第12話 まるでウソのような

文字数 2,731文字

「よし、必要なことから簡潔に伝えていこう。まず大前提なんだが、俺やそこにいるヴァイス、あと君が昨夜会った黒髪のヤツはヤミ属っていう非生物存在でな」

「……、」

「そんでこの診察室も生物界、つまり君の生活してた場所にあるわけじゃない。俺たちヤミ属の暮らす世界〝ヤミ属界〟にあるんだ」

「…………あの、すみません。年上の人に言うことじゃないと思うんですけど、真面目に話してもらっていいですか?」

「ははは、まぁそういう反応になるよな。こんな外面形状を取っておいて『人間じゃない』とか言われても信じられないのは同意だ」

「!……」

 そこで突然、ディルの左胸が紫色に発光し、彼の背後が何やら蠢き始める。

 ズズズ、重く低い音とともに左右へ広がっていくそれは、おどろおどろしい紫色で響の視覚いっぱいに存在を主張した。まるで翼のような一対に息を呑む。

「だが残念ながら俺は大真面目だよ。そもそもこんな芸当、人間にはできないだろ? そしてそれを昨夜のヤツらもやっていた。そうだな」

「……は、い。確かに僕は、昨夜も人間にはできないことをするヒトたちを、見ました」

 背中に翼を生やす人型は、創作上ならたくさん存在する。昨今の技術ならば映像に違和感なくそういうものを組み込むのだって難しいことではない。

 だが目の前で、何もなかった空間からこれほど大仰なものを何度も一瞬で展開されては認めざるを得なかった。彼らは人間ではない。人外の存在なのだ。

 響が理解したことを確認すると、ディルは翼のようなものを収めにかかった。ザアアと引いていくそれはやはり非現実的な光景で、響の心臓のざわつきが強くなっていく。

「一旦休むか? 無理しなくていいぜ。いくらでも待つからな」
「い、いえ。続けてください……」

 心にさらなる負荷がかかっているのは自覚していた。だが、それでも先を急いだ。早く事実を知り、家族のもとへ帰れるように事を運びたかった。

 ディルはうなずきつつ再び口を開いた。

「了解。じゃあ次は一番気にするであろう話だ。俺たちヤミ属――昨夜まで君の命を狙っていた黒髪のアスカも、今後君の命を狙うことは絶対にない」

「……家族の命も?」

「もちろん。そもそもアスカは一度も君の家族に手を出してないぜ。君が家族のことを心配するから俺も無事の証明として彼らの映像をさっき見せはしたが、昨夜のアスカは一貫して君だけを狙ってたはずだ」

 確かに、アスカは響だけを狙っていたようにも思う。ディルの言葉すべてを信用するのは危ないが、思い返せば、響が自分の見た夢や家族が見つからない事実を無理やり関連づけて早合点した可能性も否定できなくはなかった。

 そこで響の脳裏にこれまでのことがブワリと押し寄せてくる。
 心臓を掴まれるような視線を幾度も送り、自分の命を狙い、炎のごとき黒翼を背に従えながら大鎌を扱うあの姿。あれはまさしく――

「もしかして……あなたたちは、し、死神……なんですか……?」

 以前も思ったことを問えば、ディルは微妙に渋い顔をしつつも頷いてくる。

「ま、生物界で俺たちに一番近い存在を探すとそうなるな」

「ッじゃあ僕は死神に狙われて……ここは地獄!?」

「いや、君は死んでいない。ここは君が今想像してるような怖い地獄でもない。ただし君が真っ当な人間じゃなくなったのも確かだ」

「!? ぼ、僕が? どういうことですか」

「今の君には俺たちヤミ属の血も流れててな。そのために色々と事情がこじれてる」

「それは、どういう……」

「かいつまんで話すが、昨夜の君はアスカと出くわしたとき金髪のヤツとも出会ったはずだ」

「……シエル、」

「そうだ。ヤツはヤミ属じゃなくヒカリ属といって――まあそれはいい、あいつは特殊中の特殊だからな。とにかくだ、あいつが君にしでかしたことを覚えてるか?」

 もちろん覚えている。

 アスカに追われている最中に出会った、この世のものとは思えないほど美しい存在。

 彼を目にした途端、響は自分が夢のなかで出会った神様と符号させ、そのせいで今回も助けてくれるものと信じ込むこととなった。

 結果としてシエルは何やら不可解な方法で響を捕らえ、さらにアスカと戦い始め、負けたアスカの翼のようなものを引きちぎり――

「あ……引きちぎった黒い翼を丸く小さくして……それを多分、僕の心臓に……」

「そう。心臓、正しくは魂に入れられたな」

 途端、あの刹那が鮮烈にフラッシュバックしてくる。

 圧倒的な苦痛と右も左も分からない意味不明さ――既に終わったことなのに再び呑まれそうになり、響はとっさに左胸を押さえて唇を噛みしめた。

「大丈夫か」
「は、い……続けてください」

 ようよう言えばディルは変わらず真面目な顔でまたうなずいた。

「そう、君は魂魄にアスカの翼を混ぜられた。だが俺たちヤミ属やヒカリ属の要素は決して生物に混ぜてはならないものでな、はっきり禁忌とされている行為だ。

 何故なら生物にとって俺たちの要素は猛毒以上、ほんの欠片でも混入すれば生物を苦しめて殺し、果てはその魂魄をも完全に壊してしまう。その〝混血の禁忌〟ってやつを、シエルは君に犯した」

「……どうして」

「分からない。ヤツの考えていることは俺たちにもな」

「……」

「その禁忌によって君は苦痛の果てに死ぬはずだった。もしくはそこのヴァイスに殺されるはずだった。

 だが、何故か君は生き残った。どういった理由かは不明でも、とにかく君の身体は生命活動を終えなかった。そればかりかヴァイスが見ている前で左胸の傷すら完全治癒してみせた」

 ふと、苦痛が和らぐ直前に聞いた音のようなモノを思い出す。それが何であったかは限りなく不明瞭だが、あの音を聞いた瞬間に苦痛が和らいだのは確かだ。

 しかし今、響の意識は違う方へ向いていた。

「その……お話を信じるなら、ヤミ属? の一部が僕に入ったせいでこんなことになっているのは分かりました。あのときの気が狂いそうな痛みを思い返せば、確かに僕は苦しんで死ぬはずだったんだろうなってことも一応想像できます。

 ……でも、僕の身体は前と変わりません。なのに真っ当な人間じゃなくなった、とか信じられません。僕を帰さないために嘘をついてるとしか思えません」

「〝混血の禁忌〟によって、君は苦痛のなかで確実に死ぬはずだった。だが生きた。生きてしまった。そればかりか俺たちヤミ属の血が身体に馴染み、半分人間であり半分ヤミ属という〝半陰〟状態になってしまった。

 これはこの星の理からすると相当有り得ないことでな、それゆえに有り得ない辻褄合わせが起こっちまった」

「……?」

「この星は君を人間ではなくヤミ属と認めることとなった。だから帰れない。いや、帰る場所がない」

「……だから、どういう……」
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