第17話 これにはガーディアンもビックリ~特訓3日目~
文字数 2,882文字
ヴァイスの視線の先には鬼馬に騎乗したガーディアンたち。
防衛群・神域守護騎士団団長のロイドを筆頭に、副団長のギオリア、団員のレジーナやカミュ。
さらにハイン、ジグ、ベロニが一様に眉を寄せながらニャンニャンブーの大群を見つめていた。
「ロイド団長! ニャンニャンブーの大群の先頭にヤミを確認、恐らく二名!」
「うっわ、マジっすわ。ハインも確認済み」
「なんだと。襲われているのか!」
「ニャンニャンブーは温厚な霊獣のはずですが……」
「クンクン……わずかに魔多多比の匂いが漂っています。もしかしたら魔多多比を与えようとして近づいたために襲われているのかも、です」
「とにかく救助に向かう! 総員――」
霊獣に追われている二名――実際は意図的に追わせているのだが――を認識するや否や表情を引き締め救助に向かおうとするガーディアンたち。
「ああロイド団長。騒がしくしてすまないね。訓練場へ移動の最中だったかな」
ヴァイスは彼らに近づきながら待ったをかけた。
遠くの大群を注視していたためヴァイスに気づいていなかったのだろう、ロイドは鬼馬に疾走の命を告げようと開けかけていた唇を思わずつぐむ。しかしそれも一瞬だ。
「ヴァイス殿! 確かに自分たちは訓練場へ向かう途中でしたが……貴殿は何故このような場所に。いや、今はそれどころではなく。あの霊獣の大群のことを何か知っておいでですか」
「アスカと響くんを鍛えていてね。興奮したニャンニャンブーの大群も彼らにふたりを追わせているのも私の仕業だ、安心してほしい」
その言葉にガーディアンたちは「え?」という顔をする。
霊獣たちに追われ絶叫しながら走る響、その隣を並走するアスカ。彼らの現状を改めて把握した彼らは、ヴァイスへともう一度視線を移動させた。
「……つまりあの状況は、ヴァイス殿がわざと作られたものということですか?」
「そうだよ。実は今回、アスカと響くんに指名勅令が下ってね。しかし今の彼らはどちらも執行者になるに不十分だ。だから急いで筋肉をつけさせていたところなんだ」
「「「きんにく」」」
淡々と告げるヴァイスにハインとジグ、ベロニが聞き間違いかのように反芻した。
しかしヴァイスが普通に頷き返したため、レジーナとカミュはさらに困惑して顔を見合わせる。
「ヴァイス様。その、ですね……大丈夫なのでしょうか。霊獣は相当に興奮しているようですが」
「ああ。協力してくれている彼らには最後にちゃんと魔多多比を与えるよ」
「そっちじゃね~」
カミュの言葉を選んだ問いにヴァイスのズレた返事、思わずといった風情でツッコミを入れるハイン。
それに口を閉じるようシーッとジェスチャーをするジグと、何度も首を横に振るベロニ。
そんな団員たちを尻目にレジーナは鬼馬に乗ったままヴァイスの方へ前進してくる。
「ヴァイスさん。ニャンニャンブーへのご対応はそれでよろしいかと思いますが、私たちとしては響さんとアスカさんが心配です。
アスカさんは直系属子であるものの、紋翼を失った今では私たち傍系属子と肉体の強度は変わらないはず。
響さんもヤミ属の血が入っているとはいえ今も半分は生物なのですよね。ならばアレはさすがに鍛錬の度を越していると思います」
「そうだね」
レジーナがハキハキとした口調で述べるも、ヴァイスは頓着することはない。レジーナはムッとした顔をする。
「ガーディアンの最優先任務はこの属界とヤミの守護。あなたが彼らにしていることは、私たちが止めねばならないレベルに及んでいます。
少しでも彼らの足がもつれたならニャンニャンブーに踏みつぶされて死んでしまうであろうこと、分かっておられますか?」
「もちろんだよ。そういう状況が今の彼らには必須なんだ」
「……は?」
「レジーナ。君が言うとおり今のアスカも響くんも肉体の強度は君たち傍系属子に限りなく近い。
そんな彼らがいよいよ明日執行者として生物界へ下りるんだ。普通の執行者がする努力だけでは到底足りないよ。体力も危機的状況も今の彼らには必要なものだ」
「しかし」
「安心してほしい。これでも監督を怠る気はないし、霊獣の大群を居住地帯にまで行かせないよう配慮もしているからね」
「ロイド団長……」
レジーナは判断をあおぐためにロイドを見上げた。その顔は納得にほど遠い。
ロイドは不意に鬼馬を下りてカミュに手綱を任せると、ヴァイスやレジーナのもとへ重々しい鎧の金属音を響かせながら近づいていく。
「ご事情承知しました、ヴァイス殿。おふたりが執行者となる身ならば口出しは慎みましょう。レジーナ、収めてくれ」
「……了解しました。団長のご判断に従います」
レジーナはそれだけ言って一礼すると、騎乗する鬼馬に指示を出してカミュらのもとへ戻っていった。ロイドは今なお走り続ける響とアスカを心配そうに見つめる。
「しかし、正直なところ信じがたいものです。本当に彼らにヤミ神からの指名勅令が下ったのですか」
「私も心底驚いたよ。何かの間違いなんじゃないかと思った」
「ヴァイス殿も驚かれましたか。ですが他ならぬヤミ神の命とあればきっと正しいお導きなのでしょうな。
そのうえ執行者の頂きに立つヴァイス殿が直々に教鞭をとられているのです、間違いはないでしょう」
「ああ……間違いなんて間違っても起こさせないよ」
その言葉にわずかに表情を緩め頷くロイド。
一見すると強者であるヴァイスが弱者を虐げているように見えなくもなかった構図が、その一言で打ち砕かれたからだ。
ロイドはヴァイスに向けていた視線を遠くで延々走り続ける響とアスカに移す。
「アスカ殿が響殿に指示を出してフォローしているか。そのうえ周囲を観察し、暴走して追いかけてくる霊獣が可能な限り増えないよう進路を上手く調整しているように見えます」
「当初は身体を使うばかりだったが頭も使い始めたようだ。私が一向に止めないからね、自分たちでどうにかしなければならないと気づいたんだろう。もう少し早く判断できれば良かったんだが」
「それにしても、アスカ殿は以前と変わったように見受けられます。紋翼を失う前、正当な執行者だったころはどことなく消極的に見えましたが……今は顔に明確な意志を感じます」
「ああ。あの子は確かに、誰かを守ることで強くなれるタイプなんだね」
ヴァイスの言葉にロイドは少しばかり残念そうな顔をする。
「であれば、ぜひ防衛群に入群していただきたかったものです。我々は守護が本分ですから、きっと良いガーディアンになってくれたことでしょう」
「ははは、確かにそれもいい――あ」
「?」
突然会話を途切れさせたヴァイスをロイドは不思議そうな面持ちで見つめた。
数秒後、まるで名案を思いついたかのようにヴァイスは勢いよくロイドの方へ首を動かす。背後の団員たちは思わず胡乱げな顔をした。
「どうされましたか、ヴァイス殿」
「ロイド団長。良いことを思いついたんだが、協力してくれるかな」
そしてその〝良いこと〟はきっと言葉どおりの意味を持たないだろうことを、ロイド以外のガーディアンたちは一様に心のなかで悟っていた。
防衛群・神域守護騎士団団長のロイドを筆頭に、副団長のギオリア、団員のレジーナやカミュ。
さらにハイン、ジグ、ベロニが一様に眉を寄せながらニャンニャンブーの大群を見つめていた。
「ロイド団長! ニャンニャンブーの大群の先頭にヤミを確認、恐らく二名!」
「うっわ、マジっすわ。ハインも確認済み」
「なんだと。襲われているのか!」
「ニャンニャンブーは温厚な霊獣のはずですが……」
「クンクン……わずかに魔多多比の匂いが漂っています。もしかしたら魔多多比を与えようとして近づいたために襲われているのかも、です」
「とにかく救助に向かう! 総員――」
霊獣に追われている二名――実際は意図的に追わせているのだが――を認識するや否や表情を引き締め救助に向かおうとするガーディアンたち。
「ああロイド団長。騒がしくしてすまないね。訓練場へ移動の最中だったかな」
ヴァイスは彼らに近づきながら待ったをかけた。
遠くの大群を注視していたためヴァイスに気づいていなかったのだろう、ロイドは鬼馬に疾走の命を告げようと開けかけていた唇を思わずつぐむ。しかしそれも一瞬だ。
「ヴァイス殿! 確かに自分たちは訓練場へ向かう途中でしたが……貴殿は何故このような場所に。いや、今はそれどころではなく。あの霊獣の大群のことを何か知っておいでですか」
「アスカと響くんを鍛えていてね。興奮したニャンニャンブーの大群も彼らにふたりを追わせているのも私の仕業だ、安心してほしい」
その言葉にガーディアンたちは「え?」という顔をする。
霊獣たちに追われ絶叫しながら走る響、その隣を並走するアスカ。彼らの現状を改めて把握した彼らは、ヴァイスへともう一度視線を移動させた。
「……つまりあの状況は、ヴァイス殿がわざと作られたものということですか?」
「そうだよ。実は今回、アスカと響くんに指名勅令が下ってね。しかし今の彼らはどちらも執行者になるに不十分だ。だから急いで筋肉をつけさせていたところなんだ」
「「「きんにく」」」
淡々と告げるヴァイスにハインとジグ、ベロニが聞き間違いかのように反芻した。
しかしヴァイスが普通に頷き返したため、レジーナとカミュはさらに困惑して顔を見合わせる。
「ヴァイス様。その、ですね……大丈夫なのでしょうか。霊獣は相当に興奮しているようですが」
「ああ。協力してくれている彼らには最後にちゃんと魔多多比を与えるよ」
「そっちじゃね~」
カミュの言葉を選んだ問いにヴァイスのズレた返事、思わずといった風情でツッコミを入れるハイン。
それに口を閉じるようシーッとジェスチャーをするジグと、何度も首を横に振るベロニ。
そんな団員たちを尻目にレジーナは鬼馬に乗ったままヴァイスの方へ前進してくる。
「ヴァイスさん。ニャンニャンブーへのご対応はそれでよろしいかと思いますが、私たちとしては響さんとアスカさんが心配です。
アスカさんは直系属子であるものの、紋翼を失った今では私たち傍系属子と肉体の強度は変わらないはず。
響さんもヤミ属の血が入っているとはいえ今も半分は生物なのですよね。ならばアレはさすがに鍛錬の度を越していると思います」
「そうだね」
レジーナがハキハキとした口調で述べるも、ヴァイスは頓着することはない。レジーナはムッとした顔をする。
「ガーディアンの最優先任務はこの属界とヤミの守護。あなたが彼らにしていることは、私たちが止めねばならないレベルに及んでいます。
少しでも彼らの足がもつれたならニャンニャンブーに踏みつぶされて死んでしまうであろうこと、分かっておられますか?」
「もちろんだよ。そういう状況が今の彼らには必須なんだ」
「……は?」
「レジーナ。君が言うとおり今のアスカも響くんも肉体の強度は君たち傍系属子に限りなく近い。
そんな彼らがいよいよ明日執行者として生物界へ下りるんだ。普通の執行者がする努力だけでは到底足りないよ。体力も危機的状況も今の彼らには必要なものだ」
「しかし」
「安心してほしい。これでも監督を怠る気はないし、霊獣の大群を居住地帯にまで行かせないよう配慮もしているからね」
「ロイド団長……」
レジーナは判断をあおぐためにロイドを見上げた。その顔は納得にほど遠い。
ロイドは不意に鬼馬を下りてカミュに手綱を任せると、ヴァイスやレジーナのもとへ重々しい鎧の金属音を響かせながら近づいていく。
「ご事情承知しました、ヴァイス殿。おふたりが執行者となる身ならば口出しは慎みましょう。レジーナ、収めてくれ」
「……了解しました。団長のご判断に従います」
レジーナはそれだけ言って一礼すると、騎乗する鬼馬に指示を出してカミュらのもとへ戻っていった。ロイドは今なお走り続ける響とアスカを心配そうに見つめる。
「しかし、正直なところ信じがたいものです。本当に彼らにヤミ神からの指名勅令が下ったのですか」
「私も心底驚いたよ。何かの間違いなんじゃないかと思った」
「ヴァイス殿も驚かれましたか。ですが他ならぬヤミ神の命とあればきっと正しいお導きなのでしょうな。
そのうえ執行者の頂きに立つヴァイス殿が直々に教鞭をとられているのです、間違いはないでしょう」
「ああ……間違いなんて間違っても起こさせないよ」
その言葉にわずかに表情を緩め頷くロイド。
一見すると強者であるヴァイスが弱者を虐げているように見えなくもなかった構図が、その一言で打ち砕かれたからだ。
ロイドはヴァイスに向けていた視線を遠くで延々走り続ける響とアスカに移す。
「アスカ殿が響殿に指示を出してフォローしているか。そのうえ周囲を観察し、暴走して追いかけてくる霊獣が可能な限り増えないよう進路を上手く調整しているように見えます」
「当初は身体を使うばかりだったが頭も使い始めたようだ。私が一向に止めないからね、自分たちでどうにかしなければならないと気づいたんだろう。もう少し早く判断できれば良かったんだが」
「それにしても、アスカ殿は以前と変わったように見受けられます。紋翼を失う前、正当な執行者だったころはどことなく消極的に見えましたが……今は顔に明確な意志を感じます」
「ああ。あの子は確かに、誰かを守ることで強くなれるタイプなんだね」
ヴァイスの言葉にロイドは少しばかり残念そうな顔をする。
「であれば、ぜひ防衛群に入群していただきたかったものです。我々は守護が本分ですから、きっと良いガーディアンになってくれたことでしょう」
「ははは、確かにそれもいい――あ」
「?」
突然会話を途切れさせたヴァイスをロイドは不思議そうな面持ちで見つめた。
数秒後、まるで名案を思いついたかのようにヴァイスは勢いよくロイドの方へ首を動かす。背後の団員たちは思わず胡乱げな顔をした。
「どうされましたか、ヴァイス殿」
「ロイド団長。良いことを思いついたんだが、協力してくれるかな」
そしてその〝良いこと〟はきっと言葉どおりの意味を持たないだろうことを、ロイド以外のガーディアンたちは一様に心のなかで悟っていた。