第11話 海上戦
文字数 2,995文字
ドォ、という音を伴いながら大量の水は一直線にアスカへ放出された。
水といっても量と勢いがあればかなりの威力を伴う。
直撃したなら思いきり殴打されるのと変わらないだろうそれを、アスカは素早く横に動いて避けてみせる。
しかし単発で終わるわけもない。
シエルは薄い笑みを唇に乗せながら横に避けたアスカへ二発三発と水の塊を放っていった。
少し前に裸足となって水と戯れていた響、海中から突如現れ響を狙ったシエル。
アスカはそんなふたりへ駆け寄り、響を砂浜へ蹴り飛ばしてシエルと対峙した。
そのため、現在のアスカとシエルは膝下まで潮水に浸かっていた。
言わずもがな水中は動きを著しく制限される。
加えて液体に物理攻撃は不可、アスカは水に足を取られながら次々と放たれる水の塊を避けるしかない。
そのせいか潮水を脱する機会もことごとく奪われる。
合間に大鎌でシエルへ攻撃を浴びせようとするが、シエルはまるで水の影響を受けないかのように流麗な動きで躱してみせる。これも〝水〟の権能の一部なのかも知れない。
とはいえ、地の利がないアスカの動きもシエルに決して劣っていなかった。少なくとも響の目にはそう映った。
動けば動くほどまとわりつく水の影響を受けないよう足の動きを最小限にし、代わりに大鎌を縦横無尽に扱っている。
その斬撃や薙撃はことごとく避けられるものの、シエルが後退する場面も多い。
「へぇ、なかなか動きが良くなったな。前よりはガッカリしないで済みそうだ」
言いながらシエルが両手を弓引きの形にすると、周囲の水がまた持ち上がっては弓と矢を形作った。
依然として紋翼からも水塊が放出されるなか、照準をアスカへ合わせたシエルが右手の水矢を離す動作をすると、そこから限りなく細く、しかしだからこそ力強い水流が射出される。
水の塊など比ではない速さだ。アスカはすんでのところで直撃を免れたが、全部を避けきれたわけではない。
ツナギの二の腕部分の一部がスパリと切られてしまった。まるで刃で切りつけられたかのような切れ味に響は目を見開く。
「水を侮るなよ。高圧で放出すれば金属だって容易く切断する」
また水矢が放たれた。それも何度も。
さすがに水塊で動きを制限されるなか高威力の水撃をさらに躱すことは不可能だ。
アスカは黒瞳に力を込めてシエルの右手の動きに意識を集中、水矢が射出されると同時に大鎌を前に突き出して受け止める。
鋭く速い水矢を大鎌の柄でギィン、ギィン、ギィン! と跳ね返してみせた。
同時に水塊も避けている。シエルは眉を持ち上げながら口笛を吹いた。
「いいねぇ~これならどうだ!」
「ッ!」
ザバァ! シエルの言葉と共にアスカを中心として海水が六ケ所盛り上がった。
それは人型の水塊だ。アスカへと向かって両手を突き出し――今度は指先から一斉に水撃が放たれる。
両手指十本、計六十本。360度あらゆる方角からの攻撃だ。アスカは反射的に足へ力を込めて数メートル跳躍し躱したが、そこを狙ったかのようにシエルが一際強い水矢を放ってきた。
アスカはまた大鎌の柄で弾き返し、シエルのさらなる追撃をも同じように防御しようとした。
しかし、
「!?」
「はい、拘束~」
「ッ……!」
アスカの身体が急に動かなくなっていた。そればかりか大鎌を前に出した姿勢のまま空中に繋ぎ止められている。
その状態で放たれたシエルの水矢はアスカの首へまっすぐ食らいついた。
「アスカ君!!」
響が叫ぶ。ヤミ属といえど人型を取っているのだ、首への攻撃は死に直結するはずだ。
しかしアスカは生きていた。どうやら首だけを懸命に動かして直撃を避けたらしい。
とはいえ、すべてを避けられたわけではないようだった。証拠にアスカの首は横一文字に切り裂かれ、溢れ出てきた血も決して少なくない。
「さすがに水ン中へ〝糸〟を忍ばせたのは意地悪だったか?」
シエルは攻撃の手を止め、空中で縫いとめられているアスカを愉悦のにじむ面で見上げた。
「オレのもうひとつの権能〝傀儡の糸〟――神陽力を糸として固定化させ、対象を拘束したり操ったりできる便利な能力だ。
水と掛け合わせた糸は強度も抜群になる。間違っても普通の方法じゃ抜け出せないぜ」
「くッ……!」
「〝水〟と一緒には使えないと思ったか。ま、確かに普段はムリだが、この海でならヨユーなんだよヨユー」
シエルが両手をまた弓張りの形にした。
神のごとき慈愛を抱いた碧眼は相反する殺意でギラギラと光っている。
そうして逡巡なく放たれた水矢は先よりも速く鋭くアスカの左胸へ向かっていった。
駆け寄る時間などありはしない。響の目は現実を見たくないとばかりに咄嗟に視界を閉ざそうとする。
しかし、アスカもやられっぱなしではなかった。
水矢が放たれた瞬間、全身から権能〝炎〟を発現して己を拘束する糸を焼き切り、大鎌を操っては水矢を跳ね返した。
一連の行動は響の目に留まらない。
結局響が現状を把握できたのは、着地するや否や先端に炎を集めた大鎌でアスカがシエルに攻撃を仕掛けたころだった。
「ようやく出したか〝炎〟!
そう、普通の方法じゃ糸から抜け出せないとあれば権能を使うしかねぇよなぁ!」
シエルは楽しげに言いながら大鎌の連撃を避ける。
扱いが難しそうな大振りな武器をアスカは身体の一部のように扱ってみせるが、それでもシエルは水のごとく自在に動いて器用に躱すのだ。
「紋翼を失った今、確かに権能の使いどころは吟味する必要がある。
だからといって出し惜しみしてるとすぐやられちまうぜ? おら、もう一発!」
「っ!」
海面から再び六体の人型が盛り上がってきた。また取り囲まれる陣形だ。前方にはシエルもいる。
アスカは攻撃を中断、しかし今度は跳躍して避けることはしなかった。
己へ向かって放たれる六十の水撃に意識を集中させて全方向へ炎を発現する。
一体どれほどの灼熱か。放たれた水撃は一瞬にして蒸発した。
万が一先ほどのように水撃のなかにシエルの糸が紛れこんでいたとしても、これならば焼き切ることができるだろう。
――だが。
「グッ!?」
「残念、次は下だ」
アスカが突如体勢を崩す。
どうやら今度は言葉のとおり水に足を下へ引っ張られているようだ。そのうえアスカの両足へ水がアメーバのように這い上がってきている。
「判断を間違えたな。水中じゃ勝ち目なんかねぇんだから、無理やりにでも地上戦に持ちこむべきだったぜ」
「っ……、」
「ま、どんな手を使ってでも水から逃す気はなかったけどぉ」
アスカは足を懸命に動かしながら、左胸の神核片から取り出した銃で足元を撃つ。
しかし効果はない。炎も発現してはみるものの、這い上がってくる水が海と直接繋がっている以上蒸発させることも難しいようだった。
シエルは数メートル先でウインドブレーカーのポケットに手を突っ込みながらそんなアスカを見ている。
「ヒント。霊体化したら逃げられるぜ。つっても〝糸〟で出来ないようにしてるがな」
「っ、」
「いやぁ~海で戦えて最高にラッキーだ。ここなら失った紋翼を存分に補強できるもんなァ。一方的に蹂躙できるのは気分がいい」
「近づくな……!」
膝下で潮水を掻き分け近づいてくるシエルを睨むアスカ。
その黒瞳は闘志を失っておらず、右手もまた大鎌をシエルの方へと突き出した。それを眺めるシエルは満足げだ。
水といっても量と勢いがあればかなりの威力を伴う。
直撃したなら思いきり殴打されるのと変わらないだろうそれを、アスカは素早く横に動いて避けてみせる。
しかし単発で終わるわけもない。
シエルは薄い笑みを唇に乗せながら横に避けたアスカへ二発三発と水の塊を放っていった。
少し前に裸足となって水と戯れていた響、海中から突如現れ響を狙ったシエル。
アスカはそんなふたりへ駆け寄り、響を砂浜へ蹴り飛ばしてシエルと対峙した。
そのため、現在のアスカとシエルは膝下まで潮水に浸かっていた。
言わずもがな水中は動きを著しく制限される。
加えて液体に物理攻撃は不可、アスカは水に足を取られながら次々と放たれる水の塊を避けるしかない。
そのせいか潮水を脱する機会もことごとく奪われる。
合間に大鎌でシエルへ攻撃を浴びせようとするが、シエルはまるで水の影響を受けないかのように流麗な動きで躱してみせる。これも〝水〟の権能の一部なのかも知れない。
とはいえ、地の利がないアスカの動きもシエルに決して劣っていなかった。少なくとも響の目にはそう映った。
動けば動くほどまとわりつく水の影響を受けないよう足の動きを最小限にし、代わりに大鎌を縦横無尽に扱っている。
その斬撃や薙撃はことごとく避けられるものの、シエルが後退する場面も多い。
「へぇ、なかなか動きが良くなったな。前よりはガッカリしないで済みそうだ」
言いながらシエルが両手を弓引きの形にすると、周囲の水がまた持ち上がっては弓と矢を形作った。
依然として紋翼からも水塊が放出されるなか、照準をアスカへ合わせたシエルが右手の水矢を離す動作をすると、そこから限りなく細く、しかしだからこそ力強い水流が射出される。
水の塊など比ではない速さだ。アスカはすんでのところで直撃を免れたが、全部を避けきれたわけではない。
ツナギの二の腕部分の一部がスパリと切られてしまった。まるで刃で切りつけられたかのような切れ味に響は目を見開く。
「水を侮るなよ。高圧で放出すれば金属だって容易く切断する」
また水矢が放たれた。それも何度も。
さすがに水塊で動きを制限されるなか高威力の水撃をさらに躱すことは不可能だ。
アスカは黒瞳に力を込めてシエルの右手の動きに意識を集中、水矢が射出されると同時に大鎌を前に突き出して受け止める。
鋭く速い水矢を大鎌の柄でギィン、ギィン、ギィン! と跳ね返してみせた。
同時に水塊も避けている。シエルは眉を持ち上げながら口笛を吹いた。
「いいねぇ~これならどうだ!」
「ッ!」
ザバァ! シエルの言葉と共にアスカを中心として海水が六ケ所盛り上がった。
それは人型の水塊だ。アスカへと向かって両手を突き出し――今度は指先から一斉に水撃が放たれる。
両手指十本、計六十本。360度あらゆる方角からの攻撃だ。アスカは反射的に足へ力を込めて数メートル跳躍し躱したが、そこを狙ったかのようにシエルが一際強い水矢を放ってきた。
アスカはまた大鎌の柄で弾き返し、シエルのさらなる追撃をも同じように防御しようとした。
しかし、
「!?」
「はい、拘束~」
「ッ……!」
アスカの身体が急に動かなくなっていた。そればかりか大鎌を前に出した姿勢のまま空中に繋ぎ止められている。
その状態で放たれたシエルの水矢はアスカの首へまっすぐ食らいついた。
「アスカ君!!」
響が叫ぶ。ヤミ属といえど人型を取っているのだ、首への攻撃は死に直結するはずだ。
しかしアスカは生きていた。どうやら首だけを懸命に動かして直撃を避けたらしい。
とはいえ、すべてを避けられたわけではないようだった。証拠にアスカの首は横一文字に切り裂かれ、溢れ出てきた血も決して少なくない。
「さすがに水ン中へ〝糸〟を忍ばせたのは意地悪だったか?」
シエルは攻撃の手を止め、空中で縫いとめられているアスカを愉悦のにじむ面で見上げた。
「オレのもうひとつの権能〝傀儡の糸〟――神陽力を糸として固定化させ、対象を拘束したり操ったりできる便利な能力だ。
水と掛け合わせた糸は強度も抜群になる。間違っても普通の方法じゃ抜け出せないぜ」
「くッ……!」
「〝水〟と一緒には使えないと思ったか。ま、確かに普段はムリだが、この海でならヨユーなんだよヨユー」
シエルが両手をまた弓張りの形にした。
神のごとき慈愛を抱いた碧眼は相反する殺意でギラギラと光っている。
そうして逡巡なく放たれた水矢は先よりも速く鋭くアスカの左胸へ向かっていった。
駆け寄る時間などありはしない。響の目は現実を見たくないとばかりに咄嗟に視界を閉ざそうとする。
しかし、アスカもやられっぱなしではなかった。
水矢が放たれた瞬間、全身から権能〝炎〟を発現して己を拘束する糸を焼き切り、大鎌を操っては水矢を跳ね返した。
一連の行動は響の目に留まらない。
結局響が現状を把握できたのは、着地するや否や先端に炎を集めた大鎌でアスカがシエルに攻撃を仕掛けたころだった。
「ようやく出したか〝炎〟!
そう、普通の方法じゃ糸から抜け出せないとあれば権能を使うしかねぇよなぁ!」
シエルは楽しげに言いながら大鎌の連撃を避ける。
扱いが難しそうな大振りな武器をアスカは身体の一部のように扱ってみせるが、それでもシエルは水のごとく自在に動いて器用に躱すのだ。
「紋翼を失った今、確かに権能の使いどころは吟味する必要がある。
だからといって出し惜しみしてるとすぐやられちまうぜ? おら、もう一発!」
「っ!」
海面から再び六体の人型が盛り上がってきた。また取り囲まれる陣形だ。前方にはシエルもいる。
アスカは攻撃を中断、しかし今度は跳躍して避けることはしなかった。
己へ向かって放たれる六十の水撃に意識を集中させて全方向へ炎を発現する。
一体どれほどの灼熱か。放たれた水撃は一瞬にして蒸発した。
万が一先ほどのように水撃のなかにシエルの糸が紛れこんでいたとしても、これならば焼き切ることができるだろう。
――だが。
「グッ!?」
「残念、次は下だ」
アスカが突如体勢を崩す。
どうやら今度は言葉のとおり水に足を下へ引っ張られているようだ。そのうえアスカの両足へ水がアメーバのように這い上がってきている。
「判断を間違えたな。水中じゃ勝ち目なんかねぇんだから、無理やりにでも地上戦に持ちこむべきだったぜ」
「っ……、」
「ま、どんな手を使ってでも水から逃す気はなかったけどぉ」
アスカは足を懸命に動かしながら、左胸の神核片から取り出した銃で足元を撃つ。
しかし効果はない。炎も発現してはみるものの、這い上がってくる水が海と直接繋がっている以上蒸発させることも難しいようだった。
シエルは数メートル先でウインドブレーカーのポケットに手を突っ込みながらそんなアスカを見ている。
「ヒント。霊体化したら逃げられるぜ。つっても〝糸〟で出来ないようにしてるがな」
「っ、」
「いやぁ~海で戦えて最高にラッキーだ。ここなら失った紋翼を存分に補強できるもんなァ。一方的に蹂躙できるのは気分がいい」
「近づくな……!」
膝下で潮水を掻き分け近づいてくるシエルを睨むアスカ。
その黒瞳は闘志を失っておらず、右手もまた大鎌をシエルの方へと突き出した。それを眺めるシエルは満足げだ。