァイスよ、なんとも頼もしく愛いではないか。どれ、こちらへ参れ。きつく抱擁してやろう」
「結構です」
「しかし我が主。初めてのバディがディル殿というのはやはり厳しいのではありませんか?」
リンリンが不安そうにエンラへ進言するのにもディルはグッと耐える。言わせておけば好き放題言いやがってと思うが、ギリギリ抑えこむ。
「問題ありません。私の方が強いので」
しかし。ヴァイスがさらりと言いのけたことで、ディルの我慢は限界に達した。
つかつかヴァイスに歩み寄り、胸ぐらをつかんでは持ち上げる。それだけで小柄な身体はつま先立ちになった。
「テメェ……今なんて言った。もう一度言ってみろよ」
「私の方があなたより強いので問題ないと言いました」
至近距離からの恫喝にも何ら動揺を見せず、同じ内容を繰り返すヴァイス。ゆえにディルの頭では何かがブチリと切れる音が響いた。
「どうやら一度ボコボコにされねぇと分からねぇみたいだな、クソガキ!」
「貴様だってクソガキではないか」
「うっせぇぞエンラ様! とにかく俺は今からコイツをブチのめす。いいよなぁ!?」
「ディル殿、暴力はおやめください。せめてこの神聖なる場では」
「リンリンよい。ここでの戦闘を一時許可する」
「我が主……?」
「ただし〝裁定〟待ちの魂魄がこうして大量に泳いでいるゆえな、権能の使用は控えよ」
「話が分かるじゃねぇか。安心してくれよ、さすがに権能まで使ったら大ケガさせちまうから使う気はねぇ」
「ヴァイス。できるか?」
玉座の肘かけに悠々と肘をつき、楽しげな笑みを浮かべながらエンラが問う。
ヴァイスはディルの激高を目前で受けているときも無表情・無反応という異様さを披露していたが、エンラへの問いかけにも淡々とした様子でうなずいた。
「それがご命令であるならば」
「ならば戦え。言い忘れておったがこれから〝罪科獣執行〟任務を与えるゆえ、それも加味するがいい」
「了解しました。力量、加減いたします」
まったくイチイチ癇にさわるガキだ――そんなことを思いつつ胸ぐらから手を離し、後退して少しばかり距離を取る。
そうして固く握りこんだ右拳を左手のひらに打ちつければ、広大な神殿内にパァンと威勢のいい音が響き渡った。
その音に驚いたか、ディルの肩にとまっていたカナリアがバサバサと羽ばたいてどこぞへと飛んでいく。
「加減する時間なんか与えねぇよ。一瞬で終わらせてやるからなぁ!!」
未だ無表情に立つだけのヴァイスを灰瞳でギロリ睨みつけ、ディルは床を蹴った。
速さには自信があった。体術にも自信があった。
だから拳を振り上げヴァイスへと疾走するディルの頭のなかでは、あまりの速度と力、技術の違いに動けずにいるヴァイスにごく軽い一発を入れ、「ごめんなさい。私が間違っていました」と謝らせる構想ができあがっていたのだった――
まず目を引いたのは色のないミディアム・ヘア。次に小作りな顔の上半分を覆う白の仮面。
肌は抜けるように白く、唯一色があると言っても過言ではない淡色の唇は引き結ばれ、その左斜め下には薄いホクロがひとつ。
顔の造作は上半分が隠されているせいでそれ以上は不明、服装は一般的なヤミの装いだ。身長はディルよりずっと低い。
無言で近づいてはエンラに頭を下げる少年を、ディルはまじまじと見下ろしながら眉を寄せた。
「エンラ様、なんですかこの子ども」
「先日執行者になりたてのヤミ、そして貴様の次のバディだ。自己紹介をせよ」
「ヴァイスと申します」
命じられた少年・ヴァイスは淡々とした様子でディルにも頭を下げる。しかしディルは眉間のしわを深めるばかりで応じない。
「エンラ様。執行の手が不足してるっつったって、こんなガキにまで任務させてるんですか?」
ヤミ属には人間のように年齢をいちいち数える習慣はないが、執行者になるのは身体年齢が十五歳程度に上がってからだ。
事実ディルもそうだったし、他の執行者もそうだった。しかし目の前に立っているヤミはまだまだ小柄で年端のいかない子どもだ。
だがエンラは笑みを浮かべたままうなずいた。
「そうだ。ヴァイスの能力は我の目にもみはるものがあったゆえな。しかし手が足りぬがゆえに執行者にしたわけではないぞ。こやつ自身が志願したのだ」
「あぁ? んなワケあるかよ」
「エンラ様のお話は本当です」
心底疑わしい顔でエンラを見るディルだったが、幼な声が当たり前のようにエンラを肯定するや否やヴァイスへ視線を戻した。
「ヤミ属界で庇護されながら漫然と過ごすより、早々にヤミ属の使命を果たすべきと判断して私自ら志願しました。育て親だった方のお墨つきもいただいております」
「……お前、階級は」
「C級です」
「だよな。確かにCならギリ分かる。最下級が対応できる任務は〝魂魄執行〟とか簡単なやつだけだからな。
でも俺はB級だぜ。B級のヤツとバディになるってことは自分もB級に強制昇格、〝罪科獣執行〟もこなすってことだ。エンラ様、それ分かって言ってんのかよ」
「無論だ」
変わらぬ表情で大きくうなずくエンラ。だから今度のディルは眉を吊り上げた。
「冗談じゃねぇ。こんなガキに戦闘行動させるなんざどうかしてるぜ! どう考えたってお荷物だろ、戦いながらお守りしろってか!?」
「否、お守りするのはヴァイスの方だ。毒を撒き散らすヤミをバディとしなければならぬのだからのう」
「あぁ!?」
「ヴァイスよ。この自己紹介もできぬヤミがディルだ。事情は先刻話したとおりである。初めてのバディがこんなので重荷なのは明白だが、組めるか」
「おい!! 言わせておけば――」
「先ほど申し上げたとおり私に異論はありません。エンラ様の命に従い、必ずや任務を完遂いたします」
ピキッ。ディルのコメカミに血管が浮かぶ。
重荷と言われた挙げ句、明らかな格下に否定もされないのだ。怒らない方が難しい。
ものすごく激高したい。『こっちこそガキがバディなんて願い下げだ』と言いたい。格の違いを分からせてやりたい。
だが、わずかな理性がディルをすんでのところで止めた。このまま怒鳴ってしまえばエンラの思うツボだと考えられる程度にはまだ余裕があったのだ。
そんなディルの内心などつゆ知らず――いや知っていたかもしれない――エンラは満足げな様子でヴァイスに手を広げてみせる。
「うむうむ。ヴァイスよ、なんとも頼もしく愛いではないか。どれ、こちらへ参れ。きつく抱擁してやろう」
「結構です」
「しかし我が主。初めてのバディがディル殿というのはやはり厳しいのではありませんか?」
リンリンが不安そうにエンラへ進言するのにもディルはグッと耐える。言わせておけば好き放題言いやがってと思うが、ギリギリ抑えこむ。
「問題ありません。私の方が強いので」
しかし。ヴァイスがさらりと言いのけたことで、ディルの我慢は限界に達した。
つかつかヴァイスに歩み寄り、胸ぐらをつかんでは持ち上げる。それだけで小柄な身体はつま先立ちになった。
「テメェ……今なんて言った。もう一度言ってみろよ」
「私の方があなたより強いので問題ないと言いました」
至近距離からの恫喝にも何ら動揺を見せず、同じ内容を繰り返すヴァイス。ゆえにディルの頭では何かがブチリと切れる音が響いた。
「どうやら一度ボコボコにされねぇと分からねぇみたいだな、クソガキ!」
「貴様だってクソガキではないか」
「うっせぇぞエンラ様! とにかく俺は今からコイツをブチのめす。いいよなぁ!?」
「ディル殿、暴力はおやめください。せめてこの神聖なる場では」
「リンリンよい。ここでの戦闘を一時許可する」
「我が主……?」
「ただし〝裁定〟待ちの魂魄がこうして大量に泳いでいるゆえな、権能の使用は控えよ」
「話が分かるじゃねぇか。安心してくれよ、さすがに権能まで使ったら大ケガさせちまうから使う気はねぇ」
「ヴァイス。できるか?」
玉座の肘かけに悠々と肘をつき、楽しげな笑みを浮かべながらエンラが問う。
ヴァイスはディルの激高を目前で受けているときも無表情・無反応という異様さを披露していたが、エンラへの問いかけにも淡々とした様子でうなずいた。
「それがご命令であるならば」
「ならば戦え。言い忘れておったがこれから〝罪科獣執行〟任務を与えるゆえ、それも加味するがいい」
「了解しました。力量、加減いたします」
まったくイチイチ癇にさわるガキだ――そんなことを思いつつ胸ぐらから手を離し、後退して少しばかり距離を取る。
そうして固く握りこんだ右拳を左手のひらに打ちつければ、広大な神殿内にパァンと威勢のいい音が響き渡った。
その音に驚いたか、ディルの肩にとまっていたカナリアがバサバサと羽ばたいてどこぞへと飛んでいく。
「加減する時間なんか与えねぇよ。一瞬で終わらせてやるからなぁ!!」
未だ無表情に立つだけのヴァイスを灰瞳でギロリ睨みつけ、ディルは床を蹴った。
速さには自信があった。体術にも自信があった。
だから拳を振り上げヴァイスへと疾走するディルの頭のなかでは、あまりの速度と力、技術の違いに動けずにいるヴァイスにごく軽い一発を入れ、「ごめんなさい。私が間違っていました」と謝らせる構想ができあがっていたのだった――