第8話 戦闘は滞りなく

文字数 2,373文字

「見ろ。執行対象の後ろから出てくる」

「……、」

「おや」

 アスカが視線を促したと同時に、キツネ型罪科獣の背後から姿を現したのはバスケットボールほどの大きさをした歪なモノたちだった。

 すべての個体が同一のカタチをしているわけではない。

 足があったり手があったり、動物あるいは虫、植物のような見た目だったり、翅が生えていたり、実がなっていたり。

 それぞれが少しずつ違っているものの、基本的には球体で、全身が毛に覆われているのは同じだった。

 そんな異様なモノたちが少なくとも十匹、キツネ型罪科獣の背後からワラワラと飛び出してきたのだ。

「えっ、な、何あれ!?」

「別の罪科獣でヤンスか?」

「ずいぶん多いね。階層降下のときに巻き込んだのかな」

 ヴァイスの言葉に響は困惑する。

「ええ? でも全然そんな感じはしなかったんだけどな……」

「執行対象の後ろ足や臀部にくっついていて感知できなかったのかも知れないね。

 アスカが傷つけていない箇所から現れた彼らの身体は紫の血にまみれているし、君たちが交戦を開始する前から彼らは執行対象にまとわりついていたんだろう」

「……、」

 確かに異形たちの身体は所々紫色の体液、つまりキツネ型罪科獣の血で汚れていた。

「戦闘開始前から妙に血の匂いがすると思ったらそういうことか。見た目からして罪科獣なのだろうが、核の部分がどうにも見えにくいな」

「! っていうか、こいつら存在養分を補給するため生物界へ下りたときに出会った毛玉型罪科獣と似てる気がします……!」

 ハッと気がついた響が即座に言えば、アスカもまた執行対象や毛玉たちから目を離さずに頷く。

「見た目に少しずつ違いはありますが、気配もほとんど同じです。核が見えにくいのも、気持ちの悪い違和感も」

 それに首肯するのはヴァイス。

「……ふむ。それと――」

「わあっ!?」

「響くんを見つけると襲いかかってくるのも同じようだ」

 ヴァイスの言葉どおり、今の今までキツネ型罪科獣を足蹴にしていた毛玉たちは響を認識するや否や一様に襲いかかってきた。

 ユエ助は「任せるでヤンス!」と再度シールドを展開、しかし毛玉たちの突進がそれに阻まれる前に響の前を陣取っていたアスカが毛玉たちを切っていく。

「すごい……!」

 毛玉たちの能力には見た目同様に個体差があるようだった。

 俊敏なモノ、のろいモノ、攻撃に特化したモノ、防御に特化したモノ、奇特な動きをするモノ。

 一斉に向かってきたとはいえ速さもタイミングも攻撃方法も違う毛玉たちを、アスカは大鎌を操り苦慮することなく屠っていく。

 中には以前東京の繁華街で相手にした毛玉型罪科獣と同じように、目にも留まらぬピンポン玉のような動きで翻弄してくるモノもいた。

 だが、特訓を毎日熱心に続けてきた成果だろうか。それさえもアスカは手こずることなく始末してしまう。気がつけば毛玉たちは一匹も残っていない。

「――!」

 しかしその事実に一息をつく暇もなく、今度はキツネ型罪科獣が攻撃を仕掛けてきた。

 毛玉を相手にしていた束の間に首の傷を癒やしたらしいキツネ型罪科獣は――恐るべき回復力だ――四足で地面を蹴っては薙ぎ倒した木もろとも突進してくる。

 猛スピードでぶつかってくる巨大物は災害にも等しい。しかしそれは人間に限ってのことだ。

 アスカは手にする大鎌の刃に再度炎を灯らせ、大きく振りかぶっては渾身の一撃を放った。

 斬撃は衝撃波を従えながら愚直にまっすぐ向かってくるキツネ型罪科獣に直撃、炎の余波がその巨躯を包み燃え上がらせる。

 〝罪科獣執行〟と〝魂魄執行〟の違いは、執行対象の魂魄が変容しているか否かである。

 つまり執行対象が誰であれ、執行用階層にて死を与えるという本質に変わりはない。

 そして執行行為は魂魄に死を自覚させる行為でしかなく、痛みを味わわせるものではない。痛みを感じるとすれば、それは心が作り出した幻なのだ。

 ならば、と響は大きな火の玉と化し、もはや声すら上げられないキツネ型罪科獣を見上げながら祈った。

 どうか早く痛みから解放されますように。安らかに眠れますようにと。

「響。ケガはないか」

 ズズゥン、と重々しい音を立てて地に倒れたキツネ型罪科獣から炎が引いた。

 さらにその体躯がゆらめくように消え始めると、アスカは踵を返して響のもとへ戻ってくる。

 どうやら執行を終えたらしい。響は胸をなでおろしながら数歩前までやってきたアスカへ頷く。

「大丈夫。アスカ君強かったし、ユエ助も優秀だったし。アスカ君は平気?」

「ああ。何も問題はない」

 その言葉で響はさらに安堵を重ねた。

 ドヤ顔のユエ助もふよふよと響のもとへ戻ってくる。ご褒美に頭を撫でられたいらしく、響は希望どおりにしてやりながら吐息をついた。

 戦闘に参加できないにもかかわらず、今回の〝罪科獣執行〟の任務を受けることを決めたのは響だった。

 アスカは『響を守ったうえで任務も全うする』と言ってくれたが、だからといって彼が傷つくことを良しとするわけではない。ゆえに何の被害もなく終えられたことが心から嬉しかった。

 とにもかくにもこれで初めての〝罪科獣執行〟任務は終了した。響はユエ助を胸に抱えた姿勢のまま意気揚々と口を開く。

「じゃあ任務も無事終わったし、階層を戻すね」

「……」

「アスカ君?」

「待ってくれ。殺気が消えていない、むしろ強くなっている」

 しかし予想だにしないアスカの言葉が響の心に暗雲をもたらす。未だ鋭い眼光で周囲を見回すアスカに眉根を寄せた。

「変な毛玉がまだ残ってるってこと?」

「そうかも知れない。響、俺は少し周囲を見回ってく――」

「いや、さらに階層降下だ」

 アスカが言いつつ踵を返そうとするのを遮りにかかったのはヴァイスだ。

 響とアスカは揃って見上げる。何もない、あさっての空間を見つめるだけのヴァイスを。
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登場人物紹介

◯◆響

普通の男子高校生だった17歳。

アスカに命を狙われ、シエルに〝混血の禁忌〟を犯されて

生物とヤミ属の中間存在〝半陰〟となった結果、

生物界での居場所を根底から奪われた過去を持つ。

◆アスカ

物語当初は響の命を狙う任務に就いていたヤミ属執行者。

シエルに紋翼を奪われて執行者の資格を失ったが、

響が志願したことにより彼も執行者に復帰することとなった。

以降は響の守護を最優先の使命とする。

◇シエル

〝悪夢のなかで出会った神様〟と響が誤認した相手。

アスカの紋翼を無惨に引きちぎり、

響に〝混血の禁忌〟を犯した相手でもある。

アスカと因縁があるようだが……?

◆ヴァイス

ヤミ属執行者。

〝混血の禁忌〟に遭った響の首を切り落とそうとした。

長身かつ顔面をペストマスクで覆った容姿はシンプルに恐ろしい。

アスカの元育て親、ディルの相棒。

◆ディル

ヤミ属執行者。

しかし軍医的位置づけであるため執行行為はご無沙汰。

ヴァイスの相棒かつ響の担当医、キララの元育て親でもある。

素晴らしい薬の開発者でもあるが、ネーミングセンスがことごとくダサい。

◯乃絵莉

響の妹、だった少女。

響にとって何よりも守りたい存在。

響が〝半陰〟となって以降は一人っ子と再定義された。

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